軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三女アリシアとの交流

陽だまりの中で少女が祈りを捧げていた。

住宅街にある小さな教会、その礼拝堂は清らかで厳かな空気が満ちている。

一体、彼女は何のために祈っているのだろうか? 神のため、民のため、あるいは平和のために祈りを捧げているのだろうか?

長い白髪に白いシスター服、華奢な体は天使のようにも見えてしまう。近づくこともはばかられる思いがして、俺は礼拝堂の入り口で、黙って足を止めてしまっていた。

「……あら」

空気の揺れで気がついたのか、立ち上がり、振り返って微笑む陽だまりの少女。どこまでも白いシスターは、柔らかな表情のまま、俺に向かって親しげに声をかけてきた。

「ようこそいらっしゃいました」

立ち尽くす俺に対し、彼女は嬉しそうに言葉を続ける。

「お待ちしておりましたよ、父様」

そう言って、少女は改めて天使のような微笑みを見せるのだった。

五月晴れの空の下、俺は人でにぎわう繁華街の通りを歩いていた。

隣には例の白い少女の姿もある。名をアリシアという幼いシスターは、何を隠そう当家の三女、俺とメリッサの間に生まれた子どもでもあった。

「今日は晴れて良かったですね」

「お、おう」

「道行く人たちも、どこか楽しそうな顔をしていて……」

「………………」

「ハレルヤ。王都の民に祝福あれ」

少しの間足を止め、両手を組んでは神に祈りを捧げる少女。その堂に入った姿に、すれ違う人たちも感心したような顔を見せている。

「失礼しました。では、参りましょうか?」

楚々と笑い、アリシアはしずしずと通りの端を歩き始めた。その上品な所作、言動は、まさに聖女と言っても過言ではないものだったが――。

「……いつまで続けるんだ、それ?」

うろんげな目で娘を見る。そんな俺に対し、アリシアは「何を言っているのか分かりませんね」みたいな顔をして小さく首を傾げている。

「それ、とは何のことでしょう?」

「それだよ、それ。その聖女っぽい態度のことだよ」

あごをしゃくって指摘したが、少女は楽しそうに微笑むだけで、一向に聖女然とした言動を止めようとしない。今日はこれで通すつもりなんだろうか? それならそれで構わないが、だったら俺にも考えというか、取るべき対応というものがあった。

「今日はずっとシンシアなのか? じゃあ、アリスはいないものとして考えるぞ?」

ひとりの娘をふたつの名前、いや、みっつの名前で呼んでみせる。するとアリシアはため息をつき、やれやれと言わんばかりに明るい声を出すのだった。

「まったく、しょうがないですねえ、おとぅさんは」

「…………」

「せっかくわたしが『大人しい女の子』でいてあげたのに」

「仕方ありませんよ。父様はいつものアリスが好きなのですから」

「でも、それって不公平なのでは? シンシアとわたしは同じなのに」

「アリスとシンシア、ふたり合わせてアリシアではありますが……」

「うんうん」

「しょせん私は副人格。アリスの影に過ぎないのですよ」

「シ、シンシア~!」

さて………………どこからどうツッコめばいいのか。

いま、俺の前にはふたりのアリシアが存在している。明るい方をアリス、淑やかな方をシンシアと呼ぶ少女たちは、まるで漫才コンビのように息の合った掛け合いを披露している。

このうちのひとりはアリシアが出した分身体だ。アリスがシンシアを出したのか、シンシアがアリスを出したのかは分からないが、一応、アリスの方が主人格ということになっているらしい。

本人が話すところによれば、自分たちは特殊な二重人格者であり、アリシアとは奔放な少女アリス、聖なる少女シンシアのコンビ名のようなものだということだが――。

(ややこしい……)

思わず遠い目をしてしまった。

意識を共有していて、いつでも切り替わることのできる二重人格者なんているのだろうか? 自我があり、自律的に動く分身って、それってほんとに分身なんだろうか?

