軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

さよなら、ゴルディ

ゴルディの葬儀は、孤児院の敷地内で粛々と執り行われた。

「この老犬は、人命を尊び、幼子の成長を何よりの喜びとし、彼らの傍にいつも寄り添い、時には支えとなりました。友であり、家族であり、姉であり、母であったのです」

司祭服を着たルードスさんが、ゴルディを納めた棺を前に、弔辞を述べる。

その周りを、総勢二十名の子どもたちがぐるりと囲み、目を閉じたゴルディをじっと見つめていた。

みんな、黒い服を着ていた。みんな、白い花を持っていた。みんな、目に涙を浮かべていた。

最年少のワールムでさえ、ピクリとも動かないゴルディに何かを感じ取ったのだろう。ぐすぐすと泣いては、お守りのネネにあやされていた。

そのネネでさえ、拭いきれない涙をぽたぽたと垂らしているんだ。クルミアの悲しみは、いかほどのものだろうか。

そう思って、ちらりとクルミアに目をやる。しかし、意外なことに、クルミアは泣きじゃくることも、ゴルディの死を否定するようなこともしてはいなかった。

ただ、白い花をギュッと胸に抱いて、裏庭に埋められようとしているゴルディを見つめるだけ。

俺より高い身長と、黒いワンピース、そして、常の笑顔からは考えられないほど儚げな顔から、何だかクルミアがぐっと大人びて見えた。

いや、そうじゃないな。クルミアは、大人になったんだ。ゴルディの死を受け止めて、子どもから大人になったんだ。

年長組の仲間入りを果たし、まんぷく亭で働くようになっても、クルミアはまだ子どもだった。だけど、最も親しい者の――ゴルディの死を通じて、精神的に成長したんだ。

それがよいことなのか、悪いことなのか、俺にはわからない。世間的には間違いなくいいことなのだろう。

でも、今の俺は、クルミアが大人になったことを、素直には喜べなかった。

悲しいからだ。俺だって、ゴルディがいなくなって悲しい。あの、人懐っこくて、賢いわんこを喪ったことが、たまらなく悲しい。

もう、昼寝している俺の顔を舐めてはくれないのだろう。すべすべした毛並みに触れることはできないのだろう。

そう考えると、大人になれてよかったな、とは――ゴルディが天寿を全うしてよかったな、とは口が裂けても言えなかった。

「じゃあ、みんな。献花を……」

「うっ、ううう……」

「ゴルディィィィ……」

ルードスさんに促され、子どもたちがゴルディの棺に白い花を捧げていく。

涙がぽたり、ぽたりと地面にこぼれる度に、ゴルディは花で彩られていく。寂しかったゴルディの周りが、花で埋め尽くされていく。

クルミアもゴルディに花を捧げた。胸に抱いていた花で、そっとゴルディの頭を撫で、その首元を花で飾った。

涙はなかった。いや、目に浮かびはしたが、決して零れはしなかった。まるで、一人でも大丈夫だよ、みんながいるから大丈夫だよとゴルディに伝えるかのように、クルミアは決して泣かなかった。

