軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

562 解剖の授業

更衣室から教室に戻ると、すでに他の生徒たちは教室に戻っていた。

制服姿のフランを見て、男子生徒たちが固まってしまう。フランが可愛いからってわけではなく、模擬戦でのトラウマのせいだろう。

女生徒は先程のロッカールームで多少なりとも距離が縮まっているので、そこまで露骨ではない。中には手を振ってくれている者などもいる。

しかし、男女比で圧倒的に男子生徒が多い教室内は、一気に静かになってしまった。

「……」

「……」

「ん?」

「フラン、こちらへ」

息を殺してフランを見つめる男子生徒たちの間を縫って、キャローナが席に案内してくれた。

教室と言っても、大学の講義室のようなすり鉢状の形状である。どうやら特定の場所が決まっている訳ではなく、各々が好きな場所に座るシステムであるようだ。

キャローナがあえて最後列に座ったのは、皆の視線がフランに集中するのを少しでも緩和するための気づかいだろう。

「……」

「……」

フランたちが着席しても、教室を支配するのは静寂だ。男子生徒たちは誰もが猛獣を前にしているかのように息を殺して、フランの気配に集中していた。

女生徒たちは苦笑しているな。

「おやおや? 随分と静かだが、どうしたのかのう?」

その静寂を破ったのは、教室に入ってきた一人の老人である。次の授業の講師なのだろう。

「あ、いえ、何でもないです……」

「そうかね? まあ、いい。なら授業を始めようかのう。ああ、そういえば編入生がいるのだったかね?」

「わたし」

「おお君が噂の教官兼編入生か。うちの学院で獣人は珍しいの」

手を挙げたフランを、老教師が興味深げに見つめている。今朝の紹介時に職員室に居なかったらしい。

「君は冒険者だという話じゃが、解体なんかも色々と経験しているのかね?」

「ん」

「どうだろう? 今日は少し趣向を変えて、その話を聞かせてはもらえんだろうか? 現役冒険者から実際の話を聞ける機会は貴重だからのう」

「別に構わない」

「おお、それはよかった!」

生徒たちよりも老教師の方が興奮している。教師であり、研究者でもあるのだろう。

「高位冒険者の解体の経験談など、そうそう聞けるものではないぞ!」

好奇心に満ちた目で、喜びの声を上げている。

「では、何から聞くかの? そうさな……。例えば、今まで解体した中で、最も巨大な魔獣は何かね?」

「大きさ?」

「うむ!」

「うーん……?」

「なんだね? あまり大物を解体した経験はないかね?」

「たくさんすぎて、どれが一番か分からない」

「お、おお。そうだったか。では、最近で一番大きかったやつではどうかな?」

「じゃあ、あれ。魔狼の平原で倒した奴」

「ほほう? 噂では、様々な種類の魔獣が出没するらしいのう? して、何を倒したんじゃ?」

メッチャ前のめりの老教師。この教室の中で、一番真剣だろう。

「インビジブル・デス」

「な、なんじゃとぉ! イ、イ、インビジブル・デスと言えば脅威度Bの魔獣じゃぞ! それを仕留めたというのかっ!」

もうね、生徒たちなんか完全に置き去り状態? 老教師の興奮とは逆に、生徒たちはポカーンとした表情だ。

それを見て、マズいと思ったのだろう。自分が教師であると、何とか思い出したらしい。

「ゴホン。あー、そのだな。インビジブル・デスという魔獣について、先に解説しておこうか」

教科書などはないので、板書しながらインビジブル・デスの説明をし始める。魔獣に関して専門なだけあり、老人の説明は非常に詳しかった。

ただ、実地でしか分からないこともあるので、そこはその都度フランが補足する。

例えば光学迷彩。光を屈折させて姿を消すという話は知っていたが、それがどの程度の隠密性を持っており、どの程度の脅威なのかという具体的な情報は知らなかった。

