作品タイトル不明
1033 割り切れぬ想い
『ふぅぅぅ……』
ファンナベルタから流れ込んできたネガティブな感情が、ようやく落ち着いてきた。
『もう、大丈夫だ』
「ん」
俺を抱きかかえながら、フランはトリスメギストスを睨みつける。
「これが、褒美?」
「うむ」
自身の愛剣を――長年連れ添った相棒を失ったというのに、トリスメギストスの声に何の感慨の色もない。
そんなトリスメギストスを前にして、俺は怒る気も失せていた。
哀れだ。
長年尽くしてきた相手にあっさりと「不要」と言われたファンナベルタも、相棒を失っておきながら嘆くことがないトリスメギストスも。
その眼には――いや、少しだけ、ほんの少しだけ感情の揺れが出ているか? やはり、悲しみがある? ファンナベルタが完全に狂い切る前に、介錯をしてやった? それとも、そうであってほしいと願った俺の心が、ファンナベルタの感情が、そう見せているだけ?
フランも似た考えを持ったらしく、その耳がヘニャリと垂れ下がる。先ほどまでの怒気や殺気は鳴りを潜め、トリスメギストスたちへの同情の気持ちが強く出ていた。
自分とのあまりの違いに、恐ろしさを感じたのだろう。まさに未知との遭遇なのだ。俺を抱く腕に、ギューッと力が入っている。
「その剣が共食いの力を持つことは分かっている。それ故、力を譲渡したのだ」
『どこかにファンナベルタのスペアでもあるのか? 記憶のバックアップを取っているとか?』
「そのようなものはない」
『マジか……』
だとしたら、こいつは今後ずっと独りで神罰を受け続けるってことか? 自業自得なのは分かるが、それは――。
俺たちの質問に答えていたトリスメギストスの姿が、不意にブレた。
「む、肉体が、限界か――」
「消えた?」
いきなりトリスメギストスの姿が虚空へと消えていた。結界の外に出ていられる限界時間がきたってことなんだろう。それとほぼ同時に、イザリオが意識を取り戻す。
「フラン、か……?」
「イザリオ、だいじょぶ?」
「……思ったよりも、大丈夫だな。どうしてだ?」
『トリスメギストスだよ』
俺は、トリスメギストスが嫉妬の原罪を使い、イザリオを救ったことを説明する。
それを聞いて、納得したらしい。
「俺は、貴重な戦力だからな。奴らしい行動だ」
『数時間分の時を奪ったとか言ってたが、どうだ?』
イザリオの状態を確認する。城に辿り着くまでの消耗や反動は残っているが、問題はないらしい。すでに起き上がって、普通に歩けている。
それどころか、神剣の代償として低下したはずのレベルが戻っているそうだ。
この様子なら、戦闘すら可能だろう。そんな彼に、今回のトリスメギストスの行動を語って聞かせる。
『イザリオ。トリスメギストスのやったこと、どう思う?』
絶対に殺さねばならないと息巻くほどの正義感は、俺にはない。だが、哀れな存在だからと赦せるほどの寛容さも持ち合わせていないのだ。
殺すべきだとは思うが、殺せない。そもそも、奴に敵対して邪魔したら、神々から罰が下る可能性すらあるんじゃないか? 結局、何もせずに傍観することしかできないのか?
『俺は、奴をどうしたらいいのか、もう分からん……』
「モヤモヤすんのは分かるが、アレはそういう存在だと思って諦めるしかない。俺たちが何を言おうがアレは変わらんし、排除もできん。それに、結界内に不法侵入してるのは、俺たちの方だからな」
「戦える者以外は、居ちゃいけないって言ってた」
「それもまた、一つの真実だろうよ」
『でも、戦い続けるためには、生産をする人だって必要だろ? そのためには町が必要だし、人が集まれば子が生まれて町が広がる』
確かに、トリスメギストスから見て意味がない人間は多いのかもしれない。だが、鍛冶師や錬金術師、料理人などもいるし、竜人が結界内で戦い続けるためにはそういった存在は必要なんじゃないか?
