軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

A&V ~決死の戦い~

男には、戦わなければならない時がある。決して、退いてはならない時がある。

この僕、アベル・クルトーニにとって、それは今だ。

今、この瞬間、退いてしまえば、戦いを放棄してしまえば、僕は男ではなくなる。

「アベルッ! まずいぞ、どうやら感づかれたらしい。敵の動きに、変化が見える」

相棒の若騎士ヴァレリーが、鋭く、小さな声で、僕に警告を発する。

「いや、まだ確信には至っていないさ。おおかた、僕らの姿が見えないから、闇雲に警戒しているだけだろう」

「そうか。ならば、前進しよう」

「ああ。でも、先ほどよりも注意深くだ。浅く、広く張られた警戒網に引っかかっては、元も子もない」

「わかっている。細心の注意を払おう」

僕とヴァレリーは、それきり口を閉ざし、前に進む。

仲間に救いを与えるために。この手に希望をつかむために。

そして――――英雄に、なるために。

この物語は、僕とヴァレリー、二人の物語だ。悪魔に魅入られた者たちが、闇の中で、なお人間らしさを失わまいと、必死にもがく物語。

だからこそ尊いし、誇るべき青春すら存在する。

泥にまみれて、傷だらけだけど、ここには確かに、僕らの青春があるんだ。

「ドロテア様のパンツが見たい」

きっかけは、その一言だった。

クラスメイトの、ランドルフ・メッツァー。彼は、多くを語らない少年だった。

いつも寡黙に、与えられた役割をこなす。不動の山にも似た〈パラディン〉の姿には、誰もがみな、頼もしさを覚えていた。

そんな彼が、蚊が鳴くような声で弱々しく、「パンツが見たい」と言う。僕とヴァレリーは、その言葉の重みに、ハッと息を呑んだ。

「お願いだ。俺に、ドロテア様のパンツを見せてくれ」

篤実な彼が、他国の姫君に恋慕の情を抱き始めたのは、いつの頃だろう。少なくとも、僕らがその感情に気がついた頃には、もう手遅れだった。彼は、恋に落ちていた。

しかし、他国の王族にそのような感情を抱いてはならない。自国に己を捧げた騎士なら、なおさらだ。

それでもランドルフは、抑えがたき恋情に、ゴツゴツとした頬を朱に染める。一度感じてしまえば、止めようがないのが、恋というものだ。

ランドルフは、今、恋をしていた。バルトロア帝国からの留学生、ドロテア姫に、恋をしていた。

「ランドルフ、お前……」

ヴァレリーが、ぽろりと涙を流して、恋する少年の肩に手を置く。騎士にあるまじき想いに、情けなさを感じているのではない。決して実るはずのない恋心に、涙しているのだ。

「お願いだ」

ランドルフは、頭を下げる。いつも通り、多くは語らず、行動で示す。

大きな体が小さく見えるほどに、深く、長い一礼。ランドルフはまだ、頭を上げない。

「わかった。僕らに任せろ」

「アベル!?」

彼の姿に、この僕も、心の琴線を震わせられたようだ。気がつけば、一も二も無く承諾していた。

「すまない。頼んだ」

顔を上げたランドルフは、また一度、深く礼をして、去っていった。空き教室に残っているのは、僕とヴァレリーのみ。

「わかっているのか、アベル。のぞきならまだしも、手をつければ、ただじゃすまないぞ」

ヴァレリーが、僕の肩をぐいと引き、厳しい声を発する。

「わかっているさ。ドロテア様本人はまだしも、白銀槍が黙っちゃいないだろう。でも、君、だからといって、ここで退いてしまうのかい?」

ぐむ、と言葉に詰まるヴァレリー。彼も本当は、わかっているのだ。

「あのランドルフが、僕らに頼みごとをしたんだよ? しかも、恋の成就の助けじゃなくて、パンツ一枚だなんて、ずいぶんといじらしいじゃないか」

窓の外を見る。視線の先には、ランドルフの大きな背中があった。彼は、ずんずんと大地を踏みしめ、遠ざかっていく。

「純朴な少年の甘酸っぱい願いを、叶えてあげよう。彼に夢と希望を届ける妖精になろう。僕らには、そのための力がある」

「ああ、そうだ。その通りだ……お前の言うとおりだよ、アベル」

ヴァレリーの体から、どす黒いオーラが立ち昇る。僕の体からもだ。

これは、悪魔の力。魔女の甘言に乗せられ、植えつけられた忌むべき力。

でも、こんな力でも、人々を助けるために使えるんだ。破壊や汚染じゃない、善なることに使えるんだ。

「そうだよな、ヴァレリー」

「ああ、そうだ」

僕らは、大きくうなづいて、拳と拳を軽くぶつける。

心は決まった。迷いもない。ならば、するべきことは一つだ。

こうして、僕とヴァレリーは、決死の戦いにその身を投じた。

「あの二人が、姿を消しました。杞憂であればいいのですが、用心するにこしたことはありません。女子寮、更衣室、トイレ、装備品置き場に至るまで、警戒を怠らないように」

「了解!」

悪魔の力で強化された聴覚が、校舎内を見回りする女子たちの会話をとらえる。なるほど、まだ、僕たちがどこへ向かうかはつかめていないようだ。

