軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

偽りなのか本心なのか

「え? マジですか?」

「はい。本当です」

「じょ、冗談とか、そういうアレじゃなくて」

「本当に本当です。念のため、教会経由で照会も行いました」

「じゃあ、ニャディアは……」

「はい」

あの子は、貴族のご落胤だったのです。

翌日のフリーライフは、その一言から始まっていた。

(貴族と娼婦の逢瀬。思いがけず授かった子ども。立場上、認められない貴族。それを承知で身を引く娼婦。よくある話と言えば、そうなのかもしれないけれど)

朝早くから来店した、孤児院院長のシスター・ルードス。彼女が語るところによると、あの黒猫獣人の少女は、王国貴族の私生児なのだという。

(ニャディア。いや、ナディアか。ティオール子爵家のナディア・ティオール。名前だけ見ればそれっぽく聞こえるけれど)

しかし、彼女は貴族ではない。ティオール子爵は娼婦との子どもを認めなかったはずだ。だからこそニャディアの母は病没し、ニャディアはひとり、ブライト孤児院に引き取られてきたのだ。

それから一年余り、ナディアはずっとニャディアだった。いや、それよりずっと前、生まれた時から彼女は娼婦の子どもだった。貴族の子では決してない。父親の名前も明かしてはならない。そうした立場に母子を捨て置いていたはずなのに――。

(なんで今さら、引き取りにきたんだ?)

ティオール子爵は代替わりし、今は一人息子がその跡を継いでいるらしい。昨日、ブライト孤児院まで押しかけてきた男がそうだ。貴大はその場にいなかったが、ルードスによれば気の良い青年に見えるという。

そんな絵に描いたような好青年が、腹違いの妹の存在を知り、自ら王都まで迎えに来た――。

父親の火遊びとは違い、これまで聞いたこともないような話だった。

「いや、ルードスさん。怪しいですって、これ」

「タカヒロさんもそう思われますか?」

「そりゃそうですよ。貴族なんて体面第一、外面や風評を気にする生き物ですからね。他に跡取りがいないならまだしも、わざわざ私生児を引き取りにくるとか……」

しかも娼婦の、獣人の子どもなのだ。そのことにはあえて触れず、代わりにルードスの様子をうかがい見る貴大。彼の意図を察したルードスは、頬に手を当てて深々と息を吐いた。

「聖職者である以上、人の善意を疑いたくはないのですが……」

「あまりに都合が良くて、逆に信じられないと?」

「恥ずかしながら……」

わずかに、しかし確かにこくりとうなずくルードス。彼女も苦労に苦労を重ねてきた身だ。救いはある。希望はある。そこに疑いを持ってはいないが、それが滅多にないものだとも知っていた。だからこその逡巡、だからこその迷い。降って湧いたような朗報を、ルードスは素直に喜べずにいた。

「家族がいた。兄がいた。孤児にとっては何よりの話なのですが……」

「裏がなけりゃいいんですけどね。身内の汚点を消したいだとか、おかしな趣味を持ってるだとか、実は赤の他人だったとか」

「そう、それです!」

「え?」

「タカヒロさんにはですね。その、ティオール子爵の裏取りをお願いしようかと」

「つまり、素性調査をしろってことですか?」

「ええ、その。はい。タカヒロさんは貴族筋にも繋がりがあるようでしたので……」

消え入りそうな声で、縮こまって言うルードス。彼女はれっきとした聖職者だ。「人を疑ってみてくれ」という依頼は、やはり抵抗感があるものなのだろう。

しかし一方で、「これだけは調べなければならない」という強い想いも感じられた。それを受けた貴大は、胸を叩いてルードスに言った。

「任せてください。きっちり調べてきますんで」

「そ、そうですか。やってくださいますか?」

「ええ。なんてったってニャディアのことですからね。気合を入れて調査してきます」

依頼がなくとも調べるつもりでいた。ティオール子爵とは何者なのか? 本当にニャディアを引き取りたいと思っているのか? そこにはどんな意図があるのか。それともないのか、隠しているのか。すべてを明らかにすることで、自分自身、安心できると貴大は思っていた。

「それじゃ早速、フランソワのとこでも訪ねてみます」

「お願いします。私は私で、ミケロッティさんから話を聞いてみますね」

「あー、あいつ……大丈夫ですか?」

「もう改心されていますよ。たまに孤児院でお茶を飲むこともありますよ?」

「マジですか」

そんな話をしながらも、貴大はハンガーにかかったジャケットを引き寄せていた。

(まずは上級区で聞き込み調査)

調査、追跡は斥候職のお手の物。ティオール子爵の裏の裏まで暴いてみせる。

貴大は自信に満ちた顔で笑いながら、フリーライフの事務所から出ていった。

「ティオール子爵のことですか?」

「ああ。地方領主って話だから、多分、詳しくないとは思うけれど」

「いえ、存じておりますよ。サリスさんのことですよね?」

「えっ? 知ってんの?」

「はい。同じ学園に通っていましたから」

「マジか……!」

意気揚々と出かけた貴大。彼を待っていたのは、あまりにあっけのない幕引きだった。

(いきなり答えを引き当てた……!)

