軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

始まりを告げる鐘

苦境を乗り越えることで、人は成長するのだと誰かが言った。

解決出来ないことはない。全ては神が与えたもうた試練なのだと、誰かが教えてくれた。

――本当にそうなのだろうか?

それならば、なぜ、この世には嘆きや苦しみがこんなにも多いのだろう。なぜ、道行く人は皆、うつむいて歩いているのだろう。彼らはみんな、乗り越えてきたはずの人々なのに。

死ぬまで『試練』が続くのはなぜだ。飢饉や天災など、抗えぬ運命があるのはなぜだ。私たちはどうしてこんなにも苦しい世の中を、何が楽しくて、何のために生きているのか。

誰か教えて欲しい。どうか教えて欲しい。この足がいつか止まってしまう前に――。

「報告っ!」

小高い山の頂上に置かれた対策本部。テントが乱立する開けた場所に、若い通信士が駆け込んできた。

「飛竜隊から通信がありました! 敵は旅団規模! 旅団規模です!」

【コール】の交信距離を伸ばす耳当てを押さえながら、彼は喚き散らすようにそう言った。無理もない。『繁殖期』以外でこれほどの魔物が押し寄せるなど、前代未聞の話である。

まだ十代であり、それを理由に後方支援に回された者たちは、彼のように顔を青ざめさせていた。

「そうか……」

対照的に、その男はどっしりと構えていた。

見上げるほどの巨体。岩石のように盛り上がった筋肉。両刃の大戦斧を肩に担いだ赤毛の大男は、緊張する部下たちに向け、軽口を叩いてみせた。

「イースィンドは呪われてる、なんて与太話があるが……あながち、間違いじゃねえのかもな」

国家を揺るがす大事件。いずれも十年に一度、あるかないかの出来事が、ここ一年で集中して起きている。

それを指して、口さがない者は、イースィンドは呪われた国家だ、破滅に魅入られた国なのだと喧伝しているが――そうした噂を吹き散らすように、大男は声を張り上げた。

「だがなぁ! オレたちゃ誇り高き冒険者だ! 探し回って! 見つけ出して! 引きずり出して叩きのめす! 相手が呪いだろうが何だろうが関係ねえ! 種や仕掛けを端から端までぶっ壊す!! それが冒険者ってヤツだろうがっ!」

山が震えるほどの 大音声(だいおんじょう) は、縮み上がっていた冒険者たちの心に喝を入れた。

そうだ、自分たちは冒険者なのだ。そしてその象徴が彼、キリング・ブレイブ=スカーレット=カスティーリャなのだ。いつまでもこうして縮こまっているなど、冒険者らしくない!

「ガタガタ震えてんじゃねえぞ! 旅団だあ? 雑魚がいくら集まっても雑魚なんだよ!」

出陣の時を告げるように、キリングが大戦斧を振り回す。ごうごうと音を立てるギルドマスターの得物に、冒険者たちはこれから築かれる魔物の死体の山を見た。

「行くぞォォォォォォ!! まずぁ、敵拠点をぶっ潰す!! 玉無し(騎士)どもに後れを取るんじゃねえぞっ!!」

「「「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」

先陣を切ったキリングに続き、数百人の冒険者たちが山道を駆け下りる。目指すは魔物の大集団。有象無象を切り捨てるべく、凄腕たちが一直線に突撃していく。

彼らの心には燃える闘志とギルドマスターへの信頼があった。揺るぎない支柱が彼らを支えていた。

――まだ。今は、まだ。

そう、それがいいのだと、どこかで誰かが呟いた。

「分からないなあ」

痩せぎすな女が、ガリガリと頭をかきむしる。

「分からない。尋常のことではない。これほどの規模、人為的には起こせない……となると魔物か。センサーに反応はあったかな……」

ぶつぶつと何事かを呟いて、紙の束や奇妙な機械類をいじくり回す黒髪のエルフ。奇人、変人の名をほしいままにする彼女、エルゥ・ウル・ミルルは、一人だけの世界に没頭して、肩を揺さぶられても反応を示さなかった。

