軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

佐山先生のスキル講座

「三時間で五つのスキル習得」を目標として掲げたサヤマ教諭の最初の指示は、「教室内で誰の目にも触れない場所に隠れろ」だった……理解ができない。

「アサシン」の必須スキルであり、迷宮探索にも有用な【隠蔽1】。いずれ私も習得を目指していたのだが、それが、五分間だけ隠れただけで身に着くと?

「いいか~、絶対に誰の目にも見えない場所に隠れるんだぞ~」

周りの学生は、わざわざ移動するまでもない、と、机(教卓を小さくしたような、三方向が木の板に覆われているものだ)の下に潜り込んだ。はしたないが、私もそうしよう。

「いいな~、じゃあ、始めるぞ~」

開始の声がかかる。

チクタクチクタクと、教室に備え付けられた柱時計が時を刻む音だけが響く。時折、遠くから初等部の子どもたちが上げる歓声が聞こえてくる。きっと、実技の時間なのだろう。ただただ時が過ぎていく……。

「は~い、終了~」

そのまま、何事もなく終了の合図が告げられる。

なんだ、何も起きないではないか……そう考えると同時に、自分が少しばかりの期待を持っていたことに気づき、苦笑する。

やはり、サヤマという男は見た目通りの人間だということか。そうと分かれば、ここから出ていってもらおう。まったく、時間を無駄に……。

【【隠蔽1】を習得しました。隠れたいと思う対象の意識から、自らの存在を消す、または希薄にさせる効果があるパッシブスキルです】

(!!!!!!!!)

い、今の声は……!?

意表をつくかのように授けられた福音。間違いない。スキル神、「インフォ」様の御声だ……!

「お~、どうやら無事に、【隠蔽1】を習得できたようだな」

皆が、呆然とした様子で机の下から這い出てくる。誰も、声は上げない。

「な?言っただろ?五分でできるって。じゃあ、ちゃっちゃと残りのスキルも覚えるぞ~」

身体がうまく動かせない。なんだかふわふわとしている。思考も、霞がかかったように曖昧だ。

だが、一つの事実だけははっきりと認識できた。

この教諭は、グランフェリア王立学園で教鞭を振るうに相応しい人物だと。

………………

…………

……

(やべえ、調子に乗りすぎた……!)

「すばらしい!」「是非とも更なるご教授を!!」と褒めたたえる学生に気分を良くし、【スキャン】や【緊急回避1】など、初心者が身につけるのは必須とされるスキルをどんどん教え込んでしまった。結果……。

「サヤマ先生は類稀なる人材……このクラスだけで独占するのは、もはや国益を損ねていると言っても良いでしょう。私が学園長への推薦状を書きます。是非とも、他学年、他クラスでも教鞭を振るっていただきましょう」

「そうだ! それはいい!」だの、「流石フランソワ様、良い考えですわ!」だの、嫌な予感しかしない声が聞こえてくる……まずい、実にまずい。

「これで週一なら、まぁ暇つぶしにもなるかな?」と前向きに考え始めたところでこの提案……!! い、いやだ! 週五どころか休日返上で働くのはいやだぞ、オレは!!!

「そうと決まれば、早速推薦状をしたためましょう。しばしお待ちくださいませ」

やべえ!!! 考えろ……! せめて、週一で済む方法を考えろ……!

「ちょっと待った!!!!!」

「「「?????」」」

咄嗟に止めはしたものの、考えなど何も浮かんでいない……! くそっ、どうすりゃこのくそエリートどもを止め…………ん? エリート?

そういえば、インテリ眼鏡が、「この1・Sは学年トップレベルの学生で構成されているんですよ」と誇らしげに語っていたような……こ、これだ!!!

「確かに、オレが教えることは簡単だ。だが、本当にそれでいいのか?」

「「「?????」」」

「ここは高等部一学年トップクラスと聞く……また、ゆくゆくは国の指導的立場の要となる子弟もいるそうだな?」

皆がフランソワとやらに顔を向ける。ビンゴだ! てきとー言ったけど、ほんとに居て良かったぁ~……! まあ、フランソワがそれっぽかったから予想してはいたが。

「オレは、所詮しがない冒険者だ。だが、お前らは違うだろう。万民に教えを説き、導くことができる立場にある。そんなお前らに、自分たちでこの学園を変えていこうとする意志がないということを、オレは残念に思う」

察しが良すぎそうなフランソワちゃんは、ハッと何かに気がついたようだ。いいぞ、いいぞぉ! どんどん深読みしていってくれ!!! オレが働かなくて済む方へ!!

