作品タイトル不明
304話 帝都剣闘士大会、決勝初日
剣闘士大会の決勝は二日間に分けて行われる。予選突破者とウィルのような免除を合わせて六四名が出場し、初日は八名にまで絞られる。八つの組に分けられ、そこで三回勝てば本決勝進出だ。
その組み合わせは朝に発表されるのだが、ウィルとフランチェスカの対戦はないことが最初から決まっていた。
もともと優勝候補同士が潰し合わないよう、決勝初日は運営が組み合わせを決めている。その代わり明日の本決勝の八名は当日の朝にくじ引きで抽選を行い、その日の相手を決める。賭けがあるから公平性もそこそこ重視されているようだ。
初日は試合数が多くなるから闘技場には舞台が二箇所作られ、同時進行で試合が進められ、ウィルの出番は初戦。フランチェスカは午後からの部になるようだ。
一戦は五分かせいぜい一〇分くらいだろうか。一つの組は七戦なので進行が早ければ一時間もあればウィルの試合は終了するはずだ。賭けの結果もすぐに出る。
「ウィルの倍率は五倍くらいか。おいしいですね」
ウィルに金貨一枚だけ賭けておく。ウィルの腕なら一倍台でもいいはずだが、予選免除での決勝進出がコネとでも見られているのだろうか。八人のトーナメントで三番人気らしい。
もらった組み合わせ表にはちゃんとウィルが優勝候補の筆頭で、剣聖の直弟子で実力は卓越しているとかヒラギスで活躍とかも簡単に書かれているのだが、あまり信じられてはいないようだ。
「それでウィルフレッドは勝てるのか?」
光栄にも俺の席は王家観覧席の帝王陛下のお隣である。まったく有り難くない。他の皆はすぐ横にある貴賓席である。
「ウィルは強くなりましたよ。この大会が終わったらソードマスターですね」
驚くことにウィルもゾーンを習得することに成功した。俺の考えた通りに探知スキルでの情報の過負荷が鍵だったのかもしれないし、追い詰められて思わぬ力を発揮したのかもしれない。たぶん両方だな。
「ただ、以前はフランチェスカのほうが強かったですからね。この短期間でどれくらい差を埋められたか……」
昨日の時点では五分五分くらいには思ってたが、ゾーンで動きは上がったはずだ。だがそれも昨日覚えたばかりでどれほど活用できるか未知数である。
それに向こうはホーネットさんと軍曹殿がみっちり指導していたのだ。こっちには師匠がいるが、修行にはあまり口出ししないし、直接の指導役はやる気のあまりないデランダルさんである。
俺たちは忙しいからあんまり修行には付き合えなかったし、ウィルはウィルで帝国での俺たちの代理人として一時期動いていたせいで修行の時間を結構削られていた。
それで大丈夫か、本当に勝てるのかすごく心配になってきた。
「陛下はウィルが負けたほうが都合がいいんじゃないんですか?」
「勝ったほうがいいに決まっておろう」
勝ったほうが嬉しいが、負けてもウィルはヒラギスに婿入りして役に立つ。そういうことか?
