軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

185話 束の間の休息

翌日エリーとティリカはブルムダール砦へと出立していった――

という体で、実際にはまだビエルスの道場屋敷に残っている。ゲートで一瞬だし、実際の移動は明日だ。

サティたち前衛組は夜明け前から修行に出ていて、俺が起きた時には既に居なかった。

俺はのんびり朝ごはんを食べながら、少しだけ顔を出したアンとティトスさんの近況報告を聞いていた。あっちでは養育院の運営と神殿の手伝いでかなり忙しいらしい。アンはちょっと疲れた顔をしていた。

獣人やゴケライ団の修行も特に問題もないようだ。とはいえまだ始めたばかりで、子どもたちの修行も俺たち同様、何らかの結果が出るまで数ヵ月必要だろう。

「そっちも大変だったみたいね」

「かなりきつかった」

もう何から何まできつかった。初日のエアリアル流とのトラブルから始まって、サティの一〇〇人抜きに剣聖の試練。剣聖の襲撃にブルーブルーとの戦い。そして修行。

「何にせよ今の状態じゃ修行なんて到底無理ね。三日は休むこと。いいわね?」

俺の話を聞き終えたアンはそう言い残して、ティトスと共に慌ただしくゲートで送られて行った。

アンにそう言われては仕方がない。 剣聖(ししょう) には休むと言ってあるし最低でも三日間はゆっくり休んでいることとしよう。

毎回三日は休めって言われてるのにもちゃんと理由があって、回復魔法で治すとでかい怪我や病気でもとりあえず治るからすぐに無茶する人が多く、三日は休んで完全回復させろってことのようだ。

「やっぱりわたしも残る?」

ゲートで消えたエリーたちを見ていた俺にティリカが言った。

「んー、でもエリーを一人にするのもなあ」

俺は昼間は村の屋敷で篭っている予定だ。あっちのほうがエルフの兵士がいるから安全だし、ここは来客も多い。修行の見学という案もあったが、あそこにいると休める気がしないし、休養が終わればどうせたっぷりと自分でやることになる。

それで昼間は村で邪魔されることなく休み、夜はこっちに戻ってサティたちと夕食を食べ、また朝に村に移動する。

「どうせ休むのならエルフの里にしてはどうじゃ?」

リリアがそう提案してくる。

「安全じゃし医師もおる。王宮で使用人に傅かれて上げ膳据え膳じゃぞ」

ほう。いいかもしれんな。医者はいらないけど村の屋敷だと屋敷の維持に手を取られて、俺の世話までする余裕ないだろうし。

屋敷が大きいわりに人が少なすぎだろうか。でも基本自分のことは自分でやってたからこれまで人は十分足りてたし、増やすにもお金がかかる。

「おかえりエリー。いまリリアと話してたんだけど――」

戻ってきたエリーと相談していると、探知に誰かかかった。道場に誰か入り込んできている。こそこそとした動きも怪しい。間違いなく賊だな。

「待て。侵入者だ」

「これ剣聖じゃない?」

エリーが言うならそうなのだろう。空間魔法は範囲が狭い分精密に探知が出来る。だが一応警戒しつつ誰何はしておくか。

「誰だ!」

俺の声で剣聖が食堂の窓を開け、顔を覗かせた。

「やはりお前らは誤魔化せんか」

「なんでこっそり入ってくるんですか。普通に正面から訪ねればいいでしょうに」

「ワシが町をうろつくと騒ぎになるからの」

それで隠密を活用して、普段も町を出歩いているらしい。まあ考えてみれば正面から訪ねられるより俺としては助かる。

「それで今日はどうしたんです? 俺は休むと言ってあったはずですけど」

「おお。だから暇だろうと相手をしにきたのだ」

俺より弟子の修行を見てやれよ……

「それと昨日やった薬湯は飲んだか?」

まだでした。

「俺はこれからリリアの実家ですが」

話しながら薬を飲む準備をする。小さな壺に入った粉薬をコップに一匙。お湯を注いでしっかりと混ぜる。相変わらずエグい臭いだ。

「ほう。エルフの里だったか? 一度も行ったことがないな」

当然のようについてくるつもりらしい。

「これ以上ない護衛じゃない。バルナバーシュ殿、マサルをお願いしますね」

自分の身くらい自分で守れると言いたいところだが、安全なはずの村でも結構な怪我もしてるしな。どこでも何が起こるかわからんし、師匠になる剣聖相手にあまり強くも出れない。

