軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

572 宿の最終夜

「ほい。今夜が最後だぁ言うから、豪勢にしておいただよ」

「おおー」

「オンオン!」

緑の古木亭最後の夜。

明日からは校外サバイバルだし、それで教官の仕事はお役御免となる。この宿は引き払うことになるだろう。

そう伝えるとおばあさんは、今まで以上に豪華な料理をフランたちのために作ってくれたのだった。

大盛のパスタや焼き肉を、フランたちが超スピードで食べ続けている。もう10人前は胃に収めたと思うが、その速度が落ちることはなかった。

というか、少し食べ過ぎじゃないか? 明日が心配だ。いや、その前に宿の経営が心配だ。

「もぐもぐもぐもぐ!」

「モムモムモムモム!」

「いい食べっぷりだぁねぇ」

おばあさんはフランたちの食べっぷりを見て、相変わらずニコニコ笑っている。

そんな中、おばあさんが不意に天井を見上げた。俺もウルシも視線の先を追ってみるが、ただ普通の天井があるだけである。

しかし、おばあさんにはそうではないのだ。

「あんれまぁ。精霊様が悲しんどる」

「そこにいるの?」

「そうだで」

おばあさんの言葉に反応したフランが、同じ場所を見つめた。暫しそのまま天井に目を向けつつ、時おり目を細めたりしている。

「見えるようになったんかい?」

「見えない」

フランがおばあさんの言葉に、フルフルと首を振って返す。だが、フランの言葉には続きがあった。

「でも、分かる」

「ほう? 感じることができるってことかね?」

「ん」

フランは居住まいを正すと、全身の力を抜く。さらに、普段は無意識に使用してる様々なスキルの使用を止めてしまった。特に感知系スキルを切ったことで、入ってくる情報量が大幅に減ったことだろう。

全ての五感を、目だけに集中させるつもりなのだ。目を見開くその姿は、何もない虚空を見つめる猫を思い出させる。フェレンゲルシュターデン現象ってやつだ。まあ、そんな現象本当はないらしいけど。

そんなフランを見守りながら、俺は数日前に受けた精霊学の授業を思い出していた。

魔術学院の特別講義には、精霊に関する授業が2種類あった。

1つが精霊魔術講義。その名の通り、精霊魔術についての講義と、鍛錬を行うための授業である。

もう1つが精霊学。こちらは、精霊魔術を使えないものの、精霊の存在を感じ取ることができる生徒たちが、精霊魔術の習得を目指すための授業である。基礎的な知識や、目視するための鍛錬を行う。

フランが受講できたのは、精霊学の方であった。

珍しくフランも真面目に授業を受けていたな。余程興味があるんだろう。

授業によると、精霊魔術はかなり特殊な術であるという。知っているつもりだったが、その特殊性は想像以上だ。

まず、スキルレベルと、扱える精霊の強さが比例しない。精霊魔術のスキルレベルは、精霊とのコミュニケーション能力を表すものであるらしい。

精霊魔術のスキルレベルが高ければ、精霊をハッキリと視認し、その声を聴き分け、多くの魔力を精霊に分け与えることができる。

だが、精霊というのは意思を持つ気まぐれな存在だ。どれだけ彼らの話を聞き、声を届けることが上手くても、最後にものをいうのは相性であった。

精霊魔術のスキルレベルが1でも、大精霊に気に入られて契約を結べれば、絶大な力を手に入れることも可能だ。逆に、精霊魔術が得意でも、精霊に嫌われる体質であれば強い精霊とは契約が結べない。

そして、相性の良い上位の精霊と出会えるかどうかは、運次第であった。

強い精霊魔術師にエルフが多いのも、実はこの部分が深く影響している。実は、エルフは種族特性として精霊に好かれる者が多いらしい。

さらに、エルフ族は長年蓄積された経験と知識から、精霊が多く集まる場所を知っている。そこで自分と相性のいい精霊を捜して契約を結ぶのも、彼らが優秀な精霊使いとなれる要因の一つであるという。

ただ、自分と相性がいい精霊を捜すのは、非常に時間がかかる。エルフの格言で「精霊との出会いは100年に1度」などと言われるそうだ。

つまり、エルフ並みの寿命がないと、精霊魔術を極めることができないということなのだろう。ただ、精霊と契約を結ぶだけなら、人間であっても不可能ではない。

フランの場合、感じ取る能力はあるので、精霊との繋がりが深まれば、精霊魔術を覚えることができるはずだという。

授業では、学院にいる精霊たちに協力してもらい、その存在を感じ取る訓練を行ってもみた。ただ、その授業を経ても、精霊魔術の獲得に必須である視認までは行けなかったのだ。

「……やっぱり見えない……」

『そうか』

「クゥン」

5分間ほど、精霊様がいるであろう場所を見つめていたんだが、肩を落として項垂れてしまう。

宿ではほぼ毎日、精霊の存在を感じ取っていたフランだったが、結局その姿を見ることはできなかったようだ。

だが、落ち込むフランにおばあさんが優しく声をかけてくれる。

「大丈夫だで。お嬢なら、きっと精霊様と通じ合うことができる。大樹の精霊様にここまで好かれているお嬢なら、絶対になぁ」

「ほんと?」

「ああ。間違いない。保証するだで。それに、最初は全然感じ取れなかった精霊様のことが、分かるようになったんだろう?」

「ん」

「こんなに成長が早い人間、見たことなかよ」

そうだよな。そもそも、フランが精霊魔術のことを意識してまだ10日だ。それで使えるようになったら、この世には精霊使いが溢れているだろう。

むしろ俺の能力にも頼らず、自力で精霊の存在を感じ取れるようになったのが凄いのだ。

「ありがと」

「それはこっちの言葉だぁ。儂も精霊様も、こんなに楽しかったのは久しぶりだからねぇ。またきんしゃい」

「ん」

おばあさんの言葉に大分慰められたらしい。フランが微かに頷き、笑う。

(今はダメでも、いつか必ず精霊とお話しする!)

『そうだな。そうなったらいいよな』

(ん!)