軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

733 頭を使って勝つ

ヒルトの遠距離攻撃を躱し続けているナイトハルトだったが、すぐに反撃を開始した。

「しゃああぁぁ!」

叫び声を上げたナイトハルトの両腕が、5秒と掛からず大きく姿を変える。

それは、蟷螂の鎌だった。二の腕から先が、巨大な蟷螂のモノへと変化している。ダラリと垂らせば、地面に余裕で触れるほどの長さがあるだろう。

しかも、自然界に存在する蟷螂に比べ、その造形はより凶悪だった。全体に短く太い棘のような物がいくつも生え、刃側は非常に鋭利で、まるでナイフが無数に連なっているように思える。

陽の光を反射してギラリと輝く緑の甲殻は、金属の如く硬いであろうことを窺わせた。

やはり、蟲化で変化させられるのは、体内だけではなかったらしい。

ナイトハルトが自らの両鎌に魔力を纏わせると、連続で振り回す。一見すると闇雲に周囲を攻撃したように見えたが、そうではない。

どうやらヒルトの空握を察知し、攻撃される前に迎撃したようだ。さらに、その動作は攻撃にも繋がっていた。

腕から、魔力の刃が射出され、ヒルトに襲い掛かったのだ。

「ちっ」

攻撃を回避するために、ヒルトもその場から動かざるを得ない。ステップを刻んでナイトハルトの飛ぶ刃を回避しながら、それでも空握を放つことは止めなかった。

互いに遠距離攻撃を打ち合う展開となったが、十数秒後には同時に攻撃を止めてしまう。

両者ともに、このままチマチマと攻撃し合っていても埒が明かないと理解したのだろう。

舞台の端と端から、視線をぶつけ合う両者。

一瞬の静寂の後、観客席から爆発が起きたかのような大歓声が起こる。

『す、凄まじい! あまりにも速く! 我々には全てを捉えきれない! ですが、とてつもない攻防が行われていたことは分かった~! 当初、デミトリス流後継者にしてランクA冒険者であるヒルトーリアが有利かと思われていましたが、傭兵団の団長である瞬刃のナイトハルトも負けていない!』

解説者の叫びの後、ナイトハルトが呟く。

「ふぅ。もう団長じゃないんだけどな」

「へぇ? クビになったのかしら?」

「ははは、一応自分の意思かな。本当はこの大会に出る前に辞めたかったんだけど、皆が大反対してね。それでも、無理やり退任してきたんだ。昨日、全員の了承が得られたって連絡がきたから、晴れて僕はフリーランスの傭兵というわけさ」

その声は歓声にかき消されてしまい、観客には聞こえていないだろう。俺だから拾えている。

しかし、もう団長じゃない? なんでだ? 俺と同じことをヒルトも考えたらしく、ナイトハルトに聞き返している。

「なぜ? 大会に出場するために、引退する必要はないと思うけど?」

「まあ、僕もいい齢だから。後進に席を譲らないといけないということだよ」

「いい心がけね」

デミトリスに後継者として鍛えられているヒルトは、ナイトハルトの言葉に思うことがあるのだろう。やや苦悩するような表情で、そう呟く。

一見すると世間話に花を咲かせているようだが、当然それだけなはずがない。

互いに隙を狙いながら、力を溜めていることが分かる。

「これ以上は、少々粗野になってしまうから、使いたくはないんだけどね……。仕方ない」

最初に動いたのはナイトハルトだった。呟きから数秒、その背中がボゴリと盛り上がる。そして、衣服を突き破って大きなナニかが姿を現していた。

それは翅であった。昆虫の翅にそっくりだ。前のオリハルコンの鎧もそうだったが、この翅を生やす際に邪魔にならないように、背中が大きく空いているらしい。

さらに、首や鎧の隙間から見える胴体も、緑色の甲殻に覆われるのが見えた。下半身も大きく肥大化し、ゆったりサイズだったはずのズボンがパンパンに膨れ上がる。

だが、一番の違いはその雰囲気だ。威圧感がただ増しただけではない。その身から放たれる鋭い殺気に混じって、明らかに獲物を前にした飢餓感のようなものが発せられていた。

それこそ、舌なめずりをする残虐な魔獣のような、暴力的な気配を纏っている。

「ギイィ……シャァアアァァァァ!」

「っ!」

まるで理性のない魔獣のような咆哮に、ヒルトが一瞬驚いた表情を浮かべた。紳士然としていたナイトハルトと、人間性よりも獣性が勝っている今の姿のギャップに困惑したのだろう。

