軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

好きかどうかは分からないけれど……

イースィンド東部の大森林に住まうエルフ、ミル氏族において、ウルル家は大家であった。

集会所にも使われる大樹と、ちょっとした豪邸にも見えるツリーハウス。木製の家具から枝葉が伸びて、色とりどりの花を咲かせるカラフルな屋内。

光の玉のような妖精が、現れては消えて、消えては現れる幻想的な光景。冬でも温かな空気が流れているのは、木々を愛し、草花を慈しむエルフへの、森からの贈り物であった。

「さあさ、サヤマさん。これを見てくださいな」

「はあ」

「サヤマさん。果実酒はいかがですかな?」

「あ、いただきます」

大樹の幹の洞を出て、外周に沿って打ち込まれた階段を上った貴大。

彼を待っていたのは、広がる大樹の枝を最大限に利用した、大きな大きなツリーハウスだった。

「まずはエルゥが小さなころの映像です」

「はあ……」

村でも有数の巨大な家屋は、エルゥの生家でありウルル夫妻の家である。

ツリーハウスとは思えないほど広々とした家は、花と緑の香りに満ちていて、疲れた貴大の心身を大いに癒した。

リビングに置かれた綿毛のクッションも柔らかく、貴大はようやく一息つけそうだと安堵の笑みを浮かべて――。

いつの間にか、自分の両脇がガッチリと固められていたことに気がついた。

「いいですか? 映しますよ~」

右側にはアルゥが。左側にはゼオルゥが。

貴大と密着するかのように床に座って、果実酒の瓶やら、映像水晶やらを取り出していた。

質問をするヒマもなかった。あれよあれよと流されて、貴大は今、アルバム代わりの映像水晶を見せられようとしている。

(これが親バカってやつか)

口では娘のことをぞんざいに扱いながらも、本当はエルゥのことが可愛くてしょうがないのだろう。

嬉々として映像水晶を起動しようとするウルル夫妻を見ながら、貴大はしょうがないなと苦笑していたのだが――。

(この機を逃すなよ、アルゥ)

(ええ、あなた)