「少し目新しいスキルを覚えた。じゃあ、皆にも教えてもらおう。さっき、お前らはそう言ったな? ……なぜ、自分たちで広めていこう、と思わなかった?」

ここで、他の学生もオレが言いたいことに気づく。

「いいか、お前らも国家運営に携わろうというのなら、全てを人任せにしようとするな。むしろ、自分たちで周りの人間を引っ張っていくべきだろう。お前らなら、それができるはずだ」

「「「先生……!」」」

よしっ! 説得(?)成功!! 多少強引だったが、【扇動】スキルを発動させていた甲斐があったぜ……くっくっくっ……!

………………

…………

……

(やはり、素晴らしい……!)

「オレは多忙だから、週に一度しか学園に来られない。だから、オレが教えたスキルや習得方法はお前らが皆に教えてやれ。それがお前ら自身の成長にもつながるはずだ」

ええ、そうでしょうとも。この短時間でスキルを習得させるその手腕……いや、スキル習得手段を最適化した頭脳か。いずれにせよ、引く手数多なのは間違いない。エリック教諭も、よくこのような人材を見つけてきたものだ。

(この御方は、他国には渡せないわね……)

サヤマ教諭は、自身を流れの冒険者だとおっしゃっていた。いつ学園や王国から去るかも分からない。国益を思えば、手元に置いておくべきだろう。

「お前らは、習得すべきスキルが足りなさすぎる。まず、この一カ月はそれを習得することから始める。午前はスキル習得、午後は迷宮探索を取り止めて復習に当てる」

確かに、このようなペースでスキルを習得すれば、いざ使うにあたって何ができるのか、思考の遅れが出そうだ。それを、考えることなく実行できるようにするための復習……なるほど、理にかなっている。

「じゃあ、今日はオレから教えることは以上だ。午後は覚えたスキルをどのように使うのかを考え、各自で色々試してみてくれ。他のクラスや学生に教えてもいいぞ」

形式ばった訓練では、実戦で使えるようにならない……先生は、暗にそう言っているのだろう。自ら考え、自ら動く。覚えたスキルは自分のものなのだから。

「教えてほしいスキルとかあったら、エリック先生にでも伝えといてくれ。大抵のスキルは教えられるから。んじゃ、帰るわ」

何でもないことのように、「大抵のスキルは教えられる」と言う彼。普通は、戦闘や魔法など、それぞれ専門の先生が教えるものだというのに。いったい、サヤマ教諭のスキルの引き出しはどれほどのものだというのか。

欲しい……! やはり、欲しい……! 私の中で強さを求める欲求が渦を巻く。

(ふふふ……さて、どうやってあの方をこの国に取り込みましょうか)

久しく感じていなかった興奮に胸を高鳴らせ、私は様々な策謀を脳裏に思い描いていた……。

………………

…………

……

「あ~、めんどくせぇ……くそめんどくせえ……」

学生どもを適当に言いくるめて午後は自習にさせたオレ。エリックにも事情を話し(スキル習得させたって言ったらやたら驚かれていたが……お前ら普段なに教えてんの?)、さっさと家路についていた。

「まぁ……週一なら……」

たまに初心者にものを教えるのも≪Another World Online≫では楽しかった覚えがある。だから、死ぬほど嫌ってわけじゃあない。

「しゃーない、腹をくくるか」

だだっ広い上級区を抜け、やっと中級区の我が家にたどり着いたオレ。二日酔いの影響が残っているのか、ややだるい……寝るか。

「お~い、今帰ったぞおんっじょいおおおんああこおおおお!!!!?!!?」

「……一日の仕事のはずが、半日で帰ってくるとは……クビになったのですか、この甲斐性なし」

ドアの向こうから無機質な声が聞こえてくる。

こ、この腐れ家政婦!!! ドアノブに【スパーク・ボルト】(威力は大したことないが、高確率で「感電3」の状態異常を与えるスキル)を流しやがった!!!!!

「……おしおきです。そこで反省していてください」

「ぢ、ぢがう……! ばなじをぎげ……!」

舌がうまく回らない……! ユミィの足音が遠ざかっていくのが聞こえる……。

ビグビグと痙攣しながら、小一時間ほど家の前に横たわったままのオレ。ご近所さんに「あんまりユミィちゃんを困らせたらだめよ」と注意され、近所のガキにはペンで落書きされ、散々だった。