観客も、その変貌ぶりに息を呑む。

静寂が闘技場を包んだその瞬間、ヒルトが結界に叩きつけられていた。

ナイトハルトがいつの間にかヒルトに接近し、その鎌で攻撃を仕掛けていたのだ。

速いという表現では足らないほどの、凄まじい移動速度だった。見ている者たちが気付いた時には、舞台の端から端へと移動していたのだ。

ナイトハルトの速度は、完全に蟲化したことで、俺やフランでさえも捉えきれないほどの領域に達していた。

「がはっ……」

ヒルトの左手が宙を舞っている。一方的に攻撃されたように見えるが、そうではない。あのナイトハルトの攻撃であれば、無防備な相手を一刀両断できるはずだ。

それが左腕だけで済んでいるということは、僅かながらに反応したということである。

しかし、そのことに驚く様子もなく、再びナイトハルトが動いた。瞬間移動したようにヒルトの真ん前に現れると、両手を繰り出す。

ヒルトは動かない。今度こそ決まるのか?

いや、ヒルトは反応できていないわけではなかった。

「ギシィィッ!」

ナイトハルトがなんの前触れもなく、後方に弾け跳んだ。なんと、ナイトハルトの異次元レベルの速さに対し、気によるカウンターを当てやがったのだ。

ナイトハルトの動きを予測していたのだろう。

だが、ナイトハルトの攻撃を完璧に潰すことはできなかった。両鎌の先端が、ヒルトの肩口を抉り、大量の血が溢れ出す。

対するナイトハルトは、即座に翅の勢いを使って跳ね起きる。

「ギギ……ギイィィィァァァァァァ!」

その胸部には深い穴が穿たれていた。アダマンタイトの鎧が貫かれ、その下の甲殻が陥没している。だが、それを気にする様子はない。

「蟲に痛覚はないということ? なら、動かなくなるまですり潰せばいい」

左手を失い、血も多く流した。それでも、ヒルトに弱気になる様子はなかった。それどころか、不敵に笑ってさえいる。

「はぁぁ! デミトリス流奥義・天!」

そう叫んだヒルトの全身を凄まじい量の気が包み込むのが分かった。まるで、気を圧縮して物質化した鎧を着込んでいるかのような姿だ。

防御用の能力なのか? そう思ったら違っていた。

「ギィィィィィ!」

「はあぁぁぁぁ!」

なんと、ナイトハルトに近い速度で動くのが見えた。いや、全ては見えていない。それでも、感じることはできた。

奥義は、身体能力全てを何倍にも跳ね上げる技であるようだ。

ナイトハルトの動きは、正直言って俺たちでも理解できないレベルにある。閃華迅雷を使用するフランをさらに超える速度。翅を使うことで可能となる急制動と急加速に、高速飛行。

もしあの場にいるのが俺たちで、なんの対策も無ければ、すでに敗北している可能性がある。いや、最初の一撃で負けている可能性が高いだろう。

そんなナイトハルトに対し、ヒルトの動きも負けていなかった。直線の速度はやや劣るだろう。しかし、その旋回速度や、敏捷性が異常だ。

どうやっているのか分からないが、翅を使ってトリッキーな動きを見せるナイトハルトに完璧に対応し、時にはそれ以上の不可思議な緩急自在の動きでフェイントまで仕掛けていた。

