軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まさかの隠し子!?

草木も眠る丑三つ時、月下の王都をひとりの男が歩いていた。

名を佐山貴大という中年は、足を引きずり、胸元を押さえ、荒い息を吐き出しながらどうにか家へと帰ろうとしている。

「ぐっ、くそっ……!」

思い出されるのは今回の仕事の顛末のことだ。暴走を始めた時の神を止めるべく、貴大は次元の狭間、神の領域に派遣されていたのだが、

「あの野郎……! 最後に変な技をかけやがって……!」

時の神を封じ込める瞬間、辺り一帯には七色の光が溢れ出していた。それをまともに浴びてしまった貴大は、王都に帰還した瞬間、転移を終えた時点から体の熱っぽさを感じていた。

「うぐっ!?」

ドクンと大きく心臓が脈打った。もう自宅は目の前というところで、彼はいまにも前のめりに倒れようとしている。それでも貴大は必死に踏ん張り、一歩、また一歩と進んでいくのだが、

(ダ、ダメか!)

とうとう石畳の上に転がってしまった。もはや彼は指一本動かせず、その体からはしゅうしゅうと音を立てて白い煙が立ち上っていた。

(ユミィ……コミィ……みんな……)

朦朧とする意識の中で家族のことを想う。生まれ落ちてから三十二年、この世界に来てからも十五年ほどの思い出が彼の中にはあった。

それがすべて消えてしまうのだろうか? あの神の奇跡で自分は無に還ってしまうのだろうか? 湧き上がる恐怖に、貴大は涙さえも零しそうになってしまったが、

(うぐおおお! やっぱ釈然としねえええええ!!)

心の中で叫ぶ貴大。今回対峙した時の神は、

『ぼくは美少女が歳を取るのが嫌なんだよね!』

などと平気でのたまうような輩であった。

騒動を起こしたのも世界中の美女を若返らせようとしたからで、彼が放った光もつまりは若返らせビームのようなものに過ぎなかった。あまりにもくだらない動機、しかしその力は本物で、それにさらされた貴大は徐々に、徐々にとその容姿を幼くしている。

(ぐ、ぐう、うおお……!)

精神力で耐えようとしても神の奇跡は耐えられるものではない。さらに多くの煙に包まれ、貴大の意識はいまにも途切れようと揺らいでいる。

それでも彼は助けを得ようと、最後に腕を上げたのだが――。

応える者はなく、遂には意識を失ってしまった。

「……ご主人さま?」

少し遅れて寝間着姿のユミエルが出てくるが、彼女が見たのは知っているようで知らない子ども、齢十三歳ほどの少年だった。

「むむむむむ?」

「これは一体……?」

「どういうことなんだろうね……?」

翌朝、フリーライフのリビングには貴大の妻子たちが集められていた。仕事もある中で駆けつけた女たち、彼女らの前には件の少年が居心地悪そうに座っている。

「もしかして」

「またタカヒロのやつ」

「誰かと子どもを作ったとか?」

ささやきあう妻たち。根拠のない話ではあったが、それが冗談とは思えないほど黒髪の少年は佐山貴大と瓜ふたつであった。

おまけにコミエルよりいくらか歳を取っていそうだ。それはつまり、正妻であるユミエルよりも早く、貴大が手を出した女がいるということになり、

「むがー! 許さん!」

「あいつ、ふざけたことをしやがって!!」

短気なふたりが最初にキレた。混沌龍のルートゥー、冒険者のアルティ、彼女らは顔を真っ赤に染めて怒り狂っている。

「これって浮気だよね?」

「私たちが知らない相手ですものね?」

「ふふふ。タカヒロくんって、そういうことをする人だったんだ」

比較的大人しい者も静かに炎をちらつかせている。カオル、フランソワ、メリッサの三人は、どこか暗い顔で夫の裏切りを語っていた。

「……ここにご主人さまがいればいいのですが」

「連絡はつかないのかい? 君たちは特殊なスキルで繋がっているのだろう?」

「……音信不通です。どこにいるのかさえ分かりません」

「おや、そうなのかい」

純粋に貴大のことを心配するユミエル。淡々とした調子で現状の確認を行おうとしているエルゥ。凪いでいるのはこのふたりくらいなもので、あとの全員は貴大の浮気が決まったとばかりに騒いでいる。

