作品タイトル不明
623 わかんない
ウィーナレーンはやることがあると言って去っていった。正直、放っておいて大丈夫か心配だが、生徒たちの避難も大事な仕事である。
フランが生徒たちの下に向うと、すでに避難の準備は済ませているようだ。テントなどは放棄で、全員が食料などだけを背負っている。
「フラン殿、何があったのでしょうか?」
代表して話しかけてきたのは、戦闘教官のイネスだ。
教師からも生徒からも一目置かれている彼女が、全体のまとめ役なのだろう。
「湖に、おっきな魔獣が出た」
「魔獣、ですか?」
「ん」
フランの説明に、イネスだけではなく、他の教官や生徒たちも訝しげな表情をしている。
「学院長が対処されてはいないのですか?」
「してるよ」
「え? それでも、避難が必要なのでしょうか?」
ああ、なるほどね。
学院の人間にとってウィーナレーンは絶対的な存在である。そのウィーナレーンが動いて、それでも避難しなくてはならないというのが理解できないのだろう。
それこそ、ちょっと強いくらいの魔獣なら、周囲に被害を出さずに瞬殺できるからだ。
「今回の魔獣は強い。ウィーナレーンでも、どうなるか分からない」
「そ、そんな……!」
「それってもう、脅威度A以上は確実ってことなんじゃ……」
「ん。だから、急いで避難する」
「わかりました!」
強者であるフランに説明され、全員が事態の危険性を理解したらしい。
単騎で国と渡り合うウィーナレーンと、そのウィーナレーンでさえ勝利が確実ではない凶悪な大魔獣。
そんな両者が本気でぶつかり合えば、周辺への被害は甚大なものになるだろう。
「ルートの指示などはありますか?」
「特には。イネスに任せる」
「了解です」
そして、学院の生徒たちがセフテントの野営地を出立した。同じように、町から逃げ出す住民たちの列も一緒だ。
冒険者ギルドから町長へと情報が流れたらしい。
避難民たちの考えることは一緒で、できるだけ湖から離れようというのだろう。東へと向かう街道には多くの人々がひしめき合っている。
その街道を、学院の生徒たちと一緒に進む。だがそこで、俺はあることに気付いた。
『ロミオとゼロスリードがいないな』
(……たしかに)
『後方にいるのか? ウルシ?』
(オフ)
ウルシの鼻でも、ロミオたちの居場所が分からないようだ。つまり、この避難民たちの中にはいないということだろう。
『どこ行ったんだ……?』
「だいじょぶかな?」
『うーむ……』
ゼロスリードはともかく、ロミオは心配だ。
フランが顔を曇らせていると、キャローナが話しかけてくる。
「どうなされたのですか?」
「ロミオ、どこ行ったか知らない?」
「ロミオ……? ああ、学院長の連れてらした、可愛らしい子供ですか?」
「ん」
「ええ? いないのですか? それは、大変ではないですか!」
キャローナの叫びに同調するように、周囲の生徒たちも頷いている。
「だって、出現した魔獣は、学院長でも本気で戦わなければならない相手なのですよね?」
「だとしたら、守る余裕もないかもしれないぞ?」
「それって、まずいんじゃ……」
こんな時にも自分たちのことだけではなく、小さい子供の心配をできる生徒たちを優しいと言えばいいのか、危機感がないと言えばいいのかは微妙なところだろう。
しかし、フランは彼らを好ましく思ったらしい。自分も同じ意見だからだろう。
『フラン、ウィーナレーンに命令されたのは、生徒の脱出の面倒を見ることだ』
(ん)
『もう、町から脱出はできた』
(おお、なるほど)
フランが盲点だったという感じで、手をポンと打った。そして、すぐに先頭を歩いていたイネスに駆け寄る。
「イネス」
「は! なんでしょうか!」
「ここから先は、私いなくてもだいじょぶ?」
「はい! 問題ありません!」
フランの問いかけに、イネスが間髪容れず頷いた。ただ、それは適当に答えているわけではなかった。
今は町の人間を護衛している冒険者などもおり、護衛戦力は想像以上に充実している。イネスが言う通り、フランが抜けたとしても問題なさそうだった。
「それにですね……。我らにとっては生徒だけではなく、あの子供も守る対象なのですよ。いないと分かって、放置しておけません!」
教官たちは、出発時にロミオの存在を確認しなかったことを悔やんでいるらしい。だが、それは仕方がない。学院からヴィヴィアン湖までの道中、ロミオとゼロスリードはウィーナレーンの管轄だったのだ。
そして、湖に着いてからも、彼らと教官たちが接することはほとんどなかった。それで避難時にだけ存在を思い出せといっても、無理な話だろう。
しかし、彼らには彼らで、教官としての矜持のようなものがあるらしい。
「お願いします! フラン殿!」
「フランさん。私たちからもお願いしますわ。あの子供を助けてあげてくださいませ」
「実は私、あの子を見るのが癒しだったんだ」
「あー、わかるー」
「無事だといいね」
「分かった。ロミオを助けに行く」
そうして俺たちは、多くの教官や学院生に見送られながら、再びセフテントへと引き返すのであった。
『ウルシ、ロミオの匂いを捜してくれ。フランも、探知に集中だ』
「オン!」
「ん。わかった」
まだウィーナレーンが何か事を起こした気配はない。何をするつもりかは分からないが、大規模な戦闘が起きる前に、ロミオを見つけ出さなくては。
それに、俺たちには一つの不安があった。
「シエラが言ってた。前のウィーナレーンが、ロミオが死んじゃうのにも構わずに、その力を利用したって」
『もし、ウィーナレーンが同じことをするつもりだったらどうする?』
「他の方法がないか聞く」
『それで、他の方法がないと言われたら?』
「……わかんない」