軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

迷いと決意

「ユミィ……」

れんちゃんの【カウント・デス5】によって倒れたユミエルをベッドに寝かせ、無駄だと知りながらも、段々と呼吸すらか細くなっていく彼女に薬を飲ませてやった。

もちろん、そんなことをしても何の効果もない。怪我をしているわけじゃないんだ。「ポーション」系など効きはしない。それに、病気でもない。状態異常を回復させる薬を飲ませても、青白い顔には赤みはささない。

分かっている……分かっているんだ。ユミエルを、元の状態に戻すにはどうするべきか。それは、分かっていることなんだ。

スキル使用者による解除……そして、もう一つ。なまじ二つあるがために、「もしかしたら、れんちゃんが解除してくれるかもしれない」、そんなあり得ない希望の方だけを見て、必死に「正しい解決法」から目を背けていた。

だから、一晩経てばれんちゃんが【カウント・デス5】を解除してくれるかもしれないなんて思い込んで……でも、日が昇って、また沈んでも、ユミエルは目を覚まさなくて……まんじりともせぬままに、三日間のタイムリミットの一日目が過ぎてしまった。

「なぁ、起きろよ……お前が起きないと、俺は……」

二日目も同じだった。俺は何もできないまま、死に一歩一歩と近づいているユミエルの傍から離れられずにいた。

二日目の朝日が昇ると、ユミエルは熱を出した。昨日の冷え切った体が嘘のように熱い。それはもしかすると、彼女の「生きたい」という無言のメッセージだったのかもしれない。

冷えて、冷えて……そのまま、蝋燭の火が消えてしまうかのように命を落とそうとするユミエルが、全身で生を渇望した結果の熱さなのかもしれなかった。

でも、命を削るように生じる熱を前にしても、俺は決断できない。目の前に死にゆこうとしている少女がいるにも関わらず、俺は迷ったままだった。

「れんちゃんを説得する」。そうするために、あいつの元へ向かえばいいじゃないか。このままだと確実にユミエルは死ぬ。待ってるだけじゃ何も変わらない。この際、力づくでもいい。とにかく、れんちゃんに【カウント・デス5】を解除させるんだ。

それは分かってる……分かってるけど……でも、怖い。俺の知ってる顔で、「さあ、殺し合おう!」と笑うれんちゃんが、あの笑顔が、たまらなく怖い。幼馴染が俺に剣を向けているという事実に、悪寒と吐き気すら込み上げてくる。

だから……家から出られなかった。「熱があるから」と、ユミエルの症状すら言い訳に使って、二日目も家に居続けた。

その間、何度も何度も説得に向かおうと思った。おかしくなっている親友を正気に戻して、【カウント・デス5】を解除してもらう……それが、誰にとっても最も良い結末のはずだ。

でも、やっぱり俺の足は動かない。これ以上、れんちゃんの口から酷い言葉は聞きたくなかった。俺の知っているれんちゃんが変わってしまったという事実を、突き付けられたくはなかったんだ。あの日の笑顔のまま、俺と殺しあいたいだなんて言って欲しくはなかった。

だから、姿を見なくても済むよう、【コール】を使った。

「頼む……頼む……! 解除してくれ……!」

しかし、何度も何度も送ったれんちゃんへの【コール】は、すべて無視された。それは、れんちゃんの無言のメッセージだった。

三日目になると、ユミエルの熱は下がった。だが、それは症状が緩和したからじゃない。逆だ。

彼女の体はとても……とても冷たくなっていった。まるで、死んだ人の体から温もりが失われていくように。その過程を引き伸ばして俺に見せつけるかのように、ゆっくり、ゆっくりとユミエルの体温は下がっていったんだ。