彼としては、フランソワはあくまで窓口。彼女の伝手を頼って、件の子爵を調べようと思っていたのだが――。その窓口がよく知っているのだとのたまっている。斥候職の腕も何も、照会ひとつで済むような話であった。

「あー……それで? どういう人なの、サリスって奴は」

王立学園のカフェ、そこで疲れたように椅子に座り、貴大はフランソワに声をかけた。そんな彼の向かいに座り、大公爵家のお嬢様はすらすらと答えてみせる。

「ティオール子爵。サリス・ド・ティオールさんは若き当主ですわね。昨年、お父様がお亡くなりになったので、二十歳という歳で爵位を継いだそうです」

「ああ、うん。そうらしいな。性格とかはどうなんだ?」

「人当たりがよく、誰からも好かれているようには見えました。先代、つまり彼のお父様は厳格な方でしたが、サリスさんは如才ない方のようでした」

「うーん、やっぱり好青年タイプか。いや、でもさ。そういう奴に限って裏があるもんじゃないのか?」

「特にそのような話は聞きませんわね。裏表のない、今どき珍しい方だと言われていました」

「うーーーーーーん。いや、でもさ。それが全部演技だったとか……」

「先生は何がおっしゃりたいのですか?」

さすがに困惑顔のフランソワだった。

「いや、すまんすまん。実はこんなことがあってな」

「はい」

貴大はフランソワに顔を寄せ、昨日、今日と起きた出来事を語った。

孤児に兄がいたこと。それが貴族の青年だったこと。彼が妹を引き取りたいと言っていること。そこに裏はないのか、調査するように頼まれたこと。すべてを語り終えたところで、貴大はふっと息を吐いた。

「どうだ? お前はどう思う?」

やはり裏があるのだろうか。問いかけるようにフランソワを見ると、

「うーーーーん……」

先ほどの貴大のように、彼女も声を上げて考え込んでいた。

「え? や、やっぱりなんかあるのか?」

「いえ、直接的にこうとは言えませんが……」

「うん」

「貴族が庶子を迎え入れるのは、滅多にないことなので……」

「やはり、何かしらの事情があると」

「いえ、それが難しいのです。普段の私であれば、それを疑ってかかるのですが……とにかくティオール子爵はお人好しで、彼ならば無私無欲で迎え入れてもおかしくはないかと」

「は? え、いや、どんだけだよ」

「私も詳しくは知らないのですが……」

「う、うんうん」

「在学中、彼は道で轢かれている犬を助け……」

「はい」

「三日三晩寝ずの看病をして、高価な薬まで与えてその命を助けたそうです」

「はい」

「老犬だったそうですが、彼はその犬が亡くなるまで無償の愛を注いだとか」

「マジか……!」

筋金入りのお人好しだった。表裏が存在せず、どちらも表のコインのようだ。

演技でそこまでできる者はいないだろう。ましてや貴族、生き物の生き死にに関われば、思わず素が出るものだ。そしてそれを周囲の貴族が目聡く察し――そのうえで「裏がない」と判断されたのだ。

サリス・ド・ティオールは好青年。貴族も認めるような彼ならば、たとえ妹が庶子でも迎えに来るはずだった。

「とはいえ、私も深い付き合いがあるわけではありませんので。世間的な評価を気にして、慈善活動に励む方も多いですからね。ティオール子爵もひょっとしたら、そうした類の輩かもしれません」

「本性は俗物かもしれないってことか」

「そうかもしれません。そうでないかもしれません。念のため、うちの者に探らせましょうか?」

「ああ、頼む。本人は俺が調べるからさ。領地での評判とか、そういったことを知らせてくれ」

「分かりました」

「すまないな。助かる」

「いえ。他ならぬ先生のためですから」

そう言ってにっこりと微笑むフランソワ。かつては彼女も打算で動いていた。貴大を王国に取り込むため、偽りの笑顔で彼と接することもあった。

そんな彼女も、今では貴大のことを慕っている。彼の喜びは自分の喜び。貴大の助けになれることを、彼女は本心から嬉しいことだと感じていた。

(サリスはどっちだ?)

ニャディアに対するサリスの気持ちは、偽りなのか本心なのか。それを確かめることが、今回、貴大が受けた依頼だった。