「ウィルが負ければ本当にヒラギスに婿入りさせるんですか?」
「一度決めたことだ。それに勝てるのであろう?」
勝手に決めたことだな。お陰で結果が出るまでヒラギス大公家は動くに動けなくなった。迷惑な話だ。
「ウィルはフランチェスカにガチ惚れしてますからね。負けて一緒になれないなんてことになったら一生恨まれますよ?」
勝てるとは思うが一応保険をかけておこう。一生恨まれると聞かされても帝王陛下は涼しい顔だ。
「だからどうしたって顔ですね? そもそも帝国のためなんでしょう? 嫌々ヒラギスに行って帝国に喜んで協力しようって思いますかね?」
「ではどうしろと?」
「勝てばいいとして、負けた時です。ヒラギスに婿入りは仕方ないとして、フランチェスカにも求婚することを許してやりましょう」
帝王陛下はさほど興味がなさそうに聞いている。
「正妻はヒラギス女大公陛下ですから、側室ってことになりますが、それでもフランチェスカがいいと返事をするなら認めてやればいい。ウィルは陛下に感謝しますし、誰も困らない」
フランチェスカも嫌なら断ればいいだけだし、たぶん断らないと思う。帝国の王子との婚姻は良縁だし、認めるくらいの剣の腕もある。
まあそれで振られたならウィルも諦めてヒラギスに行くだろうし。
「ウィルフレットのためを思えばヒラギスに入れた方がいいのではないか? マサル殿もそのほうが都合が良かろう?」
「本人にその気があればいいでしょうけどね」
確かにウィルがヒラギスの王配となれば、獣人の領地の運営は助かるだろうが……
「俺の仲間なんてやってると、いつ何時、何が起こるかわからないんです」
ヒラギス奪還作戦とか結構ギリギリだったしな。俺とずっと居ると、今後もそんな状況には何度も出会うだろう。
「だったらせめて好きな人と添い遂げる手伝いくらい、安いものでしょう?」
「マサル殿は勇者なのだろう?」
だから人族に勝利をもたらす、ウィルが死ぬなんてことはないだろうと? しかしそれは魔物に対抗するための旗頭として便利だから、仮にそう名乗っているだけだ。
「最後に勝利できるかどうか。それだけが本物か偽物かの判断材料です。俺はまだ勇者と名乗っているだけの、言わば紛い物にすぎません」
負けた勇者などゴミ以下だ。こうして偉そうに帝王陛下の横に座って、各方面に協力をさせている分、失敗した時の被害は計り知れない。
「おっと、始まるようですよ?」
審判が対戦者を読み上げる。ウィルフレッド・ガレイ、冒険者。
そうして舞台に上がるウィルに会場がざわめく。一組目の第一試合ということでただでさえ注目が集まっているところに、ガレイの名だ。ガレイ帝国においてガレイは王位継承権を持つ者を示す特別な名だ。
今日のウィルはちょっとしょぼくれてる。今朝も調整のために剣を振って疲労の色が見えるし、連日の修行でボロボロになった革装備は交換、調整する時間も惜しかったらしくそのまま。ビエルス、ヒラギスと厳しい生活を送っていたせいですっかり余分な肉が落ちたせいで細く見えるのもあって、正直王子様にはまったく見えない。名も知らぬ対戦相手の剣士のほうがよほど立派で貫禄があるな。
それで始まるかと思ったらまだ始まらないみたいだ。ウィルの相手が審判となにやら話し合っている。
「王族と戦って大丈夫なのかって言ってるようですね」
相手は平民か。平民が貴族に剣を向けるというのは重罪、下手したら即処刑だ。フランチェスカもウィルが王子だとわかった時は青くなってたものな。
剣闘士大会は純粋に剣技を競う場だとしても王族相手に本当に大丈夫か、心配になったというところか。鉄剣をガチンコでぶつけ合うのだ。治癒術師が待機しているから死ぬことは滅多にないにしろ、その危険は大きい。
これは剣術の大会だろうと言ったところで、身についた恐怖心というのは簡単にはなくせない。たかが大会で命を賭けたくないし、帝王陛下自身もこうして観戦しているのだ。その不興は買いたくないということだろう。
「王族ってこんな大会に出ないんですかね?」
「ふうむ。歴とした王族ということなら近年はおらんかったな」
我が家は魔法使いの家系なのだと帝王陛下は言う。そういえばウィルもそんなことを言ってたな。腰に剣はあっても儀礼的に下げているだけで、何本もあるオリハルコンの剣も宝物庫に死蔵されていたくらいだ。
相手が王族でも大丈夫だという前例がないのか。貴族くらいいくらでも出場しているだろうに、しかし王族、それも王位継承権持ちともなると格が違うんだろうか。