もう、タイムリミットは十二時間を切った。

このままだと、日が沈み、日付が変わる頃に……ユミエルは、死ぬ。

決断の時が、迫っていた。

「どうすりゃいいんだよぉ……」

でも俺は、ここに至ってもまだ、泣き事のようなことをぶつぶつと呟いているだけだった。

ユミエルのベッドにもたれかかり、頭を抱えるばかり……焦りと緊張から、心臓がやけにうるさく鼓動する。その音だけが響く世界で、俺は俯いたまま、何もできずにいた……。

「……さま」

でも、

「……ごしゅじん、さま」

そんな情けない俺の頭を、優しく撫でてくれる人がいた。

「……ごしゅじんさま……」

「ユミィ!?」

倒れてから、初めてのことだ。ユミエルが、目を覚ましたのは……。

横になったまま、うっすらとまぶたを上げ、焦点の定まらない眼で俺を見ている。覚束ない手つきで、それでも優しく、優しく俺の頭を撫でてくれている……。

違う。これは、【カウント・デス5】が解除されたから目を覚ましたんじゃない。だって、未だにユミエルの顔には死相が浮かんでいる。少しこけた頬と霞んだ瞳は、見る者に死をイメージさせる。

多分、これは最期の目覚めだ。死に沈む彼女が、最後の一瞬だけ、生ある世界に顔を上げただけだ。

恐らく、次に目を閉じてしまえば、そのまま目を覚ますことはないだろう。

それは、ユミエルも分かっているはず。自分の体がどのような状態なのか……衰弱しきった彼女なら、誰に教えられることなくそれが分かるはず。

「なんでだよ……」

でも、この子は俺の頭を撫でるばかり。孤児院のチビどもにするように、ゆっくりと頭を撫でるだけ……。

「お前、生きたくないのかよ……」

自分が死ぬと分かっているのに、何で「助けて」とも、「死にたくない」とも言おうとしないんだ?

「なぁ、なんで……」

ユミエルは答えない。何も言わない。意気地無しの俺を責めもしないし、助けてと懇願したりもしない。

ただ、頭を撫でるだけ……でも、しばらくして限界が来たのだろう。

最後に俺の頬に手を当て、ユミエルは静かに目を閉じた。もう戻れないかもしれない死の淵に、沈んでいった……。

「俺は……何してんだ……」

俺は情けなかった……決断できない自分。動けない自分。行動基準が定まらない自分……そんな自分が、情けなくてしょうがなかった。

思えば、俺はいつもいつもそうやって生きてきた。大事なことを何一つ決めないままに生きてきた。

大事なことは自分では決断しない。二者択一を好まない。誰かがやれと言ったことはするが、自分からは動かない。何でも屋を始めたのだって、他人に何をするのかを選ばせたかったからだ。

それは、楽な生き方だ。自分で決めなくていいというのは、考えなくてもいいということ……頭をからっぽにして生きられるということだ。

でも、それは健全な人間の生き方じゃない。「駄目人間」だと唾棄されるべき生き方なんだ。

その証拠に、俺は共に暮らしている少女を見殺しにしようとした。自分が動かなければ、ユミエルは死ぬ……それが分かっていながら、決断しようとすらしなかった。

今までだらだらと生きてきたツケが、最悪の形で現れた。【カウント・デス5】をかけたのは、俺じゃない。でも、このままユミエルが死ねば……それは、俺のせいだ。

加害者も被害者もはっきりしている。解決方法も分かっているし、それを達成する力もある。

それなのに、どちらも大事だ、選べないと手をこまねいているだけなら……それは、見殺しにするのと同じだ。

俺は、そうしようとした。ユミエルが目を覚まさなければ、俺はあのまま、彼女が死ぬまでれんちゃんの連絡を待ち続けただろう。「解除したよ」という、あり得ない言葉だけを待ちわび、傍らに眠る少女に目を向けようとはしなかっただろう。

自分がやろうとしていたことに、嫌悪感しか湧かない。結果は二の次で、時間による事態の変化を待ち続けた……そんな自分が、俺は嫌いだ。

「ごめんな……ごめん……ごめん……」

そんな自分のままでいることに、俺は我慢できなかった。

自分よりも俺のことを想ってくれた少女の死を前に、そんな自分ではいたくなかった。

だから……一つだけ。

一つだけ、俺は決意したんだ。

多分、人生で初めて……俺は、俺の人生における重要なことを、初めて決めた。

死人のように眠るユミエルに詫びながら、一つだけ、大事なことを決めたんだ。