両者の攻防は激しさを増し、結界の内部を影が飛び回り、時おり姿を見せるかと思えば、再び眼では追えない次元で動き回る。

ヒルトは腕を一本失っているにもかかわらず、手数で負けていなかった。拳だけではなく、蹴りの鋭さも尋常ではなかったのだ。

攻撃時に放たれる衝撃によって、轟音が鳴り響き、舞台が破壊されていく。

超人同士の異次元領域の戦闘は、それから数分近く続いただろう。だが、その戦いに終わりが唐突に訪れた。

「ぐ……っ!」

先に、ヒルトに限界が訪れたのである。全身を覆っていた気の鎧が消え、その場に倒れ伏す。延々と続く高速機動による負荷と、無理に使用していた蹴り技に、足が耐えきれなかったらしい。足の骨が折れているようだ。即座に立ち上がれる様子もない。

対するナイトハルトも、かなり消耗している様子だった。自身の速度に耐え切れず、翅がボロボロである。あと十数秒もあれば、先に動けなくなるのはナイトハルトであったかもしれない。

「ギギ……」

ナイトハルトがヒルトの前に移動すると、双鎌を振り上げる。その瞬間、元のナイトハルトのような落ち着いた気配を纏っているように感じられた。

理性を失っているように見えても、基本はナイトハルトなのだろう。

「ギシャ!」

ナイトハルトの腕が振り下ろされ、ヒルトの首が飛ぶ――ことはなく、その両腕が凶鎌を防いでいた。

「え? どうして?」

「オ、オン!」

フランとウルシも驚いている。一瞬でヒルトの腕が生えたからだろう。これは、ヒルトの装備する回生のペンダントの効果だ。

能力は単純で、1回だけ、四肢の欠損を含むダメージを回復する。ただし使い捨てで、使ってから数分は激痛に苛まれる。

ヒルトはこれを温存していたのだ。切り落とされた左腕を放置することで、フランもウルシも、ナイトハルトでさえも、回復する手段がないと思い込んでしまった。

そして、回復した両腕を使って渾身の攻撃を防いでみせたのだ。

ヒルトは自らの手の平の半ばまで食い込む刃をさらに握り込んで、ホールドする。ナイトハルトは鎌を引こうとしたようだが、逃げることはできなかった。

より食い込んで血が流れ出すが、狙い通りに相手の動きを封じ込めたヒルトは、凄絶な笑みを浮かべている。

「迦楼羅っ!」

驚く俺たちの前で、ヒルトが起き上がった。完全に寝ている状況から、起き上がりこぼしのような異常な動きで瞬時に直立する。

背中から魔力を放出し、その勢いを利用したようだ。迦楼羅という技の能力なのだろうか?

「あああぁぁ! 夜叉ぁぁぁ!」

ヒルトはその勢いを殺すことなく、自らの頭部を眼前のナイトハルトへと思い切り叩きつけた。

人と蟷螂の頭だ。一見すると、ヒルトが不利に思える。しかし、その頭部には膨大な気が渦巻いていた。どこから捻り出したのかと思うほどの密度だ。

これが直前に叫んだ夜叉という技の効果か? それとも別のスキル?

ゴギャ!

鈍い音が鳴り響いた。ヒルトの額が深々と切り裂かれ、血が舞い散る。

そして、ナイトハルトの頭部は、棒で叩かれた熟れ過ぎのスイカのように、赤と緑の欠片をまき散らしながら粉々に砕けていた。

『け、決着! 決着だぁ! 勝負が決まったかと思われた直後の、大逆転劇! これはすさまじぃ! ああーっと、ヒルトーリアも同時に倒れ伏したぁ! 医療班! 急いでください!』

頭部からおびただしい量の血を流してピクリとも動かないヒルトに向かって、数人の治癒魔術師が駆け寄っていくのが見える。本当にギリギリの勝負だったのだろう。

「どっちも強い」

明らかに、両者ともに格上だ。勝つには、こちらも死力を尽くす必要があるだろう。それでも、フランに怖気づいた様子は微塵もない。

『嬉しそうだな』

「ん! 次はヒルトと……。楽しみ」