作品タイトル不明
第18章-7 リンドウ
「せっかくの旅行だと言うのに、巻き込んでしまって申し訳ないね」
ユニコーン騒動の後、無事にリンドウにある公爵邸に着いた俺をサンガ公爵は自室に呼び、頭を下げてきた。
あのユニコーン騒動の発端は、衛兵に捕まった商人が数名の冒険者と組んでユニコーンの仔馬を捕獲したというものであり、ユニコーンを狩ったり捕獲したりしてはいけないという決まりは無いのでそれ自体は違法ではない。問題だったのは、ユニコーンを捕まえた場所からそう離れていない村で仔馬を解体し、日が変わらぬうちに血の臭いを残したままの状態で逃走し、逃走中も他に二つの村で同じようなことをしていたそうだ。その結果、怒りで暴走したユニコーンにより三つの村が壊滅状態に陥り、死者・重傷者多数という大惨事を引き起こした。
ユニコーンが暴走し、壊滅状態の村があるという知らせが来て大慌ての冒険者ギルドに、俺たちがその原因を作ったと思われる商人とその仲間の死体を持ち込んだので、確認作業や俺たちと商人との関係(それに関してはすぐに無関係と判断された)を調べる為に、二日も足止めを食ったのだ。
「三つの村を合わせて、死者・重傷者共に百人超え、軽傷者は三百を超えるそうだよ。ただ、 公(・) 爵(・) 領(・) 側(・) の二つの村に限って言えば、被害はそれぞれ三分の一以下というところだね」
そして、一番サンガ公爵を悩ませているのが、この事件が自領だけで起こったわけではないということだ。
ユニコーンが捕獲され、解体されたのは隣の子爵領で、暴走したユニコーンが倒されて商人が捕まったのが公爵領で、倒したのと捕まえたのが公爵の娘婿の俺。子爵側の村の被害は大きいが一つで、公爵側は二つの村が被害にあっている。それに、子爵家と公爵家の力関係もあるし最大の問題として、
「あの商人、子爵家のお抱えだったそうだよ。まあ、子爵家はこの事件に関わっていないとのことだけど」
元凶が子爵家のお抱え商人ということだ。
お抱え商人(当初は犯人不明)がユニコーンに追われているという情報は、俺たちがギルドに足止めを食らっている時に超特急で子爵家からもたらされたものらしく、ユニコーンが自領で暴れたのち公爵領に向かったと聞いた子爵が大急ぎで送ってきたものだそうだ。
結果的にユニコーンが公爵領の村を襲撃する前に公爵の元へは届かなかったということらしいが、俺は手際が良過ぎるので、ごまかす為の作り話ではないのかと疑ってしまった。しかし、子爵をよく知るサンガ公爵はそれは無いだろうと判断したそうだ。だが、俺のように子爵を知らない者からすれば疑わしいと感じるだろうし、被害者にしてみればなおのことだろう。
「子爵はすぐに商人の財産を全て押さえ、それを今回の被害者たちへの補償に当てるそうだよ。一応、子爵家からも出すそうだけど……被害者を納得させるだけの額にはならないだろうね」
今回の事件に関しては公爵家も被害者と言えるので、子爵家は公爵家にも賠償すると申し出てきているそうだ。もっともサンガ公爵は、「うちに回す余裕があるのなら、その分を実害を受けた者たちに回せ」と言って受け取らないつもりだそうで、さらに公爵家からも見舞金を出すそうだ。
「オオトリ家も、今回の事件の被害者たちに見舞金を出しましょう」
「そうしてくれるとありがたい」
オオトリ家(おれたち) はユニコーンを倒し 商人(はんにん) を捕獲したが、こちらから近づいたとはいえ襲われた形なので、どちらかと言うと被害者側の立場ではあるのだ。しかし、俺が単独で倒した為ユニコーンの素材を総取りし、一人勝ちしたような状況でもあるのだ。
そんな俺たちが自分たちだけ懐を温めていたら、最初は子爵家に向かっていた世間の怒りや疑惑は、間違いなくオオトリ家にも向けられることになるだろう。