目の前の現実から思わず目を逸らしそうになる。しかし俺はアリシアの親として、真摯に、そして真剣に、特異なこの子たちと向き合う必要があった。

「まあ、それはそれとして片方は削除な」

「シンシアーーーーーーーーーーーッ!?」

ぴこぴこハンマーで頭を叩くと、アリシアの分身体はしゅわっという炭酸のような音を立てて消えてしまった。同時に響く悲痛な叫び。アリスはシンシアがいたところに手を伸ばし、しかし、何もつかめずに両手を空中にさまよわせていた。

「よくも……よくもシンシアを!」

「その非情なまでの決断力、我が親とはいえ戦慄を禁じ得ません」

「やろう、シンシア! シンシアの仇はわたしたちの手で取るんです!」

「ええ、行きましょう、アリス。父様、どうかご覚悟を……!」

「なーにやってんだか」

ぽこぺん。

「シンシアーーーーーーーーーーーッ!?」

儚い顔で消えゆくシンシアを、アリスは抱きかかえるようにして叫んでいた。

アリスの腕の中で光になるシンシア。シンシアの残滓を抱きしめて震えるアリス。そんなアリスを優しく慰めるシンシア。涙を隠すようにシンシアに抱きつくアリス。

もうこれ、訳が分かりませんね。

消しても消しても瞬時に分身を出すのだからたまったものじゃない。俺が言えるようなことじゃないけど、分身スキルってほんと厄介なものだよなあ。

「そろそろ止めない? この三文芝居」

「芝居? 芝居ってなんです!」

「私たちは至って真剣なんですよ!」

「そうは言うけどなあ」

分身を出しっぱなしだと、どうせすぐに体力が尽きるんだから。とか言ってる間にアリス、シンシアはふらふらとし始め、ひとりのアリシアの姿に戻っていった。

「言わんこっちゃない」

「うううう……」

「無理すんなって。ほら、背中につかまれ」

「はい……」

素直におんぶに応じるアリシア。その体は驚くほど軽く、やんちゃなアリスからは考えられないほど華奢だった。

「ったく……スキルは乱発するなって言ってるだろ?」

「でもでも、おとぅさんに会えて、嬉しくって……」

「いきなり倒れたら台無しだろ。もっと体力は温存しとけよ?」

「はあい……」

声に力がないのは、反省半分、疲労半分というところか。

アリシアの分身は「クールタイムなし」「自律行動」「変わり身」「自由自在」を兼ね備えたチートスキルだ。具体的に言えば「自我を持つ分身を好きな場所に瞬時に出せる」「本体がやられても残った分身が本体となる」「分身が消えても次の分身をすぐに出せる」といったもので、部分的には俺のスキルも超える超スキル、この世でアリシアにしか使えないユニークでバグっぽいスキルだった。

もちろんデメリットがないわけではなく、このスキルは消耗が激しく、あまり使いすぎるとすぐにアリシアがへばってしまう。そうでなくても元々体が弱い子なので、俺とメリッサ、保護者や姉妹は、あまりアリシアが無茶をしないように気にかけていた。

「もういっそ、分身スキルは封印しないか?」

「そ、それだと」「私とアリスが」「同時に」「存在」「できない」「ので」「おとぅさんも」「寂しいのでは」「ないかって」「思います」「よ?」

「あ゛~……分かった、分かった。分かったから止めろ」

「はあい」

「はー……」

分身しないならしないで、瞬時に人格を切り替える芸を見せてくる。

シスターというよりはやはり漫才コンビ、あるいは道化師のような娘に、俺は疲れたようにとぼとぼと歩みを進めるのだった。

「さー、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい!」

「映像水晶、何でもあるよー、新作もあるよ!」

「劇場公開はこのあと十時から!」

「『聖なる剣と呪われし魔女』!」

「うちは『ライオン仮面』の新作をやってるよー!」

繁華街をしばらく歩くと、一層のにぎわい、一層の人出を見せる区画が現れていた。

ここは中級区にある雑多な劇団の活動場所だ。上級区の劇場に比べて庶民性が強く、気軽に立ち寄れる分、やや煩雑とも言える空気に満ちている。

視線を横に向ければ野外劇場が見える。その向かいには寸劇や大道芸が行われている広場がある。小さいながらもホールがあり、かと思えば屋台の類も並んでいて、この区画は祭りの会場と見紛うばかりの様相を呈していた。

(いつ来てもすごい盛り上がってるな……)

春祭りのあと、という理由もあるんだろうか? いずれにせよ活気にあふれる通りを回り、俺は目当てとなる劇を探すのだった。

「観たいのは……確か、幻獣一座の劇だったっけ?」

「はい! 最近話題の演目ですよ! 近所でも評判の舞台なんです!」

「ふーん……?」

そんな評判、あったっけ? と思いながら通りの先へと進んでいく。

まあ、近所の噂を俺が知らないのはよくあることだ。ある意味では子どもたちの方が事情通なこともあり、そこは特に不思議なことだとは思わなかった。

(アリシアは教会の手伝いもしていることだし)

きっと信徒からも話を仕入れているのだろう。そんな風に当たりをつけ、俺はまた、アリシアを背負い直して歩き出した。

「デ、デ、デート~♪ おとぅさんとデート~♪」

「……………………」

「いっしょに観劇~♪ わたしも感激~♪」

「……………………」

「お~♪ なんて晴れ渡った空~♪」

「独白『ああ、あの空に、私も鳥のように舞い上がれたらいいのに』」

「でも、わたしたちは~♪」

「鳥ではありませんので~♪」

「「む~り~♪」」

「……………………」

背中から陽気な歌声が聞こえてくる。それは疲れて休んでいたはずのアリシアのもので、アリスとシンシア、ふたりの人格が声を合わせて歌い上げている。

(最後の合唱パートとか、どうやって発音してるんだ……?)