「補給の必要がないトリスメギストスに、結界の外に出入り可能な竜人たち。結界の内部に拠点を作る絶対的な理由とはならないってことなんだろうな。それよりも、結界内に大勢の人間が暮らして、力を吸われ続ける方がデメリットが多いと判断したんだろうよ」
本来、ここはトリスメギストスと竜人が贖罪をするための地だ。しかも、神が戦える者以外は入るなと言い残している。
その邪魔をする場合、排除される可能性もあるし、結界の中に勝手に入るのなら、それも受け入れて生きろってことなんだろう。
「天災みたいなものだと思っておけ。トリスメギストスも抗魔もな。そうでも思わにゃ、この大陸ではやってられん」
『……それは、そうなのかもしれんが。でも、俺は……』
「それでいい。あっさり割り切れるようになっちまったら、終わりだよ。俺みたいにな」
イザリオは自嘲するように笑う。彼だって言葉ほどに割り切れていないのだ。しかし、割り切らねばこの大陸では生きていけない。
だから、割り切ったと自分に言い聞かせているのだろう。
『結局奴の一人勝ちか?』
「……今回のことで、深淵喰らいの力が大きく削れたのは間違いない。アレが外に出れば、世界が滅ぶんだ。言い方は悪いが、世界のための貢献にはなった。そう思うしかない」
『そう、だな……。それに、ファンナベルタを失ったんだ。勝ちとは言えんよな』
モヤモヤしながら溜め息をついていると、人が駆け寄ってくるのが見えた。
「イザリオ、フラン! 大丈夫かっ!」
「嬢ちゃんたちも、大丈夫かい?」
「うむ!」
メアだった。どうやら、他の面々も動けるようになってきたようだ。
球体型の落下攻撃以降、怒涛の展開だったが、なんとかみんな生きてるらしい。イザリオのいる場所に、自然と集まってくる。
全員ボロボロだ。オーファルヴの身に着けていたドワーフ謹製の鎧でさえ、穴だらけだった。
ウルシに運ばれてきたソフィや、冒険者2人がかりで担がれたアースラースなどは、未だに目を覚ましてはいない。
それに、数も減った。冒険者、兵士、騎士関係なく、最初の半分以下だろう。
それでも、巨大抗魔は倒され、危機は去った。多くの者たちは死者を悼みつつも、勝利を噛みしめている。
あと、聖国の姿がない。どうやら勝手に撤退したらしい。まあ、アドル抜きのあいつらがいても役に立たなかっただろうし、いいんだけどさ……。
俺たちも撤収したいところなんだが、これで「はいさようなら」とはいかない。元々この軍勢は、抗魔の異常を調べにきているのだ。
比較的元気なオーファルヴ、イザリオ、戻ってきたハガネ将国のサカキと、シラードの騎士長、事情に詳しそうなセリアドットが集まり、今後のことを相談している。トリスメギストスに話を聞ければ一番早いんだが、一度敵対している。
まあ、向こうはその辺全く気にしてはいないと思うが、万が一もある。というか、こちらにはよく分からない理由で、いきなり戦うことになる可能性はあるだろう。
そして、目的が達成されれば、また悪気も善意もなく、「大儀であった」と言うのだ。
やはり、俺はトリスメギストスが気に食わない。できれば、しばらくは顔を合わせたくない程度には。この気持ちを受け入れる時間が必要だ。
フランは俺よりもさらに、奴を嫌っているだろう。直接手を下したわけではなくとも、人が大勢死ぬ事件に加担し、俺を破壊しようとしたのだ。「絶対に許せない、人生をかけて奴を滅ぼす!」とかいうほどではないだろうが、顔を見れば怒気が湧くであろう程度には嫌悪しているはずだった。
そんなことを考えていると、不意にフランやイザリオが天を仰いだ。俺も、異変をしっかり察知しているぞ?
遥か上空に、強力な魔力が渦巻いているのだ。
「あれ、なに?」
「おいおい、ありゃぁ……神気か?」
そして、不意に光が落ちた。