なのでオオトリ家として、そう言った批判をかわす為にも見舞金を出す必要があるのだ。サンガ公爵はそう言った可能性があることをよく知っているので、見舞金に関しては何も言わないのだろう。ただ、見舞金を今回のユニコーンを販売した利益から出さないようにとは言われた。それをすると、貴重品であるユニコーンの販売記録が残ってしまうので、今度は「もっと出せたはずだ!」などという批判が出てくるからだそうだ。
どうしてもユニコーンを販売したいというのなら、公爵家が秘密裏に買い取ると言われたが……ユニコーンの素材は色々なことに使える貴重品なので、全てオオトリ家の為に使うつもりなのだ。お金に関しては下手な貴族では比べ物にならないくらいため込んでいるので、急な出費にも十分対応できる。
そう伝えると、サンガ公爵は残念そうにしていた。ユニコーンのような素材は公爵家で会っても入手は難しいので、チャンスがある時に買っておきたいということなのだろう。
皮や骨、魔核と言った素材は無理だが、元々肉の一部はお土産として渡すつもりだったので、予定量にいくらか上乗せするということで我慢してもらいたい。
「テンマ。公爵との話は終わったのか?」
サンガ公爵との話を終えて客間に案内されると、中ではじいちゃんが一人で本を読みながらお茶を飲んでいた。
「じいちゃんも来てくれればよかったのに……ところで、プリメラたちは?」
じいちゃんも説明にきてくれればよかったのに、「面倒じゃ!」の一言を残してさっさと客間に引っ込んだのだ。
「プリメラなら、ジャンヌたちと出かけたぞい。アムールが街にどんな店があるのか軽く見ておきたいと言っておったから、今日のところは様子見だけしてそろそろ戻ってくるじゃろう……しかしこうなると、テンマやプリメラたちが買い物に行っている間、わしは暇になるかもしれぬのう。こんなことなら、アルバートをここに来させておけばよかったかもしれぬな」
「いや、アルバートも新婚だし仕事があるんだから、じいちゃんの暇つぶしの相手をさせる為だけに呼ぶのは流石にどうかと思うよ。それに、ここだったらじいちゃんの顔を知っている人は少ないだろうから、軽く変装でもして街をぶらつけばいいんじゃない?」
じいちゃんの暇つぶしの相手の為だけにアルバートを呼び出すのは、いくら何でも可哀そうだ。まあ、サンガ公爵なら笑いながら呼び寄せたかもしれないけど、公爵家の嫡男が自領でこき使われているのを見たら、お義母さんたちも気を悪く……しないかもしれないな。むしろ、サンガ公爵との連名で呼び寄せるかもしれない。お義母さんたちにしてみれば、色々と気を遣うじいちゃんの相手をアルバートに押し付けることができるし、その間はエリザと遊ぶことも出来るのだ。王都を出る前に、エリザに一言声をかけた方がよかったのかもしれない。
「まあ、王都では顔が知られ過ぎておるからのう。飲み歩きもおちおち出来ぬし……」
健康のことを思えばいいことでは? とは思ったが、羽目を外したい時に周囲の目を気にしないといけないというのはストレスがたまるものなので、旅の間くらいは指摘しないでおこう。
「それはそうと、ここ最近魔物の動きが活発になっているそうだから、街から街への移動には十分気を付けろって。まあ、流石にユニコーンみたいなAランク以上の魔物は今回が初めてらしいけど、オークとかゴブリンと言った魔物が群れで移動していたという報告が今年は多いそうだから、見かけたら潰してほしいそうだよ」
「まあ、ゴブリンやオークの群れなら、それこそ数十単位にならなければ、わしらなら片手間で済むじゃろう。じゃが、できるならゴブリンではなく、オークの群れの方がいいのう。肉が食えるしの」
ゴブリンに比べてオークの群れの方が被害は大きくなりやすいので、じいちゃんの発言は不謹慎ではあるものの、倒した後のことを考えればオークの方が旨味が多いのも確かではある。
「依頼と言うわけじゃないけど、サンガ公爵家の縁者が公爵領が危険に晒されているのを見て見ぬふりをするのは外聞が悪いから、できる限りは助けようとは思うけどね。まあ、他の冒険者や騎士たちの仕事の邪魔にならない程度にだけど」