はなただ疑問ではあったが――。

どうやら元気が出たようなので、俺は容赦なく娘を背中から下ろすことにした。

「ほら、疲れが取れたなら自分の足で歩け」

「「え~~~~~~~?」」

「だからその声、どこからどうやって出してんだよ」

ツッコミながらきちんと立たせる。じゃれつく娘はふにゃふにゃになって抵抗していたが、俺のくすぐりにすぐにも屈し、悔しそうに俺の隣を歩くのだった。

「くっ……! 実の娘になんという仕打ち!」

「いつか天罰が下りますよ……!」

「はいはい」

天罰と言う割には俺の腕をしっかり取って歩いているな。隙あらばべたべたとくっついてくるし、アリシアは姉妹一の甘えん坊だとも言える。

(普段は妹たちの手前、遠慮してはいるんだろうけど)

こうしてふたりきりになると途端に遠慮がなくなるんだよな。

ひょっとすると普段はかなり我慢をしているのかもしれず、そういう意味でも、もっと親子の時間は作るべきなのかもしれなかった。

「おとぅさん! こっちですよ!」

「あ、ああ。うん。引っ張るなって」

「もう始まってしまうかもしれませんよ?」

「だから、急ぐなって! 劇は逃げたりしねえから!」

アリスとシンシア、ふたりでひとりの少女と街を歩く。今日はふたりいっしょ、いや、三人いっしょの特別な日だ。時間をどう作るかはおいおい考えることとして、いまは目の前にいる少女、甘えん坊な三女に向き合う時だった。

邪魔する者なんて誰もいない。遠慮する必要なんてどこにもない。父と娘、俺とアリシアは、普通の親子のように通りの先へと進んでいって――。

「あっ」

「ん?」

不意にアリシアの足が止まる。娘は何やら天を仰いで、ぽかんと口を開けては瞳にぐるぐるの渦巻き模様を浮かべている。

「おお~。来てます、来てます」

「まさか……」

あれなのか? 不安がむくむくと黒雲のように広がっていく。

慌てて通りの端に向かう俺の前で、アリシアはまだ瞳をぐるぐると渦巻かせていた。かと思えばふっと視線を元に戻し、淡々とした口調でこのようなことを言い始める。

「天啓が下りました。神様からの指令ですよ」

「マジかよ」

はあと短くため息をつく。どうやら休暇中に仕事の連絡が入ったらしい。

「絶対に連絡するなって言っておいたんだがな……」

ふつふつと怒りをたぎらせる俺に対し、意外にもアリシアはころころと笑って手を横へと振っていた。

「ああ、違いますよ。これはわたしへの指令です」

「というと……聖女への?」

「はい。聖女アリシアに対してです」

声を潜めて耳打ちし合う俺たち。そこには公にできない秘密があり、それこそが三女アリシアが神の声を聞けた理由にもなっていた。

すなわち……ぶっちゃけて言うと……。

俺の娘は聖女である。教会が作った偽物とは違う、正真正銘、生粋の聖女。人工聖女メリッサから生まれた子どもは、なんと神に選ばれし聖なる乙女といった存在だった。

(瓢箪から駒が出た、とでも言うべきか)

まさかこうなるとはお釈迦様も思ってはいなかっただろう。ああ、いや、正確に言えば、そのお釈迦様的なやつが意図的に聖女に選んだわけなんだけど、

(正直、迷惑だよな。人の娘をメール代わりに使ってくるし)

考えただけで怒りの湧く人選に、しかし、当の娘は「まあまあ」と落ち着いた様子を見せるのだった。

「大したことじゃありませんよ。ちょっとした伝言のようなものです」

「そうなのか?」

「はい。少し気になることがあったそうで、それを確認したかっただけのようです」

「それならいいけど……」

まだ不満そうな俺をなだめるアリシア。神の声を聞き、深い自愛を持つという少女に、俺は仕方ないとばかりに話の内容についてを問いかける。

「で? 向こうはなんだって?」

「ええとですね。なんでも、おとぅさんの素行が気になったようでして」

「うん。それで?」

「おとぅさんのおとぅさんを、いっそ『もいで』しまわないかと言ってきまして」

「うん……………………うん!?」

聞き捨てならぬ言葉であった。いや、というか、え? は!?