そんな精一杯の強がりが見ていられず、俺はシスターや子どもたちを残し、その場を後にする。

孤児院をぐるりと回って、前庭に――教会の前まで移動する。見上げれば、夏の日差しに輝く純白の十字架。

「ゴルディは、この下で死んだんだよな」

扉の前の段差に座り、俺はゴルディがいた場所をそっと撫でる。

そこにはまだ温もりが残っているようで、俺は何度か手を滑らせる。

「慣れないもんだよな、こういうのって」

俺は、かつての仲間たちとの別離を思い浮かべ、そっと呟いた。

親しい者との別れは、何度経験しても慣れないものだ。簡単に平常心を保てなくなる。

だけど、時間がそれを癒してくれるだろう。人との触れ合いが傷ついた心を癒してくれるだろう。かつての俺も、ユミエルとの生活を通じて立ち直ることができた。

あれから、色々知り合いも増えた。お節介焼きともたくさん知りあえた。今度もきっと、大丈夫だろう。

クルミアたちだってそうだ。この孤児院には、多くの仲間たちがいる。ここでなら、別れの辛さも乗り越えられるだろう。

だから、安心して眠っていてくれ。

「なあ、ゴルディ」

「はい? 何でしょうか?」

「……ん?」

やたら可愛い声に顔を上げれば、そこには犬獣人のお姉さんが立っていた。

白いワンピースに、ベビーブロンドの髪としっぽ。瞳は茶色で、身長は俺より高い。垂れ耳も含めて、クルミアに似た人だ。

違いがあるとすれば、クルミアよりも大人っぽい顔つきと、背中まで届く長い髪の毛だろう。それ以外は、本当にそっくりだ。

「あの、孤児院の関係者、ですか?」

この孤児院の子どもは、十五歳の春に巣立っていく。この人も、俺と知り合う前にそうして孤児院を出ていった人だと思った。

「はあ。まあ、そうですが」

やはり。見た感じ、犬獣人のお姉さんは、二十歳ちょっとぐらい。この孤児院で育ったのならば、クルミアやゴルディのことも知っている歳だ。

だとすれば、ゴルディのことを聞いて、古巣に戻ってきたのだろう。俺はそう結論付けた。

「ゴルディの葬儀なら、裏庭でやってますよ。案内しましょうか?」

「いえ、この孤児院のことならよく知っているので、案内はいりませんが……」

やっぱり、孤児院出身なんだな。俺が指し示さなくても、お姉さんは裏庭へと続く道へ目をやっていた。

しかし、そちらに行こうとはしない。むしろ、俺ばかりを気にしているようにも見える。

……ん? もしかして、俺の方が部外者に思われるのか? いや、そりゃそうだけど……ここは誤解を解かなきゃいけないな。

そう思って、口を開きかけたところで――お姉さんが、先んじて言葉を被せてきた。

「あのー、タカヒロさん。もしかして、私のこと、わからないのですか?」

「え?」

「ほら、この耳とか、しっぽとか、見覚えがありませんか?」

垂れ耳やしっぽを手で持ち上げて、俺に見せつけてくる犬獣人のお姉さん。

そうは言われても……クルミアとそっくりですね、としか言えない。

どこかで会ったことがあるのか? それにしては、全く見覚えがない。心当たりがない人の問いかけに、思わず首を捻る俺。

その様子を見て業を煮やしたのか、お姉さんは軽く頬を膨らませて、名前を教えてくれた。

「ほら、私ですよ。ゴルディです」

「はあ、ゴルディさん」

ゴルディと同名とは奇遇だなあ。

あっ、もしかすると、犬のゴルディは、この人から名前をもらったのかもしれない。

「そうです。昨日までわんこだったゴルディです」

「はあっ!?」

訂正。とんでもない電波さんだった。

自分は犬のゴルディです、だと? アホか。

「あのなあ、俺はゴルディの最期を看取ったんだ。ゴルディの葬儀だって、さっき見てきた。そんな俺を前にして、自分は犬のゴルディです、だと? 冗談も大概にしろよ」

ふざけた女をキッと睨みつける俺。

その視線を受けて、犬獣人の女はうろたえ始めた。

「そう言われても……私、ゴルディです。クルミアのお姉さんのゴルディです。人間として生まれ変わったんです」

「まだ言うかっ!!」

カッときて、思わず胸倉をつかみ上げようとした。

だが――。

「『お前のおかげで、クルミアは頑張れてるよ。まんぷく亭でも、看板娘の座を脅かそうとしているんだぜ』」

「ん?」

やたらキリッとした女が、何やら語り出した。

「『お前がいなくなっても、こいつはきっと大丈夫だ。俺みたいに精神的にヤワじゃない。きっと、立ち直れるさ』」

「……それはっ!?」

妙に聞き覚えがあると思ったら、それは俺の台詞だった。

昨夜、ゴルディに囁いた言葉。俺とゴルディしか知らないはずの台詞。

な、何でこの女がそれを知っているんだ!?