無視するのは論外だけど関わり過ぎるのも問題が出てくるので、危険性の低いところならば近くのギルドに報告してから判断し、危険性が高いのなら即座に対処するという形でいいだろう。
「テンマ君、少しいいかい? ああ、マーリン様もおられましたか、申し訳ありません」
じいちゃんと話し終えた後、プリメラたちが返ってくるまで読書で暇をつぶしていると、サンガ公爵が客間に入ってきた。公爵はじいちゃんも出かけていると思っていたようで、気が付かなかったことを謝っていた。
「何かありましたか?」
ユニコーン騒動のことで何か忘れていたことがあったのかと思ったら、
「今入ってきた報告に、湖で新種と思われる魔物が泳いでいるということなんだけど……」
「十中八九以上の確率でナミタロウです。迷惑をかけているのなら、一狩り行ってきますけど?」
ナミタロウはリンドウのすぐ近くにある湖のそばを通りかかった時に、「ちょっくら泳いでくる!」と言って飛び出していったのだ。俺の知り合いでここまで連れてきた以上、問題を起こしているのなら責任をもって対処しなければいけないと思い、じいちゃんと共に立ち上がったところ、
「いや、逆に湖に住み着いている危険な魔物を何体も狩っているらしくて、漁師やその関係者が喜んでいるそうだよ。ただまあ、倒した魔物を岸に山積みにしているそうで、色々と騒ぎにはなったそうだけど」
街道の近くに積み上げたせいで通る者が驚き混乱したり、積み上げられた魔物を捨てられたものだと決めつけて盗もうとしてナミタロウに成敗された冒険者がいたりと、かなり騒々しいことになっているそうだ。ただ、ナミタロウに感謝しているという漁師たちが積み上げられた魔物を見張り始めてからは、魔物に手を出そうとする者はいなくなったらしいし、混乱も収まりつつあるそうだ。
「今頃は公爵家の騎士が到着している頃だろうから、魔物の回収も終わっているんじゃないかな?」
サンガ公爵はそう言うが、ナミタロウもマジックバッグを持っているので、わざわざ積み上げているのには何か理由があるのだろう。そのことを伝えると、サンガ公爵も納得していた。
「やっぱり、俺もナミタロウのところに行った方がいいみたいですね。ライデンで行けば、そう時間もかからないでしょうし」
俺がそう言いながら玄関に向かおうとすると、じいちゃんも頷き歩き始めた。そんな俺たちの後ろを、サンガ公爵もついてくる。最初は見送る為なのかと思ったが、どうも湖までついてくるつもりらしい。
「ナミタロウにどういった思惑があるのかは分からないけど、湖の魔物を間引いてくれたのは間違いないからね。直接そのお礼も言いたいし……何より、暇だからね」
急ぎの仕事がユニコーンの事件しかなく、そのユニコーンの事件も子爵家側の返事待ちということらしく、丁度時間が空いているそうだ。なので、街とその周辺の視察と言う名目で、ナミタロウの様子を見に行きたいとのことだった。
別に俺としてはライデンの引く馬車で移動するつもり(俺とじいちゃんだけなら飛んで行った方が行きも帰りも早いのだが、王都やセイゲンとは違い、リンドウだと飛んで移動すると騒動になる可能性もある)なので、人数が増えても問題は無いので了承したが……その直後にサンガ公爵が玄関から出て行った事に気が付いたお義母さんたちもやって来て、一緒に行くことになった。
「それにしても、思った以上に人が集まっていたね。大人気の観光スポットのようだったよ!」
湖でナミタロウ た(・) ち(・) を回収して公爵家の館に戻る途中、サンガ公爵はとても上機嫌だった。その理由はナミタロウたちが観光スポットのように囲まれていたこともあるが、最大の理由はナミタロウの退治した魔物が多くが公爵家のものになったからだ。まあ、正確には『リンドウの湖で働く漁師とその関係者への支援』を条件に譲られたものだが、それは巡り巡ってサンガ公爵家の利益となるので機嫌がいいのだ。ちなみに、譲った魔物は大して美味しくないものばかりであり、素材もそこまで価値が(俺やナミタロウ基準で)高いものではないので、ナミタロウはあっさりと手放したのだ。それに対するナミタロウへの対価はと言うと、サンガ公爵領内において今後ナミタロウが発見されたり罠にかかったりした時に、手を出さずに助けるようにと漁師やギルドに通達するというものなので、サンガ公爵は手間はかかるが懐は痛まないと二つ返事で了承していたのだ。