「『もぐ』って……もぐの!? あれを!? 俺のあれを!?」

「はい。これ以上、特殊な子どもを増やさないよう、災いの元から絶ってしまおうと」

「ええええ……!?」

「命までは取りませんからね。慈悲ある判断だと思いますよ?」

「いやいやいやいやいや……えええええ……!?」

人間とは価値観が違うと思ってはいたが、まさかこれほどまでに深い隔たりがあっただなんて! あいつら、人が何のために神の依頼を受けていると思ってるんだ! こういうことを避けるため、イレギュラーな俺を認めてもらうために決まっているだろうが!!

それを今になってから、思いつきのように、娘に対して命令してきて……!

あまりにも無慈悲な審判に怒髪が天を衝いた。今からでも天界に乗り込んでやろうかと、俺が本気で思い始めたところで――。

「うーん。お父様は嫌なのですか?」

「当然だ! あれをもがれて嬉しがるやつがいるか!」

「本当に、心底、嫌な命令なのですか?」

「そうだよ! っんとに、もー! あいつら、いつもいつも……!」

「では、破棄しましょう」

「…………え?」

「無体な命令など、ポイです、ポーイ」

丸めた紙くずを放るような仕草でアリシアは言った。神が下した言葉、それを破棄したうえで変わらない笑みを浮かべている。

「え? 命令の拒否とかできるの?」

「できますよ。強制力のある命令ではありませんでしたしね」

「は? いや、ほんとに思いつきみたいなものだったの?」

「そのようです。まったく、困ったものですよね?」

しとやかに笑うアリシア。聖女様の言うことだ、どうやら本当のことらしい。

(まあ……勇者とかもあれだったし)

案外、アバウトなのかもしれないな。一口に神と言っても色々な担当がいるみたいだし、その総意がなければ聖女は動かせないのかもしれなかった。

「それでは、改めて参りましょうか?」

「あ、ああ」

娘に手を引かれ、俺は再び石畳の上を歩き出した。

同時に戻ってくる現実的な感覚。街の喧騒は「早く早く」と呼んでいるようにも聞こえ、俺たちは急かされるようにして通りの先へと進んでいく。

「演劇、楽しみですね?」

「ああ……うん」

「父様の休暇はまだまだこれから。今日はたくさん、遊びましょうね?」

「ああ……」

まだふんわりとした気持ちで娘に向かって言葉を返す。それを楽しそうに見る娘に微笑みかけて、俺は自分の意思でしっかりと地面に足をつけて、

「もぎもぎ 収穫祭(カーニバル) !!」

「全力回避!!」

もしやと思ったが、やはりアリスが分離して隠れていたか。こちらをうかがう気配、それにシンシアの気を逸らすような態度から察していたぞ?

「ふふふふ……さすがはおとぅさん」

「一筋縄ではいきませんね?」

娘たちはゆらりと並んで俺に殺気を向けてきた。聖女という名の肩書きを持ちながら、しかし、いたずらっ子である少女らに対しては一瞬の油断も許されない。

「さっきの話はウソだったのか?」

「いえいえ、とんでもありません」

「ただ、わたしたちにも、言い訳というものが必要なんです」

そう言って怪鳥のごときポーズを取るアリス。隣のシンシアはフィーニス直伝の拳法の構えを取っている。

どうやらここでやる気らしいな。最近遊べなかった分、ここで思いっきりじゃれてやろうという腹積もりなのだろう。周りの人たちはなんだなんだとこちらを見ているが……問題ない!

「来い。五秒で終わらせてやる」

「「……………………!」」

分かりやすい挑発に、アリスとシンシア、ふたりのアリシアはカッと怒気をみなぎらせていく。

周囲にはひりつくような緊張感が増していき――。

そして、それはすぐにも、爆弾のように弾けていった!

「その言葉!」

「後悔させて差し上げます!」

容赦なく飛びかかってくる娘たちに、俺は更なる高さの跳躍を見せるのだった。

「う~♪」

「イエイ! イエイ!」

「う~♪」

「イエイ! イエイ!」

ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれない。アリシアとの休日、その日の終わりに、俺は教会に併設された住居の中で深く、深く反省をしていた。

「なあ……落ち着かないか?」

「なぜです?」

「どうして!?」

「お前ら、いくら何でもはしゃぎすぎだぞ? 人より体力がないんだから、あんまり興奮するのも良くないっていうか……」

「そのために滋味豊かな食事を取ったのです」

「いつもより調子がいいくらいですよ! まだまだ全然遊べます!」

「とか何とか、そんなこと言って」

顔が赤くなっているのがここからでも分かる。上気しているのもあるのだろうが、あれは体調を崩す前兆、その一歩手前のようにも見て取れていた。

(無理にでも寝かしつけた方がいいのか?)

