軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頂上決戦

アストレアはご機嫌だった。

外套で体を覆っていたが、隠し切れない喜びが溢れ出していた。

「こっんどっは、どっこに、いっこうっかな~?」

スキップをしている。歌まで歌っている。踊るように石畳の街を進んでいる。

最近、よく見かけるようになった怪人物だ。それを避けて、中級区の住人たちはこそこそと通りの端に寄っていった。

「海がいいかな、山がいいかな」

フードの下で、むふふと笑う勇者様。

それはつまり、「海に行ってクラーケンを刺身にする」か、「山に行ってタイタンを蹴り飛ばすか」かという話なのだが――。

「ふふっ♪」

まあ、勇者にとってはピクニックと変わらない。

仕事ではあるのだけれど、友達と行くとなれば話は別だ。あんなに嫌だった勇者の仕事が、嬉しくて楽しくてワクワクする旅行に変わる。

やはり友達はいいものだ。それも、秘密を共有できる友となれば格別だ。

「ふふふふふっ♪」

笑い声が抑えきれないのも仕方のないことだ。

アストレアは勇者になってからというもの、友達らしい友達を作ったことがなかった。

相手は自分を色眼鏡で見るし、自分の方もそれが当然のことだと考えていた。自分はどうしたって勇者であるし、それは変えられようがないと思っていたので、いつも勇者らしく振舞おうとしていた。だから尊敬や配慮は得られたが、友情というものにはとんと無縁なアストレアだった。

そこに貴大という友達ができたものだから、彼女は自分でも分かるくらいに彼にべったりとなった。仕事が捗るということもあり、ついつい、こうしてグランフェリアにやってきては、依頼を入れて佐山貴大を連れ回す。

(迷惑かな?)

と、我慢することはあったが、それも三日も持たない。

勇者アストレアは失われた十年、灰色だった青春を取り戻すように、今日も今日とてフリーライフを訪れていた。

「来たよー♪」

事務所の扉を機嫌よく開け、外套を脱いで笑顔を見せるアストレア。

勝手知ったる何とやらというやつだ。迎える方も慣れたもので、貴大は驚きもせずに勇者様を出迎えて――。

「……って、あれ?」

リビングならまだしも、事務所に貴大、ユミエル以外の姿があるのは珍しい。

貴大の両腕にしがみつく、白と黒の女の子。彼女たちはなぜか勇者をにらみつけ、その警戒心を隠そうともしていない。

「……うん?」

アストレアは思わず首をひねった。

こうもあからさまに敵意を向けられるのも、随分と久しぶりな気がする。

そんなところに新鮮味を覚えながら、勇者様はやっぱり、訝しげな顔をするのであった。

フリーライフの事務所、そこに置かれた応接用の椅子に腰かけ、アストレアは上機嫌な顔をしていた。

「……粗茶ですが」

「ああ、ありがとう。ユミエルちゃんは本当に気が利くね」

「……そんなことは」

紅茶とクッキーを運んできたメイドに礼を言い、ティーカップを口に運ぶ勇者。甘い香りに目を細めつつ、彼女は「う~ん」と声を漏らす。

「安らぐなあ。思えばゆっくり紅茶を飲むなんていつ以来だろう」

温かなお茶を一口、二口。

ほっと息をついたアストレアは、ここでようやく正面に向き合った。

「…………」

「うううぅ……」

「がるるるる……!」

向かいの席には貴大と、ルートゥーとメリッサの三人。

少女ふたりにそれぞれ右腕、左腕にしがみつかれた貴大は、何とも言えない顔でアストレアを見ている。

「ふーむ」

ティーカップを持ったままで、アストレアはしばし沈黙。

何やら考えていたかと思うと、にこやかな表情で彼女は、

「両手に花とは羨ましいなあ」

「もうちょっと言うべきことがあるだろうが!」

さすがの貴大も声を上げた。

混沌龍に威嚇され、人工聖女に涙目で見られ、なぜそうも平然としていられるのか。勇者だからか、それとも本人の性格なのか。まだつかみ切れていない貴大は、ため息混じりに頭を押さえた。

「場所代わってくれない? とか?」

「そうじゃなくてだな……」

言葉は通じるけど会話ができない。

深刻なディスコミュニケーションに陥って、さてどうしたものかと貴大が思ったときに――。

「帰れ帰れっ! 勇者は帰れ!」

ルートゥーが怒声を上げた。

怒りで髪を逆立てて、金色の瞳をギラギラと光らせている混沌龍は、歯をむき出しにしてなおも続ける。

「事あるごとにタカヒロを連れ回しおって! いったい何様のつもりだ!」

「うーん、困ったな」

「困ったのはこちらの方だ! あの鬱陶しい悪神がいなくなって、やっとのんびりできると思ったら……なんなのだ貴様は! 我とタカヒロの時間を奪いおって! 喧嘩を売っているのか!」