「貴様! 貴様の母親の名はなんというのだ!?」

「い、いや、覚えてないし」

「記憶喪失ということなのかな?」

「よく分かんねーよ」

問い詰められた少年はガリガリと頭の後ろをかいた。そんな仕草までもが佐山貴大にそっくりであり、血の気が引く者、激昂する者、妻たちはますます色濃い反応を見せ始める。

「くんくん。くんくん。うーん、これはフレッシュなタカヒロ」

「止めてクーちゃん! それ以上は止めてー!」

「くんくん。くんくん。パパのにおいに、にてる、よ?」

「ルーちゃんまでー!」

ひいい! と上がった悲鳴のせいで、場はますます混迷の度合いを高めていく。それが居心地悪く感じたのだろう、少年は小さくため息をつくと、付き合ってられないとばかりにこのようなことをつぶやくのだった。

「なんかめんどくせーな」

「「「「あの男の息子だあああああああああああ!!!!」」」」

馴染みの台詞で疑惑は確信へと変わってしまった。爆発するような女たちの声に子どもたちは全員目をぱちくりとさせている。しかし女たちはそれに構わず、喧々諤々、それぞれの考えをぶつけ合うように述べ始めるのだった。

「きっとあの人だよ! たまに見かける元勇者さま!」

「理にかなっていますわ! あの方も黒い髪の毛ですもの!」

「くそおお! 実はオレたちより早く知り合っていたのかよ!」

「あの女め……! 何が『僕は結婚に興味がないんだ』だ!」

「しっかりやることしてたんじゃない!!」

最後の方には聖職者にあるまじき言葉まで飛び出した。事態はそれほど深刻なのか、ルートゥーに至っては早くも家から出て行こうとしている。

「我は北を探す! 貴様は南の辺りを探せ!」

「了解だよ! もうこうなったら、徹底的に探すんだから!」

「フェルディナン家の情報網も利用してくださいませ」

「冒険者ギルドも協力するぜ! あのアホの居所も探すんだ!」

「タカヒロ、それに泥棒猫の元勇者さま!」

「「「どこに隠れていようと」」」

「「絶対に見つけ出してみせるんだから……!」」

そして女たちは三々五々とばかりに散っていった。残るエルゥも肩をすくめて部屋から出ていき、忙しいクルミアは「ごめんね?」とだけ伝えて今日の仕事へと向かっていった。

それを無表情で見送ったあと、ユミエルは黒髪の少年へと近づき、

「……ここで少し待っていてください」

それだけ伝えて、自身も開店の準備に取りかかるのだった。

「………………」

「………………」

「………………」

台風一過、フリーライフのリビングには突然の静寂が訪れていた。あれほど騒がしかったのがウソのように辺りはしいんと静まり返っている。

(なんかジロジロと見られてはいるけど)

あの少女たちは比較的大人しい子どもなのだろうか? それにしては様子が変だと、黒髪の少年が警戒心を高めていると、

「ねえねえ」

「ん?」

「あなたの名前、なんていうの?」

先ほどのメイドによく似た少女が話しかけてきた。その瞳に好奇心の色を浮かべ、水色髪の女の子は遠慮のない態度で接してくる。

「いや、だから、覚えてないんだって」

「なにも? なにも覚えてないの?」

「その服は? おとぅさんの服に似てるけど?」

「たしか……Tシャツとジーパンだったかな?」

「お父さまの故郷の衣装だとお聞きしましたが」

先頭の少女、コミエルを皮切りに続々と少女たちが詰めかけてきた。テーブルの席は彼女らで埋まり、少年はその中でひとり 黒一点(・・・) の形で怯んでいる。

「なーなー? お前、オレたちの兄貴なのかー?」

「俺たちの兄貴って……え? お前らみんな姉妹なの?」

「そうだよ。わたしが長女のコミエルで、この子が次女のフィーニスちゃん、この子が三女のアリシアちゃんで」

「お、お姉ちゃん。危ないよ。近づいたら噛むかもよ?」

「噛まないってー。別に怖い人ってわけじゃなさそうだしさ」

「わう! わんわん♪」

「ほら、ルーちゃんもいきなり懐いてる」

「やはり近しい存在ということなのかな?」

白衣のエルフがきらりと眼鏡を輝かせて言った。少年のそばにはかわいいわんこの姿があって、その後ろには妖精のような少女が、そしてその後ろには毛布をかぶったお化けのような少女がいる。

(もしかして、これ、夢か?)

