軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

未踏破地区にて

少し昔の話をしよう。

今は「アース」なんて世界で何でも屋をやってる俺だけど、四年ぐらい前は普通の高校生だったんだ。毎日、学校に通って、友だちと遊び、夜更かしして寝坊しかける……そんな、どこにでもいるような奴だったんだ。

いや、ちょっと違うか。

これといった趣味もなく、勉強もそんなに得意じゃない。かといって、喋りでクラスの奴らを沸かすことなんてできやしないし、そもそも、あんまり積極的に動くような人間じゃなかった。

我ながら、つまらん人間だったと思う。

将来何になるかなんてちっとも考えていなかったし、目標もないのに努力ができるかと、日々、何とはなしに生きているだけ……俺はそんな奴だった。

でも、あいつらは違った。あいつらは、良いにせよ悪いにせよ、活力に満ちていた。人を動かすだけの勢いがあった。

倉本蓮次。

上島優介。

俺の友だちは、俺にはないものをたくさん持っていた。

「くっそ、なかなか見つからんな~」

あの日、俺たちは学校から帰って、仮想現実である≪Another World Online≫へと没入していた。

この時代、外で遊ぶような奴はほとんどいない。バーチャルに比べて、リアルは物足りなさ過ぎるからだ。

特撮のヒーローみたいな動きはできないし、空を飛ぶこともできない。銃を撃つこともできないし、巨大なロボットを操縦することだってできやしない。

「リアルはクソゲー」とはいつから言われていたことやら……それも分からないほど、俺たち人類は仮想現実を最も身近な遊び場として選んでいた。

「まぁ、そういうもんなんだろ? なに、散歩だと思えば気持ちいいもんさ」

「出た出た、イケメンくせえ発言。イケメンは言葉までイケメンだよな。あ~あ、バーチャルで散歩ってなんだよ……」

ぶつくさ言いながらも、優介は足を止めない。あいつも、今日という日を楽しみにしていたからな。背負った遠征用のリュックサックのズレを直し、ずんずんと「未踏破地区」を進んでいく。

あの日は、≪Another World Online≫の大型アップデートの日だったんだ。月に一度の大規模な更新は、ガチャポンのラインナップの変更、新しいイベントやクエスト、アイテムにモンスター、ダンジョンの追加などが目白押しだ。

MAPで表示できない「未踏破地区」の追加も、そのうちの一つ。

街と街の間の空間が拡張されるんだが、そこは誰も足を踏み入れていなければMAPに詳細を表示することができない土地なんだ。その多くは草原や荒野で、ごくまれにアップデート時に告知されていない迷宮が存在していることもある。

俺たちの狙いは、まさにそれだ。

他のプレイヤーよりも先んじて、手付かずの迷宮を攻略する。それだけを楽しみに、何にもない荒野を歩き続けていたんだ。

「未踏破地区」でも迷宮だけは踏破してもMAPに表示されないから、位置情報を情報屋に高く売れるからな……何より、誰も足を踏み入れていない迷宮は、一面の雪原のような魅力があった。

誰かの足跡で汚れきった迷宮じゃない、自分たちしか知らない迷宮……それは、広大な「未踏破地区」で迷宮を見つけ出すことができる確率を度外視してでも、荒野に飛び出すに足りる動機となった。

でも、世の中そんなにうまくいくもんじゃない。歩きに歩いて、二時間半……その間やったことといえば、散歩のついでとばかりに雑魚いフィールドモンスターを倒しただけ。

その日も結局、「未踏破地区」の地図をプレイヤーのみんなに提供するだけの結果に終わりそうだった。

「おっかしいな……ここら辺にあるって情報だったのにな……あの情報屋、この地区担当した下請けって言ってたのにな……おかしいな……」

流石に歩き疲れた俺たちは、夕焼けに染まりつつある「未踏破地区」で小休止していた。

そこらへんの岩に腰をおろして、アイテム欄から疲労回復効果のあるコーヒーを取り出してすする。その間も今回の遠征の発案者である優介は、ぶつぶつと「おかしい、おかしい」と繰り返していた。

