軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

440 英雄と乙女

ホールを抜けた先には、巨大な扉が鎮座していた――と思われる場所があったのだが、そこには扉の残骸だけが散乱していた。エイワースの散布した金属腐食薬の仕業だ。

どれだけ巨大で、気密性が高かろうとも、金属の扉であれば金属腐食薬にボロボロにされ、そこから他の薬が入り込むわけだ。改めて恐ろしい薬品だったな。

フランたちは扉の残骸を踏み越えて先に進む。そしてその先にあったのは牢獄であった。頑丈そうな金属の格子がはめ込まれている。

見張り役の剣士は生きていたが、1対1では対処法を知った俺たちの敵じゃない。瞬殺であった。

「ガルス!」

部屋に踏み込んだ直後、フランが駆けだす。そう、牢獄の中にはガルスが倒れていたのだ。鑑定してみたところ、意識を失っているだけであるようだ。

「む?」

フランが鉄格子を掴んで力を入れるが外れない。どうやら特殊な金属であるようで、金属腐食薬で劣化していなかった。

「魔鋼系の合金だろう。あの薬は魔法金属には効きづらいからな」

「……しっ!」

とはいえ、魔力打ち消しさえ無ければこの程度の格子は問題にならない。フランはあっさりと鉄格子を切り裂いて、牢獄の中へと足を踏み入れた。

「ガルス? 大丈夫?」

「……」

軽くガルスを揺するが、反応がない。

「――グレーターヒール! どう?」

『ダメだ。目が覚めない』

魔薬の影響だろう。エイワースの薬のせいではないと思う。多分。

『とりあえず、ガルスを連れ出そう』

「ん。ウルシ」

「オン!」

フランが意識のないガルスをウルシの背に括りつける。念動で支えながら移動すればガルスへの負担も少ないだろう。

『エイワースはどうした?』

「ん?」

エイワースは牢屋の前にしゃがみ込んでいた。見張の剣士の死体を調べているようだ。

「ほうほう。ここから背中に剣を差し込んでおるわけか。背骨の裏に通っているようだ。耐久力は……。なるほど。魔剣という程強力ではないか。最初からこの使用法を考えて作ったのか? それにこの術式は? ここが――」

謎の液体を剣に垂らしたり、死体の状況を確認したりしている。それどころか、眼球になにやら針のような器具を突き刺したり、手首を切って血を採取したりしていた。

「エイワース、上に戻る」

「うむ。そうか。まあここにはもう何もないようだしな。それで、ドワーフは無事だったのだろう?」

「でも、目が覚めない」

「どれどれ。少し診てみるか」

死体をしっかりとしまい込んだエイワースが、ウルシの背に乗ったガルスに近寄る。フランが止めるべきかどうか迷いを見せた。だが結局は、そのままガルスの診察を任せることにしたらしい。

「なるほどなるほど……」

エイワースがガルスの口内や目蓋をめくったり、魔力の流れをチェックしたりしている。

「魔薬のせいだろうな。精神的に消耗が激しく、それが肉体にも影響を及ぼしている」

「治る?」

「見たところ、かなり汚染が進んでいるが、最悪の事態には達していない。時間をかければ癒すことは問題ないだろう」

「そう。治療するにはどうしたらいい?」

「治癒系の最上位魔術か、錬金術による解毒だろう。魔薬は影響が強いが、対処するための薬は幾つか存在している。なんなら儂が治療してやってもいいぞ? 魔薬に侵されたドワーフというのは中々貴重な検体だからな」

いやいや、エイワースに預けるとか絶対にありえないから! 飢えた狼の前に生肉を巻いて放り投げるようなものだ。絶対に無事には済まないだろう。ガルスが解剖される未来しか想像できなかった。

「いい」

「ふむ、そうか?」

「ん」

「まあ待て。儂が直々に治してやると言っているんだぞ?」

「平気」

「む……」

フランも俺と同じことを考えたようで、きっぱりとエイワースの言葉を拒否していた。

『とはいえ、この後どうするかだよな』

このまま安全なところに運んで治療を頼みたいが、どこに運ぶべきだろう? 貴族街は戦闘中だし……。

『フラン、一度冒険者ギルドにいこう。あそこなら貴族街から離れているし、戦力もいる、治療できる人間もいるかもしれない』

「冒険者ギルドに行く」

「ふむ。悪くない判断だろう。お主らの立場では盗賊ギルドに預けるという訳にもいかんだろうしな」

意外にもエイワースが賛成してくる。盗賊ギルドに預けろって言い張ると思ったんだがな。

「さっさとそのドワーフを預けて、他の戦場へ行くぞ。こやつらの動いているところも観察してみたいからな」

単純に興味の矛先が疑似狂信剣に向いているだけだったか。

それよりも意外なのは、勝手に行こうとしないところだ。こいつの性格上、フランを置いて勝手に行ってしまいそうなんだがな。いや、エイワースを一人で解き放つのは怖いので、目の届く範囲にいてくれる方がいいけどさ。

「世にも珍しい、進化した黒猫族……。その真価は見逃せんからな」

こいつ、フランにも興味津々だった! フランに向ける目が、ガルスや疑似狂信剣に向けるのと同じ好奇心を宿している。貴重な実験体を見る目だ。

『フラン、エイワースに絶対に気を許すなよ?』

(当然)

