軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

同居人が増えました。

「そうか。ユミエルはメイドだったか」

「……はい」

「我はてっきり、タカヒロがすでに結婚しているものかと……〈カオス・ドラゴン〉たる我が、第二夫人になるかと思って焦ったぞ。いや、早とちりだったがな。はっはっはっ!」

俺ん家の一階のリビングで、俺、ユミィ、ルートゥーの三人はテーブルを囲んでいた。

風呂に入って身だしなみを整えたユミィが紅茶をすすり、ちょこんと椅子に腰を下ろしたルートゥーが、からからと笑いながらクッキーをかじる。そして俺は、テーブルに肘をつき、頭を抱えていた。

「どうした、タカヒロ? 頭が痛いのか?」

「違う……これからどうしようって悩んでんだ」

そうだ。ルートゥーをなんだかんだで家に上げてしまったが、本当にこれからどうしよう。

追い返す? 力づくでどうこうできる相手じゃないんだぞ。無理無理。

じゃあ、同居? それはできる。部屋は余ってるもんな。実際、帰路の途中は、どうしようもなければ家に置いてやろうと思っていた。

でも、よくよく考えてみると、ルートゥーを家に置いたらまずくないか? ほら、よくある異種族ゆえの考えの相違とかさ……。

「そうだな、衝動的な来訪ゆえ、準備が足りておらぬな。だが、心配はするな。嫁入り道具は、眷属の〈シャドウ・ワイバーン〉どもに運ばせる……」

「やめてぇ!?」

ほらきた! ルートゥーさん、そんなことしたら、王都大決戦の始まりですよ!!

空を埋め尽くすワイバーン……逃げ惑う人々……炎に染まる街……あ、悪夢だ……!

「ん? 何が問題なのだ? 事前に王にでも説明しておけば、混乱は避けられるぞ。〈カオス・ドラゴン〉たる我の新たな巣に家具を運び入れるので、先日のような無駄な抵抗はするなとな」

ごめん、もっと悪かった! 中途半端に常識を身につけているが……口から飛び出すのは、絶対的強者理論! 「何が問題なのだ?」は王者の台詞!

〈カオス・ドラゴン〉なんて化け物が街にくるだけで国民総涙目なのに、住むとなったらグランフェリアはゴーストタウンと化してしまう……!

「駄目だ駄目だ! いいか、普通の人にとって〈カオス・ドラゴン〉どころか〈シャドウ・ワイバーン〉すらおっかない存在なの! 人間に化けているうちはいいけど、正体ばらしたり、眷属とやらが飛んできたりしただけで、街は大混乱だ! そんなことになったら、家に置いてやらないぞ!」

こんなことしか言えない自分が情けない……でも、この台詞、ルートゥーには効果覿面だということは、グランフェリアまでの帰り道で判明している。

「うっ……それは、いやだ……わかった。嫁入り道具は、妖精族の宅配便で運ばせる。これなら、人目にもつかんだろう。多少金はかかるが、背に腹は変えられん」

「そういう便利なもんがあるなら、最初からそうしてくれ……」

ほんと、混沌龍さんは心臓に悪いことばかり……これから、こいつも一緒に生活するとか、俺の心臓はもつのだろうか。

「……まぁ、いいや。なるようになれ」

「ん? どこにいくのだ?」

「風呂入って寝る」

今更、うだうだ悩んでも仕方ない。どうせ、〈カオス・ドラゴン〉を追い返すなんてできやしないんだ。ひどいこととか言って、無理矢理帰らそうとしたら、また一悶着ありそうだし……いい。もう、考えるのはやめよう。