よっぽど自信があったのか、それとも発案者として引くに引けなくなったのか、「今日はもう止めとこうぜ」と言わずに俺たちを引っ張り回した優介。れんちゃんも、「今日は優介の好きにさせてやろう」と言って笑うばかり。その時は、えらく疲れたのを覚えている。

「ま、こういう日もあんだろ。さて、どーする? そろそろログアウトする?」

だから、さりげな~くログアウトを促した。実際、もう晩飯時だったからな。そろそろログアウトしなきゃ、どこの家でも家族に叱られるんじゃないかと思ったんだ。

それでも、優介はまだだと言って立ち上がる。

「いやっ! もう少し行けば……あっ」

思えば、あの時ログアウトしていれば、今のような状況にはならなかったんだよなぁ……そう、立ち上がった優介が、あのダンジョンを見つける前にログアウトしていれば。

「すげえええええええ!! 宝の山じゃねえか!? wikiにも載ってないアイテムが、こんなに!」

「モンスターも歯ごたえがあるやつばっかりだ! これは当たりだな、ははは!」

「しかも俺たちが一番乗りってのがいいよな!」

優介が荒野の岩陰に見つけた石造りの階段を降りていくと、そこにはいかにも封印されていますよ、といった空気をぷんぷんと放つ、鎖と錠前でがんじがらめに縛りあげられた金属製の大きな扉があった。

もう、その時点で他のことなんか考えられなかったね。ログアウトだなんてもってのほか、飯なんて後でも食えると言わんばかりに夢中で解錠していき、錆ついた扉を吹き飛ばすような勢いでダンジョン内部へと雪崩れ込んだ。

そこは、期待に胸を高鳴らせた俺たちを決して裏切るようなダンジョンではなかった。

宝箱にはレアアイテムが、通路の先からは見たこともない手強いモンスターが、部屋という部屋には即死級の罠が。あらゆる意味で血沸き肉踊る展開に、ゲーム大好きな優介だけではなく、れんちゃんや俺ですら興奮しっぱなしだったように思う。

そう、俺たち三人組は、≪Another World Online≫の楽しみの一つの究極を味わっていた。

そこで「もう晩御飯だからログアウトしよう」だなんて言う奴は、そもそもVRMMORPGなんてしない。

ましてや、俺たちはレベルがカンストするまでこのゲームをやり込んでいたんだ。この迷宮を制覇するまで今夜は眠れないとばかりに、襲いかかるモンスターと剣を交えながら奥へ奥へと進んでいった。

そして、地下五階の最深部……あのダンジョンのBOSSの間で、俺たちの人生は転機を迎えることとなる。

「あれ……? ボスがいないぞ?」

やけに浅い階層にあるBOSSの間に踏み込んだ俺たちを待っていたのは、主がいないニ十メートル四方の空間だった。

奥には光るオーブが載せられた台座があるが、それだけ。どんなダンジョンにも存在するはずのBOSSは、影も形も見えなかった。

「なーんだ、残念。肩すかしだな」

隣でれんちゃんが残念そうにふっ、と笑う。俺の幼馴染は、仮想現実でも身体を動かすことが大好きだからな……強いモンスターと戦うことは、れんちゃんが≪Another World Online≫をする大きな理由の一つなんだ。

「いやいや、待て待て。MAPにはBOSSの間と書かれているんだぞ? きっと、あのオーブをどうにかするとイベントが始まるんだよ」

そう言って、優介がそろりそろりとオーブに近づく。

普段はちょっとだけビビリな優介だけど、今回ばかりは好奇心が勝ったのか、自ら動いていた。「おいおい、危ないぞ」と苦笑するれんちゃんに親指を立ててみせ、すり足でオーブへと近づいていく優介。