「やはり、一般学生は怖るるに足らずだ。注意すべきは、フランソワか、ドロテア、そして、エレオノーラ辺りだろう。特に、白銀槍のあの執念深さは、気をつけなければな」

「ああ、わかっているよ」

僕らの身に宿った悪魔の力は、不可能を可能にする。それを阻むためには、相応の力が必要だ。

全力を出せば、今挙げた三人ですら問題にはならないのだが、強大な悪魔の力は反動を伴う。力を解放すればするだけ、後に苦しみが襲ってくるんだ。動けなくなってしまえば、女子たちからリンチを受けるのは免れない。

しかし、僕らは訓練の末、悪魔の力を小出しできるようになった。反動で動けなくなるギリギリのラインを見極め、チビリ、チビリと力を使う。それでも、一般学生を手玉に取るには、十分過ぎるほどだ。

使いどころと出力を間違えなければ、今回の作戦は必ず成功させられる。

「大丈夫だ。大丈夫。まさか、僕らがこんなところに潜んでいるだなんて、誰も思わない」

「ああ、そうだ。この抜け道は、オレたちしか知らない」

僕とヴァレリーは、魔素伝達管の中を、ゆっくりと進む。校舎内、全ての部屋に照明や空調用の魔素を届ける管の中を、魔素そのものになって、流れていく。

【粒子化】と名付けたこのスキルを使えば、潜り込めない部屋など、存在しない。例え、男子禁制の女子更衣室であろうと、だ。

女子更衣室に到着した後は、速やかにドロテアのロッカーに入り込んで、手だけを実体化。パンツをつかみ、また、パンツごと【粒子化】する。そして、魔素伝達管に戻り、悠々とその場を立ち去る。

これが今回の計画だ。大丈夫、きっとうまくいく。未だ僕らの位置をつかめない奴らに、僕たちは止められない。

緊張よりも余裕が勝る心もちで、僕は魔素の流れに身を任し――――

ゾン!

魔素伝達管から、槍が生えてきた。白い。とても白い槍だ。暗闇の中でも、白銀色にキラキラと輝いて見える。

これは! この槍は……!

「臭い。ああ、臭い。姫様をつけ狙う、ゲロネズミの匂いがする」

槍がズッと引き抜かれ、その穴に一人の少女が目をぴったりとつけた。あの白銀槍。青い瞳。エレオノーラだ。

「見えない。姿は見えないけれど、匂う。以前、姫様の着替えをのぞいた、クズ虫どもの匂いがする」

穴から唯一のぞくエレオノーラの右目が、ぎょろりぎょろりと動いている。魔素伝達管に穴を開けたのだ。そこから魔素が噴き出しているにも関わらず、まぶたを閉じることもせずに爬虫類か何かのように、せわしなく瞳を移動させている。

(ひっ……!)

恐怖のあまり、思わず【粒子化】が解けかける。【粒子化】には繊細なコントロールが必要なんだ。だ、駄目だ、いけない、このままでは……!

(耐えろ。耐えるんだ、アベル!)

(ヴァレリー!)

相棒から、念話にて、励ましの声がかかる。ああ、わかっている。今は、耐えるべき時だ。耐えなきゃいけないんだ……!

下手に動くこともできずに、僕らは魔素伝達管の中で、じっと息を潜めていた。

「ここじゃないのかしら? 気配がしたと、思ったのに」

やがて、諦めたのだろう、エレオノーラは去っていった。それからしばらくして、用務員が開いた穴を塞ぎ始めた。

(な、何とか、なったかな)

(ああ、大丈夫そうだ)

耳をすませば、遠ざかっていくエレオノーラの足音が聞こえる。

ん? 待てよ。これは……しめた! あの方向は、女子更衣室とは逆の方向だ!

「好機だ! この隙に、更衣室に潜入するぞ!」

「ああ、了解だ!」

しゅるしゅると、魔素伝達管の中を進み、一気に女子更衣室へ向かう。

いいぞ。うまい具合に、更衣室の中には誰もいない。周りの警戒も緩い。まさしく好機だ。

更衣室の空調の排気ダクトから、するりと抜け出す僕とヴァレリー。そして、可及的速やかに、ドロテアのロッカーを目指す。

見える。ロッカーの扉の向こうに、ドロテアの服が一式、そろっているのが見える。透視能力をもつ悪魔の目には、はっきりと映っている。

「ランドルフよ、喜べ! お前の願いは、今、ここに!」

【粒子化】で紫のもやのようになっているヴァレリーが、喜びの声を上げて、ドロテアのロッカーに突撃する。

よし。後は、退却するのみ。今度は拙速よりも巧遅を求めよう。尻尾をつかまれるような、ヘマはしない。

そう思って、振り向いたら……そこに、意外な人物が立っていた。

「やあ、アベル君。ヴァレリー君。こんなところで会うだなんて、奇遇だね」

黒い髪に、黒い瞳。ひょろりとした体格の、二十歳そこそこに見える青年。

サヤマ先生。僕たち二・Sの、実技担当の教官だ。

なぜ、彼がここに――――。

「男子である君たちが、何故女子更衣室にいるのかな? 答えてもらおうか」

ぞくり。先生の笑顔に、背筋が震えた。

何故だ。僕らは悪魔の力を持っている。実技担当といえど、たった一人が相手ならば、口を封じることもたやすい。一時的に記憶を奪うことだって、できるんだ。怖れることなど、何もない。

なのに、何故、僕は後ずさりをしているんだ。いったい、何故……!?