俺の人生は、なるようにしかならんかった。異世界に来てからも、ユミィを買ってからも、なるようにしかならんかった。難しく考えるのがアホなんだ。

ルートゥーとの生活も、どうせ、すぐに慣れるさ……そう思った俺は、一人、二階の風呂場へと向かい……。

「……なんでついてくるの」

「ん? お前は何を言っているのだ? 夫婦は一緒に風呂に入るものだぞ?」

むしろ、お前が何を言っているんだ。

「俺とお前は、夫婦じゃねえだろ」

「ああ……まだ、な。しかし、些細な違いだ」

「大きな違いだよ! あと、ユミィ! お前もなんでついてきてんだ!」

とことこと俺の後に続くルートゥーの更に後ろ、メイド服の少女が音もなくついてきている。

「……長旅から帰られた、ご主人さまのお背中をお流ししようかと。何か問題でも?」

「今までそんなこと一度もやったことねえだろ!? なに、さも当然のことのように話してんだ!」

無表情にこちらを見つめるユミィの心情は、俺にはわからない……もうやだ。最近、わからないことばっか。

「あ~も~! 俺は一人で入るからな! 一人で風呂に入るからな!」

そう言い放って、ピシャリと脱衣場の引き戸を閉める俺。

わからない……わからない。ルートゥーが俺を気に入ったという理由も意味不明だし、ユミィの様子が先ほどからおかしい理由もよくわからない。

汚れた服を脱ぎ捨て、熱い湯に浸かっても、全然頭は晴れやしない。それどころか、俺の混迷は深まるばかりだ。

「わっかんねえな~……」

湯気が漂う天井を見上げ、ひとりごちる。わからない。わからない。俺には何もわからない。

先ほど、あんなに強く言ったのに、二人が風呂場に乱入してきて俺の背中を流しているとか、もう何がなんだかわからない。

「おい、メイド! こ、ここは妻である我が洗うのだ!」

「……いいえ、ここはメイドである私にお任せください」

「前は止めて!」

女の子のような悲鳴を上げて、俺は前面を絶対防御。洗わせはせぬ! 男の聖域は女人禁制! 洗わせはせぬぞ!!

そんなこんなで、つるぺったん少女たちの猛攻にも耐え、髪も乾かし終わった。その間も湯上りセクシーアピールをしてくるルートゥーをあえて視界には入れず、歯を磨き終えることもできた。

そして、就寝……ここまでが長かった……今日は、一日の長さを感じさせる、そんな日でした。

でも、寝てしまえば雑事に煩わされることもない。夢の世界に旅立てば、つかの間の休息が約束される……。

そのはずなのに……!

「なんで、布団をめくったらお前らがいるんだよ……!」

かけ布団をめくれば、そこには二人の少女の姿が!

一人はルートゥー。黒いレースの下着と、これまた黒いシースルーの肌着を身に纏った龍人の少女だ。

もう一人はユミィ。ルートゥーとは対照的に、色気のない亜麻の寝巻きを着ているが、少し湿った髪がなんだか艶やかだ。

二人は、仰向けに俺のベッドに横たわり、俺の目をじっと見つめている。

何か言おうと、口を開く……が、言わせねえよ!

ベッドから二人をつまみあげ、部屋の外へと蹴り出す。

なんだか、頭が痛い。ひどい鈍痛だ。

もう、寝よう。寝るしかない。寝るったら寝るんだ!!

やけくそのようにベッドへと飛び込み、布団を被って瞳を閉じる。すると、俺の視界には余計なものは映らず、安息の闇が俺を包み……それが五分、十分と続くと、俺はまどろみ始める。

夢と現実、二つの境界が溶け合う最中、俺の脳裏には様々な出来事が甦る……。

『貴大……貴大……』

「……ん?」

『貴大……据え膳食わぬは男の恥だぞ……』

「なんでこういう時にお前のしたり顔が浮かぶんだよ、優介!?」

今日はまどろみですら、俺に厳しかったです。

「むにゅむにゅ……もう食べられんのだぁ……」

「すぅ……すぅ……」

現在時刻、深夜二時。草木も眠る丑三つ時というやつだ。

コンビニもテレビもないグランフェリアの街は、ほぼ全ての人が眠りについている。俺だって、いつもならとっくの昔に寝ている時間だ。

だというのに、俺の目は冴えるばかりでちっとも眠気が襲ってこない。

だってさ……こんな状況で、眠れるわけがねえだろう。

「ZZZ……」

俺の右腕を枕にしているのはルートゥー。〈カオス・ドラゴン〉が人間に変化した少女は、俺の胸に顔を寄せて眠っている。

「すぅ……すぅ……」

同じように、俺の左腕を枕にしているのはユミエル。二年前から一緒に暮らしている、妖精種の少女だ。月光に照らされた、さらり、さらりと流れる水色の髪を見ていると、なんだか妙な気持ちになってしまう。

「っ!? い、いかんいかん! 煩悩退散、煩悩退散!」

頭を振って、邪な気持ちを追い出す。ここで欲望に負けてしまえば、ろくなことにはならんぞ! 負けるな、俺! 負けるんじゃない!

