軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

348話 代償

「弩弓砲、撃て!」

人の背ほどもある巨大な鉄の槍が陸王亀目掛けて撃ち降ろされた。

「次弾装填、急げっ」

一本は外れて甲羅に、もう一本は頭部の装甲に刺さってはいた。陸王亀は頭を引っ込めたまま何事もないように、城壁に向かって歩を進めていた。頭は装甲によって完全に覆われ、弩弓砲が当たったとしても効果がどれほど期待できるのか。こうして実戦で運用してみると命中率にも問題があった。動く的だし狙った場所に当たったとしても、陸王亀が大きい動きをすれば簡単に数メートルずれてしまうサイズなのだ。大型の固定砲台ゆえの狙いの調整の手間もあった。射手が悪いわけでもない。

それでも他に攻撃手段もない。俺たちも鉄矢で足を狙ってみるも、足も装甲がつけられているし、当たったところで効果あるのかないのか。陸王亀の進行はやはり止められなかった。

かなり無理をした師匠の様子や、邪神に籠絡された挙げ句あっさりと倒されたソロモンの末路に思いを馳せる暇もない。

弩弓砲の発射準備は滑車を使い手動で行う。兵士たちは必死に次弾の準備をしているが、あと一回か二回が限度。あまり城壁に近寄られてしまえば弩弓砲の狙いがもう頭部には届かない。

剣士の決死隊を出す案は却下した。すでに城壁下は魔物だらけでたとえ辿り着けて陸王亀を倒せても、戻ってこれない。いくら強くても一〇倍二〇倍の敵に押し込まれてはどうしようもない。成功確率すら危うい、犬死になりかねない。

「マサル様、これを……」

それでもせめて敵を減らそうと矢を放っているとエルフから声をかけられた。手にした瓶を持って俺へと差し出している。このエルフは俺が帝都から戻ってきた時に連れ帰ったエルフだ。千年計画の重要な研究員で避難すべき人員だと判断された者だ。このエルフも俺の軽率な判断が……だがそのような思いは次の言葉で吹き飛んだ。

「ニトログリセリン、だと思います」

自信なさげなのは錬金術で合成したものだからだろう。それでも研究員が言うからにはこれはニトログリセリンかそれに類するもので間違いはないはずだ。

「どのくらいの威力がある?」

「魔物一体くらいであれば確実に。この程度しか作れなくて申し訳ありません」

たった一瓶だけできたコップ一、二杯分のニトログリセリン。だがこれが安定して作れるようになれば、もはや魔法を封じられることなど怖くなくなる。

「量産はできそうなのか?」

今聞いても無駄と思いながらも聞かざる得なかった。せめて一カ月早く作れていれば。

「たまたまできたもので、今のところこれはまだ私しか作れないんです」

だからこそ何かの役に立つだろうとエルフの里へ戻ることを望んだようだ。そうして魔物が攻めてくる中で試行錯誤をしているうちに、アンチマジックメタルの攻撃を食らってしまった。

誰も魔法がこれほど完璧に封じられるとは想像すらしなかったのだ。今回の戦いを誘発したのが俺だとしても、遅かれ早かれエルフの里は同様の攻撃を食らって壊滅していたことだろう。むしろ俺の介入でエルフの里の防備が尋常ではないほど強化されて、普通では突破が困難になって寿命が伸びたまであった。

「これはとても重要な成果なのは理解しているな? もし今回の戦いを生き延びられれば……いや。俺がなんとかする。だから最優先で量産できるように努めて欲しい」

俺に預けられたニトログリセリンはアイテムボックスに仕舞った。陸王亀はもはや城壁のすぐ側まで迫ってきていた。歩く地鳴りが城壁の上まで聞こえるほどだ。多少の爆発じゃ倒せないだろうな。せめて口にでもぶち込めれば。しかしそれも首を引っ込めたままではどうしようもない。

エルフの里には一〇台の弩弓砲が配置してあった。本来であれば魔法で簡単に移動ができて、すべてで攻撃できれば陸王亀を止められた公算は高かった。誤算だったのは陸王亀のサイズが今まで見た中で最大級だったのと、魔法が使えなくなったことだ。防衛計画自体は悪くなかったし、そもそもが魔法が通用しない場合の予備兵器の扱いだったのだ。一〇台でも多いくらいだと考えられていた。

「はしごの準備を頼む」

そう言って俺はロープを腰に結びつけてもらう。アイテムボックスにガソリンのでかいタンクが収納してある。それを投下するのだが、アイテムボックスの射程は短い。できるだけ陸王亀を引き付けてからはしごを横に伸ばして陸王亀の上、できるだけ体の中心部へと一度にぶちまけてやるのだ。頭付近だけ燃やしてもさっさと後退されて失敗なんてことになったら、今度こそ打つ手がなくなってしまう。