「そういうわけじゃないんだけれど」

心当たりがないこともないため、少し気まずそうにするアストレア。

それが逆に癇に障ったのか、ますますルートゥーは怒気を強めていく。

「やはり勇者などろくでもないな! いつもいつも我ら混沌龍の邪魔をして……! タカヒロ! いますぐこやつを追い出すのだ!」

「いや、落ち着けよ。ってか、知り合いなのか? お前ら」

「ああ! こいつはな、とんでもない悪人なのだ! ちょっと村のひとつやふたつを焼き払っただけで、すぐに飛んできて尻尾をちょん切っていくし……」

「そりゃ飛んでくるわ」

邪悪なドラゴンの襲来だ。

そこで出動しなければ勇者ではないし、むしろよく尻尾だけで済んだというか――。

「まあ、どれも邪教徒だったり、密猟者だったりの拠点だったからね。だからって魔の山が騒がしくなったら、勇者としては世の安寧のために出張らなきゃいけないわけで」

「うるさーい! そんな事情、知ったことか!」

「僕としても不本意だったんだけどな。上の方が、ね?」

「黙れペテン師め! このいんちき能力者ーっ!」

どうやらルートゥーは心の底から勇者を嫌っているようだ。

お灸をすえられたことがそんなに堪えたのか、それとも勇者の「絶対勝つ」能力が嫌いなのか、何なのか――。

とにかく勇者がここにいること自体、我慢ならないことらしい。不倶戴天の敵を前にして、ルートゥーは今にも噛みつかんばかりの表情だった。

「ううぅ……」

さて、対照的に怯えた様子を見せているのはメリッサだった。

「タカヒロくん、逃げよう、逃げようよ……」

薄桃色の修道服を着た聖女様。

いつもマイペースな彼女は今、しきりに貴大の腕を引いていた。

「どうしたんだ? なんでそんなに怖がってんだよ?」

「だって……」

メリッサの表情は晴れない。

その言葉も要領を得ず、彼女は勇者のことばかり気にしている。

「どうしたのかな? 僕の顔、そんなに怖いかなあ」

「ぴゃああっ!?」

「おや……」

勇者が気さくに笑いかけると、メリッサは貴大の背中に回った。

その顔は青ざめて、体はガタガタと震えていた。

「いや、本当にどうしたんだよ? 何かあったのか?」

「だって……」

「だって?」

「わたし、悪い子だから……」

「悪い子?」

さて、何かしでかしただろうか。

ふらりと家に来ては騒動を起こされ、突拍子のないことでまた引っかき回されるなど、もう慣れっこな貴大なのだが――。

「ほら……人工聖女のことで……」

「あ、あ~」

大司祭ゼルゼノンの計画により、人工的に生み出された聖女、メリッサ。

彼女は命じられるがままにその力を振るい、時には誰かの命を奪うこともあった。その行動だけを見れば悪と言えるが、しかし、彼女もまた被害者であり、そもそも更に黒幕がいたわけだ。

悪神の掌の上で転がされていた大司祭。その老人に人形のように操られていた聖女。それを勇者が裁くというのなら、貴大としてはメリッサを庇わずにはいられない。

しかし、問題の勇者様は、話を聞いてもきょとんとしているだけで――。

「え? なに? そんなこと心配していたの?」

敵意はない。剣の柄に手をかけるようなこともしない。

アストレアはただからからと笑い、不安げなメリッサを優しく撫でる。

「そう怖がらなくてもいいよ。君は一線を越えなかった。よほどのことをしでかさない限り、僕は君を殺すようなことはしないよ」

「勇者さん……」

「そもそも、僕自身、君を殺したくないしね。むしろ仲良くしたいよ。こんなに可愛いお尻をした子とは、ね?」

「ひゃんっ!?」

「おいぃ!?」

優しいタッチがメリッサのお尻に伸びた。

ぷりんとした小ぶりなヒップを、勇者様は愛おしそうに撫で回す。

そんなことをしたものだから、メリッサは声にならない声を上げ、顔色なぞ青を通り越して蒼白となり、とうとう貴大の背中に隠れて出てこなくなった。子ウサギのように臆病な聖女様、その震えを背中に感じ、貴大はまたもやため息をつく。