やがて、その手がもう少しでオーブに触れると思われた時……BOSSの間が、歪んだ。

「な、なんだぁ!?」

それは、誰の声だったか……ぐにゃりと歪んだ部屋に平衡感覚を無くしてしまい、思わず膝をついてしまった俺には、よく分からなかった。

異変はそれだけでは収まらない。俺たち三人が腰を抜かしかけたのを見計らってか、歪んだ部屋が生き物の内臓のように脈動し始めた。

どくん、どくんと、脈打つBOSSの間……まるで巨大な魔物に食べられてしまったかのような錯覚に陥ってしまい、ついには床に倒れ伏してしまう。いや、床さえもなくなってしまったかのように、体がふわふわと浮かんでいるような感覚だった。

視界が歪んでいく。部屋の鼓動が、俺の鼓動と重なりあってゆく。

上も下も、床も天井も、歪みに歪んで何もかもが融け合っていく……その瞬間、バンッ! と弾けるような音がして、BOSSの間が弾けた。

「「「うあああああああああああ!!!?」」」

そして、俺たちは落下していく。

床が抜けたか、そのようなトラップだったのか……とにかく、下へ下へと落ちていた。やけに眩しく、未だぐるぐると回る視界、吐き気がしそうな酩酊感……だからだろうか。

俺たちが今、どこを落ちているのかすぐには気付けなかったのは。

「ぐっ、くぅ……っ! な、なんだっ!?」

あの時、声ははっきりと聞こえた。すぐ近くを一緒になって落ちているはずのれんちゃんの声が、目を回した俺の耳にも飛び込んできた。

「空っ!? 空なのか、ここはっ!?」

空……その言葉に、俺は曖昧なままの意識を絞り込んでいく。

一面の青と、燃える光球……あぁ、空だ。確かに空だ。

俺の視界には、雲一つない青空と、燦々と輝く太陽が映っている。

「って、空ぁっ!?」

優介も我に帰ったのか、素っ頓狂な声を上げていた。

まぁ、仕方ないとは思う。だって、俺たちは……地下深く、迷宮最深部にいたはずの俺たちは、地球の丸さを実感できるほどの上空にいたんだから。そして、地面目がけて真っ逆さまに落ちている最中だったんだから。

「やべえええええ!!!? なんじゃこりゃああああああ!!!?」

「死ぬって!? これ、間違いなく死ぬって!!」

瞬時にパニックに陥る俺と優介。無我夢中になって「ログアウト! ログアウト!!」だの、「GMコール!!」だの叫んでは手足をじたばたさせていた。

この時はまだ仮想現実にいると思っていたけれど、地下から天空へと跳ばされたという異常事態による混乱と、何より、体に叩きつけてくる風や、お腹の下がひゅんとなるような生々しい浮遊感が、そこを肉体的死亡が存在し得ない仮想現実だとは思わせてくれなかった。

そうこうしているうちに、水平線はどんどん平たく、地表はどんどん鮮明に見えるようになっていく。

激突の瞬間が迫っていた。

「優介っ! 【物理軽減】のシールド張れっ!!」

その時、れんちゃんの指示がなかったら俺たちは死んでたな。

まぁ、この時、れんちゃんもまだ≪Another World Online≫での出来事だと思っていたから出せたものらしいけど……でも、その声がなかったら、俺たちは今ごろさぞかし平べったくなってたことだろう。

「【オリハルコン・スキン】!」

パーティーにかける【物理軽減】では最強のスキルの発動を、魔法職である優介が宣言する。

すると、俺たちの体は水晶柱のような鋭角なバリアに包まれてゆき……その分空気抵抗が少なくなって、落下速度が増した。

「あ、あれ?」

「「れんちゃーーーーーーん!!!!」」

新幹線なんて目じゃない速度で地面に迫る俺たち。激突まで、もう数秒も残されてはいなかった。

「ま、まあ何とかなるよおおおおお~~~~~!!」

「うわあああああああああ~~~~~~~~~!!」

「セシルゥゥゥゥゥ~~~~~~~~~~~~!!」

こうして、俺たち「フリーライフ」のメンバーは……。

まとめて、異世界「アース」へと落っこちた。