軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

疑わしい日

安息日。それは週に一度の安らぎの日。この日ばかりは神であっても体を休め、悪魔も地の底で深い眠りにつくという。

約束された休息の日、それが日曜。フリーライフは週休二日制となってはいるが、最近は事件だ何だで土曜はろくに休めていなかった。

だからこその安息日、だからこその日曜日だ。この日だけはゆっくり休むことができるだろう。日がな一日、寝て過ごすことも可能なはずだ。

ユミエルとどこかに出かけるのもいいかもしれない。とにかく穏やかに過ごそうと、そう思ってこの日を迎えたんだが――。

「なんで何十枚もパンケーキを焼いているんですかね?」

ひたすらフライパンを返しながら、俺はどんよりした目でそうつぶやいていた。

「フランソワ君。そこのシロップを取ってくれないか?」

「ええ、エルゥ先生。こちらのベリーソースもいかがですか?」

「私はシンプルな味が好きでね。あれこれ混ざるのはよろしくない」

「とか言って、生クリームとアイスにチョコをかけてなかったか?」

「アルティさん。その三つは黄金の組み合わせですわよ?」

「うむ。あれは実にいいものだ」

「まあ、分からないでもないけどさ」

「わう! タカヒロの顔、描けた!」

「わー、すごいね! その隣がクーちゃんの顔?」

「うん! あたしの顔!」

「うんうん、上手に描けてるよ~」

「最近、お絵かきに『こってる』から!」

「おお、クルミア画伯だ……!」

「しかし、また大勢集まったものだよね?」

「だねー。主な知り合い、全員集合じゃないかな?」

「勇者は来なくてもよいのだがな」

「またまた、そんなこと言わないでよー」

「うんうん、みんな仲良くって神様も言ってるよ?」

「知ったことか! そもそも人の崇める神など、我にとっては」

「はーい、パンケーキ食べようね?」

「ぐむ~!」

ここに集いしメンバーを紹介しよう!

ギルドマスターの娘、アルティ! 大公爵家の娘、フランソワ! マッドサイエンティストのエルフ、エルゥ! 実は東方のお姫様、カオル! 唯一の一般わんこ、クルミア! 引退予定の勇者、アストレア! 人工聖女、メリッサ! 混沌龍、ルートゥー!

メイドのユミエルと家主の俺を加え、総勢十名でお送りします。

(………………)

(………………)

(………………)

(なんでこんなに集まったんだ……!)

思わず涙が出そうになった。変なテンションと脳内解説で誤魔化そうとしても無駄だったな。現実は何も変わらず、俺んちのリビングには多くの少女たちが揃っていた。

(昼過ぎまでは普通だったんだけど)

お茶の時間が近づくにつれ、ひとり、またひとりと少女の数は増えていった。

なんかホラーの導入部みたいな展開だな。しかし事実はその通りで、あれよあれよと俺はパンケーキを焼く係に収まってしまっていた。

(昼寝する予定だったんだけどなあ)

うっ、うっ、と嗚咽をこらえて涙を拭う。まあ、事ここに至っては仕方あるまい。これも成り行きなんだと割り切って、俺は新たに焼いたパンケーキを運ぶことにした。

「ほら、お前らー! 焼けたぞー!」

「「「わーーーーーーーー♪」」」

「ひえっ……!?」

山のように積んだパンケーキが瞬時に消えた。一枚一枚は小ぶりかつ薄めに焼いているとはいえ、よくもまあ、あれだけもりもりと食べられるものだ。

「わう、わうっ」

「ん?」

「ほら、これ! タカヒロの顔!」

「そうか……」

癒しはお前だけか、クルミア……。

尻尾をふりふり寄ってきたわんこを撫でながら、俺はまたも遠い目でどこかを見つめるのだった。

(って、あれ?)

歓声を上げる少女たちの中、ひとりだけぽつんと立っているメイドが見えた。

正確には立っているというより控えているというべきか。お茶のおかわりに対応すべく、お盆を抱えて壁際に佇んでいる我が家のメイドさん。いつも無表情な、だけど最近は微笑むことも増えた少女に、俺は軽い調子で声をかけた。

