作品タイトル不明
683 ケイトリー
「もうすぐ私たちの番」
「はい!」
「気を抜かないように」
「はい!」
ディアスやルミナに事情を説明した翌日。
俺たちはウルムットのダンジョン前にいた。ルミナの居住スペースがある東のダンジョンではなく、初心者向けの西のダンジョンだ。
元々駆け出し冒険者でも探索可能なレベルだったのに、今では弱体化したことでさらに脅威度が下がってしまっている。
それこそ、一般人や初心者、子供でも武器さえ持っていれば入る許可が下りるほどに。
ウルムットの冒険者ギルドは、昨年から1年かけてこのダンジョンを初心者育成の場として整えてきたそうだ。
今では周知も進み、ダンジョン前にはとても冒険者とは思えない人々が、列を作っていた。
その中に、フランと1人の少女が一緒に並んでいる。フランよりも幼い、銀髪ツインテールの美少女だ。
「フランお姉様、本当に装備は剣だけでいいのでしょうか?」
「ん。ケイトリーはまだ小さいから、重い鎧は寧ろ邪魔。それに、避ける戦い方をするのが得意なはず」
「な、なるほど」
「腕が千切れたくらいなら私が魔術で治してあげる。だからだいじょぶ」
「なるほ――えっ?」
「いく」
「え? え?」
彼女と出会ったのは、ほんの数十分前である。
オーレル邸の中庭でのことだ。
「フラン嬢ちゃん。これが俺の孫だ。ほれ、挨拶しろ」
「はい! 私はケイトリー・オーレルといいます!」
「ん。私は冒険者のフラン」
「お会いできて光栄です! フランお姉様!」
「おねえさま?」
「は、はい。ダメでしょうか?」
「……別にいい」
「ありがとうございます!」
オーレルの屋敷を訪れた俺たちは、すぐに1人の白犬族の少女と引き合わされていた。なんと、オーレルの孫であるという。
オーレルとは似ても似つかない美少女だ。少し垂れ気味の目が、いかにも気弱そうな印象を与える。本当にオーレルの孫か? 疑いたくなるくらい似ていない。
彼女の年齢は10歳。フランよりも年下だ。
「この子をダンジョンに連れていけばいいの?」
「おう。そうなんだ」
昨日、オーレルからは孫娘をダンジョンに連れていって、魔獣と戦わせてやってほしいという依頼を受けていた。
なんでも、孫娘が冒険者に憧れており、最近は剣術なども本格的に習い始めてしまったそうだ。昔から引っ込み思案な性格だったこともあり、オーレルの息子夫婦は自分たちの娘が冒険者に不向きであると思っているらしい。
だが、オーレルの持論としては、冒険者に重要なのはやる気と慎重さだ。それを考えると引っ込み思案で臆病な性格は、必ずしも冒険者に不向きとは言えない。
後はやる気だけであるが、オーレルから見ても孫娘のやる気は十分に思えた。
そこで、オーレルはとりあえず孫娘に現実を見せることにしたらしい。
簡単なダンジョンに放り込んで、魔獣と戦わせる。
それで嫌気がさして冒険者を諦めるのであれば、元々の予定通りにお嬢様学校に通わせればいい。ダンジョンで怖い目に遭ってもまだ志すというのであれば、オーレルが直々に鍛え上げる。
そう考えたらしい。
「諦めさせるんじゃないよね?」
フラン的に、その依頼はNGであるのだろう。問いかけるフランに、オーレルも頷く。
「勿論だ。あくまでも、冒険者の現実を見せてやるだけでいい。まあ、10歳で夢を諦めるかどうか決めるのは早いが、俺の孫娘だからなぁ」
「オーレルの孫だと何かある?」
「これでも俺は、そこそこ金を持ってるわけだ。それを狙う輩もいる」
オーレルは自らが興した商会が大成功を収め、いわゆる成り上がりを果たしている。現在は息子夫婦が後を継いでおり、フランに引率をお願いする孫娘はその商会長の子の1人であるという。
大繁盛している商会の1人娘が、のこのこと駆け出し冒険者なんかしていたら? 誘拐犯にとっては垂涎の獲物であろう。
それでも冒険者をするというのであれば、若いうちから厳しい修業を乗り越えてある程度の力を付けたうえで、家名を捨てるくらいの覚悟が必要だった。
「10歳でその覚悟を固めろっていうのも難しい話だが」
「今までは冒険者に興味がなかった?」
「ああ。護身用に多少鍛えさせてはいたが、本職には遠く及ばん」
「どうして急に冒険者?」
フラン的に冒険者は最高の職業だが、それが万人共通の認識ではないと知っている。だからこそ疑問に思ったようだ。
すると、オーレルが苦笑いしながら肩をすくめた。
「お前さんにそれを言われるとなぁ……。まあ、年頃の娘には色々とあるのさ。凄い冒険者の活躍を聞いて、憧れたりな」
「?」
フランは分かっていないが、どうやらオーレルの孫はフランに憧れて冒険者を目指すようになってしまったらしい。
自分とそう変わらない年齢の獣人の少女が、冒険者として様々な活躍をしていると聞けば、憧れる者が出るのは仕方ないかもしれない。
「ま、とにもかくにも、ぜひ嬢ちゃんにこの依頼を受けてもらいてーんだが、どうだ? 俺が連れて行ってもいいんだが、やっぱり家族だと色々と甘えも出ちまうだろ?」
そんなことを言っているが、本心としては孫娘を憧れのフランに会わせてやりたいと思ったのだろう。これで冒険者を諦めるとしても、最後の思い出にはなる。
「どうだ?」
(師匠? いい?)
『ああ、フランの好きにするといい。長期間拘束される類の依頼じゃないし』
「ん。わかった。引き受ける」
「おお! そうか! そりゃありがてー!」
昨日そんなやり取りがあり、フランは依頼対象である少女を迎えに来たのであった。
「嬢ちゃん、ケイトリーをよろしく頼むぜ。ここからは俺は一切の口を出さんから、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「わかった」
「よ、よろしくおねがいします」
オーレルとフランのやり取りを聞いて、ちょっとビビったのだろう。ケイトリーが青い顔で、ゴクリと喉を鳴らす。
なるほど、臆病というのは確かっぽい。それに、ステータスも低かった。レベルも10だし、各種の能力もレベル相応だ。
元々勉学に励んでいたというだけあり、スキルは学術系に偏っている。算術やら経営学やら、商会の後を継ぐには相応しい構成なんだろう。
それに対し、戦闘系、探索系のスキルは3つしかない。剣術:Lv1、瞬発:Lv1、鋭敏嗅覚:Lv1だけだ。
フランも彼女を見て、一瞬でその弱さを感じ取ったのだろう。さらに俺にスキル構成を聞いて、眉根を寄せている。
「まず、その鎧はいらない。脱いで」
「え? え?」
命を守るための鎧をいきなり脱げと言われたケイトリーは、助けを求めるようにオーレルの方を向く。だが、助け船はやってこなかった。
「俺は仕事があるからもう行く。じゃあな」
「ん。ケイトリー、早く脱ぐ」
「は、はいぃ!」