軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

636 百の口

「生命魔術を覚えていたのね。その割には全然使ってなかったみたいだけど……」

転移で戻ってきた俺を見て、レーンが驚きの表情を浮かべている。そして、いきなり納得顔で頷いた。

「ああ、剣さんの能力なの」

『え? いや、どうかなぁ?』

「ごめんなさい。過去が見えてしまう私には、分かっちゃうの」

『……』

「大丈夫。誰にも言わないから」

過去が見えるっていうのは、昔っていうだけじゃなく、ついさっきのことも分かるってことなんだよな。

『と、ともかく、次は本気でいくぞ!』

「ん!」

『チマチマやっても消耗するだけだ。これで決めるつもりで、全部の力をつぎ込む』

「りょうかい」

俺たちが次にくり出す攻撃の相談をしていると、大魔獣から一際強烈な魔力が発せられた。

「しぃたぁぁがぁぁぁえぇぇぇぇぇぇ!」

『動きが……魔力も……』

「なんか、さっきよりもウネウネしてる」

大魔獣の動きに、明らかな変化がある。今までは触手が絡み合って肥大化を続けていたのが、その動きが一瞬止まったかと思うと、激しく蠕動し始めたのだ。

変化があったのは、大魔獣の肉体面、魔力面だけではない。

「見られてる?」

『ああ、確実にな……』

奴の目がどこにあるかは分からない。眼球など存在せず、魔力察知や生命感知でこちらを感じているのかもしれないが、確実にその意識が俺たちに向いていた。

今までは俺たちなど認識していたかも怪しい。小蠅がいるな、程度の存在だったのだろう。

しかし今は明確な脅威として、大魔獣から認識されたのだ。

「水から魔力を吸い上げているわ……」

『水? 湖のか?』

「ええ。遺憾ながら、あの大魔獣には精霊としての私の力も混じっている。その程度は容易いものよ」

レーンは時と水の精霊である。そして、ヴィヴィアン湖の水には時空系の魔力が含まれている。

レーンの力も取り込んでいる大魔獣にとっては、相性が良い性質なのだろう。

『いや、待てよ。この湖の水に時空魔力が含まれているのって……』

「私や大魔獣のせいね」

『そりゃあ、親和性が高いわけだよ!』

大魔獣の触手のうねり方が激しさを増し、次第に全身に変化が現れ始めた。まるで瘤のような塊が、大魔獣の巨体のいたる所に現れ始めたのだ。

ボコボコと膨れ上がり、その数を増していく巨大な瘤。それぞれが、かなりの魔力と邪気を有しているのが分かった。

何かの攻撃の準備か? だとしたら、かなり危険かもしれん!

増大していく圧力を前に、俺はフランを守るための障壁を幾重にも張り巡らせる。だが、俺の予想は外れていた。

大魔獣がこちらを倒すべき敵と認識したことは確かであるが、まだ直接的な攻撃行動に出たわけではなかったのだ。

「したがえええええええええ!」

『く……!』

「!」

緩やかに増大していた大魔獣の魔力が、一瞬で数倍にも高まった。思わず後方に転移して、大魔獣から距離を取ってしまったほどだ。

それほどの爆発的な魔力の放出と、害意の発露であった。強烈な悪意と敵意が、俺たちに向いている。

恐ろしかった。フランを逃がすためだけじゃない。俺自身が、大魔獣とあの距離でいることを恐れたのだ。

『ウルシも離脱しろ!』

「オン!」

「……口がいっぱい」

『ああ……』

フランの言う通りだった。

大魔獣の姿が大きく変化し、その全身に口が生み出されている。あの瘤が、口の形へと変化したのだ。形状は、ほぼ人だ。

一番初めに頭頂部に生やした、巨大な口。それに比べればサイズは10分の1ほどだが、形はそっくりだった。

百は優に超えているだろう。

全身に無数の小さい口のあるタタ〇神? そんな感じの姿だった。

「「「「「――ふぁいあぁあろぅぅ」」」」」

「師匠!」

『ああ!』

幾重にも重なった詠唱が周囲に響き渡ったかと思うと、大量の火の矢が大魔獣の周囲の空間を埋め尽くしていた。

1000を超える火の矢は、明らかに俺たちやシエラたちにその切っ先を向けている。

直後、視界が真紅に染まった。連続する爆音が、間断なく響き続ける。

多重起動したフレイムバリアがなければ、俺もフランも丸焼けになっていただろう。

大魔獣が多重起動したファイア・アローが、フランたち目がけて一斉に放たれたのだ。

いや、多重起動などという、生易しいものではない。それは、何百人もの魔術師が同時に魔術を放ったかのような、圧倒的な物量であった。どうやら、大魔獣の体に作り出された口ひとつひとつが、魔術を詠唱可能であるらしい。

『制御は……問題ないんだろうな』

相手は規格外の大魔獣だ。俺たちの想像など遥かに超える制御力を持つのだろう。魔力に関しては、ほぼ無尽蔵だ。少なくとも、周囲に湖の水がある限り、今の攻撃をあと1000回繰り返しても奴の魔力は問題ないはずだ。

「む!」

『触手も魔力弾も……! くそっ!』

「またくる!」

『分かってる!』

再びの火矢の嵐。しかも、今までと同様に、触手と魔力弾も俺たちを狙ってきていた。

先程まで、大魔獣は復活を最優先にし、俺たちのことは眼中になかった。触手や魔力弾は俺たちに対する明確な攻撃ではなく、無意識の防衛行動でしかなかったのだろう。牛が、蠅を尻尾で叩くようなものだ。

それはつまり、魔術などのような攻撃とは別に、触手などを繰り出すことが簡単にできると言うことでもあった。

『さっさと攻撃しないと、物量で押し潰されるっ!』