それとついでに、オオトリ家もそのおこぼれに与ることができた。ナミタロウがサンガ公爵に渡さなかった美味しい魔物と、魔物退治の合間にナミタロウがゲットしていた湖の幸を得ることができたのだ。これは作り置きしていたお菓子と交換ということになったので、多くのお菓子を渡しはしたがそれでも釣り合いが取れていなかった。そのことを言うと、「足りん分は今回の旅の足代や!」と言われたので遠慮なく頂いた。
「それにしても、テンマにサンガ公爵よ……何故に御者席におるのじゃ?」
現在俺とサンガ公爵は、御者席でじいちゃんを挟む形で座っている。一応、この馬車の御者席は広く作ってあるのだが、流石に男三人は少し狭い。
「いやだって、さぁ……お義母さんたちに行きで散々からかわれたのに、今度はプリメラがいるんだよ? 二人揃っていたら、どれだけからかわれることになるか……」
「それで、テンマは新妻を見捨てて逃げてきたというわけじゃな。サンガ公爵の方は……」
「私はからかわれることは無いと思うのですが、あの限られた空間で女性陣だらけというのは、流石に気後れしてしまいますからね。なので、ここは男同士で親睦を深めようと……」
「つまり、サンガ公爵も逃げてきたのじゃな」
確かにじいちゃんの言う通りなので、俺もサンガ公爵も何も言えずに黙ってしまったが……
「そう言うマーリンも女性陣から逃げるように、真っ先に御者席を陣取っとったやないか。ちなみにわいは、屋根の上が指定席やから逃げたわけや無いで。逃げる必要が無いし」
と、屋根の上で聞いていたナミタロウに突っ込まれて、じいちゃんも黙ることになってしまった。
そんな暗い雰囲気の御者席とは違い、馬車の中からは女性陣の楽しそうな声が聞こえてくる。聞こえてくる中で一番大きな声を出しているのはプリメラなので、やはりお義母さんたちにからかわれているようだ。
「やっぱり、俺の判断は間違っていなかった……」
「いや、テンマ。それ、かなり最低やからな」
俺の呟きはナミタロウに聞こえたようで、かなり真剣な声で批判された。さらに、プリメラには公爵邸に戻ってから拗ねられてしまい、機嫌を直すのが大変だった。
ちなみに、プリメラの機嫌を取っている俺を、サンガ公爵を始めお義母さんたちやじいちゃんたちは楽しそうに見ていた。
「テンマさん。最初は大通りにあるお店に行きたいのですけど?」
「いいよ。俺はどこにどんな店があるのか知らないから、行き先はプリメラに任せるよ。途中で気になる店があったら言うから」
プリメラのご機嫌取りの一環……ではなく、予定通り新婚旅行らしくリンドウでデートの為に公爵邸を出ると、すぐにプリメラが行き先を提案してきた。しかし、俺はリンドウの街を全く知らないのでプリメラに任せることにした。ただ、それだけだとプリメラが気を使いそうなので、歩いている途中で気になるところがあったら言うつもりだが、昨日馬車から見た限りでは見かけなかったので、あるとすれば裏通りか公爵邸から離れているところだろう。これは、別にリンドウに大した店が無いというわけではなく、俺自身が裏通りにあるような店を好むからだと思う。その証拠というわけではないが、他の街でも一人で買い物をする時は、裏通りの店に行くことの方が圧倒的に多い。
今日のデートでは、プリメラの行きたいところを中心に回り、行くことのできなかったところは明日以降の予定に入れることにした。そもそも、リンドウはプリメラの生まれ育った街であり公爵邸もあるので、今後も遊びに来る機会は何度もあるだろうし、滞在期間中は基本的にプリメラと二人だけで行動する予定なので、急ぎ足で見て回らずに数日かけて楽しめばいい。