「先生。【粒子化】していた俺たちの正体を見破ったのは、褒めてあげましょう。ここだと決めて待ち伏せをしていたのも、称賛に値します。ですが、運が悪かったですね。貴方よりも、俺たちの方がずっと強いんです!」

「ま、待て! ヴァレリー!」

実体化したヴァレリーが、僕の制止に耳も貸さず、サヤマ先生に突っ込んでいく。

悪魔の力を全開にしているのだろう。どす黒いオーラを噴き上げ、ヴァレリーは目にも止まらぬ早さで、掌底を突き出した。

そして、直角に曲がり、壁に激突した。

「…………え?」

ヴァレリーは、頭を更衣室の壁にめり込ませて、気絶していた。

サヤマ先生は、先ほどと変わらぬ位置で、ニコニコと微笑んでいる。

背筋を震わせる悪寒が、戦慄に変わった。

「オ、オオオオオオ!!」

サヤマ先生は何もしていない。動いてすらいない。少なくとも、僕には動いているようには見えなかった。

だというのに、僕の本能が危険信号を発する。知らず知らずのうちに、セーブして使おうと心がけている悪魔の力を全開にしてしまった。

体にみなぎる、人外の力。万能感すら覚える、圧倒的な力。だというのに、不安と緊張は拭えない。ただの臨時講師の男を前にして、足の震えを止められない。

「せ、先生! 先生は、何をしたんですかっ!?」

叫ぶつもりはなかった。でも、叫んでいた。心を縛る恐怖が、そうさせた。

サヤマ先生は、にっこりと微笑んでいる。

「何もしてないよ。ただ、いけない教え子の頬を、はたいただけさ」

「そんな……っ!?」

見えなかった。ヴァレリーをはたくため、腕を振った? 僕には見えなかった。

何という力だ。悪魔の力をも凌ぐ、神がかった力。でも、僕が知っているサヤマ先生は、レベル150の冒険者崩れだ。そんな力など、もっているわけが……。

ま、まさか! まさか、先生も、あの魔女の誘いに乗ったのか!?

「せ、先生は、何を。何をされたのですか、あの魔女に!?」

「魔女? 誰かな、それは。僕は別に、何もされていないよ」

一人称まで変わっている! 人格にまで影響を及ぼすような強化スキルを、その身に受けたのか。それとも、劇薬か何かを使われたか。

いずれにせよ、彼も力を手に入れたんだ。人外の力を!

「でも、僕には経験がある! 力の使い方に関しては、僕の方が上だあああああ!!」

ヴァレリーを容赦なく叩きのめしたのだ。彼は、僕を見逃すつもりはないだろう。

ここで黙ってやられるわけには、いかない。ランドルフが待っているんだ! そして何より、先ほどくすねたエレナのパンツを持って帰らなきゃいけないんだ!

家宝として、末長く愛でようと思っているんだ! 女の子のパンツは、男の勲章なんだ!

「それをわかってください、先生!!」

ごう、と音を立てて、僕はサヤマ先生に突撃する。

が、次の瞬間、僕は宙を舞っていて……。

ああ、こんなにもあっさりと、負けたのか。

最後にそれだけを認識し、僕は意識を失った。

「先生、ありがとうございます。このゴキブリ野郎どもを捕まえていただいて……」

「なあに、気にすることはないよ、エレオノーラ君。学園の風紀を守るのも、教師の仕事だからね。また何か困ったことがあったら、遠慮なく相談しなさい」

「はい、先生!」

去っていくのは、サヤマ先生。残されたのは、僕とヴァレリー。

彼は女子たちの称賛をその身に浴び、僕らは侮蔑の視線を浴びている。

同じ、力を身につけた者同士、なぜこんなにも差がついた。

力の使い方を、誤ったとでもいうのか。いや、違う! それだけは違う! 僕らは正しく、男であろうとしただけだ。

「このゴミ虫! パンツにたかるウジ虫!」

「ぐう、うううう!」

この痛みは、青春の傷みだ。僕らが男だという証だ。

「そうだろう、ヴァレリー」

「ああ、そうだな、アベル」

僕らは縛り上げられ、むごたらしく女子たちに蹴られようとも、決して輝きを失わない瞳で、視線を交わした。

お互いが、お互いの誇りだった。

「姫様のパンツを盗もうとして、なに爽やかな顔をしてるんだよ、このゲロ介ども!」

「うぬあああああああ!?」

それでも、痛いものは痛かった。