そもそも、子づくりしたいと明言しているルートゥーはともかく、ユミィが同じベッドで寝ているのは、ただ単に寂しいからだろう。

ユミィは俺を死んだと思っていたからな……目を離せば、またいなくなってしまうかも、という恐れを抱くのも、無理ないことだと思う。

だから、風呂やトイレにまでついてこようとしたんだろう。俺から目を離さないように……だからって、男のベッドにまでついてくんなよ。襲われるぞ? いや、襲わないけどさ。

しかし、まぁ……。

「何でこんなことになったんだか……」

考えてみたけれど、答えは出ない。なんで、一週間前までは一人で寝ていたはずの俺のベッドに、美少女たちが乱入するのか。なんで、俺はユミィとルートゥーに腕枕なんてしているのか。

それは、結局、寝るだけだからと押し切られてしまったからだ。どこかしょぼんとした二人がお願いしてくるもんだから、断るに断れず……俺の意思、押しに弱すぎだろ……。

でも、今のところ、越えちゃいけない一線は越えていない。子づくりだとか、なんだとか、そういうことはしちゃいないんだ。

そういう願望が、ないわけじゃない。二人とも、かわいい女の子だ。触れ合っているだけで、むらむらとはする。

でも、そんな一時の感情だけで女の子を襲っちゃいけないんだ。子どもができたりしたら、体に負担がかかるのは女の子だからな。

それに、どうせ子どもをつくるなら、愛しあった結果としてつくりたい。

「こういうことを言ったら、また夢見がちな童貞とか、お前らは馬鹿にすんだろうな……」

今は近くにいない親友たちに向かい、そっとつぶやく。あいつらは、俺を「貞操観念強すぎだろ」って笑ってたっけな……くそっ! 思い出したら腹立ってきた。あの非童貞どもめ!

「いいさ。俺は、本当に愛する人ができるまで、童貞でいるさ。ふん」

そう言って、むくりと身を起こす俺。少し、のどがかわいた。下に降りて、水でも飲もう。

ユミィとルートゥーの頭を、そっと枕に移し変える。俺の服のすそを掴んでいる手を、そっと解かせる。

そして、なるべく音を立てないように、俺はリビングへと降りていった。

「ふ~……温い。もうすっかり春だよなぁ……」

水がめに汲んである水じゃあ、もう清涼感は得られないな。そろそろ、麦茶を作り始めるか、ただ単に水を冷蔵庫(型のマジック・アイテム)で冷やすか……。

「まぁ、今は氷を入れて誤魔化すか」

上下二つの扉がついたマジック・アイテムの下の扉を開く。こっちは冷凍庫だ。当然、氷もつくってある。

ガラガラと音を立て、小さなスコップで氷をすくい、マグカップに移し変える。そして、そこに水を注いで……しばらく、放っておく。どうせここまでしたんだ。よーく冷えてから飲みたい。

立っているのも何なんで、椅子に腰を下ろして、しばし待つことにする……すると、後ろから、ぺたぺたと足音がした。

「ん? なんだ、ユミィか」

振り返れば、ユミィの姿が。うつむいて、俺の後ろに立っている……っとと!

「お、おいおい、どうしたんだ?」

ユミィが何も言わず、俺に抱きついてきた。座った俺の腹のあたりに顔を埋め、腰に回した手にぎゅっと力をこめる。すんすんと、鼻をすする音が聞こえる……まさかこいつ、泣いてんのか?