「昨日の夜はかっこよかったですよ、タカヒロさん。思わずきゅんってきました。まあ、そのおかげで心臓が止まっちゃったんですけどね。あはは」

「おま、お前……っ!?」

非現実的な展開に、頭の中が真っ白になっていく。

犬が、人間になる? ファンタジーかよ! ……あ、ファンタジーだったな。

「ゴルディッ!!」

「ああ、クルミアも来ましたね。よしよし。頑張って、人間に転生しましたよー」

ゴルディの匂いを嗅ぎつけたのか、裏庭からクルミアがやってきた。

クルミアは、うれし涙を流しながら、大きく手を広げたゴルディの胸へと飛び込んでいく。

鼻のいい獣人がそれに続く。シスターや、人間の子どもたちもぞろぞろとやってくる。

「この匂い、ゴルディだ!」

「耳としっぽも! ゴルディー!」

獣人の判断材料は、その三つだけか。いや、おい、もっと大事なものがあるだろう。例えば、種族とかさあ!

「てめえ、ふざけんなよっ! ゴルディは犬だっただろうが!」

そうだ、ケビン、言ってやれ! この電波さんに、忌憚のない意見をぶつけてやれ!

孤児院一のやんちゃ坊主に、俺は心の中でエールを送る。だが――。

「ベッドの下に……」

「ゴルディ! 生まれ変わったんだな!」

ケビンはゴルディに何事かを囁かれ、あっさり手のひらを返してしまった。

何だ、この女。何をしやがった……!? ベッドの下が何だというんだ!?

「引き出しのポエム帳……」

「ゴルディ! よかった!」

「気になるあの子……」

「ゴルディ! お帰りなさい!」

恐ろしげな呟きに、他の人間の子どもたちも次々と籠絡されていく。

孤児院の裏の裏まで知り尽くしたような余裕を見せつける女。これはもしかすると、もしかするのか……!?

「ルードスさん、どうなんですか!?」

「奇跡です……おお、神よ……!」

ルードスはん、白目をむいて、涙を流して痙攣してはる。

駄目だ。大人も頼りにならない。自分で判断するしかない。

「転生ってなんだ」

「神さまによる奇跡ですね。復活よりかは転生が流行りだそうで、私もそうしたわけです」

「神様ってなんだ」

「教会で祀っている神霊ですね。スキル神インフォ様のお姉さまだそうです」

「ほんとにゴルディ?」

「ほんとにゴルディです♪」

「そうか……」

あまりにも突拍子のない話に、頭がくらくらとする。

でも、クルミアたちも認めているということは、おそらくゴルディ本人なんだろう。

考えてみれば、俺だって異世界から〈アース〉にやってきたんだ。このファンタジーな世界なら、犬が人に転生することだってあり得るのだろう。

わかった。理解した。納得はできないが、とりあえず、この事態を呑み込むことはできた。

昨日の俺の行いが全く無駄だったということも理解した。老龍さんが、やたら生温かい目で俺を見ていた理由も理解した。

疲れた。肉体的にも、精神的にも疲れた。もう、お家に帰って風呂入って寝たい……。

「あれ? 泣いているんですか、タカヒロさん」

「うるさい……」

「タカヒロさん、ぺろぺろ」

「もうあっち行けよお前ええええええええっ!!」

俺の目元をぺろぺろしてくるゴルディと、真似しようとするクルミア。

笑顔の二人をどうにか引きはがし、俺は家に帰ろうとする。

だが、ゴルディ復活で大いにテンションを上げたガキどもに捕まり、俺は結局、もみくちゃにされる。

「うう……俺の涙を返せ」

「涙? ぺろぺろしましょうか、ぺろぺろ」

「返せよおおおおおおおおっ!!」

こうして、孤児院に愉快な仲間が一人、増えたのだった……。