軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

定職に就く喜び

「ユミィ、喜べ! 俺は定職に就いたぞ!!」

「……今、なんと?」

「だから、定職に就いたんだ! しかも、あの王立図書館の研究員の助手だぞ? どうだ!」

「……本当ですか? それは?」

「本当だって! 明日から、早速来てくれって言われた! これが任命状だ! いや~、冒険者時代の経験が活きたってやつかな、ははは!」

「……素晴らしい。これは、お祝いをせねば」

仕事を速攻で終わらせて家に帰っての就職報告に、ユミエルは買い物かごを持っていそいそと出かけていった。

きっと、いつもより豪勢な食事になるのだろう。ユミエルの料理の腕は確かだから、貴大は今から楽しみでしょうがなくなる。

(くくく……いいことだらけだな!)

「アートウィキ」こと「@wiki」が、このような幸せをもたらすとは……貴大は、≪Another World Online≫……いや、VRMMORPGの仕様に感謝していた。

≪Another World Online≫を始めとするVRMMORPGのサービスが開始されるようになって、当然、あることが問題となった。

長い間主流だった専用アプリケーションやブラウザを用いてのオンラインゲームは、「@wiki」(攻略サイト)を見ながらプレイできた。

しかし、仮想現実にはパソコンなどなく、初期のうちはいちいちログアウトしなければ「@wiki」を見ることができなかったのだ。

当然、これにはユーザーの不満が爆発した。仮想現実からいちいち現実に戻ってしまっては、興ざめもいいとこだからだ。

これへの対処として、まず、「ノートパソコン」というアイテムが実装される。仮想現実に現実そのままの「ノートパソコン」を出現させ、その画面でネットができるというものだ。当然、「@wiki」にもアクセスできる。

しかし、これも評判はよろしくなかった。

考えてもみてほしい。現代や近未来を舞台としたVRMMORPGならまだしも、ファンタジーなどの中世を舞台とした「機械? ぱそこん? なにそれ?」な世界観の中、「ドラゴン」の弱点はなんだ? 「ミスリル・ソード」の材料は? よし、「ノートパソコン」を開こう!! と、そこかしこでプレイヤーたちがノートパソコンと睨めっこする姿を……。

ファンタジーな世界観がぶち壊しである。

「ノートパソコン」の発展形として、中空にネットにアクセスできる「ウィンドウ」を開くことができる機能も実装されたが、こちらも評価は似たり寄ったりだった。

そのような中、画期的なアイテムが登場する。

それは、表紙に「○○@wiki」と筆記体で書かれたハードカバーの本だ。目次として、各種データへのリンクが書かれており、あとは白紙のみの奇妙な構成となっている。その白紙部分に目次から選んだ知りたい情報が浮かんでくるのだ。

外見がハードカバーの本なら、似たようなアイテムはいくらでもある。読めばスキルを覚えられる「奥義書」や「魔導書」だけではなく、作成系の「レシピ」などもそうだ。これならば、違和感無くファンタジーな世界に溶け込むことができる。

以降は、ホームの中ならまだしも、街中では「ノートパソコン」や「ウィンドウ」は開かない、というのがエチケットとなった。

「@wiki」で知りたい情報があるのなら、喫茶店か図書館、公園のベンチなどで「○○@wiki」本を開いて読む。これは、今ではファンタジー系VRMMORPGのチュートリアルでも推奨されているほどに一般化している。

そして、VRMMORPGに「○○@wiki」本が登場して、五年……凝り性なユーザーや運営たちによって、本は様々な機能追加がなされていった。

まず、本に書き込むことで、実際の「@wiki」にも書き込み・編集ができるようになった。

また、本に額を押し当てることで、仮想現実の自分の視界を動画(もしくは追体験)として「@wiki」に載せられるようになった。

そして、「@wiki」以外のネットの情報も本で表示できるようになった。

その中でも特に大きく評価されたのは、「各種制限のON・OFF機能」の追加だ。

VRMMORPG……つまり、仮想現実で体験するイベントは、テレビやディスプレイの画面を介したこれまでのゲームのものより、遥かに感情を揺り動かす。

理不尽な暴力を振るわれているNPCがいれば義憤が沸き上がるし、強大なモンスターを相手取れば闘志や恐怖が体に満ちる。

「これは仮想現実だ」。そうは分かっていても、五感を伴う体験はプレイヤーの心を否応なく揺さぶるのだ。

しかし、そのイベントの全容を、予め知っていたらどうだろう。

確かに、感動はするだろう。興奮もするだろう。だが、それは何も知らず、行く末が未知なるままにイベントを進めていく場合と比較して、どうしても薄くなる。

「あ~、はいはい、ここはこうなるんでしょ?」と、半ば作業的にイベントをこなす……それでは、仮想現実の醍醐味というものがない。

何かを作成するにしても、「エルフの長老の口伝から思考錯誤のうえに新たなアイテムを作りだす」のと、「@wiki」に公開されたレシピ通りに同じアイテムを作るのでは、達成感の度合いが違う。

つまり、純粋に仮想現実を楽しみたい者にとって、「@wiki」は邪魔なのだ。

しかし、今やシステムとして組み込まれた「@wiki」を参照する手段は、あればどうしても使ってしまう。それが人間というものだ。

そこで考え出されたのが、各種制限のON・OFF機能である。

これは、プレイヤーの「@wiki」の使用を制限するためのもので、「一定のレベルになるまで見られない情報」や、「特定のジョブをマスターしなければ見られない情報」などを設定し、その条件をクリアしなければ閲覧どころか設定の解除すらできなくなる、というものだ。

その制限は自分で定めることもできるし、運営が予め設定している項目(レベル制限やジョブ制限、イベントクリア制限など。ON・OFFを選ぶだけで制限が開始される)もある。