「ユミィ。ユミィはパンケーキ、食べないのか?」

「……いえ。わたしは歓待する側ですので」

「いや、プライベートだから構やしないって」

そう言いつつ、俺はユミエルを近くの席へと座らせた。釣られてクルミアがその隣、元の席へと戻っていく。

「カオル、クルミア、任せた。存分にもてなしてやってくれ」

「あっ、うん。というか、ごめんね? 今からでも手伝おっか?」

「いや、いいって。俺ももう休むから」

さすがにもうおかわりは要求されないだろう。ルートゥー辺りは怪しいが、あいにく生地は残量ゼロ、付け合わせのフルーツだってちょうど使い果たしたところだ。

ごねるようなら口にチョコソースを絞り込んでやろう。それでも喜びそうなドラゴンに苦笑しながら、俺は再び台所に引っ込んでいくと――。

確保しておいたパンケーキを手に、ユミエルの向かいの席へと戻っていった。

「はい、タカヒロのお茶」

「ん、ありがとさん」

「これはユミィちゃんの顔!」

「……ありがとうございます」

カオルとクルミア、それぞれから接待を受ける俺たち。

お茶はともかくお絵描きはどうなの? と思わないでもないが、

(まあ、別にいいか)

貴族のお茶会でもなし、気心の知れた者同士、好きなようにやればいいだろう。ユミエルもほんのりと笑顔を見せているし、俺があれこれ言うのも野暮なように思えた。

「チョコソース生クリーム盛り盛りベリーソース添え」

「アイスアイスミント増し増しつゆだくシロップ」

「ミックスフルーツチョモランマスペシャル……‼」

隣のテーブルでは超越者たちがトッピングの覇を競っている。その反対側ではアルティやフランソワが似たようなことをしていた。それらに比べれば、やはりこちら側は極めて平和な日常だと言えた。

「はー……」

お茶を一口、大きく息をつく。なんだかんだで温かいお茶は偉大だ。口にするだけでほっと心が緩んでいくのを感じる。同じ理由で甘味も偉大だ。チョコをかけたパンケーキを頬張ると、ある程度のことはもうどうでもいいことのように感じられた。

「バナナも食べる?」

「あー……」

差し出された果実も素直にぱくりと受け入れる。もぐもぐと咀嚼しながらますますリラックスしていく俺。全員集合した時は何事かと思いもしたが、なんてことはない、この状況でも休みを満喫すればいいだけの話だった。

(もうここからは完全に休日モード!)

頼まれても追加の茶菓子は用意しないぞと思いつつ、またもパンケーキを大きな口でもごもごと食べて――。

「って、あれ?」

ぼやけた視界がクリアになっていくのを感じる。向かいの席に座るユミエル、その手元の皿がほとんど手つかずなことに気づいてしまった。

「ユミィ、パンケーキ嫌いだったっけ?」

「……いえ、そのようなことは」

「だよな?」

何度かおやつに出したことはあるが、特に不評だったような記憶はない。

自分でもよく焼いているし、何なら朝食の席でも出したことがある代物だが――。

「チョコ、勝手にかけちゃ、ダメだった?」

「……そのようなことはありません。お気遣いは嬉しいですよ」

クルミアに悲しげな顔をされてわずかに慌てるユミエル。しかしパンケーキに手は伸びず、いつしか疑惑はリビング全体へと広がっていた。

「食欲がないなら、無理して食べなくてもいいと思うよ?」

勇者の言葉にうんうんとうなずく少女たち。それでもユミエルは首を縦に振らず、

「……ご主人さまが焼いてくださったものですから」

そう言って、やや大きめに切ったパンケーキを口に運んだ。

明らかに無理をしている様子だ。なのに食べようとする理由が分からない。

俺たちが顔を見合わせる中、ユミエルはそのままパンケーキを呑み込んで、

「……うっ」

急に立ち上がると、そのままリビングの外へと駆けていった。

俺はというと、唖然としたままそれを見送るばかりで――。

(……どういうこと?)

内心、そう思うのが精一杯だった。

これまでにない事態に大いに混乱しているのを自分でも感じる。ユミエルがあのような姿を見せるのは初めてだし、無理してものを食べ、それを吐き戻してしまうのもこれが初めてのように思える。

(体調を崩したんだろうか?)

ここしばらく忙しかったから、それで胃が弱ってしまったとか?

いや、それにしては様子がおかしいし、それを隠すようなやつでもないし――。

「ええ……?」

口を開いても疑問の言葉しか湧いてこない。人形のように椅子に座ったまま、俺はユミエルを追いかけることさえ出来ずにいる。だけど周りにいる奴らは違ったんだろう。少女たちは確信めいた顔を見せ、ユミエルが去っていった方を見つめてこう言った。

「「「まさか………………!?」」」