「なんて女だ!」

悲鳴のような声を上げたのは、焦燥感を顔に浮かべた中年男だった。仕立てのいい服に身を包んで、しかし、滑稽なほどに髪を乱したその男は、子ネズミのように震えて辺りを見回した。

「まだ、まだ原因は分からんのか!」

王城の一室、対策本部として開放された大広間。この場所に集った中では位の高い人物なのだろう。意味もなくうろつき回るその男をたしなめる者はおらず、皆、汗を垂らして棒立ちになっていた。

「なんて年だ! 厄払いの儀など、何の意味もなかったではないか! これならば、これならば……!」

「お静かに。エルゥ女史の邪魔になりますわ」

「……フェルディナンの!」

緊張感で張り裂けそうな対策本部。その場に颯爽と現れたのは、赤い衣装をまとった男女だった。

「イースィンドに物量戦を挑もうなど……愚かなことです。そうは思いませんか、エングレイブ卿?」

「し、しかし!」

「問題はない」

「……っ!!」

金糸に彩られた深紅のマント。翻る獅子の紋章を見て、エングレイブと呼ばれた伯爵は動きを止めた。

「問題はないのだ……分かるな?」

再度の言葉に、返事はなかった。ただ、誰もが黙って首を縦に振り、恭順の意を示していた。

彼が――フェルディナン公爵家現当主、オデュロンが言うならば、『そう』なのだ。権力ではなく、圧力ではなく、大貴族の威風堂々たる姿に、部屋にいた者たちは幾分か緊張を解いた。

「そう、問題はない。問題はないよ」

オデュロンを補佐するように、横手からエルゥが現れる。一枚の紙に視線を落としながら、彼女は特に気負った様子もなく手を振った。

「観測結果が出た。敵は多いだけだ。混沌龍みたいに、一体で国を台無しにするような化け物はいない。悲観的になることはないよ」

あっけらかんと告げるエルゥに、幾人かが訝しげな眼を向けるが、

「いつも通りにすればいい。得意だろ? 遠距離から魔法を放ち、残った敵は重装兵で迎え撃つ。魔物の群れなど、自慢の必勝戦法で殲滅してしまえ」

面倒臭そうに視線を手で払い、彼女はソファに腰を下ろした。そのまま横になって、気だるげにまぶたを閉じるエルゥ。

イースィンドの頭脳とも呼ばれる彼女が太鼓判を押したのだ。今さら何を思い悩む必要があるのか。対策本部に詰めていた人々は、担当する部署に【コール】で指示を送り始めた。

「フランソワ。後は任せる」

「はい、お父様」

対策本部が機能したのを確かめてから、オデュロンは大部屋を後にした。残されたフランソワは、各地から送られてくる情報をまとめながら、部屋の中央のテーブルに地図を広げていく。

(先生……先生はきっと、どこかで戦っておられるのでしょうね)

魔物を赤い駒、騎士団を青い駒、冒険者を黄色い駒で配置しながら、戦場を思い描くフランソワ。彼女の脳裏では、ナイフを構えた黒衣の青年が躍動し――。

(元凶は『悪神』。勇者が間に合うか、先生が倒してくだされば、一連の騒動に幕が下りる)

人に仇なす神の胸に、貴大のナイフが突き刺さる。人知の及ばぬ存在を、彼が見事に討伐してみせる。

(それまで持ちこたえなければ……)

胸の前で小さく手を握り、フランソワは貴大の勝利を願う。この暗雲が晴れるのをただただ祈る。

不安は隠し、それでも背筋を伸ばして前を見る。怖気づく仲間を励まして、幾万の人々に指針を与える。それこそが上に立つ者の責務だ。貴族としての彼ら、彼女らの使命だ。

竦む心に鞭を入れ、少女は大貴族の仮面を被る。凛々しく、雄々しく、有無を言わせぬ自信と気品。これがフランソワ・ド=フェルディナン。未来のイースィンドを背負って存在だ。

彼女を始め、国家の大黒柱は未だ健在である。大国イースィンドは揺るぎない。魔物の群れになど、脅かされるわけがない。

――なのに、王族がこそこそしているのはなぜ?