刹那、ゼオルゥとアルゥが目と目で意思疎通を図った。

にこやかに笑いながらも、彼らの目には喜びや楽しみなどは浮かんでおらず、代わりに獲物を狙うハンターとしての意思があった。

そのことに気づかない……いや、気づけなかった貴大は、自分が蜘蛛の巣にかかったことすら自覚できていない。

もうすぐ三十路を迎えようとする娘。これを持つ親の焦りを、貴大は考えてすらいなかった。

「さあ、映りましたよ」

「やあ、あれは5歳のころのエルゥですね」

「へ~」

婿狩人に挟まれた貴大は、壁に映った動画を見てのん気な声を上げた。

『とうさまー。かあさまー』

「はー、可愛いですねー」

「ふふふ、でしょう?」

上品に口に手を当て、楚々と笑うアルゥ。

彼女は、映像に引き込まれていく貴大を見て、我が意を得たりとばかりに微笑んだ。

『えるぅは【ふらわー・ぶーけ】をおぼえました! みてください、ほら!』

水晶から投射された映像の中では、小さな黒髪のエルフが両手いっぱいの花びらをまいていた。

健康的な肌。ぷくぷくとふくらんだ頬。小さな手足に、つややかに伸びた黒髪。

舌ったらずな声は甘く、はしゃぐ様子はあどけない。両親にほめられてきゃらきゃらと笑うエルゥは、天使のように愛くるしい存在だった。

「これが小っちゃいころのエルゥですか」

「可愛らしいでしょう?」

「はい……なんか、もっと野生児的なものを想像してました」

「あら! ふふふ……」

和やかに談笑する貴大とウルル夫妻。

話をする間にも、アルゥは映像水晶を入れ替えて、新しいエルゥの姿を壁に向けて投射する。

『お父さま。お母さま! 今日はクルルゥと狩りに行きました! ほら、広場に私たちが狩ったイノシシが!』

次に映し出されたのは、二回りほど大きくなったエルゥの姿だった。

髪をくくり、エルフ特有の軽装備を身につけたエルゥは、弓を片手に興奮気味に大声を上げていた。

その後ろには同じ格好をしたクルルゥがいて、あちこちすり傷を作ったお転婆エルフたちは、誇らしげに鼻の頭をこすっていた。

「このエルゥは初等部……九歳か十歳ぐらいですか?」

「ええ、そうです」

「これはエルゥが初めて大物を狩ってきた日のことですね。あの日はみんなで焚き火を囲み、夜通し宴会をしました」

「いい思い出ですねえ」

お湯で割った果実酒を飲みながら、貴大は幼きエルゥをにこやかに見ていた。

図書館の魔女と恐れられるエルゥの意外な一面を……いや、当然あるべき幼き日を目にして、貴大はエルゥへの認識を改めつつあった。

『お父様。お母様。私は《アルケミスト》の道に進もうと思います。この森の、ミル族のお役に立ちたいのです』

「エルゥって、根はこんなやつだったのか……」

今度は十四歳のエルゥを見て、貴大は自分の偏見について考えていた。

考えてみれば、エルゥは王立図書館の首席研究員であり、国家への貢献度は天才の名に恥じないものがある。

奇行、蛮行ばかりが目につくが、彼女の行動はすべてイースィンドの繁栄に繋がっている。暴走しているように見えて、エルゥの研究は着実に前へと進んでいるのだ。

その根っこの部分には、今、貴大が目にしたような奉仕の心や思いやりが流れている。

だからこそ、エルゥの研究はどれも国の役に立っているのだと、貴大は目から鱗が落ちたような気持ちがして――。

『ははは! はははははは!! 成功だ! 実験は成功だ!! 見ろ! この豊かな土地を! 魔物たちの哀れな姿を! ふふふふ……【バイオ・グローイング】、【ソイレイト】、【テリブル・ウッド】……これらがあれば、もっともっとエルフの森は発展を遂げる。我らミル族の千年の繁栄は約束されたようなものだ!!』

