軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

545 降参

「それともまだやる?」

「……やる!」

短くそう叫んだ直後、フランが自分の背後に光球を生みだす。しかし、これは攻撃の術ではなく、単なる明かり用の術でしかなかった。

生み出した場所は、光球、フラン、ウィーナレーンが一直線に並ぶ位置だ。長く伸びたフランの影が、ウィーナレーンを飲み込んでいる。

そして、影の中から突如現れた巨大な獣の口が、ウィーナレーンの足を飲み込んだ。

最大サイズに変わったウルシが、影の中から奇襲したのである。

「ガルルオッ!」

「っ……ここまで隠してたとは!」

ウィーナレーンが咄嗟に飛び上がったことで、ウルシが噛みつけたのは膝下だけだ。しかもアクエリアスによるカウンターで、ウルシは即座に閉じた口をこじ開けられていた。どうやら口内で大量の水が生み出されたせいで、どうしても閉じておけなくなったらしい。

「ガボボ!」

口から大量の水を吐き出しながら、ウルシが再び影の中に逃げ込んだ。だが、十分仕事をこなしてくれている。

噛み千切ることはできていないが、ウィーナレーンの両足は激しく損傷していた。牙によって穿たれた穴からは血が溢れ出し、どちらの足も折れているだろう。

進化したことで手に入れた、次元牙の効果だ。防御無視の攻撃が、アクエリアスによって生み出された防御膜を貫通してダメージを与えたのである。

水に邪魔されず完全に口を閉じきれていれば、噛み千切ることもできたんだろうが……。だが、これはチャンスである。

俺とフランはここで最後の攻撃を仕掛けることにした。

「カンナカムイ!」

『重ね掛けだ!』

正直言うと、俺の耐久値はもうギリギリだ。剣神化でのダメージと、神水と打ち合ったことによるダメージが重なっているからな。

それが分かっているフランが選択したのは、魔術であった。苦手な分野であるが、これも修業によって改善されている。

咄嗟にカンナカムイを放てるほどではないが、以前のように集中に何十秒もかかる程ではなくなっていた。それこそ、ウルシが稼いでくれた時間で準備を完了できる程だ。

水で体を支えて宙に浮遊しながら、足を回復させているウィーナレーンに、俺たちが現時点で放てる最強の攻撃が降り注ぐ。

「神水創造! ヤマタノオロチ!」

ただ、相手は魔術の大家。前兆を感じ取っていたのだろう。降り注ぐ極雷に対して、即座に魔術を発動していた。

水で形作られた八体の龍が、天に向かって昇っていく。それぞれが凄まじい威力を秘めた水龍は、上空でカンナカムイとぶつかり合い、凄まじい放電を起こしていた。

バチバチィィバリイイィィィッ!

そして、雷が急激に細くなり、大地に届く前に消滅してしまう。

爆発する訳でも、どちらかが一方的に押し勝つ訳でもない。水の龍が極雷の力を減衰、霧散させ、消滅させてしまったのだ。

多分だが、ウィーナレーンは狙ってやっている。できるだけ周囲に被害が出ないように威力を調整し、カンナカムイを打ち消したのだ。

接近戦ではいい勝負ができたのだが、魔術の勝負ではあちらに軍配が上がるという事なのだろう。

「いたた……。戦闘勘が完全に鈍ってるわねぇ。それにしても、天断にカンナカムイって……。この年齢にしては強過ぎじゃないかしら? もう一度お願いするけど、降参してくれない?」

多分だが、フランの自主的な降参というのが重要なんだろう。ウィーナレーンは何らかの強制力により、戦闘をせざるを得ない状況だ。それを止めるためには、相手の降参や無力化が必要になるのだと思われた。

「あなたレベルの相手とここで本気でやり合うことになったら、被害も大きすぎるもの。拘束はするけど、すぐに解放するわ。嘘じゃないから」

(師匠?)

『ここは、向こうの言うことを聞いておくべきだ。嘘じゃないとは思うが……』

虚言の理は、その言葉を嘘だとは認識していない。ただ、鑑定が全く通用しないほど格上の相手に、虚言の理が正常に働いているか分からなかった。

それでもフランは相手の言葉を信じることにしたらしい。まあ、派手に戦って、怒りが多少発散されたというのもあるのだろう。

「それとも、私を倒して、アレを殺す?」

「……」

ウィーナレーンとフランの視線が、やや離れた場所で佇んでいるゼロスリードを向いた。俺によって切り裂かれた首から血が溢れ出し、全身血まみれ状態だ。だが、騒ぐこともせず、その場に静かに立っていた。

