軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白銀槍のエレオノーラ

○エレオノーラ=ブランケンハイムの日記

私の名前はエレオノーラ。エレオノーラ=ブランケンハイム。

栄えあるブランケンハイム家の末子にして、ドロテア姫様の「白銀槍」。

私の使命は、姫様をあらゆる危機からお守りすること。姫様が嫁ぐその日まで、身命を賭して守り抜くこと。それが、私の使命だ。

しかし、バルトロアにいた頃は、無用な心配などせずともよかった。

規律正しいバルトロアの民たちは、イースィンドの発情猿とは違い、己の分をわきまえている。ドロテア姫様に劣情を丸出しにして近づくような輩など、いなかったのだ。

だから、私も心穏やかに過ごせていた。姫様が他国に嫁ぐならば、私もついていこう。夫を迎えるのならば、私もバルトロアから出ることなく生涯を終えよう。

そのように、未来のことについて、思いを馳せてすらいた。そうするだけの余裕があったのだ。

しかし……しかし! 何と、姫様はあろうことか、万年発情猿の王国に留学することになったのだ!

口を開けば口説き文句しか垂れ流さないような猿たちの国に、ドロテア姫様が放り込まれるなんて! ああ、ああ! かわいそうな姫様! きっと、三日も経たない内に汚されてしまうでしょう! あの猿たちの手によって!

それは、看過できない事態だった。心が千々に乱れる悪い知らせだった。

だから私は、すぐさま留学生選出の場に飛び込み、イースィンド行きのチケットをもぎとった。

姫様を一人で行かせてなるものか。姫様を汚させてなるものか。大きな流れを変えられないのならば、せめて私が防波堤となろう。

その決意を胸に、私は姫様とともに、猿の王国へと旅立っていた……。

これが、私がイースィンドの地におもむくこととなった顛末だ。あれほど忌み嫌っていた地に立っている理由だ。

ここでは、祖国のように心穏やかではいられない。未来のことなど、頭に描けない。目先のことを対処するだけで精一杯で、先のことなど考える暇もない。

関所のオス猿に、軟派な軽口を叩かれた。

宿場町の町長に、歯の浮くような世辞を言われた。

街道ですれ違う冒険者たちの、粘りつくような視線は耐えられるものではなかった。

これが、イースィンド。これが、発情猿の王国。

私は、この国で、どのように生きていけばいいのだろうか。いや、そもそも、正気を保っていられるのだろうか。姫様の貞操を守りきれるのだろうか。

わからない。わからないから、せめて、気持ちの整理だけはつけたいと思う。

この国に来てからの出来事を、全て日記に書き記そう。

日記帳に、その日感じたことを吐き出し、精神の安寧を図ろう。

そうしよう。今の私には、それしかできない……。

四月十五日(曇り)

イースィンドに慣れるための研修初日。風習や作法、明文化された法律や、暗黙の了解に至るまで、教えられた。

挨拶一つとってもバルトロアとは違いすぎて、ただただ戸惑うばかり。どうして、名前を教えあうだけで、十分も必要とするのか。やはり猿の国。効率というものを知らない野蛮人ばかりだ。

四月二十二日(晴れ)

研修を終え、いよいよグランフェリア学園のクラスに編入される。教壇の前に立った私に、中等部三年S組の小猿どもが無遠慮な視線を浴びせかける。

その後は、一人一人挨拶をされたのだが……これがまた長い。貴重な授業時間を潰してまで挨拶にあてるとは思わなかった。

そういえば、同じクラスになったフォルカ王子だが、放蕩者という噂とは正反対で、予想よりは精悍な方だった。ただ、やはり無駄に話が長い。猿の大将は猿ということか。

四月二十三日(晴れ)

ドロテア姫様が、学園迷宮に入られたそうだ。何でも、バルトロアでは味わえないような体験をしたとのこと。姫様はそう言ったきり、早々にお休みになられてしまった。

それほどまでに厳しい迷宮なのだろうか? ドロテア姫様ですら精根尽き果てるような……ならば、何故、イースィンド人はここまで軟弱者揃いなのだ?

おそらく、迷宮とは別のことで疲れを溜め込まれたのだろう。猿の国にあっては、それも致しかたないことだ。明日の朝食は、胃に優しいものを用意するよう、料理長に頼んでおこう。

四月二十六日(晴れ)

〈カオス・ドラゴン〉がグランフェリアを目指し、飛来していると聞いたときは、心臓が止まりそうになった。〈カオス・ドラゴン〉。イースィンドとバルトロアの国境に位置する魔の山の主。最強生物とも、絶対的強者とも呼ばれる、漆黒の巨龍。

そのような怪物にかかれば、グランフェリアなど跡形もなく消し飛ばされるだろう。そう考えた私たちは、「ここで逃げては示しがつかない」と嫌がる姫様を、無礼を承知で眠らせて、街から逃げ出した。

そして、宿場町で戦々恐々としていると、町長から〈カオス・ドラゴン〉は黒騎士に討伐されたとの情報が入ってきた。まさか、と思った。ありえるわけがないと。しかし、それは、真実だった。

黒騎士とはいったい何者なのか。少なくとも、手も足も出なかったという惰弱なイースィンド人ではないことは、確かだ。

五月一日(曇り)