「そういえば例の魔力のやつはどうなったかな?」
魔法使いの言葉で魔力開発法のことを思い出したのだろう。そう尋ねてきた。
「一組目はお披露目に間に合いそうですよ。ただ思ったより習得に時間がかかってて、最初はかなり受け入れを制限しないとダメでしょうね」
施術者を作るのも大変だし、生まれた施術者も初心者だ。神殿も最初は自分のところの人員を増やしたいだろうし、エルフの里への一般希望者の受け入れは当面やる予定はない。
「しっかりとした態勢が整うには一年くらいは見ておいたほうがいいですよ」
ウィルが剣士の誇りを賭けてとかカッコいいことを言っているが、それでも相手は完全に腰が引けて棄権するって話になってるな。王子といってもまだ一七、八の若造だ。言葉に重みがない様子だ。
「陛下、何か言ってやったらどうですか?」
そう言って簡単に事情を説明する。いい加減試合を始めてほしい。
「試合一つに面倒なことであるな」
「しかしそれで身を立ている者にとってはすべてであるのでしょう」
そうだなと帝王陛下が頷き立ち上がった。舞台から少し距離があるので、選手たちを呼び寄せる。
「聞けい。そも、この大会は帝国において純粋に剣技を競い、優秀な剣士を見出すためのもの。そこに剣の実力以外の地位、優劣は存在してはならぬし、得られるのは勝利の栄光。負けて恨むなどあってはならぬこと。剣士としての誇りのみを賭けて思う存分に戦うが良い」
その言葉に膝をついた一同が頭を下げる。
「とはいえ、何もないでは王族の相手は面倒であろう。ウィルフレッドを討ち取った者には褒美を取らそう」
討ち取ったって。さしずめウィルは大将首か。そして敵方の王族を討ち取ったとあれば金一封どころか領地がもらえそうだ。
「我が孫も優勝候補の一人らしい。ならば勝った者には優勝者と同じ賞金か、それに見合った何かということにしようかの」
その言葉に帝王陛下に前に跪く一同が色めき立つ。
「だそうだ。さあ立て! 試合を開始せよ!」
俺も帝王陛下の横に出てそう号令をかけた。
それでようやく試合が始まった。つっかけてくる相手の剣をウィルは冷静に受ける。一合二合三合。そうして一閃。
あっという間に決着はついた。
「調子はいいみたいですね。冷静だし緊張もしていない。今日の相手なら敵じゃないでしょう」
そう帝王陛下に軽く解説をする。それよりも気になるのは第二試合場のほうの選手だ。帝王陛下の呼び出しで一緒に来ていたが、やたらとでかい獣人がいた。ブルーブルー並の体格だ。
組み合わせ表によると名前はエルゴーか。傭兵で怪力無双と書いてある。しかし獣人らしく身のこなしも滑らかで単純な力自慢とも見えない。
本決勝は相手にしっかりとダメージを入れて倒す必要がある。そうなるとでかくてタフな剣士は圧倒的な優位に立つことになる。
舞台に出てきた。対戦相手は絶望的な表情だな。
試合開始直後、獣人が振った剣を迂闊にもまともに受けた対戦相手が場外にまで吹き飛んだ。軽く振ったように見えたが、怪力無双の二つ名通りのパワーがあるし、剣の振りもしっかり形になっている。
どの程度の腕かは一撃で終わったし観客席からでは遠くてはっきり探れないな。巨漢の獣人エルゴーは自分の対戦相手より第一試合場のウィルが気になるようだ。褒美と優勝賞金の二重取りは美味しいと、ウィルには注目が必要以上に集まっている。
ウィルは無難に第二戦も勝ち抜き、エルゴーも二戦目は反省して寸止めを試したようだが、相手の剣ごと腕が折れていた。あまり器用なほうではないようだ。
そうして初日の決勝戦。ウィルは多少の打ち合いを演じている。何を加減しているのかと思ったら、ゾーンを試したようだ。一瞬動きが良くなって相手を仕留めていた。もう使いこなしてるのか。
エルゴーも相手を圧倒して勝利。明日当たることになれば、結構な難敵になりそうだ。
「じゃあ俺はこれで戻ります」
帝王陛下のそう断って席を立つ。フランチェスカの試合も見たかったが、この分ではどうせ圧勝だ。明日の楽しみにとっておこう。
みんなのいる貴賓席へ行き大儲けじゃと喜んでいるリリアに声をかけて、エルフの里へ。今日も千年計画の指導監督である。ウィルはさすがに観戦していくらしい。付き添いにデランダルさんも付いてるし、ギュンターさんもいる。明日の準備は調整はお任せして問題はないだろう。
基礎知識の教本の予備原稿が上がっているからおかしな部分がないかチェックをして修正をする。午前中もやっていたのだが、おかしく感じる記述がいくつもあった。それを修正してまたチームに投げて修正し、徐々に完成に近づけてもらうのだ。