はしごは鉄筋を組んだもので長く伸ばすと強度の問題がありそうだったが、腰に結んだロープを持っておいてもらえれば落ちても引っ張り上げてもらえるだろう。

「できるだけ引き付けてからだ」

陸王亀が堀へと前足を突っ込んだ。埋められたとはいえ、不安定な足場に陸王亀の足が沈み込む。しかしその程度では足は止まらない。体を傾けながらもぐいぐいと城壁へと迫る。

「やってくれ!」

おおおおおー、と力自慢たちがはしごを押し出していくのを必死で捕まる。無様だが落ちなければいい。

「限界です!」

その声にアイテムボックスからガソリンタンクを投下する。

「引っ張ってくれ!」

そう言いながらも投下されたガソリンタンクが落下の衝撃で壊れ、ガソリンがしっかりとぶちまけられたのを確認する。俺が引き戻されている間にも用意されていた火炎瓶がいくつも投下されていく。

「よしそろそろいいだろう。やってくれ」

戻って落ち着いたところで待ち構えて火矢担当にそう告げる。

気化したガソリンは一気に燃え上がった。陸王亀の上半身部が炎に包まれる。陸王亀の頭部近辺には弩弓砲で開いた穴が数カ所ある。気休めかもしれないが甲羅を貫通して少しは体内を少しは燃やしてくれるかもしれない。

そして呼吸によって陸王亀の肺にまで達したガソリンにも引火し、肺を焼くはずだ。そうなればたとえ死ぬまで至らなくとも当分は動くことすらできなくなる。

陸王亀が首を伸ばし、空気を求めてか必死に首を振る。熱に焼かれて苦痛の叫びを上げながら首を大きく上へと伸ばす。ようやく出た首だが弩弓砲では近すぎてもう狙えない。

すぐ近くに大きく開いた口。ニトログリセリンがあったな。瓶を取り出して、よーく狙って……ここだ! 投げた瓶は無事陸王亀の口内へと飲み込まれ、そうしてポンッというくぐもった音がした。

ダメか。そう思ったが陸王亀の首が力なく燃え盛る炎の中の中に沈んでいく。

倒せたか? しかしやっと一頭。ガソリンタンクもニトログリセリンももうない。備蓄してあった火炎瓶はまだあるはずが、陸王亀を相手にするには弱すぎる。そして陸王亀があと二頭、エルフの里へと近づいて来ていた。そっちはまだ時間があるがどうしたものか。弩弓砲や火攻めはもうバレて対処されるだろうし、魔物の数が多すぎて城壁外へ打って出るのは論外だ。

「マサル様、魔物が城壁への足場を積み上げています」

見に行ってみると堀を埋めた勢いで、そのまま土や岩、仲間の死体までも積み上げ、城壁への足がかりにしようとしていた。圧倒的な数での人海戦術だ。すでに半分以上の高さになり、勢いづいた魔物たちは積み上げるペースを加速しているのだという。

むろん城壁上からも攻撃している。しかし魔物は仲間の損害などものともしないし、その作業は至る所で行われていた。俺たちが城壁内部に引きこもっている以上、それくらいしかすることがないのだろう。

「どのくらいで届きそうだ?」

「四半刻……もっと早いかもしれません」

三〇分か。積み上がって城壁上に取り付かれれば陥落はもう時間の問題だろう。実際に積み上げる作業の妨害すらろくにできていないのだ。数が違いすぎる。

それでもできることはやるべきだ。眼下に大岩を五個ほど投下して作業している魔物を押しつぶす。そうしておいて、ロープを手に積み上げた足場に落下の勢いを殺しながら飛び降りた。

「収納!」

反応がない。もう一度、収納!

ダメだ。失敗した。アイテムボックスへの収納ができない。

「引っ張り上げてくれ」

サティや弓使いたちが援護してくれているが、すぐに魔物たちが再び這い上がってきている。ぐいぐいとロープが引き上げられ、無事に城壁へと戻ることができた。

なぜ失敗した? アンチマジックメタルは俺のアイテムボックスなら問題はない。だとすると地面という判定だからだろうか。それともこちらのほうがありそうだが、積み上がった足場の中に、瀕死のまま、それでもまだ生きている魔物が居たか。