そして、デート初日から帰った夕食は……何故かオオトリ家名物の海鮮丼を頼まれた。何でも、お義母さんたちのリクエストだそうだ。
海鮮丼の情報源は、いつの間にかお義母さんたちと仲良くなったアムールで、サンガ公爵は一応止めようとしたらしいが、王都で食べたことがあるのを何故言わなかったのかと責められ、公爵からも俺に頼むように言われたそうだ。
俺としては作るのはかまわないのだが、一部品切れもしくは品薄のものがあるので、いつもとは少し違った形になると断ったが、お義母さんたちはそれでもかまわないとのことだった。なので今回はじゃんけんによる争奪戦は無しにして、最初から具材を一人分ずつ小皿に分けて出すことにした。じゃんけんが一番盛り上がる要素ではあるが、下手すると敗者には自分の苦手な具材ばかり集まる可能性もあるので、生魚をほとんど食べたことが無いというお義母さんたちには、最初はこのやり方の方がいいのかもしれない。後、生魚が駄目ということも想定して、ナミタロウが捕ってきたマスを焼いてほぐしたものや、川エビや川魚のてんぷらなども用意したのだが……お義母さんたちは生魚も平気そうに食べていたので、今度やるときはいつも通りの方法でもいいかもしれない。
サンガ公爵SIDE
「今回の海鮮丼も美味しかった。それにしても、マスを焼いてほぐしたものがあそこまでお米に合うとは思わなかったね」
夕食を終え、テンマ君たちと少し話した後でそれぞれの部屋に戻ったと後で、私は妻たちと自室でくつろいでいた。その中で出るのは、主にテンマ君の話だ。
上の姉二人の婿とは違い、貴族としての縛りが無いテンマ君は腹の探り合いをしなくていい分、気が楽だ。それに多少無理を言ったとしても、貴族的な『貸し・借り』を気にすることが無いのもいい。まあ、無理が過ぎればテンマ君もいい気はしないだろうが……テンマ君が怒る基準は、アルバートや他の二人を見ていればある程度分かるので、それを念頭に置いて接すれば酷いことにはならない。もっとも、酷いことにならないというだけで細かな仕返しはされたりすることもあるが、親しい仲でのおふざけと言った感じなので気にはならない。せいぜい、お茶やお茶菓子などのランクが下がるくらいだし。
「そう言えば、君たちはよく生魚を食べることができたね? これまで、ほとんど食べたことが無かったんじゃないかと思うんだけれど?」
生魚自体は、たまに南部料理として出す店を見かけることもあるので、全く食べたことが無いというわけではないけど、公爵領や王都は基本的に魚と言えば川のものだし、川魚は火を通さないと危ないと言われているので、公爵領や王都周辺ではよほどのことが無いと生で食べることは無い。なので、三人が躊躇なく生魚を口にしていた姿を見て少し驚いていたのだ。
「抵抗が無かったと言えばうそになりますけど、流石にリクエストした私たちが嫌がる素振りを見せるのは失礼に当たりますから」
「それに生魚だけではなく、半分くらいは火を通したものがありましたし、アルバートやプリメラが何度も食べているということですから、よほどのことが無い限りは大丈夫だと思っていました」
「臭い消しのハーブやスパイスもありましたから、生でも食べやすかったですよ。正直、昔食べた南部料理が生臭かったので多少の怖さはありましたが、前に食べたものとは雲泥の差がありましたね」
確かに、巷にある南部料理を謳っている店が出すものとは、全くの別物と言っていいだろう。まあ、南部出身のアムールが言うには、「そこら辺の店の南部料理は、形だけ真似た偽物でまずい」ということだから参考にならないとのことらしいし、テンマ君の料理はとても美味しいけど南部のものとは微妙に違うとのことだから、『南部料理を参考にしたテンマ君のオリジナル』とも言える料理なのかもしれない。