これら多くの制限によって、「@wiki」は見る者によって情報量を変える。

それは、異世界「アース」でも変わらぬ法則であった。

………………

…………

……

(そう、俺は何も考え無しに「@wiki」を見せたわけじゃあない。制限されてろくな情報が手に入らないと踏んだから、別に見せても構わないだけだ)

今、俺は自宅でワインなどを飲みつつ(別に好きでも何でもないが……まあ、こういうのは気分と雰囲気の問題だ)、ヴォラージュ鶏(うまいが、やたら高いんだ)のローストに舌鼓を打っている。

「……ワインのおかわりはいかがでしょうか?」

「おお、じゃあ、もう一杯もらおうかな?」

いつもは一緒に食卓を囲むユミエルも、今日はメイドらしく給仕に徹している。別に、そんなことしなくてかまわんのだけど、「……今日はご主人さまが定職に就かれたお祝いですから」と、頑として譲らなかった……うっ、ちょっと罪悪感が……ま、まあいい!

「……ご機嫌ですね、ご主人さま。わたしもうれしいです」

二コリともせずに口にするユミエル。だが、お仕置きの時に比べて、幾分か目の光が温かだ。本当に嬉しいのだろう。

「まあな! これで、お前に仕事のことで苦労させずに済むわ」

「……ご立派になられて……ううっ」

ハンカチで目元をぬぐうメイド……やっぱり、涙出てないぞ?

「……ところで、何でも屋のお仕事はいかがなさるのですか? 廃業ですか?」

「フリーライフを、廃業……?」

……いや、それはできない。始めた経緯はどうであれ、「フリーライフ」の名前はむやみやたらに消したくはない。

「フリーライフは、今のままだ。お前ができる範囲で仕事を受けてくれ。俺の助手の仕事が結構給料いいから、無理はしなくていいぞ」

「……かしこまりました」

そう、給料は、破格と言えるほどにもらえるのだ。それほど、エルゥにとって「@wiki」の重要性は高いのだろう。

「……お肉をもう少し切り分けましょうか?」

「ああ、頼む」

いつになく優しいユミエルの世話を存分に受け、その日の夜は暮れていった……。

「お~い、来たぞ~」

翌朝、王立図書館の地下階、立入禁止区画のエルゥの研究室を訪れた俺。

首からぶら下げたエルゥの署名と血判(血液に含まれる魔素は人それぞれの波動をもっているから、それで判別するとか……DNAみたいなもんか?)が押された小さな木板により、すんなりここまで来ることができた。

「お~い、いないのか~」

ドンドンと再度ノックする。すると、

「待ちかねたぞっ!!!!」

「おわっ!?」

バンッ! と音を立てて、弾けるように扉が開いた。幽霊のようにやつれた顔のエルゥがこのように現れると心臓に悪い。

「あ~、ビックリした! あ~、ビックリした!!」

バクバクと脈打つ心臓を抑える俺に意も介さず、エルゥは興奮して俺を部屋へと引きずりこむ。

「いや~、すまないね。昨日読んだ部分だけでもまとめておこうと思って、徹夜してしまって……いつの間にか寝ていたようだ」

「だろうな、目が真っ赤だ」

そのうえ、服が若干乱れている……まあ、ガリガリで筋張ったエルゥの露出が多かったところで、感じるのは色欲ではなく憐れみだ。もっと飯食えよ。

「さっ、早速だが出してくれたまえ」

にこやかに両手を差し出すエルゥ。

「はいはい、っと……」

その手に、「@wiki」を具現化させて乗せてやると、昨日と同じく開いたページにのめり込むように読みふけりだす。

「ホントに本が好きだな……さて、じゃあ、俺は俺で勝手にしますかね……」

恒例の【エアクッション】を、椅子をどけて僅かに開いたスペースに敷き、寝転がる。

昨夜は昼寝が確定していたから夜更かししたんだ。妙に眠い……こりゃあ、すぐに寝れるな……。

そんなことを考えているうちに、俺の意識は夢の世界へと旅立っていった。

「…………ん? お、うぅ……今、何時だ?」

ぼんやりと目が覚めていく。時刻は……14時を少し回った辺りか。よく寝たもんだ。

「ふああ~あ……」

大きくあくびをしながら身を起こす。すると、寝る前とまったく姿勢が変わらないエルゥの姿が目に入ってくる。どんだけ熱中しているんだか……。

「ふあ~~~ぁ……腹減ったな。飯でも食うか」

朝、出かける時にユミエルが持たせてくれた弁当がある。

さてさて、バスケットの中身は……おお、昨日のローストチキンの余りを挟んだサンドイッチか! 他にも、野菜や卵なんかを挟んだものも見える。これはうまそうだ。

「よっしゃ、食べるとするか……エルゥ、あんた、飯はもう食ったのか?」

少し気になって尋ねてみる。

「いや、食べてないよ。食事など、一日一度で充分だ」

不健康にやせ細った女が、何を……そのうち、栄養失調で死ぬか、餓死するんじゃないかと心配になる。

「しょうがねえな……ほら、俺の飯を分けてやるから食えよ。サンドイッチなら本読みながらでも食えるだろ?」

堪らずに、野菜や卵など、こいつに明らかに足りてない栄養が摂れそうなものが挟んであるサンドイッチを持たせてやる。

「ん……ああ、すまないね……」

本から顔も上げずに、機械的にサンドイッチを口にするエルゥ。

俺も大概だが、こいつもこいつで駄目人間だなぁ……。

そんな、健康的な意味で将来が心配になる女の元で、俺の助手(という名の昼寝し放題)生活は始まった。