まあ、フランはずっとエイワースを警戒し続けているし、大丈夫だろう。野生の勘で、エイワースが自分に向ける視線を感じ取っているのかもしれない。

そのまま突入してきた穴から外に出たフランたちは、やきもきしていたフェイスを拾うと、その足で冒険者ギルドへと急いだ。

すでに騒ぎが広がりを見せているようで、市民街や繁華街でも人々が不安そうな顔をしている。それどころか旅人や行商人の中には、王都から脱出しようと門へと急ぐ者たちまでいるようだった。

「これはまずいですね。戦闘が長引くようだと、王都から脱出しようとする人々のせいでパニックが起きるかもしれません」

フェイスが不安げに呟くのも無理はないだろう。戦闘は激しさを増しているようで、大きな爆発音が連続で響いたり、貴族街から謎の光が発せられたりしているのだ。

「誰もいない?」

到着した冒険者ギルドは、驚くほど閑散としていた。受付の人間以外に人がいない。その中でいち早くフランに気付いたのは、相変わらず暇そうにクッキーをつまんでいるステリアだった。

「おや、黒雷姫じゃないか? どうしたんだい?」

「冒険者はどうしたの?」

「ギルドから治安維持の緊急依頼を出したのさ。暇にしている奴らは全員、町に出ているよ」

ギルドもきっちり仕事をしているらしい。

「ガルスを預かってほしい」

「ガルスって……もしかして名誉鍛冶師のガルス師かい?」

「ん」

フランは魔薬のせいで目を覚まさない事、治療が必要な事、場合によっては敵が奪い返しに来る可能性があることを告げた。すると、ステリアが眉根を寄せて唸る。冒険者がいない現状で、預かってよいかどうか悩んでいるのだろう。

そこにエイワースが少し苛立った様子で声をかける。

「何をグズグズ考え込んでいる? さっさとしろ」

「はぁ? 誰よあんた」

「儂は元冒険者のエイワースという者だ」

エイワースにそう告げられたステリアの変化は劇的だった。胡散臭げな表情が一転して、まるで恋する乙女のような顔だ。いや、おばさんなんだけどさ。

「エ、エイワース様? も、もしかして竜縛りのエイワース様ですか?」

「そうだ。これが昔使っていたギルドカードだな」

「は、拝見いたします!」

ステリアがわずかに震える手でエイワースのギルドカードを手に取った。そして、真剣な顔で真贋をチェックしている。

「ほ、本物だわ! 本物のエイワース様だわ! お、お会いできて光栄です!」

「うむ」

ふてぶてしいオバサンから、アイドルの追っかけにクラスチェンジだ。ステリアはキラキラした目でエイワースを見つめている。声のトーンは1段くらい高くなっているだろう。

その変貌ぶりを、他の受付嬢たちも呆然と見つめていた。

「それで、このドワーフを預かり、治療をできるのか?」

「は、はい! 勿論です!」

本当に憧れの存在なのだろう。エイワースの態度のデカさに気を悪くするどころか、頬を朱に染めて嬉し気にうなずいている。

だが、そんなに安請け合いしていいのか?

「大丈夫? 敵が来るかもしれない」

「平気だよ! まかせときな! これでもあたしゃ、元ランクB冒険者さ! それに、今回の招集に応じなかった高ランク冒険者を速攻で呼び出すからね! 治療も、すぐに治癒術師と錬金術師を呼ぶよ!」

招集に応じなかった冒険者がいうことを聞くのか?

「ふふん。あたしが何年このギルドに居ると思っているんだい? 冒険者の弱みの3つや4つ握っているのさ。貴族どもの為に働かせようとは思わなかったが、エイワース様の為なら話は別さね!」

ステリアおばさんは想像以上に陰の権力者であったらしい。まあ、こっちは任せておいて大丈夫だろう。

それに、考えてみたら疑似狂信剣なんてとんでもない物を作れる可能性がある鍛冶師だ。国に預けるのはマズいかもしれない。主にガルスの自由的な意味で。クランゼル国王がごく平均的な野心を持っていれば、ガルスを自由にするという選択肢はないだろう。強制的な奴隷化後に、疑似狂信剣量産に従事させられる未来しか想像できない。

その点、冒険者ギルドなら国に対しても強く言える。ただ、ダメ押しをしておこう。フランがカウンターに100万ゴルドを取り出して、ステリアに告げる。

「じゃあ、私が依頼を出す。ガルスの身柄の安全の確保と、治療をお願い。あと、私たち以外には、特に国とかには勝手にガルスを引き渡さないで。報酬とか経費はこれで」

「儂も連名しておこう。国に横から掻っ攫われるのは避けたいからな」

「やっぱり色々と訳ありかい? まあいいさ。エイワース様の依頼なら、何があっても達成するからね! 報酬もたっぷりだしね」

冒険者がギルドに直接頼んだ依頼だ。これでガルスを奪われたらギルドの面子にもかかわる。きっと守ってくれるだろう。

「あと、私の従魔を残していく。ウルシ、何かあったらガルスを連れて逃げる」

「オン!」

最悪、ウルシがガルスを守るはずだ。

「では、儂らはもう行くぞ」

「ん」

目指すのは王城前の広場だ。そこにベイルリーズ伯爵がいるそうだからな。