「お前、ほんと止めろよな」

「ごめんごめん。つい手が伸びちゃったよ。僕、メリッサちゃんみたいな子のお尻に弱いんだ」

「お前の背後に、一瞬、スケベ親父が見えたぞ……」

バイセクシャルの気がある勇者にツッコミを入れ、貴大はメリッサを落ち着かせようとした。

しかし、そろそろ我慢の限界だったらしい。メリッサのみならず、ルートゥーも声を荒げ、その感情を爆発させた。

「ええい、もう問答は終わりだ! さあ、出ていくがいい!」

「そ、そうだー! 勇者なんて出ていけー!」

「そんなあ。僕は君たちとも仲良くしたいのに」

「お断りだ! 勇者は魔王とでも戯れていろ!」

「いや、あの子とは仕事仲間っていうか……」

「もういやだ! 逃げよう、タカヒロくん! こんな人と一緒にいたら、うっかり微塵切りにされちゃうよ!」

「君は勇者を何だと思っているのかな?」

ワーワーギャーギャーと騒がしいことこの上ない。

出ていけ、逃げよう、仲良くなろうに殺される。勇者、混沌龍、人工聖女の三人は、声の調子もバラバラ、内容についてもちぐはぐだ。とにかく相手を排斥しようと、あるいは縁を深めて仲良くなろうと、喧々諤々止まる様子もない。

「そもそもタカヒロは我のものだ! 勝手に持っていくでない!」

「いや、僕は彼を監視するという仕事があるんだよ。もちろん、それだけじゃないけれど」

「わたしからタカヒロくんを取らないで!」

「タカヒロは渡さん!」

「そこをなんとか」

「ダメーーーーーッ!」

いつの間にやら話は貴大のことになり、彼は誰のものかと言い争われている。

とんだプレイボーイぶりだが、事情はそれほど楽観的なものではない。なにせ、彼女らはいずれも尋常ならざる力の持ち主だ。今は口だけで済んでいるが、もしも手が出ようものなら、辺り一面焦土に変わる――。

(いやいやいやいや)

不吉な未来図にゾッとした貴大は、すぐにも彼女らを止めようとした。

(でも、どうやって?)

白熱した言い争いは、それこそつつけば破裂しそうな風船だ。

下手に触れば爆発必至、しかし放っておいても収まるようなことはない。

ここで鶴の一声、「止めないか!」の言葉だけで、彼女らを鎮められれば良かったのだが――そこは佐山貴大、甲斐性無しの男である。どうにも活路が見出せず、彼はなるようになれ、なるようになるさの精神で流されようとしていた。

「こうなったら勝負だ! 勝負だ!」

「貴大君をかけての勝負だね?」

「ま、負けないんだから!」

貴大の予想通り、三人は行きつくところまで行っていた。

勝負。なんの勝負をするというのか。少なくともじゃんけんではないのだろうなあと思いつつ、貴大はいよいよ腰を上げかけて――。

「……お待ちください」

「ユミィ?」

ルートゥーが拳を振り上げた、まさにその瞬間。

今まで事務所のすみで控えていたユミエルが、静かな、しかしよく通る声を上げた。

「なんだ、メイド? 今、我らは忙しいぞ」

ぎろりとユミエルをにらむルートゥー。

しかしユミエルはそれをさらりと受け流し、滔々と自分の考えを述べる。

「……喧嘩はいけません。しかし、決着がつかねば角が立ったままでしょう」

「ああ、そうだ」

「……でしたら、暴力に頼らない勝負をされてはいかがでしょう?」

「勝負?」

「……はい。いつぞやの肉料理対決のように、平和的に勝敗を決められてはいかがかと」

「う~ん……でも、そんなこと言われても……」

「腹案はあるのかな?」

「……はい」

そう言うと、ユミエルは足元を指さした。

そこに何があるというのだろうか。言い争いも止まり、注目が集まったのを確認し、ユミエルは満を持して「腹案」を口にした。

「……ここの仕事のお手伝いです」

「手伝い? フリーライフの?」

「……はい。それぞれ一日ずつご主人さまについていただき、補佐していただければと」

「おお!」

「……よりご主人さまの助けになった方が優勝です」

「なあるほど。求めてばかりではなく、与えなければならない。ユミエルちゃんはこう言いたいわけだ」

「…………」

肯定はなかった。しかし否定もなかった。

そっと目を閉じたのがうなずきのようなものだ。どちらかと言えば無口なユミエルは、そうした仕草で答えることが多い。それを知っている少女たちは、なるほどそうかと先ほどの提案について話し始めた。

「ようし、それなら勝負だ! よりタカヒロに尽くせたもの! それが勝者だ!」

「ま、負けないよ! わたしだって聖職者だもん! ご奉仕だってできるよ!」

「やあ、これは面白そうだ。つまりこれに勝てば、貴大君と付き合えるわけだ」

「いやいやそれはいかん。精々、休日にふたりきりになるくらいでだな……」

「失敬、性急だったね。では、話を整理すると……」

泣いた烏がなんとやら、勝負について条件を詰めていく少女たち。

その横で佇んでいるユミエルと、何やら遠い目をしている貴大。

(俺ぁ、うんともすんとも言ってないんだけどなあ……)

しかし他に妙案があるわけでもない。

貴大は例によって例のごとく、今回も少女たちの勝負に巻き込まれるのであった。