そう思ってしまうほどのファンタジックな光景だった。ほとんどの記憶を失っていた少年は、それでも感じる違和感にすっかり腰が引けてしまっていた。

「せっかくだ。少しサンプルを取っておこう」

「いたっ!?」

いきなり髪の毛を抜かれて叫ぶ。まるで愛玩動物、いや、実験動物のような扱いに、少年が思わずここから離れようとしたところで、

「待たないか、お前たち」

「「「……!?」」」

「彼は客人だ。まずは相応のもてなしをするべきだろう」

これまで黙っていた少女が口を開いて言った。龍のような特徴を持つ少女、ある意味では一番非常識な存在が何やら道義めいたことを説いている。

「クルール。初対面の人を舐めたりしてはいけない」

「くうん」

「ノエル。人の髪の毛を抜くのは無礼だぞ?」

「そう、だね。そうかもしれない」

注意を受けてしゅんとうなだれる少女たち。どうやらフィーニスとは姉妹のまとめ役のような存在らしく、リビングはいつしか秩序ある空気に満たされていた。

「すまなかった。姉妹たちの行動を許してやってほしい」

「い、いや、俺は別に……そこまで気にしてないけどさ」

「寛大なのだな、君は。そういったところは好ましく思うよ」

「は、はあ」

どこまでも真っ直ぐな言葉にかえって照れを感じてしまう。しかし不思議と悪くない気分に、少年は上げかけた腰をそっと元の場所へと戻していった。

「ええと、その……あのさ」

「なんだろうか?」

「あんたもその、同じ父親の子どもなのか?」

「ああ、もちろんだとも。我々姉妹はサヤマタカヒロの息女たち。そして君は最初の子息と目されている」

「嫌じゃないのか? いきなり隠し子が出てきてさ」

「問題ないさ。家族が増えるのはすでに慣れっこのことだからね」

フィーニスは茶目っ気を見せて軽くウインクをしてみせた。それが通じて肩の力を抜く少年に、龍人少女は楽しそうにさらに話を続けていった。

「それに私は男の兄弟が欲しかったからね」

「ふうん? そうなのか?」

「そうだとも。ほら、男相手だと遠慮もせずに殴れそうじゃないか」

「うんうん……うん?」

「私の父は実に偉大な戦士なのだよ? さて、その血を引く君は果たしてどこまでやれるのだろうな?」

「ちょっ……!?」

黄金の瞳がギラリと剣呑な光を帯びた。同時に繰り出される拳に、少年はなすすべもなく無惨に顔面を潰されそうになって――。

ひょい。

「むっ!?」

渾身の一撃が軽い動作でかわされていた。いや、実のところは寸止めありの試しだったのだが、フィーニスが何かをする前に少年は回避を済ませていた。

「ほほう!」

嬉しくなった少女は笑顔で裏拳を鋭く放つ。それもまたいとも容易く避けられてしまい、その紙一重の回避にフィーニスはすっかり熱くなってしまっていた。

「ふっ! ふっ! はああああっ!」

立て続けに拳打と回し蹴りを放つフィーニス。その度に少年は神がかったような動きを見せ、それを目にした少女はますます笑みを深くしていく。すでに彼女の頭に試しという言葉はなく、あるのは少年に対する畏敬の念と、それを超えようとする龍の闘争本能のみであり、

「【ソウル・バインド】」

「むぐー!?」

次の瞬間、フィーニスは光の鎖に捕らわれてリビングの床に転がっていた。もがく少女の近くには呆れ顔のアリシアが立っている。

「まったく、もう。一番はしゃいでいるのはフィーニスちゃんじゃん」

「強そうな人に挑んでいく癖、直した方がよさそうですね?」

「…………!?」

白髪のシスターはいつの間にかふたりに分裂していた。いや、元から双子がいたのだろうか? 驚く少年の前でふたりはフィーニスを縛り上げていく。

「ちょっと時間を置くべきかな?」

「ここは私どもに任せて行ってください」

「この子にはちゃんと言い聞かせておくんでー」

そう言って姉を簀巻きにしてしまうアリシアとアリシア。とても現実とは思えない光景に、少年はよろめくようにして部屋から出ていき――。

しかしここがどこなのかも分からず、ひとり廊下で動きを止めてしまうのだった。

(なんなんだよ……マジでなんなんだよ!?)