そうして、フランと老教師の会話で授業は進んでいく。生徒たちは理解しようと頑張っているが、中々難しいらしい。

あまりにも強すぎて現実感が湧かないし、その能力は多様で想像もしにくい。一応、黒板に図解を入れて説明しているが、イメージが湧かないようだった。

「あの、モーライ先生」

「キャローナ君、何かの?」

「その、いまいちお話し中の魔獣の姿が想像しにくく、今からでも魔物図鑑を取りに行ってはダメでしょうか? 15分も頂ければ、戻ってまいりますわ」

「ふむ。そうじゃのう」

いつもであれば、図書館などに所蔵されている魔物図鑑を持ってきて、そのページを見せながら授業を進めるらしい。

すると、フランが次元収納からある物を取り出した。

「これ」

「も、もしかして! インビジブル・デスの鱗かの?」

「ん」

「ほ、他にもあるんかのう?」

「全部とってあるよ?」

「ぜ、全部ぅ? もしかして、インビジブル・デスを丸々一頭ということか!」

「ん? 2匹あるよ?」

フランが頷いた瞬間、老教師が発狂したような叫び声をあげた。

「うひほぉぉ! そ、それを見せてもらえんか? な? 若者の勉学のために、是非にも!」

絶対に自分のためだよね?

「ここだと狭い」

「移動しよう! すぐ行こう! ほれ! 皆も移動準備じゃ! 解剖室へ行くぞい!」

その後、全員で解剖室へと移動した。道中も、老教師から質問攻めである。

そうしてたどり着いた解剖室は、想像以上に広く、天井も高かった。大型の魔獣でも解剖できるように大きく作られているらしい。

しかも、床などには補助用の魔法陣が複数描かれている。解剖時に魔獣の血液などを逃さないようにする保存効果のある魔法陣などだ。

その部屋の中央に、フランがインビジブル・デスの死骸を取り出した。こいつは未解体の、修業前に仕留めた一匹だ。

柱のように太い水晶を全身に纏った、10メートルオーバーの巨獣の死骸は、圧倒的な存在感で全員の目を釘付けにしている。教師も生徒も、激闘の痕が生々しく残る巨獣を前に、言葉を失っていた。

知識で分かっていても、目の前で見せられると迫力が違うのだ。

インビジブル・デスの死体からは体液や内臓の一部が流れ落ち、異臭を放っている。次元収納に仕舞っていたから腐っているわけはない。多分、元々こいつの内臓などが持っている臭いなんだろう。

気分が悪くなったり、臭いなどに顔をしかめる生徒がいないのはさすがだ。普段から解剖や解体を行っている成果が出ているらしかった。

「出したよ?」

「お、おお……。素晴らしいのう……。皆もしっかりと観察するように! 脅威度Bの魔獣をこれだけ間近で見られる機会など、二度とないかもしれん!」

そう叫んだ老教師は、自ら率先して魔獣の死骸を観察し始めた。それを見て生徒たちも周囲に散らばって、スケッチなどを始める。

「フラン。この魔獣のこと、教えてもらえます?」

「私たちもいいですか?」

近寄ってきたのはキャローナを先頭にした女生徒たちである。

「ん。わかった」

「ありがとうございます」

「じゃあ、一番厄介だったやつから。この尻尾。ここに穴がある。ここから――」

「なるほどっ――」

「あとはこれ――」

「まあ、そのような能力が――」

フランの淡々とした説明を聞きながら、キャローナたちがいちいち大げさに反応してくれる。その反応に、フランもノッてきたようだ。フランにしては饒舌に解説を続ける。

そんな様子を見ていた男子生徒たちも、段々とフランたちに近寄ってきた。そして、いつしか質問をしてくる生徒も出てくる。実際に接してみて、フランを必要以上に恐れる必要はないと分かってくれたのだろう。

フランが語るインビジブル・デスとの激闘の様子や、仕留める際の苦労などを皆で聞いている。

授業は脱線する形になってしまったが、これでクラスメイトたちとの距離はさらに縮められたかな?