フランソワ様から、行方不明だったサヤマ教諭が帰ってきた、という話を聞き、ドロテア姫様はひどく複雑な表情を浮かべていた。やはり、と、まさか、どちらとも読み取れる奇妙な表情だ。

そして、フランソワ様に連れられるまま出かけていった姫様は、帰ってくるなりベッドに倒れ伏していた。「あのような幼子を……やはり悪魔」とつぶやかれていたが、私には何のことだかよくわからなかった。

五月十三日(雨)

せっかくの安息日なのに、雨。それでも、部屋にこもっていては退屈なので、街に出かけることにした。雨の日は騒がしいグランフェリアが静かになるので、散歩にはちょうどいい。

ただ、ぼんやりと街を歩く。しとしとと降る雨が、レインコートから露出した私の顔に当たって気持ちいい。どこまでも、ただ、歩く……。

それから、どこをどう歩いたのか。私の目の前には、小さな喫茶店があった。気の向くままに街を歩き、気まぐれに喫茶店に入る。たまには、そういうことをしてもいいと思った。これは、雨のしわざだろうか?

ちなみに、その喫茶店は当たりだった。バルトロアの菓子を置いているのが、特にいい。安息日には、たまに訪れよう。

五月二十日(晴れ)

ドロテア姫様は、フランソワ様に誘われて、どこかへ出かけてしまった。姫様に休日を楽しませようとするフランソワ様の心遣いは、ありがたく思う。

フランソワ様はイースィンド人ながらも優秀で、ストイックで、とても好感が持てる人物だ。あの方に任せておけば、悪いようにはしないだろう。侍従長のゾフィーもついているし、私はまた、あの喫茶店にでも行こう。

と、油断したのが悪かったのか、帰ってきてからのドロテア姫様はひどく落ち込まれていた。何でも、「わんこに負けた」とのこと。言葉の意味はわからないが、このようなことになるのならば、私もついていくべきだった。大いに反省しよう。

五月二十五日(曇り)

アベルとヴァレリー。

この二名が、姫様の着替えをのぞいていたことが判明した。

アベルとヴァレリー。その名前、覚えたぞ。

ちょん切ってやる。

五月二十六日(晴れ)

ドロテア姫様が物思いに耽っている。それほどのぞきの件がショックだったのか。と、思いきや、どうやら違うらしい。

姫様は、飾りの少ない男物のハンカチを手に、ぼんやりと窓の外を見ている。そして、時おり、切なそうにため息を一つ。あれは……あれは、まさか。

じゃれつくふりをして、ハンカチに縫いこまれた名前を確認。

「F.L」。

このイニシャルに該当する者は……護衛騎士のフリードリヒ・レオンハルト?

そういえば、昨日、姫様にお忍び用のマジックアイテムの活用について聞かれたが……あれは、密会のため?

監視する必要がある。

五月二十七日(3)

フリードリヒは図々しくも姫様と挨拶を交わした。その際、姫様はフリードリヒをしばしの間、じっと見つめていた。

やはり、奴なのか?

五月二十八日(2)

今日は特にこれといったことはなかった。私の監視に気づいて、警戒しているのか?

いや、まだわからない。奴とドロテア姫様の関係も。「F.L」の正しい正体も。

まだ、何もわからない。

五月二十九日(5)

多い。気のせいだとは思いたいが、冷静に考えてみても、多いと思う。

多い……多い……他の護衛騎士に比べても、明らかに多い。

これは、奴が「F.L」だということの証明なのではないだろうか?

五月三十日(1)

どうやら、私の勘違いだったようだ。昨日は少し多かったから、思わず決めつけそうになったけれど、フリードリヒはどうやら違うらしい。

ほっと一安心。まだ「F.L」の正体はわからないけれど、今夜だけはゆっくり眠れそうだ。

五月三十一日(8)

八回! 奴は八回も、姫様と言葉を交わした! 間違いない! やはり、「F.L」は、薄汚いドブネズミのごとく姫様を狙う輩は、奴だったのだ!

あのクソ騎士がああ……! 薄汚ねえ指で姫様に触れる前に、白銀槍でてめーのフニャチ○切り取って、てめーのケ○アナに槍ごとブチこんでやる!!

獅子身中のクソ虫が! 主を欲で濁った目で見るゲロ介が! てめーの末路は、今、決まった!

~日記はここで途切れている~

○フリードリヒ=レオンハルトの日記

私の名前はフリードリヒ。フリードリヒ=レオンハルト。

今、私は慣れないながらも筆をとり、女々しくも日記などというものを書いている。

騎士であるこの私が、日記。故郷の友人たちが知れば、きっと笑うだろう。

しかし……しかし、私は。

私は、私の痕跡を、確かに生きたという証を、どのような形でもいい、残したかったのだ。

ああ、今宵も視界の端に白銀槍が映る。そしてそれは、日に日に私に近づいている。

あれは死神の鎌だろう。あれはフェンリルの牙だろう。

ふとした瞬間に私に突き刺さり、造作もなく命を刈り取るものだろう。

私は何をしてしまったのか。それはわからない。天地神明に誓い、私は騎士として誠実だったと言い切れる。

その私が、なぜ……考えるのは、もうよそう。

今は、一行でも多く、私の生の印を、日記に書きこ

~日記はここで途切れている~