『モヒイイイイイ!?』

『ピ、ピギィィィィ!!』

『まだ這いずり回っていたのか! 行け、食肉植物たちよ!! 薄汚い魔物を肥やしに変えろっ!!』

『アギェェェェ……!』

切り替わった映像を目にして、貴大は固まってしまった。

凄惨な映像……そう、残酷で、悲惨な映像だ。

高校生ほどの若さのエルゥが、どどめ色に染まった森をバックに、魔物に食肉植物をけしかけている。

彼女の瞳にはハッキリと狂気が浮かんでおり、手入れされていない髪はウェーブがかかって長く、怨霊のように伸びていた。

泣き叫ぶ子どもたち。尿を垂れ流す長老。高笑いをするエルゥ。空に渦巻く不穏な魔力。

これは――。

「あ、あの」

「はい、何か?」

「さっきのは……」

「はい、何か?」

「さっきの映像は……」

「はい、何か?」

ブツン! と不吉な音がして、映像水晶は強制終了させられた。

次いで、能面のような表情となったゼオルゥが、「まだ残っていたのか……」と呟きながら、映像水晶を壁に叩きつけて壊していた。

妻であるアルゥは、にこにこ微笑んだまま、機械のように同じセリフを繰り返すばかりだ。

すっかり肝を冷やした貴大は、これ以上踏み込んではまずいと、ぎこちない愛想笑いを浮かべるばかりだった。

「ほら、見てください。これが十二歳のエルゥです」

「可愛いでしょう? 子どもはいいものですよ」

「はは、ははは……」

事ここに至って、ようやく貴大はウルル夫妻が笑っていないことに気がついた。

しかし、逃げ出すにはあまりにも遅く……貴大はもう、笑うほかなかった――。

「あぶー」

「おお、おおお?」

一方、エルゥはクルルゥたちと木の洞に残って、旧友を温めていた。

「これがバールゥとクルルゥの子どもか……むむっ、目元はクルルゥに、鼻筋はバールゥに酷似しているぞ!」

「そりゃあ、私たちの子どもだからね」

「これほど似通ってくるとは驚きだ……まるで二人をミキサーにかけて再結合したような存在だ」

「相変わらずの言い方だな、お前は」

ボーイッシュな女エルフ、クルルゥ。そして、その夫、がっしりとした体つきのバールゥ。

二人で狩りをやっている夫婦は、ここに集った青年、女性たちと同じエルゥの幼馴染であり、歳も近しい若エルフであった。

「あぶぶぶぶ」

「うわっ!? バクルゥが私の指に吸いついたぞ!? 吸引される! 吸収される!!」

「オレの子どもに変な名前をつけるな……ソルゥだよ、この子は。男の子だ」

「ほーら、ソルゥ。そんな枯れ木に吸いついても何も出まちぇんよー。ママのおっぱいを吸いなー」

笹穂耳をぴくぴくと動かして、ソルゥがクルルゥに小さな手を伸ばした。

エルゥからこれを受け取ったクルルゥは、小ぶりな胸をぽろんと出して、赤ちゃんの口をそっと近づける。

「おおー……飲んでいる……母乳を嚥下しているぞ……」

「ソルゥは食いしんぼだからねー。きっと大きくなるわ」

一心不乱に乳に吸いつくソルゥを、エルゥが目をまん丸にして見つめていた。

「そんなに珍しいか? 昔はお前も赤ん坊の世話をしてただろ」

「もう十五年も前の話じゃないか。それに、ソルゥはただの赤子ではない。私の幼馴染が……私と同年代のエルフが作った赤子だ。そう考えると、何やら興味深くてね」

「へえー……」

今度はマール夫妻が驚く番だった。

色恋、結婚、子作りなどを、興味がない、自分には関わりのないことだと切って捨てていたエルゥに、一体、どのような変化があったのだろうか。

しげしげとソルゥを見つめるエルゥの顔には、純粋な好奇心が浮かんでいる。

「あんたがそんなことを言うなんてねー」

「昔は『自分は結婚などしない。身重になっては、その分、研究ができなくなる』なんて言ってたのにな」

「その考えは今も変わっていないよ。私に結婚願望はない。ただ……」

「ただ?」

円卓の上に、エルフたちがぐっと身を乗り出した。

エルゥは変わらず、ソルゥを見つめながら、ぽつぽつと……。

「赤子というものは興味深いね。私に子どもが生まれたら、一体、どのような子になるのだろうか……」

などということを言った。

この言葉に、ざわりとエルフたちがざわめきだす。

あのエルゥが! あの変人エルフが、子どもに興味がある!?

天変地異の前触れか、あるいは常軌を逸しすぎた結果、元の位置に戻ってきたのか。それは分からなかったが、エルゥの友人たちは、この大事件に大いに興奮した。

「結婚ね!」

「はあ?」

クルルゥが子どもを抱いたまま、ドンとテーブルに乗り上げた。

「エルゥ、あんた、あのサヤマって人と仲いいんでしょ? いい機会だし、もうくっついちゃいなよ!」

「クルルゥ、君は何を言ってるんだい。タカヒロ君はいい友人だが、そのような対象ではないよ」

「それよ、それ! あんたが私たち以外に『いい友人』を作ったなんて、それだけでもう 大事(おおごと) なの! それに、鈍いあんたは分からないかもしれないけど、故郷まで連れて来るってことは、つまりはそういうことなのよ!」

「それは論理の飛躍だよ。タカヒロ君は……」

「嫌いじゃないんでしょ?」

「嫌いではないが……」

「じゃあ、好きだ!」

身振り手振りを交えて、クルルゥはエルゥを煽ろうとする。

しかし、当のエルゥは首を傾げるばかりで、どうにも恋愛というものにピンとこなかった。

「そもそも、私は恋愛感情というものが分からなくてね。異性として好きだという気持ちを、今まで感じたことがないんだ」

「はあーっ!? どんだけ枯れてんのよ、あんたは! ……でも、サヤマさんの家にはちょくちょく遊びに行ってるんでしょ?」

「まあ、そうだが」

「いっしょにいて嫌じゃないんでしょ? くつろげるんでしょ?」

「そうではあるが……」

「じゃあ、好きだ!」

「そうかなぁ……」

「そうよ!」

強引にエルゥを押し切ろうとするクルルゥに、他のエルフたちは苦笑いを浮かべていた。

しかし、彼女が言っていることはあながち間違いではなさそうだとも思っていた。

変わり者のエルゥと、彼女に『いい友人』と呼ばれる貴大。

もしかして、もしかするかも……と、エルフたちは小さく、でも確かな予感を覚えていた。

エルフの森に、夜の帳が下りてきた。

緑の森は黒いベールで覆い尽くされ、小鳥は眠り、リスも巣穴に戻っていった。

狩りに出ていたエルフも、広場で蔓を編んでいたエルフも、それぞれの家へと帰っていって、森にはしばしの静寂が訪れた。

「ふー、今日は参ったよ」

「それはこっちの台詞だ……」

村の奥まったところにある大樹、それを利用したツリーハウスも同じだった。

集まっていたエルゥの友人たちは家へと帰り、ここには貴大とエルゥ、ウルル夫妻の四人しかいない。

集会所、宴会所にも使われるウルル家は、四人だけではえらくがらんどうに感じられる。更に言えば、広い部屋に一人でいても落ち着かないため、貴大とエルゥは自然と同じ部屋で駄弁っていた。