「料理もだけど、テンマ君がユニコーンを退治してくれて助かったよ。もしテンマ君たちが遭遇しなかったら、どれくらいの村が被害にあっていたことか……それこそ、子爵領の倍以上の被害は出ていただろうね」
「そうですね。悔しいですが、例え公爵家の騎士団が討伐に向かったとしても、三頭のユニコーンが相手では退治するのは難しいでしょう。恐らくは、追い返すので精一杯かと」
言葉とは違い悔しそうな様子が見えないオリビアの言葉に、カーミラとグレースも同意していた。
確かに、いくらユニコーンが強力な魔物とはいえ、サンガ公爵家の騎士団がそう簡単に後れを取るとは思えない。ただしそれは、ユニコーンが一頭だけだった場合の話だ。
一頭のみが相手なら、騎士を百人程向かわせれば多少の被害は出るだろうが討伐は出来るはずだ。それに百人いて一頭ずつで三連戦なら、被害は大きいだろうが勝てないことも無いだろう。だが、三頭同時となると話は違う。三頭同時ならば、最低でも五百は向かわせないと討伐はできないだろう。三頭を分断することができれば、百ずつの計三百もあれば倒せる計算になるだろうが、敵の数が増えれば計算通りには行かないだろうし逃走される可能性も高まるから、やはり五百は必要だ。
「騎士の数を増やせば行軍に時間がかかり、絞れば負けは必至……オリビア、カーミラ、グレース、先に言っておくが、もし仮にサルサーモ伯爵家とカリオストロ伯爵家、そしてオオトリ家を天秤にかけどれかを味方につけ、残りを敵にしなければならないとなった場合、私はオオトリ家を取るだろう。それが例え、実の娘と孫の命を危険に晒すことになろうとも」
公爵家の騎士五百で倒せるか分からない相手を、テンマ君はたった一人で倒すのだ。しかも、圧倒的な力の差を見せつけて。そして、オオトリ家にはテンマ君と同等に戦えるマーリン様もおり、さらには南部子爵令嬢で王国でもトップクラスの戦闘力を持つアムールまでいる。親の情としては娘だけでも助けたいところだが、公爵家全体のことを考えるとテンマ君を敵に回すことは極力避けなければならない。
「確かに、守るものが少ないのに少人数で公爵家に匹敵する戦力を持つオオトリ家を敵に回せないのは分かりますし南部のこともありますから、公爵家のことを考えれば伯爵家を捨てるというのは分かります……が、そうなった場合、私は単独ででもサルサーモ伯爵家の為に動きます。その結果、レイチェルと孫を助けることができないとなれば、私は娘たちのそばにいたいと思います」
「私もカーミラと同じ考えです」
カーミラとグレースは私の考えを理解しながらも、もしもの場合は公爵家を離れる覚悟があると答えた。二人が答えている間、オリビアはずっと黙ったままだ。恐らく、 公爵家嫡男(アルバート) と オオトリ家正室(プリメラ) が見捨てられることは無いと分かっているからこそ、自分に発言権は無いと判断したのだろう。
しばらくの間、私たちの間には暗く思い雰囲気が漂っていたが、
「そろそろ、わざと重い空気を出すのは止めようか?」
「そうですね。あまり顔に力を入れすぎると、小じわが増えてしまいますし」
「ええ、そうね。あまりやり過ぎるとストレスが溜まるから、そろそろ辞め時ね」
「今のところ実際に起こるとは思えないし、起こりそうになったらアルバートに頑張ってもらいましょう」
暗く思い空気を散らすように陽気な声で言うと、三人も明るい声で話し始めた。
たまにおふざけ半分でやることだが半分は真面目な話なので、たまにだが今日のように本当に空気が悪くなってしまうことがある。
そんな時は、誰かの合図で空気をリセットするようにしているのだ。まあ、そんな日の夜は妻たちが甘えてくるので色々と大変なのだが……そう言えば、アルバートが出来た時も、こんな日だったような気が……
などと思い、チラリとオリビアを見ると、彼女も私を見ながら微笑んでいた。まあ、流石に最近は添い寝するだけなので、第五子誕生ということにはならないだろう。多分……
サンガ公爵SIDE 了