もう一度試すか? しかし……

足場は一カ所ではない。報告では一〇カ所以上。そして二頭の陸王亀。

エリーたち救援は来ない。エルフの里の状況にまだ気がついていないか、それとも俺たち同様、アンチマジックメタルの粉末を食らってしまったか。

どちらにせよもはや猶予はない。

「少しでも時間を稼げ。城壁への侵入を許すな」

そう周囲の兵士に言っては見るが、返事が鈍い。みな絶望的な状況だとわかっているのだ。

「心配するな。俺に秘策がある」

浄化の本質とは術者が汚れと認識した物質の消滅。それは砂塵やホコリのようなものも含まれる。

禁術とは代償と引き換えに行われる神の奇跡だ。そして神の力はアンチマジックメタルをも問題としない。

『アンチマジックメタルの粉末は代償と引き換えに浄化できるか?』

城壁の隅へと引っ込み、日誌にそう記すとすぐに返事が書かれた。

【可能である】

『その代償は?』

【山野マサルのすべてを捧げよ】

すべて。ああ、くそ。

『もし俺とサティだけが脱出して生き延びた場合、この戦いの行方はどうなる?』

【人族の三分の一が死に、千年計画は完遂されない】

やはり救援は来ない、間に合わない。このままではエルフの里は陥落する。そして千年計画が失敗すれば人族はたぶん敗北する。やはりエルフの脱落はどうあっても防がなければならない。

『狭い範囲、たとえば俺とその周辺だけ浄化はできないか?』

そうすれば代償は少なく済むはずだし、俺の魔法だけでも復活すればそれでこの戦いに勝てるはずだ。

【その場合も山野マサルのすべてを要求する。それは圧倒的な劣勢を覆し、エルフの里を救うための代償である】

つまり浄化の効果範囲の問題ではなく、エルフの里の敗北を覆す介入行為であるという認識なのか。エルフの里を救いたいなら、どうあっても俺のすべてが代償として必要であるのだと。

<<<君がここで死ぬことはない。今からでもうちに来なよ。魔族サイドは君を歓迎するよ、勇者君>>>

なんだこれ? 邪神が介入してきているのか? 気になるが相手をしている暇はない。

「ごめんよ、サティ。ここでお別れみたいだ」

<<<ちょっと聞いてる? 僕たちが勝ってたはずなんだ。それを上からの介入で覆すなんて卑怯だとは思わないのかい?>>>

【代償は釣り合うものだ。ゲームの規約には反しない】

元ニートの俺がずいぶんと出世したものだ。俺の命でエルフの里すべてと交換できるなんてな。

『俺は敬虔なる神の信徒だ』

「わた、わたしが代わりに……」

横から日誌のやり取りを覗き込んでいたサティが言う。

「俺じゃなきゃダメなんだ、サティ。ごめんよ」

代償は釣り合うものだ。俺からすればずいぶんとお得な取引だ。

「サティ、俺はこっちにきて楽しかった。ずっと幸せだったよ。ずっといっしょに居てやれなくて、約束を守れなくてごめんな」

名残惜しいが長々とお別れをしてる時間ももうない。俺が少し時間をかけるだけで、城壁のどこかで死傷者が出る。日誌を閉じてアイテムボックスに仕舞う。他にも方法はあったかもしれない。しかし今はもうこれ以外の手は思いつかなかった。

「今から大規模浄化魔法でアンチマジックメタルを除去する! 魔法が復活し次第、即座に反撃に移れ!」

お願いします、伊藤神よ。

「戦士たちよ! 人族に勝利を!」

体が光に包まれる。サティの顔がぼやける。ああ、俺も泣いているのか。眼の前のサティに手を伸ばす。最後にせめて――

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伸ばされたマサル様の手は、わたしに届く前に消えてしまった。マサル様の姿は完全に消え失せ、その匂いすらここには残っていなかった。

「シャルレンシアさん、泣いてる暇はありません。攻撃を始めてください」

マサル様はもう居ない。

「は、はい。サティ様」

リリア様は……呼ぶまでもなくこっちに飛んで来てくれた。ティリカちゃんやお師匠様も一緒だ。

「アンチマジックメタルの粉がすべて消えたぞ。一体何があったのじゃ?」

「マサル様がその命を代償に、神の奇跡を起こしました」

リリア様の問いに自分でも驚くほど冷静にそう答えられた。

「そうか。そうか……」

「人族に勝利を。それがマサル様の最後の言葉です」

「そうじゃな。妾は航空機で打って出る。シャルレンシアとティリカはこのまま里から攻撃をせよ」

周囲では魔法の復活に気がついたエルフたちが、これまでの鬱憤を晴らすかのように魔法攻撃を開始している。

「リリア様、わたしも護衛に付きます」

神の奇跡によりエルフの里と周囲のアンチマジックメタルは消えたはずだが、まだ魔物が持っているかもしれない。再びアンチマジックメタルの攻撃を食らった時、航空機に乗ったリリア様がエルフの里の生命線となる。

「お師匠様はティリカちゃんの護衛をお願いします」

泣くのはあとでもできる。今はマサル様の最後の言葉を――