招集を受けた大人たち、そしてその娘たちの失敗は「ほとんど何も説明しなかったこと」に尽きる。いまの少年は記憶を失った状態であり、そんな子どもに尋ねるばかりではかえって混乱を招いてしまう。

覚えていないことなど少年には答えようがないのだ。聞かれるほどに募っていく焦燥感、それは少年に不安や孤独さえも感じさせていた。

(どうすんだよ、これから……)

少し青ざめた顔で辺りを見回す黒髪の少年。やはり覚えのない間取りはどこがどのように繋がっているのかさえ分からない。

下手に動けばおかしな場所にも迷い込んでしまいそうだ。それが妙に恐ろしく感じられ、少年がどうにも尻込みをしていると、

「あっ……」

「…………」

向かいのドアが開いて水色髪のメイドが姿を見せた。無表情な彼女は静かにリビングの中へと入ると、すぐにお盆を持ち、お茶菓子も用意して戻ってきた。

「……こちらへどうぞ」

「あ、は、はいっ」

促されるままに少年は事務所の方へと移っていった。少し広めの店舗部分、そこには机と応接用のソファなどが置かれている。

「……何か嫌いなものはありますか?」

「い、いえ。特には」

どぎまぎしながら受け答えをする少年。彼は自然とソファに座り、物静かなメイド、美しい妖精のような女にもてなしを受け始めた。

(これはこれでどんな状況なんだ?)

戸惑いながらも出されたお茶をすすっている。そんな少年をメイドは――。ユミエルは、やはり無表情に見守っていた。

「その……いいんですか?」

「……何がですか?」

「いや、俺って、その……隠し子みたいなものなんでしょ?」

不安そうに問いかける彼にユミエルの表情は動かない。ただ黙って少年を見ると、彼女はほんのわずかに首を縦へと動かした。

「……ええ。どうやらそのようですね」

「そのようですねって。そ、それだけですか?」

「……はい。それだけですよ」

「い、いや、もっとこう、『不義の子だー!』とか『認知しないぞー!』とか、その手の話になるのかと思ってて」

「……そのようなことは言いませんよ。あなたもわたしのご主人さまの子どもです」

「ええええええ……!?」

記憶がなくてもどこかおかしいことだけは少年にも分かる。目の前の麗しい女性、少し小柄な彼女はサヤマ 何某(なにがし) の正妻なのではないのだろうか?

「悔しくはないんですか? 怒ったりはしないんですか? 端で聞いてただけですけど、俺が最初の子どもみたいで……」

「……関係ありませんよ。みんなかわいい子どもです」

「あっ……」

気がつくと少年は包み込まれるように抱かれていた。真正面からの優しい抱擁、その温かさに少年は振りほどくことさえできなくなっている。

「……安心していいんですよ。ここには怖いことも悲しいこともありません。多くの子どもたちが集まって、楽しく毎日を過ごしています」

「う、うう」

「……あなたもその輪の中の一員です。たとえどのような出自であろうと、わたしは、それにみんなは優しく受け入れてくれますよ」

「うー」

顔を真っ赤にしながらも少年は抱擁を受け入れている。ユミエルの体から伝わってくるぬくもり、それは彼の不安や孤独を溶かしていくかのようだ。

「……いい子、いい子」

「………………」

「……あなたもうちの子どもですよ」

大人しくなった少年をユミエルはさらに優しく撫でている。それは店に客が来るまで続き、事務所には一時、柔らかな時間が流れるのだった。

明けて翌日、子どもたちは再びリビングに集められていた。

その中心付近には例の少年の姿もある。未だに慣れない様子の彼に、ユミエルは寄り添うようにしてそっと背中を支えている。

「……昨日説明した通り、我が家に新しい家族が増えましたよ」

「「「はーい!」」」

「……彼の名前は便宜的にタカヒコ。父親に近いものを付けました」

「「「おおー!」」」

ざわめく姉妹に少し引き気味なタカヒコ少年。しかしそこには不安の色はすでになく、少年は少年でいまの事態を受け入れているかのようだった。

「やあ、昨日はすまなかったね」

「あ、ああ」

「私もいきなり無礼をした。あのあとさすがに猛省したぞ」

「いや、まあ、それはいいんだけどさ」

ノエルとフィーニスがまずはぺこりと頭を下げる。続いてパルフェとクルールが遠慮なく近づく。それを残りの姉妹がぐるりと囲み、場が和やかな雰囲気に満ちたところで、

「……これなら大丈夫そうですね」

微笑むユミエルがぽつりとつぶやいた。

八人姉妹改め九人兄妹、タカヒコを加えた大家族は、これからも楽しく続いていくように思われて――。

ボン!!

