作品タイトル不明
576 Side ????
『相棒、どうした?』
「おじちゃん、あいつらが到着したみたいだ」
『いよいよか……』
俺よりも察知能力に優れた相棒が、宿の窓から外を見つめている。
時間は夜。天には星が輝き、闇の帳が降りている。
だが、相棒には確かに感じられているはずだ。夜の闇の向こうにいる、多くの人間たちの気配が。
ランクE冒険者でありながら、これほどの能力を持った人間はそう多くはないはずだ。特に気配や危機を感じる能力は、長年独りで戦い続けてきた結果、目を見張るほどの成長を見せていた。
逆に、俺は今の体になってから、察知能力が著しく下がってしまった。生物に備わっている生存本能や、動物的な勘が鈍ってしまったからだろう。その分、今まで見えなかったものを感じることはできるようになったがな。
俺は気配を探ろうと、意識を集中する。相棒ほどの精度はなくとも、集中すれば気配を感じ分けることはできるのだ。
なるほど、町の外に大勢の人間の気配があった。
ついに来たか。
10年……。永かった気もするし、あっという間な気もする。しかし、もう時間は戻せない。覚悟を決めなくてはならなかった。
『ロミオもいるみてーだな』
「いるね。何も知らず、メソメソと泣いてるみたいだ。イライラする」
ロミオのことを語る相棒の顔に、言葉通りの苛立ちが浮かぶ。
『そう言うな。あのくらいの齢なら仕方ないことだろ? あの子供にとっては自分の見た物が、世界の全てなんだ』
「そうだね……」
『ロミオの近くにクソハイエルフもいるな』
やはり、前と同じか。いざという時の備えとして、マグノリアの血筋を連れてきている。
ロミオたちの情報を流して、ハイエルフをおびき寄せたのは俺たちだった。ゼライセに捕らえられ、実験動物扱いを受けるよりはましだと考えたからだ。
しかし、本当に正しかったのか? あのハイエルフも、結局はロミオの中に在る封印術に目を付けている。
このままでは、前の二の舞に……。いや、それを防ぐために、俺たちは準備をしてきたのだ。絶対に、大丈夫だ。
「当たり前だけど、凄まじい気配の強さだね。さすがハイエルフだ」
『ぶち殺してやりたいところだが、今の俺らでも無理だろうな』
「あの人は強すぎるから。この齢になって、ようやっとハイエルフの化け物さ加減がよく分かったよ」
『……』
前の時は、あいつが相棒を殺したんだ。そして、今度もまた殺すかもしれない。
それだけは阻止せねばならなかった。
しかし、ハイエルフのことを語る相棒の顔には、嫌悪や憎悪は見当たらない。それどころか、純粋に褒めているようだ。
『お前は、許せるのか?』
「あの時は、あれが一番確実な方法だったんだよ」
『それはそうだけどよ……』
「今度は防いでみせるさ」
『ああ。今回は前と違ってゼライセの介入がない。入れ替わったせいでかなり封印が緩んでいるが、それでも今ならまだ何とかなる』
「何とかするんだ」
『おう』
あのナヨナヨとした子供が、一端の口を利くようになったもんだ。
「フランっていう冒険者もいるね……」
『あいつか。前もいたしな』
「ああ」
『そんな顔すんなって。今回は前とは違うんだ。すでにロミオたちとの顔合わせも済んでるみたいだしよ』
「分かってる。でも……」
相棒の顔が、憎々し気に歪んだ。殺気さえ滲む。
俺にとったらウィーナレーンの方が余程許せないんだが、相棒にはそうではないらしい。黒猫族の娘に対して、強い殺意を抱いている。
それを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。あの黒猫族の娘が俺を憎み、命を狙ってきたのは当たり前なのだ。俺に大切な者を殺されている。
俺は、それを是とする生き方をしてきた。恨み恨まれ。そうして続く負の連鎖が、殺し合いの渦が、より多くの闘争を俺に運んでくるからだ。
その結果、自分が仇として討ち果たされるのであれば構わない。受け入れよう。しかし、恨むなと予め伝えていても、相棒はその相手を許さないだろう。
そうして、負の連鎖は続く。俺が朽ち果てた後も。
俺がやってきたことは――。
「――ちゃん?」
『……』
「おじちゃん?」
『おっと、済まねー。少し考え事をしていた』
「封印のこと?」
『ちっと違うんだが、今は封印のことに集中したほうがいいな』
「一番警戒しなくちゃいけないのは、ゼライセの存在だけど……」
『俺にも、奴の居場所は分からん。この近くにいるかどうかもな』
「前の時にはいたんだよ。今回だって、いる可能性が高い」
錬金術師ゼライセ。
自らの欲望に素直に行動する男だ。その目的のために何人犠牲になろうが、気にしない。むしろ、犠牲が増えて自らの悪名が高まることに、喜びを見出す男だった。
「前は、ゼライセにいいように利用された。でも今なら奴と渡り合える」
『そうだな。だが、あの野郎は油断ならない。どれだけ有利な状況でも、ひっくり返す切り札を持っていると思え』
「うん」
『何より、今の俺があいつにどこまで抗えるかも分からん。場合によっては、何かを仕込まれているかもしれん』
「そう、だね」
俺としては便利な体になったと思うが、こうなったのは間違いなくゼライセの奴に埋め込まれた魔石や剣のせいだろう。
周到なゼライセのことだ。こうなることを見越して、俺を操る呪いを仕込んでいても不思議ではなかった。
「でも、今のゼライセがそれを使えるかな?」
『さあな? だが、使えると思っておいた方が、いざという時に対処できる』
ウィーナレーン。ロミオ。ゼロスリード。フラン。キーパーソンが破滅の舞台に揃いつつある中、ゼライセの居場所だけが分からない。
それでも、俺たちは破滅を防いでみせる。そのために8年間、過ごしてきたのだ。
「船団が怪しいことは確かなんだ。もう一度異常がないか探そう」
『ああ、そうするか』
次こそ、相棒を救ってみせる。