ひ、人が労働を決意した矢先にこの仕打ち……! やっぱ人間、働くもんじゃあねえな……。

………………

…………

……

「いやあ~、すばらしい! さすがエリック先生だ! 若いのに、これほどの人脈があるとは!」

「あ、ど、どうも」

学年主任の先生が手ずから、私のジョッキにビールを注いでくれる。

「スキルを効率よく学ぶ……この分野で我が王国は、帝国や東方諸国に一歩も二歩も後れを取っていましたからな! あのような人材が冒険者として流れてくるのは歓迎すべき事態だ!!」

いつもはしかめっ面な教頭先生まで上機嫌だ。確かに、我らが王国は、強力無比なスキルを時間をかけて開発・習得するのには長けているが、効率面では他国に劣っていた。

「聞けば、フェルディナン家の令嬢が、サヤマ……だったか、あの冒険者の取り込みに意欲を見せているそうじゃないか……大公爵家が動くか……ふふふ、時間の問題だな。これで我が学園の質も上がろうというものだ」

「いやはや、まったくですな! これで、国の行く末も明るいというものです」

「イースィンド王国万歳! グランフェリア王立学園万歳!」と、先生がたがグラスを打ち合わせる音が上級区のパブに響く。数日前からは考えられない陽気さだ。

近年、学生の質の低下が問題となり、日常的に教育改革が叫ばれていた。そこに、高等部Sクラス実技指導のグレゴール教官の入院だ。更なる質の低下は免れないとされた。

高等部Sクラスと言えば、学内迷宮の下層で実戦訓練を行う。当然、教官には高いレベルと【迷宮探索】などのスキルが求められる。

【迷宮探索】といえば、学内迷宮のような安全が保障された訓練用迷宮などではない、本物の悪鬼蔓延る迷宮に、少なくとも百時間は潜らなくては身に着かないスキルだ。当然、教職に就くもので習得している者は少ない。

学内でも習得しているのはグレゴール教官のみだ。その彼も、常ならば三学年Sクラスに配属されるはずであったが、天才との呼び名も高いフェルディナン家の才媛が高等部へ進学したために一学年に配属された。

そんなグレゴール教官の穴を埋める人材は、簡単には見つかるはずもなかった。どう考えても不可能な人材発見の任は、教員同士の押し付け合いや擦り付けの結果、新任のエリックへと回される。

エリックは今でも、「君の若さで、良い人材を見つけてきてくれたまえ」と笑う学年主任が忘れられない。意味不明だ。若さでどうにかなる問題とはとても思えなかった。それだけ、学年主任も追い詰められていたのだろう。

ともあれ、「最低でも【迷宮探索】を身に付けた人物」と、高過ぎる目標を与えられたエリックは、それでも出来得る限りのことはした。

冒険者ギルドを訪ね、駆けずり回った。冒険者には職業柄【迷宮探索】のスキル持ちが多いからだ。が、にべにもなく断られる。週一とはいえ拘束時間が発生すると、遠征ができなくなるからだ。最も近い探索可能な迷宮ですら、徒歩では往復するだけで一週間はかかる。

さらに、最高学府ともなればペナルティが恐ろしい。そうでなくとも貴族の機嫌を損ねただけでクビを落とされそうだ。下級、中級区の出身者が多い冒険者は、皆が依頼を断った。

貴大に出会ったのは、期限に追われる日々の中、どうしようもないほどに追い詰められた時だったのだ。

(運が良かったんだなあ、私は)

私自身、まさかタカヒロさんが他国のスキル教授法を身に付けた冒険者だとは思いもよらなかった。

(ジパングの人は、謙遜な人が多いと聞いたことがあったっけ。ふふ、確かにタカヒロさんはああ見えて謙遜だったな)

「自分のことをしがない何でも屋だなんて……」と思いだし笑いを浮かべながら、ジョッキになみなみと注がれたビールをグッとあおる。ああ、おいしい。今日のビールはおいしいビールだ。

もはや、タカヒロさんに出会うまで、自棄になって飲もうとしていた苦いビールの味は思い出せない。重責がなくなれば、人生はこんなにも変わるのか……。

タカヒロさんに心の中で乾杯を捧げながら、私の夜はゆったりと更けていった……。

………………

…………

……

「だから、ちゃんと働いたんだって! なのに、何で飯がパンクズと煮豆だけなんだよ!!」

オレの目の前で、使用人がもりもりと肉と野菜をたっぷり挟んだ白パンをほうばっている。主人をさしおいて……!

「……半日で帰れる教師の仕事がどこにありますか。ウソは大概にしてください」

「だ~か~ら~!」

重責を放棄してしまえば、人生はこんなにも変わるのか……! 直帰するんじゃあなかった!! うかつ……!

オレを騙しやがったインテリ眼鏡に心の中で呪詛を吐きつつ、オレの夜はひもじく更けていった……。