どこかで誰かがくすくすと 嘲笑(わら) う声がした。

グランフェリア王貴区に、その館はあった。

お国柄がよく出ている、と言われる三階建ての家屋。カッチリとした印象を受ける質実剛健たる館には、隣国からの留学生が住んでいた。

「……それは本当なの?」

従者からの報告を受け、ドロテアは思わず腰を浮かせた。

氷のようだと評される彼女は、滅多なことでは動揺しないはずなのだが――余程の事態が起きたようだ。珍しく狼狽えた様子を見せて、王女は立ち上がったまま考え込んだ。

「……虚偽報告、もしくは他国の偽装の可能性は?」

「ありません。報告を受け、私もこの目で確認しました。あの規模であの精度。我が国の人間が見間違えるはずもありません」

「それもそう、ね」

腹心であるエレオノーラの言葉は、疑うべくもないことだ。いや、それを言うのならば、この場にいる全員はドロテアの忠臣だ。王女のお供としてイースィンドにやってきた騎士、従者たちを見回しながら、ドロテアは深くうなずいた。

「私はこれを止めようと思う。異議のある者は?」

自分の中で答えを出したドロテアは、応接間に集った全員に問いかけた。すると、精悍な顔つきの騎士が歩み出て、聞くまでもないことだと首を横に振る。

「姫様。これは止めねばならないことなのです。イースィンドのためにも、我らが祖国のためにも」

ドロテアも同じ意見だった。

愚策。そう、愚策だ。動くにしても、なぜ、今なのか。納得出来ないことは支持しない。それがバルトロア人という者ではないのか。彼らは――バルトロア第三軍は、一体、何を考えているのか。

問い質さなければならない。いや、その前に止めなければならない。力づくでも歩みを止めさせなければならない。

「存分に働いてもらうわ、カウフマン」

「はっ!」

神の寵愛を受け、最強騎士の称号を持つ武人に、銀色の姫君が命を下す。

「戦いなさい、カウフマン。その力を今こそ振り絞りなさい。イースィンドのためではなく、我らがバルトロアのために」

「仰せのままに!」

主君の命を受け、カウフマンは胸に握り拳を当てる。

彼の後ろに並ぶ騎士たち、従者たちがそれに続く。命を賭して戦うと、彼らの目が語っている。ドロテアはそれを受け、厳かに右手を持ち上げた。

「では、行け! 一歩たりとも彼らを『越えさせるな』!」

「「「ははっ!」」」

かくして、カウフマンたちは動き出した。

目標を定めた際の、バルトロア人の迅速さ、迷いのなさは特筆に値するものだ。竜籠を用意する者、王城に報告に出かける者、徹底された役割分担によって、見る間に準備が整えられていく。

それを頼もしく思いながら、ドロテアは思案気に窓の外を見て――。

(一体、兄様は何を考えているのかしら)

第三軍を率いているはずの兄。何事もそつなくこなす彼が、急いて事を仕損じるなど。ましてや、

(火事場泥棒のように、イースィンドに侵攻しようなど……)

ドロテアは戦争自体には肯定的だった。戦うべき時には戦うべきだと考えていた。しかし、それは今ではない。弱みに付け込むように、一方的に侵攻することなどあり得ない。

それでは大義名分が得られない。国民と周辺諸国の反発は必至だ。対応を誤れば、内外からバルトロアが崩されかねない。それを兄は分かっていたはずなのに――。

(一体、どうして……?)

勝利を以って、全てを有耶無耶にするつもりなのか? 手柄を立てて、次の王座に着こうとでも? まさか、そんなはずはない。しかし、それらしい理由が他に思いつかない。

いや、でも、しかし――あの兄に限って――?

それが人間だよと、どこかで誰かがささやいた。

どこかで誰かが――。

どこかで、誰かが、確かに聞いた。

始まりを告げる鐘の音を。あの安っぽいドアベルの音を。

あの鐘は、今もまだ、耳の奥で鳴り響いている。