「因縁があるのは理解したけど、今はまだアレに死なれるのは困るのよ。それに、ここで貴女がアレを殺してしまったら、今度こそ手加減できない。お願い。降参して!」

ウィーナレーンがそう言って、その場で頭を下げた。立場が逆転している気がするが、ウィーナレーンが本気でこれ以上の戦闘を避けたがっているのは分かる。フランも理解したのだろう。

「……分かった。降参」

「ありがとう」

フランの言葉にウィーナレーンがホッとしたように息を吐く。

「ふむ……。ベルトゥディーがまだ騒いでいる……?」

だが、再びその眉が顰められた。

「え? あの狼もってこと? 仕方ないわね」

誰かと会話しているのか? 何やら虚空に向かって頷いていたウィーナレーンが、再び水の球を生み出した。

「フランはともかく、狼さんへの制裁が不十分みたいなの。ちょっとだけ荒っぽくなってしまうけど、ごめんなさい」

ウィーナレーンが飛ばした球が、フランの足下に着弾する。フランを拘束するつもりなのかと思ったら、そんな感じでもなかった。

水球はそのまま地面を舐めるように、薄く広がりだす。一見すると、フランが水たまりの中心に立っているように見えるだろう。何をやっているのだろうか?

俺とフランが疑問に思いながら見守っていると、すぐに水がブクブクと泡立ち出す。直後、水の中から何かが飛び出した。

「ワブブ!」

「ウルシ?」

口から水を吐き出しながら、溺れているかのように前足で宙をかくウルシだ。というか、溺れている。どうやら何らかの方法でウルシの隠れている影の中に水を流し込んだらしい。

転移阻害されている以上、ウルシが水責めから逃げることはできないだろう。ウルシが飛び出した瞬間、狙っていたように頭上に置かれていた水の球が再度ウルシに襲いかかる。

「ワグゥ……!」

水球が一気に膨張すると、その内部にウルシが囚われた。せっかく窒息を免れたのに、即座に水の中に逆戻りさせられたウルシは、情けない顔で呻いている。

パニック寸前であるようだが、それでもウルシは諦めていない。体を一気に巨大化させたのだ。その勢いで水を弾き飛ばそうと考えたらしい。

しかし、ウィーナレーンの方が一枚上手である。

「無駄なのよ」

なんと、巨大化するウルシに合わせて、水球が膨張したのだ。結局、ウルシは水球に囚われたままであった。それどころかウルシが苦しげに顔を歪めている。どうも、強制的に口の中に水を流し込んでいるようだった。

「オブブ……」

ヤバい、ウルシが溺れる! だが、ウルシが苦し気に顔を歪めた直後、ウィーナレーンがパチンと指を鳴らした。すると、水の球が姿を変え、ウルシの顔だけが外に出る。

「これで狼の方は大丈夫ね。次は貴女。大人しくしていてね」

「ん」

ウィーナレーンが軽く指を振ると、フランの足下から水が一気に立ち昇り、包み込むようにフランに覆いかぶさった。一見すると、青いスライムに襲われているような光景に見えるだろう。

そのまま水がフランの首から下。胴体や足に巻き付き、ウルシと同じような状態になってしまった。どうやら絶妙に水圧が調整されているらしく、フランの生命力にダメージはない。しかし、身動きは取れないようだった。

水の球から顔だけ出すという間抜けな状態で拘束されたフランたちは、悔しそうに項垂れている。

しかし、ウィーナレーンの顔は未だに顰められたままだった。

「抵抗する気はなさそうだし、動きも拘束したのに、ベルトゥディーがまだうるさいのはなぜ? クルゥクルゥも騒いでいるし……。え? 剣? 敵対行動って……剣が?」

また誰かと会話しているな。しかも今、剣って言ったか? すると、ウィーナレーンの視線が完全に俺を見た。

フランを捕まえている水が蠢き、俺だけが分離するような形でフランと引き離される。

「うーん? 剣さん? と言えばいいのかしら? 抵抗する気はある?」

確実にばれていた。ここはもう、隠していても仕方ないだろう。

「ま、意識があるからといって、質問に答えられる――」

『……いや、ない』

「え? 今のは?」

『剣だよ。とりあえず、念話で頼む』

(し、喋る剣て……。はぁ、どんな子たちよ。1人1人でも十分伝説級なのに、それが3人揃ってるって……。まあ、それも後で詳しく聞かせてもらいましょうか)

『ああ』

「敵対者に対する対処完了。これにて防衛行動を終了するわ」

ウィーナレーンがそう呟くと、周囲を覆っていた魔力が霧散する。同時に、ウィーナレーンから発せられていた攻撃的な魔力が和らいだのだった。