この世界で初となる科学の解説書だから責任は重大だ。間違いがあっては大変と、念入りに確認をする必要があるのだが、教本を作っているメンバーは優秀だ。俺が自分でやるより一〇倍よくまとまっている。これなら堂々と世に出しても恥ずかしくない出来栄えになるだろう。
あとは簡易版の教本が作れないかと考えている。一般への配布用としてだ。たとえば地球は丸いとか、この世界にあるモノはすべて原子や分子でできていますよとか、難しい部分は省いた教養本みたいな物だ。
しかし情報漏洩が怖い。魔物側に俺たちが何をしているか知られるのはまずいから、どの程度の情報に抑えるのか、しっかり考える必要がある。まあそもそも一般に配布するには紙の量産待ちだ。
それと石油精製装置の改良版だな。完成していれば、そちらの稼働も試したい。
「そういえば、あのでかい獣人、師匠はどう見ました?」
手を動かしながらふと師匠に尋ねるとすぐに返事がきた。
「剣は我流のようだな。ウィルが油断せねば問題ない相手であろう」
やはりその程度か。
「ビエルスに連れ帰って鍛えてやれば、ブルーのいい遊び相手になるかもしれぬな」
師匠はあまり興味がなさそうだ。そりゃそうだ。ずっと俺に付いて護衛をしているのだ。新しい弟子を見る余裕などない。
しかし獣人だ。ヒラギスには強い剣士ならいくら居てもいいし、試しにスカウトしてみるのもいいだろう。
そうして翌日。剣闘士大会は午後からとなっている。今日も賭けておくかと組み合わせ表をもらってチェックする。ウィルは九倍か。相変わらず人気がない。フランチェスカのほうが人気があるな。見た目がいいし、王国の剣闘士大会で優勝した経験に加えて剣聖の弟子というのもあるのだろう。
一番人気はエルゴーである。わかりやすく強そうだもんな。
午前中に行われた抽選の結果、ウィルとフランチェスカは決勝で当たることとなったようだ。エルゴーはフランチェスカの山のほうだ。フランチェスカは負けそうにはないが、多少とも体力を削ってくれれば有り難い。
「イオンが、というよりレーダが話があるようじゃぞ」
リリアがそう言って貴賓席のほうにやって来て俺に声をかけてきた。特に内密の話でもないようなのでその場でレーダに話させた。
「本決勝の出場者にソロモン・ライトマンという光輪流の者がおります」
レーダはイオンの護衛で光輪流の剣士だ。それで同門の者が出場していたと教えに来たのだろうが……
「それのどこに問題が?」
組み合わせ表によると一回戦のエルゴーの相手だ。まさか師匠に向けての刺客でもあるまい。師匠は心当たりがあるようで、レーダに尋ねた。
「ライトマン、宗家の者か。強いのか?」
「継承者です。光輪流で最強だと言われておりました」
レーダやトニエラが修行をしていた時はすでに道場には居なかったそうで、さすがにその強さの程度はわからない。しかしレーダやトニエラでは勝てないレベルなのは確かだそうだ。当然奥義など余裕で使いこなすだろう。
「どういうことだ?」
事情をよく把握していない帝王陛下がそう聞いてくる。
「光輪流というのは神国発祥の源流の元となった剣術なんです。師匠が若かりし頃に師事して後継者候補にまでなったんですよ。つまり源流と技はほぼ同じということです。光輪流の剣士と戦ったことがありますけど、同門と言ってもいいくらい似てますね」
剣術としては源流と同格。つまり極めれば強さも匹敵するということだ。閉鎖的で一部の素質のある者にしか奥義や関連する技を伝えなかったせいもあって源流に押されて廃れたようだが、発祥の神国でその血脈は生き残っていたのだ。
何をしに帝国まで、とは聞くまでもないか。
「光輪流はまだ剣聖打倒を諦めてないんだよな?」
「宗家にとっては悲願でしょう」
そうレーダが答える。
「つまり剣聖に勝てるだけの実力になったと判断して出てきたと?」
「おそらくは……」
それで帝国に来るついでに光輪流の強さを一般に証明するためか景気づけかで剣闘士大会に出てきたと。剣闘士大会の優勝者ともなればビエルスでも顔が効くようになるだろうし。
「ウィルで勝てると思うか?」
「聞いた通りの強さなら難しいかもしれません」
ていうかこれどうなんの? エルゴーとソロモンの勝者がフランチェスカとやることになる。そこでフランチェスカが負けちゃったら? ソロモンとウィルが決勝? それでウィルが負けたら?