「ほんとにどうしたんだよ、ユミィ? なんだ? なんで泣いてんだ?」

わけもわからないまま、ユミィの頭を撫でる。今日は本当に変な日だな……こいつが、一日に二度も泣くなんて……。

「……目を覚ましたら、ご主人さまがいなくて……また、どこかに行ってしまったって……」

こいつはそんなことを心配していたのか? やれやれ、まだまだ子どもだな……。

「馬鹿、俺がお前を置いてどっかに行くはずねえだろ。俺とお前は仲間じゃねえか」

「……半年ほど前、置手紙だけを残してどこかに行きました……」

ユミィが顔を上げ、涙でにじんだ目をこちらに向けてくる。うっ……そういえば、そんなことも……。

「で、でも、ちゃんと戻ってきたろ? な? ずっとどっかに行ってるなんて、ないから……だから、安心しろって」

誤魔化すように、また頭を撫でる。ユミィはそれをしばらくの間受け……そして、すっと俺から離れていった。

「……わかりました。ご主人さまを信じます」

「そ、そうか。そりゃよかった」

どうやら俺の話を信じてくれたようだし、泣き止んでいるようで、ほっと一安心。これで、俺の後をついてまわるなんて奇行も止めるだろう。

「……ところで、ご主人さま。ルートゥーさんは、本当にこの家に置くつもりですか?」

「ん? そうするしかないから、そうするつもりだが……ああ、ゆっくり二人で話す暇がなかったな」

俺の中では半ば決定の話だったんだが、ユミィにとってしてみれば、晴天の霹靂というやつだろう。少し、腰をすえて経緯を話すか……と、思った矢先に、ユミィは首を横にふる。

「……いいえ。話は結構です。ご主人さまがそうしたいのであれば、私に異論はございません。ですが、他の方は……」

「他の方? 俺とユミィ以外の、誰がいるってんだよ。……あ、もしかして、れんちゃんや優介のことか? たぶん、あいつらなら喜ぶと思うぞ。『かわいこちゃん、ばんざーい!』ってな。ははは」

だが、どうやら俺の答えは間違っているらしい。ユミィは肯定の意を示さない。

「……まあ、明日になれば自ずとわかることです。では、ご主人さま。お休みなさいませ」

そう言って、ペコリと頭を下げるユミィ。そして、ユミィはそれ以上何も言わず、自分の部屋へと戻っていった。

「うん? また、変なことを……まだ本調子じゃないんだな、きっと」

その時、俺はそう思っていた。特に気にすることではないと、氷がすっかり融けてしまっていた水を飲み干し、深く考えもせずに自室へと戻っていった。

結局、ユミィの言葉の真意がわかったのは、あいつの言葉通り、翌朝のことだった……。

「我はルートゥー! タカヒロの婚約者だ!」

「な、なんだってーっ!?」

翌朝、目を覚ましてリビングに下りてみると、そこには多くの人が。

カオル、アルティ、フランソワ、クルミア、エルゥ、それに近所の人たちと、なぜかドロテア。そいつらは、〈カオス・ドラゴン〉戦で行方不明になっていた俺が帰ってきたと聞いて、朝もはよから俺ん家に集まっていたらしい。

そいつらに向かって、心配かけたな、悪かったと謝り倒す俺。

ともかく、無事でよかったと胸をなでおろす人々。

そして、俺の後ろから、きわどい姿で現れた混沌龍……。

それは誰だと尋ねる声への返答が、先ほどのあれだ。

「ちょっと待て! いつから婚約したよ!」

凍りついた人たちに先んじて復活した俺は、ルートゥーに詰め寄る。婚約ってなんだ!? 俺、そんなことしてない!

だが、ルートゥーは頬を染めて、決まりきったことであるかのように、こんなことを言い始める……。

「我は思ったのだ。少し、性急過ぎたとな。これまでの貴様の戸惑いを見て、我は悟ったのだ。これがいわゆる、マリッジブルーかと」

ちげえよ! でも、あまりのトンでも理論に、突っ込む気力が湧いてこない……へなへなと崩れ落ちる俺を前に、ルートゥーは得意げに語り続ける。

「そもそも、恋人を経ずして、いきなり夫婦になろうと思ったのが間違いだったのだ。恋人でしか味わえない醍醐味を、共に味わおうぞ、タカヒロ♪」

そう言って、俺に抱きつく下着姿の幼女……あ、いかん。傍から見ると、これ犯罪や。

「わうう!」

「わっ、こら、犬ころが何をするかっ!?」

「聞いていませんわ、先生!?」

「このロリコンっ!!」

「おめえって奴は……! この国の恩人だと思っていたのに、おめえって奴は……!」

「タカヒロ君は、幼児趣味、っと」

「あのような幼子を……悪魔……!」

ひでえ状況だ。ここに集った人たちが、てんでバラバラに騒いでいる。俺ん家のリビングが、混沌と化していく……。

「おのれ、〈カオス・ドラゴン〉め……!」

俺ですら、それだけ言うのが精一杯だった。

俺は、それだけの台詞を残し……小さな混沌へと、沈んでいった―――。

「……だから私は、言いましたのに」