軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1052 フランは覚悟を……?

マールに背を向けたフランが、敵船団の上空を駆け抜ける。

すると、面白いようにマールを誘導することができていた。フランの後を追って、一直線に突っ込んできているのだ。魔力が高まったおかげなのか、マールは風魔術だけで空を飛んでいる。

そのまま他の船には目もくれず、水竜艦へと向かって行くフランたち。

空中跳躍で水竜艦に飛び乗ろうとすると、光の膜がフランの突進を止めていた。

「へぶ!」

『結界か! やっぱ、敵を判別してるな!』

顔面を打ち付けて、変顔をしているフラン。転移も遮断するらしく、通り抜けはできない。

ただ、反撃する能力などはないらしく、フランは結界の上に立てている。各船から攻撃が飛んでくることもあるが、俺の障壁で弾くことができる程度のものだ。

『さて、マールはどうかな?』

「グガァァァ!」

「通った!」

フランが回避したマールの攻撃が水竜艦の甲板に直撃し、大きな穴を開けた。結界もダメージの移し替えも機能していない。

狙い通りではあるが、こうなってはマールを無視して水竜艦を制圧することはできなくなった。

『よし、このまま周りの艦から沈めちまおう!』

「ん!」

喜ぶ俺たちと対照的なのが、敵の船員たちである。

「アレを止めろ! 錬金術師たちは何をしているのだ!」

「だから、東の狂人の力など、当てにするべきではなかったのだ!」

「ああ、マール姫様……。なんと痛ましいお姿に」

「やっちまえ姫様! 俺たちごとレイドスのやつらをやっちまえぇ!」

色々な叫び声が聞こえてくるな。怒っているのはレイドス王国の人間。マールに好意的なのは、シードラン海国の人間だろう。

フランは結界を足場に逃げ回りながら、マールの攻撃が水竜艦やその周辺のレイドスの大型艦に向かうように誘導していく。

横っ腹に氷の砲弾を食らい、大穴が空いた船。凍り付いて、船腹にヒビが入り始めている船。広範囲の冷気によって、船員が凍り付いた船。等々、その被害は時間を追うごとに凄まじい勢いで増えていっている。

やはり、マールの攻撃は敵の結界を通り抜けるらしく、水竜艦やその周辺の船にも一度も防がれることはなかった。

シードランの船の中には、この機に乗じてレイドス王国に攻撃を仕掛けるものまで現れ始めた。弓矢を積んでいないようで、なんと船体をぶつける特攻だ。

そうして混乱が広がり続ける中、マールに異変が起こり始めた。

「グガ、ガ、アアアアアアアア!」

「なんか、大きくなった?」

『見間違いじゃない。海水を吸って、体の体積が増していってる』

マールが巨大化し始めていたのだ。元々小柄な少女が、今や全高5メートルほどはあるだろう。巨鬼の体に、少女の顔が乗っているような、異様な姿である。

肉体は一見すると筋肉質の怪力自慢のようだが、その内側に筋肉なんぞ備わってはいないだろう。氷でできたその肉体は、どちらかと言えば氷の魔力が圧縮されて形をとった存在に近いと思われた。

同時に、纏う魔力も異常な高まりを見せている。

体内に押し止めていられなくなった魔力が、強烈な冷気となってその周囲に漏れ出しているらしい。

最早、マールが何かをせずとも、そこにいるだけで周囲を凍り付かせる存在と化していた。常時、氷雪魔術のダイヤモンドダストを放っているようなものだ。

「ギャァァァ! 俺の腕がぁ!」

「た、たしゅけ――」

「姫様。先に逝きますぞ」

「シードラン海国に栄光を!」

被害は俺たちの想定を遥かに超え、レイドス王国の船だけではなく、シードラン海国の船へと広がっていた。

それからおよそ10分。

レイドス王国、シードラン海国の連合艦隊は、見る影もなかった。

3割ほどが沈み、残っている船も無事な船はほぼない。残った船の半数には大きな穴が開き、凍り付いた海面に捕らわれて動くこともままならない。

このまま帰途に就けたとしても、半数以上は沈むだろう。

水竜艦はまだ健在だ。船体の損傷が、いつの間にか修復されていた。応急処置ということではなく、傷が綺麗に消えているのだ。

考えてみれば、剣や防具も、魔術やスキルで一瞬で直る世界だ。船大工のスキルに、船を直すようなスキルがあってもおかしくなかった。

かなりの魔力が必要なはずだが、そこは水竜から分けてもらうなどすればいい。

『想像以上に厄介な船だな!』

(どうする?)

『……フラン。もうわかっているだろう?』

「……」

残る大きな脅威は2。その内の1つ、水竜艦は相変わらず結界に守られている。しかも修復能力がある以上、一瞬で消滅させるような攻撃が必要だろう。

暴走するマールがしつこく攻撃している状況で、そんな攻撃を放つことは難しい。まあ、できないことはないんだが……。

ここまで敵艦隊を無力化できたのであれば、水竜艦に乗り込んで制圧してしまいたい。敵の幹部がいれば、色々と情報も得られるだろうしな。

『先に、マールを倒すぞ』

「……ん」

フランも理解はしているのだ。あえて、考えないようにしていたんだろう。トラウマが、想像以上にフランの心を縛っていた。

マールを利用して同士討ちさせるという迂遠な方法まで使い、無理に時間を引き延ばしてきた。戦いに対して常に真剣なフランが、強敵を前にしながら舐めプとすら言われるような戦いをしたのは初めてだろう。

だが、マールを無視し続けるのはもう難しかった。

上空に跳び上がったフランを、マールが即座に追ってくる。鬼ごっこもそろそろ終わりだ。

「……やる」

『俺が、やってもいいんだぞ?』

別に、フランが直接手に掛ける必要はない。しかし、フランは首を振った。

「へいき。私に、やらせて」

フランは真っすぐな瞳でマールを見つめているが、まだその気持ちに揺らぎがあるように思えた。本当に、大丈夫か?

しかし、フランが無理やり決めた覚悟に水を差すかのように、マールにさらなる異変が起こっていた。

「グガガガガガガガガガァァァ!」

突如体を痙攣させ、苦しみ始めたのだ。体を浮かせている風魔術が乱れ、体が傾ぐ。

そして、その口から咆哮以外の、言葉が漏れ出した。

「ああぁ……。みんな、死んだ――」

「!」

『理性が……戻った?』

先程まで狂気と野生に支配されていたその瞳を見ると、確かに理性の色が戻っていた。

人の感情を感じさせる目だ。

だが、その口から漏れ出たのは、理性的とは言い難い言葉である。狂おしいほどの絶望を孕んだ、嘆きの呟きだ。

どうやら、暴走中の記憶があるらしい。

その顔からは完全に暴走の兆候は消え去り、悲しむ一人の少女に見えた。両目からは熱い涙が溢れ出し、その端から凍って崩れ去っていく。

シードラン海国の人間を、自らの手で殺したことも覚えているようだ。

同時に、マールから溢れ出していた凶悪な冷気が、驚くほどに弱まっていた。彼女の力が弱体化したのではなく、きちんと制御されたからだろう。

少女の弱々しい目が、フランを見た。

「……ここは、地獄なのか……?」