「あっ」

「えっ?」

「はっ!?」

「「「えええええええええええええええ!?!?!?」」」

白い煙に包まれた瞬間、タカヒコは貴大へと変化を遂げてしまっていた。時の神の悪あがきはどうやら不安定なものだったらしく、いまでは記憶もすっかりよみがえり、貴大は元の姿へと戻ることができていた。

「お、おお。なんか急に効果が切れたな」

独り言ちる貴大。茫然自失の姉妹には気づかず、彼は体のあちこちを動かしては不調がないかを確かめている。

「よし。もう大丈夫そうだな。むしろ調子がいいくらいだ」

ぐるぐると腕を回して貴大は嬉しそうに笑っている。それを囲む子どもたちは、未だに事の推移を理解できずにいて――。

「心配かけたな! 俺はもう元通りだ!」

明るく笑いかける父親に、しかし娘たちは辛辣な反応を示すのだった。

「「「チェーーーーーーーンジ!!」」」

「チェンジ、チェンジ、チェーンジ!」

「お兄ちゃんを返して! おとぅさんは引っ込んで!」

「え、ええ?」

「なんなのそれぇ!? なんでお父さんが出てくるの!?」

「い、いや、なんでって言われても」

「なんだよもー! オレに兄貴はいないのかよー!?」

バタバタと暴れながら一部の姉妹が猛抗議をしている。突然現れた兄という存在、待望の男兄弟がウソだと分かって少女たちは大憤慨だ。

「せっかく家族が増えたと思いましたのに」

「わ、悪くないかもって思っていたのに」

「他に隠し子はいないのかい?」

「なんなら弟でも構わないのだが」

眉をひそめた姉妹がググっと迫る。怯んだ貴大はそのぶん壁へと追い詰められる。きょとんとしているのは末子のクルールくらいなもので、残るユミエルも目をまんまるにして驚くばかりで――。

「あー、もう! とにかく俺は出張から帰ったの! あれは俺が若返った姿で、俺に隠し子なんていなかったの!」

「えーーーーーーー!?」

「不満そうな顔をすんなよ。家庭円満で万々歳だろうが」

コミエルの頭をぐりぐりと撫でる貴大。娘はなおも唇を尖らせていたが、貴大は手を叩いてその場の混乱を収めることにした。

「はい! この話はこれでおしまい! 仕事や学校があるやつもいるだろうし、それぞれの場所に戻っていきなー」

「「「はーい……」」」

「今週末はしっかり休むから、今回の話はその時にな?」

ひとりひとりの頭を撫で、その背中を押して貴大は娘たちを促していった。これでひとまずは事件が終了、みんなは元の日常へと戻っていくはずだ。

(ふう。それじゃ俺も少しだけ休むかな?)

今回の出張もなかなか骨が折れる仕事だった。その疲れを癒すために、貴大が部屋へと向かおうとしたところで――。

「「「隠し子がいたぞおおおおおおおおおお!!!!」」」

「「「!?!?!?」」」

佐山家に 大音声(だいおんじょう) が響き渡った。玄関を見れば、ルートゥーやメリッサ、それにアルティまでもが鼻息も荒く仁王立ちになっている。

「勇者のやつめを見つけたぞ!!」

「がっちりホールドして連れてきたからね!!」

「てめえ、いまから言い訳を考えとけよな!!」

「事と次第によれば!」

「おしおきだって考えてるよ!!」

怒りのオーラが炎となって見えるようだ。すでに連絡を受けていたのか、その後ろには他の妻たちの姿もある。対する貴大は唖然としていて、向けられる怒りをどこか他人事のようにも感じていて――。

「い、いや、隠し子って」

まるで覚えのない話であった。彼女と自分はあくまで友人、色恋沙汰とは縁のない関係を保っていたはずだ。しかし妻たちは大いに怒り、廊下からは既知の気配と見知らぬ気配が近づいてきている。

「……は!?」

そして明らかになる真実。驚愕する貴大の前には、元勇者のアストレア、そして5歳ほどの男の子が寄り添うように現れるのだった。