睡眠薬や睡眠スキルは体に良くないそうだけど、ここは鎮静剤代わりに効果の低いものを使うべきなのかもしれない。

(ああ、でも、聖女のスキルで全部無効化されるのか)

悩ましいところだ。神の加護も良し悪しということだろうな。

そもそも「はしゃぎすぎて熱が出る」って時点でおかしなことかもしれなかったが、それはある意味、正常な体の働きと言えるものではあった。

(孤児院にもこの手のタイプが結構いたもんな)

すなわち、楽しすぎて制御不能になっちゃうタイプだ。ぶち上がったテンションがなかなか下りてこなくて、ずっとエンジン全開のままで夜に突入してしまう子ども。アリシアはまさにその手の娘であり、それを俺は重々承知していたんだが、

(やっぱ、調子に乗り過ぎたよなあ)

久しぶりの休日で俺も加減を間違えたのかもしれない。全力で遊びに付き合った結果、このような事態を引き起こし、俺は改めて深く反省をするのだった。

「うおお! わたしは万夫不当の黒騎士だー!」

「では、私は悪逆無道の百鬼王を演じましょう」

「出たな百鬼王め! 大人しくおとぅさんを引き渡せ!」

「ふふふ。この方はもはや私の虜囚。黒騎士さんは諦めておうちに帰りなさい」

「なにをーっ!?」

(うーーーーん……)

アリスとシンシアが俺を挟んでわちゃわちゃとし始めた。パジャマのすそが頬をくすぐり、ついでに小さな手がぺちんぺちんと俺の頭を抱くように叩く。どうやら昼間に見た演劇を再現するみたいだ。まさか演目が俺のこと、黒騎士とは思わなかったが、

(って、違う違う)

早くふたりを落ち着かせないといけない。しかしその手法が見つからず、俺はいっそ、灯りを消して布団に引き込もうと――。

そう、思っていたところで――。

『……………………ただいま~♪』

「「!?!?!?」」

きぃ。わずかに扉がきしむ音が聞こえる。

次いで、リビングに荷物を置く音が響いた。

それはどちらも微かな音だったが、それだけであれほど騒いでいたアリシアが沈静化し、元のひとりの少女の姿へと戻っていた。

アリシアは俺の腕の中でぷるぷると細かく震えている。一体何がそんなに恐ろしいのか、今や聖女は白いほどに青ざめ、そのくせ体は熱にかかったかのように火照っていた。

『タカヒロくん? タカヒロくん、どこかなあ?』

隣の部屋を開ける音がする。すぐに廊下に戻ってくる音が聞こえる。ともすれば底抜けに明るい女の声、それは段々と、俺たちのいる方へと近づいてきて――。

「あっ、いたあ……♪」

やがてその白髪の女は現れた。二十代半ばの可愛らしい女性、未だ幼さを感じるその女は、しかし、大人の魅力を伴って俺の方へと歩いてくる。

「今日はうちに泊まるんだよね? うんうん、なんだか嬉しいなあ♪」

女の声にはおよそ邪気というものが含まれていない。ただひたすらに純粋で、どこまでも真っすぐなその言葉は……だからこそ、底知れぬ恐ろしさが感じられた。

「アリシアも今日は楽しめたかな?」

「…………………………!」

「あれ? もう寝ちゃったの?」

「あ、ああ、うん。ちょっと前にな」

「そっかあ。ふうん」

嬉しそうにうなずく女。アリシアは枕に顔を埋め、できるだけ女に顔を向けないようにしている。

しかし、近づく気配に異変を感じたのか――。

少女は少しだけ、ほんの少しだけ……その目を開いて、見てしまった。

「少しだけ……………………熱があるね?」

「~~~~~~~~~~っ!?」

「お父さんもいるし、お母さんもついてるから」

今日は早めに、ゆっくり寝ようね?

それだけを言い残し、女、メリッサは風呂場の方へと去っていった。

残された俺たちは、凍りついたかのように動きを止めるばかりで――。

「いや……そこまで怖がらんでも」

「おかぁさんは妙な凄味があるんです!」

「まあ、そう……かも?」

勝手に引け目を感じて勝手にビビっているだけだと思うが――。

ともあれ、暴走しがちな聖女様には、きちんとストッパーがあるようだった。