ウィルは優勝すればヒラギスへの婿入りは免除となる約束を帝王陛下とした。
フランチェスカとは、ウィルが勝てばウィルの求婚を受ける。負ければフランチェスカは俺たちの仲間にしてもらう。
事前の取り決めが何もかも成り立たなくなる。いや、ウィルのヒラギス入りだけが確定するのか。
ソロモン・ライトマンのこと、ウィルとフランチェスカに知らせておくか。
「ウィル。絶対優勝しろよ」
神官服を着て会場から控室へ行ってウィルを見つけてそう声をかけた。担当の神官に話をすると治療大会にも居た人だったらしく顔パスで、師匠とサティも連れて会場内部へと入れた。
「え、もちろんっすよ」
下手したらフランチェスカとの対戦もない。ウィルが優勝もできないという、意味のわからない大会になってしまう。
いきなりの俺の登場に戸惑うウィルに事情を説明する。
「光輪流継承者っすか……」
「昨日はソロモンの試合は見なかったのか?」
「一戦だけ見ましたが、苦戦してやっと勝てた感じでしたよ?」
ウィルの言葉にギュンターさんも頷く。フランチェスカの試合と時間が被ってじっくりとは見なかったらしい。
「体格も良くてそれなりにやる雰囲気はあったが、ウィルフレッド様には届かんだろうと見えたが……」
ふうむ。力を抑えているのか、レーダの言い分が間違っているのか。まあすぐにわかることだ。
「それよりフランチェスカさんが、思ったより強くなってる感じで」
他に注意を払う余裕がなかったと。
「ブルーさんに勝ったのだとか」
試合の後、少し話したのだという。
「マジかよ。ウィルは勝ったことあるか?」
ウィルも確か一日か二日ほど修行をつけてもらっていたはずだ。
「そんなのあるわけないっす!」
ブルーブルーとはガチでやると俺でも剣だけでは勝つのは難しい。あれで剣の腕も剣聖の高弟に恥じない腕があるのだ。倒したじゃなくて、恐らく一本を取ったとかそういうことだろうが……
まあいいか。俺が心配してもどうにならん。戦うのはウィルだ。
「お前は強くなった。やれることはすべてやった。自信を持て」
俺の言葉にウィルがしっかりと頷く。これは本心からだ。実際にウィルは大きく伸びた。ふと思い出して付け加える。
「そうそう。リリアが何がなんでも勝てって言ってたぞ」
「あー、俺に賭けたんすね。兄貴は?」
「昨日金貨一枚賭けて儲けたけど、今日はまだ勝ってない。リリアは手持ちのお小遣い全額賭けて、今日も昨日勝った分全額突っ込んだみたいだ」
お小遣いの範囲でやれって言ったらお小遣い全額つぎ込むとかどうなんだ。
「そりゃあ何がなんでも負けられないっすね」
しかしソロモンのオッズは高かった。ウィルとソロモンで金貨一枚ずつ賭けておくか。
それが狙いか? 師匠とやるくらいの実力を隠しているのなら、剣闘士大会ごとき赤子の手をひねるようなものだ。オッズが高くなるように弱く見せかけて自分に賭ければ大儲けだ。衰退した剣術道場など、羽振りはさほど良くもあるまい。
せこいが俺も同じような状況ならきっとやる。お金はいくらあっても困らないし、大きく賭ければちょっとした財産レベルになる。
少し心を惹かれるが、それでも賭けはほどほどにすると決めた通り、金貨一枚ずつウィルとソロモンに賭け、特等席に陣取って試合の開始を楽しみに待った。