軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔法少女マジカルロータス

何もかもが順調だった。旅は予想以上にスムーズに進んだ。

邪悪の化身ヒドインダー、このずんぐりむっくりしたおはぎお化けは、その見た目や肩書きに反して毛虫以下の戦闘力しか持っていなかった。

いや、それはちょっと言いすぎたかもしれない。いくら何でも毛虫くらいには勝てるだろう。だけど、わたしにとってはどっちだって同じことだ。どんな相手もロッドで殴れば一撃昇天。苦戦をする暇さえなかったし、そもそも戦いにもなってはいなかった。

正直な話、「わたしがいなくてもどうにかなっていたんじゃないかな?」という気持ちでいっぱいだった。次々に倒されていくヒドインダーを見て、騎士団長のジェイド君、賢者のルー君も認識を変えつつあるようだった。

五日目にもなると、ふたりは「ロッドの力を使え」、「ロッドを使って変身しろ」とは言わなくなった。一度に三体も倒した日なんて、「これが勇者の力か」とか、「必要以上に怯えていたのかもしれない」とか、そんなことばかりを口にしていた。

結局のところ、この世界に脅威らしい脅威なんて存在しなかったんだ。どこまでも平和なこの世界では、ちょっといじわるな人でも稀代の悪人になってしまう。だからこそヒドインダーは邪悪の化身とまで呼ばれて、それを倒すために勇者召喚なんて大げさなことをしてしまったんだ。

もちろん、わたしはそれを責める気なんてなかった。なかったけど、やっぱり緊張感が足りないというか、毒気を抜かれていくというか――。

(いやいや!)

この世界の人たちが困っているのは事実なんだ。相手が弱いと分かったのなら好都合じゃないか! ここは可及的速やかに、それこそ駆け足のようにヒドインダーを倒してしまおう!

そう決めたわたしは、ジェイド君とルー君を連れて、メィプルランド各地を駆け回っていった。それを慢心、油断と気づかないまま、敵の本拠地にさえ飛び込んでいった。

その結果、わたしたちは――。

ヒドインダーの本当の強さを思い知らされることになった。

「ふふふ……他愛ないものですね」

黒く染まったメルヘンなお城で。

今、わたしたちはヒドインダーの幹部に捕らわれていた。

「これが伝説の勇者? 聖なるロッドの力? ふふふふふふ」

さぞおかしいんだろう。道化師風のヒドインダーは、勝敗が決してからずっと、ああやって鼻にかかった声で笑っていた。

そしてわたしたちは床に這いつくばって、それをただ黙って聞いているだけ。反論しようだとか、一矢報いようだとか、そんな気が起きないほどに衰弱していた。

「ねえ、レンゲさん。異世界から来た勇者様。貴女が今まで倒してきた敵、あれがヒドインダーのすべてだと思っていたのですか?」

正直、そう思っていた。

あのずんぐりむっくりしたのがヒドインダーだと――。

殴れば倒せる雑魚しかいないのだと、わたしはそう信じて疑ってさえいなかった。

「そんなはずがないじゃないですか? あれは尖兵、最低限の力しか持たない『その他大勢』でしかありません。私たち幹部や、力ある戦士たちは、まだ手付かずのまま残っています」

黒い道化師がまた笑い声を上げた。

それを聞いてジェイド君は、そして賢いルー君は、今度こそ心が折られたような顔をした。わたしも含めて手も足も出ない、そんな相手がこの先大勢待ち受けているのだ。侵略、蹂躙、そんな言葉が頭に浮かんできては、しかし、消えていくようなことがなかった。

「先代の勇者も非力でしたねぇ。プティ姫でしたっけ? あの子も快進撃の末、こうして私に退けられたのですよ?」

「ひっ、姫様はっ! お前がっ!?」

「ふふふふふふふ、そうでぇす、ジェェェェェイドくぅん? 貴方が敬愛し、守るべき相手だったはずのお姫様は、私が小指で片づけてあげましたよぉ?」

「くぅぅぅ……!!」

あの強気なジェイド君が、歯を食いしばってぽろぽろと涙を零していた。

騎士団長なのに何もできない自分。姫様を守ることさえできなかった自分。そんな不甲斐ない身を、彼は誰よりも責めているんだ。そしてそれは涙という形となって、彼の目からとめどなく流れ落ちていた。

「そうそう、ルースワルド君。君にも言いたいことがあるのでした」

「……!?」

「そう、君です。偉大なる賢者様。呆けている場合じゃありませんよ?」

道化師は踊るように、今度はルー君の方へと近づいていった。

そして変わらないにやにや顔で、奴はそっと、ルー君の耳に何事かを吹き込んでいく。

「本隊が到着したら、この世界など一日で滅ぼしてくれる」

「ッ!」

「子どもは泣かす。男は転がす。女はまとめてレイポンだ」

「き、貴様ァァァァァ……!!」

あの理知的なルー君が、怒りと憎しみのこもった声を上げていた。

道化師はそれが聞きたかったのだろう。彼のすまし顔をこうして歪めてやりたかったんだ。会心の笑みというやつを顔に浮かべ、ヒドインダー幹部はのけぞるようにしてゲラゲラと笑い始めた。

「あーっははははは! なんて! なんて楽しいんだ! 圧倒的力で! か弱き生物を存分に踏みにじり! 白い世界を黒く、黒く染め上げていく! これこそ我らヒドインダーの本懐です!」

人気のない玉座の間で、我が物顔でひとり嘲笑し、自分より弱いものを心身共に痛めつけていく。

この時、わたしはヒドインダーのことをようやく理解した。これが悪だ。こいつらは悪者なんだ。いるはずのない純粋悪、それが異世界には存在するんだ!

(倒さなくちゃいけない……!)