「お前の親、どうにかしてくれよ。俺とお前をくっつけようと、何か悪だくみしてるみたいだ……」

「私の友人たちも同じだ。タカヒロ君は護衛として連れて来ただけなのに、やれ恋人だ、やれ婚約者だと騒ぎ立てて……」

「一泊せずに、今日の昼過ぎには帰ればよかったな」

「まったくだ」

本棚や薬品棚がずらりと並ぶエルゥの部屋、その床に置かれた綿毛のクッションに腰かけて、二人はぶつくさと文句を垂れた。

里帰りをしただけ、その付添いで来ただけなのに、なぜ、惚れた腫れたの話になるのか。貴大とエルゥには理解のできないことだった。

「しかし、収穫はあったな。クルルゥとバールゥの子ども……あれは興味深い存在だった」

「……え゛?」

「いや、純粋に子どもとしてだよ? ソルゥは見事に両親の特徴を受け継いでいてね。彼がどのように成長するのか、非常に興味深いのだ」

「あ、ああ、そういうことな」

一瞬、子どもを生贄に悪魔召喚の儀式を……という光景が貴大の脳裏に浮かんだ。

そういった反応にも慣れたもので、エルゥは何食わぬ顔をして訂正を入れる。

「二つの血が混ざりあって、新しい命が生まれる……考えてみると、これはすごいことだよ。錬金術師たちは人工生命の創造にも四苦八苦しているのに、私たちは性交を行うだけで、いとも容易く命を造り出してしまう。それも、ただの複製ではない。両親の特性を受け継いで、ともすれば先代を凌駕する生命体が……」

「まあ、すごいよな」

研究者としての顔になったエルゥを放って、貴大は後ろに倒れ込んだ。

大きな綿毛のクッションに沈み込んだ貴大は、しばらく天井を見つめた後に、ゆっくりとまぶたを下ろした。

結婚だ、子どもだ、赤ちゃんだと、今日は生々しい話が多過ぎた。そして、自分がそういった対象として見られていることに気がついて、自分の歳について改めて考えさせられた。

異世界〈アース〉に来た時は、貴大はまだ十七歳の高校生だった。それがいつの間にか20歳を超えて、次に気づけばもう21歳になっていた。

このまま自分は、この世界で歳を取っていくのか……そう考えると、何やらアンニュイになっていく貴大だ。

元の世界のこと。親友のこと。何も片付いていないのに、だらだらと歳を取っていいものだろうか。貴大は目を閉じたまま、何とはなしに自問自答して――。

「……ん?」

カチャカチャという音と奇妙な感覚に、まぶたを開いた。

「エルゥ? 何やってんだ……って、何やってんだ、お前ぇぇぇぇぇえええええええっ!!!!」

社会の窓がフルオープン!

小さな貴大くんがこんにちは!

最後の防衛戦、パンツさえもズボンごとずり下げられようとしていて、貴大の股間は一歩、また一歩と涼しげになっていく。

「ちょっ、ちょおっ!? エエエエルゥ!? お前ぇ~……!?」

声にならない声を上げて、貴大は反射的に後退しようとする。

しかし、大きな綿毛がこれを妨げ、思うように体が動かない。

「あひぃっ!?」

とうとう、エルゥの手によって、貴大のズボンがずり下ろされた。

露わになった貴大の貴大は、フードをかぶっているくせに、小さく縮こまって震えている。何てかわいそうなんだ……。

「エルゥー! 説明しろ! せめて意図を話してくれ!」

「説明? ああ、いいとも」

綿毛に埋まり、顔を真っ赤にした貴大は、虫か何かのように自分の上を這い回る黒髪エルフに説明を求めた。

これを受けて、エルゥは眼鏡の位置を直しながら――。

「いや、なに。ちょっと私も子どもを作ってみようと思ってね」

「はあああああっ!? こ、こ、子どもぉっ!?」

「ああ、そうさ。黒騎士と天才の血が合わされば、どのようなハイブリットが生まれるのか……考えただけでもゾクゾクしないかね?」

「ゾクゾクする! ゾクゾクするけど、きっとそれは別の理由ー!」

にこやかに笑うエルゥに、貴大はとうとう悲鳴を上げた。

しかし、それでもエルゥは怯むことなく、貴大の貴大をむんずとつかんで力を込める。

「なに、君に負担はかからない。ちょっと種を分けてくれるだけでいいんだ。そうしたら、後は私が育てるから」

「誰かーっ! 誰かーっ!!」

「大丈夫。強い子に育つよ。ホムンクルス生成の技術を応用すれば、超人だって生まれるはずさ。ああ、でも、病気に弱かったら困るな。色々な因子を混ぜてみよう」

「 合成獣(キメラ) が生まれる! 合成獣(キメラ) が生まれるっ!!」

何とかエルゥから逃れようとする貴大。

そうはさせじと跳躍するエルゥ。

エルフたちがくっつけようとした若き二人は――まだまだ、色恋沙汰にはほど遠い関係のようだった。