本隊とやらも、幹部とやらも、みんなまとめて倒さなくちゃいけない!

わたしがヒドインダーを倒すんだ! 勇者蓮華、ミラクルミルキィロッドの主として!

「んんん~~~~~~?」

立ち上がったわたしを、しかし、道化師はまるで警戒していなかった。

無理もない。今のわたしは青息吐息だ。支える足も、ガクガクと震えて頼りなかった。

だけどわたしには聖なる杖、ミラクルミルキィロッドがついている! 本当の使い方だって、今なら分かる、今のわたしだから分かる――!

「そんな『ひのきのぼう』で、いったい何をしようというのです? 私の肩でも叩いてくれるというのですか?」

「そんな減らず口もここまでよ。今からこの杖の、本当の力を見せてあげる……!」

「それはそれは。では、どうぞ?」

「望み通りにね! さあ、目にもの見なさい、ヒドインダー!」

「……!?」

「ミラクルメイクアーーーーーーップ!!!!」

天高く掲げた杖が、今、白光の輝きをまとった!

そしてそこから飛び出すように、シルクのベールが、そして色とりどりのバンドが、暗闇を切り裂くように顕現していく――!

※ここから変身バンクが始まります。

シャランラ~♪ シュルルルン! ポン! キランッ! シャンシャン! シュルン! ポン! シュウウウウウウン! シャン! シャララン! ポポン!

「邪悪の化身、ヒドインダー! わたしはあなたを許しません!」

「凛と咲く一輪の花! 魔法少女マジカルロータス! ここに参上!」

バ~~~~~~~ン……!

「お、お……!」

「おおおおお……!」

果たしてそれは、この場の誰が漏らした声だったのか――。

男たちが目をむいて見つめる先、そこには蓮の花のごとき、麗しき魔法少女の姿があった!

「なるほど、それが貴女の本当の姿というわけですか……!」

「…………」

「これはますます、楽しくなってきましたよぉ……!」

険しい顔で佇む少女に、道化師ヒドインダーはべろりと舌なめずりをした。

そして更なる嗜虐性を顔に浮かべ、彼は跳躍、獣のようにマジカルロータスに飛びかかっていった!

「ヒョオオオオオオオッ!!」

それは先ほど、蓮華たちには見せなかった本気のムーブだった。

ヒドインダーに備わる闇の力、それを全身にまとっての切り裂き攻撃。それは伝説の勇者とはいえ、容易に耐えられるものではなかったが――。

「なにぃぃぃぃ!?」

マジカルロータスから放たれた光によって、道化師は弾かれ、玉座の方へと押し流されていった。

空中で溺れるようにもがきながら、しかし、何とか着地してみせる道化師。彼の顔にはかつてない驚愕と、常ならぬ余裕のなさが浮かんでいた。

「こ、この力はっ!」

両手を構え、信じがたい目で指先を見つめるヒドインダー。

あの光に触れた部分、邪悪に染まったわが身の一部が、まるで砂糖菓子のようにサラサラと解けて消えていっている――! だというのに痛みや苦しみはまるでなく、だからこそヒドインダーは、子犬のように総身を震わせてマジカルロータスを見た!

「馬鹿なっ!! 我らヒドインダーは無敵のはずだ! 不朽不滅、決してこのように消えることはない!」

「現実を受け入れなさい、ヒドインダー。このミラクルミルキィロッドがあれば、どんな闇も光に消える!」

「認められるかァァァァァァッ!! まだ私はヒドイことをしていないんだ! これから先、楽しくなるところだったんだぞ!? 私は、私は、この世界の住人を転がしまくって……!」

「そうはさせるものですか! 受けなさない! 奇跡の光、その力を!」

「ぐうううううう!? この光の高まりはァァァァァ!?」

「ミラクル! ロータスフラワーウェーーーーーーーブ!!!!」

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

こうして強敵、幹部級のヒドインダーは光の奔流に呑み込まれ――。

この地域を覆っていた闇も、吹き散らされるように晴れていくのだった。

「いやあ~! お見事でした! このルースワルド、感服しました!」

あの戦いのあと、一番興奮していたのは、意外にも賢者のルー君だった。

一度絶望させられた分、余計に感動が大きかったんだろうか? 兎にも角にも、彼は次の街へ向かう道中、しきりにわたしを褒め称えてくれた。

「あれがミラクルミルキィロッドの本当の力……! レンゲさんの本当の力だったのですね!」

「い、いやあ、そうなのかな?」

「謙遜してはいけませんよ! あの神々しいまでの戦装束、私は釘づけにされました!」

ふんふんと鼻息荒く、わたしの周りを浮かびまわる賢者様。

だけど、わたしとしてはやっぱり、あの姿だけはなるべく遠慮したいというか――。

「うん、見事だったよな。魔法少女マジカルロータス」

「がっ……!?」

「認めるよ。お前は本物の勇者だ」

ジェイド君はそう言ってくれるけれど。

あ~、やっぱりダメだダメだ! なんだ、マジカルロータスって! 二十歳の女になんていう格好をさせるんだ!

(ふりふりのリボン、やたら短いスカート、ファンシーな装飾品、まさかまさかのツインテール……!)

いかにも魔法少女って感じの格好だ。こんな姿、決して家族や友人には見せられない!

(は、早いところ済ませてしまおう、うん!)

予感は的中、この歳で魔法少女になってしまったわたしは、いたたまれない気持ちのままにやたらメルヘンな街道を駆けた。

ヒドインダーを倒すために。この悪夢を終わらせるために。そして何事もなかったかのように、元の世界に帰るために――!

「全部終わったら、宮廷画家にマジカルロータスを描いてもらいましょうね?」

「や、やめて~~~!」

善意によって恥ずかしい姿がバラまかれる前に、わたしはこの世界を救うのだと改めて決意していた。