「むろん我が主のことだ。任せておくといい」

その設定を諦める気はやっぱないのね。もういいけど。

「エリーたちはどうする?」

薬湯をぐいっとあおって聞く。

「マサルを送ってから王都へ行って、あとは村の様子を見てくるわ。それとマサルが頼んでいた獣人用の武器とか食料がそろそろ集まって来てるだろうし、その確認と、あとはお兄様とも話すことがあるし、今日は結構忙しいわね」

今日はみんなばらばらだな。本当ならパーティを分断はしたくないんだが、効率を考えると仕方がないのだろうか。

村の運営は日常業務ならオルバさんに任せておけばいいのだが、新しい住民も増えていて開発も開墾もまだまだ途上で安定しているとは言い難い。

それに味噌と醤油造りという新しい事業も始まった。ウィスキーを作れる職人ももうしばらくすると到着するはずだ。

それだけでも村にかかりきりになってもいいくらいなのに、ヒラギス居留地のことや俺自身の修行もあるし、数ヶ月後にはヒラギス奪還作戦だ。エリー自身も実家の手伝いがある。

ちょっと手を広げすぎだな。俺の望みであるのんびりとした平和な暮らしからだんだんかけ離れているし、ほとんどの仕事を人にぶん投げても過労で倒れる始末だ。

もっと人を増やすか、ペースを落とすことを考えないとな……

エリーとも予定のすり合わせが終わってさあ出発するかというところで、また来客だ。基本居留守で相手をしないのだが、声からするとどうやらお隣さんだ。

お隣の姉妹は将来の加護候補になるかもしれないのでお相手せねばなるまい。

「おはよう。朝からどうした?」

皆で勝手口まで出て姉妹を出迎えた。

「あ、いたいた! じいちゃんがお礼を言いたいって」

姉妹の後ろに帯剣した老人がいる。姉妹の祖父でお隣の道場主か。

「ルスラン・エルモンスです。私が不在の間にこの子らが世話になったばかりか、借金の肩代わりまでしていただいて」

そう言って深々と頭を下げた。

「どうせ賭けで儲けた泡銭じゃ。気にせずとも良い」

リリアが鷹揚に言う。

「お陰様で道場生も何人か戻ってきました。お借りしたお金は必ずやお返しします」

そういってもう一度頭を下げた。

「ルスランよ。此度は災難であったな」

「お、おお。バルナバーシュ様。そうですね。ですが道場を無くしたところで我らには身についた剣術があります故、暮らしていくには困りませんし、こうやって思わぬところから助けもあります」

「しかし金の貸し借りは致し方ないにしても、他の道場を潰しにかかるとは感心せんな。もしまた似たようなことをしでかすようなら、ワシが苦言を呈していたと伝えるがいい」

「はい、バルナバーシュ様」

「師匠、やればできるじゃん」

剣聖がたった一言言えば済む簡単な話だ。

「馬鹿者。安易な口出しでカーベンディのところを潰すことになっては本末転倒であろう」

「そうですな」

影響力がでかすぎるのか。お隣さんとしても剣聖に告げ口をしてエアリアル流が潰れたとなれば、それはそれでご近所で立つ瀬がないということのようだ。

俺も少々迷惑をかけられたんだが、ちょっかいは出さないほうがいいんだろうか? ご近所付き合いってめんどいなー。

「あ、あの! け、剣聖様、わ、わたし……」

それまで黙って話を聞いていたタチアナちゃんがテンパった声を上げた。妹ちゃんはいつものようにその後ろだ。

「タチアナにカチューシャじゃな。弟子のマサルに話は聞いておる。二人とも剣士を目指しているのだったな。上で会えるのを楽しみにしておるぞ」

剣聖は優しくそう言って二人の頭をぽんぽんと叩いてやっている。

「はい! がんばります!」

上かあ。上はほんとに大変なんだぞ。いきなり襲いかかられたり、化物と戦わされたり……

「マサル兄ちゃん、ほんとに剣聖様の弟子になったんだね」

「いや、上に行ったの目の前で見てただろ?」

「でも一日で戻ってくる人も多いんだよ。わたし、マサル兄ちゃんはすぐ戻ってきそうって思ってた。だって魔法ばっかで戦ってたし……」

なるほど。

「マサルは期待の弟子だぞ? なにせブルーをもう少しで倒すところまで追い込んだのじゃからな」

まあそれもほとんど魔法だったけどな。

「ブルーブルーを!? すごい! どうやったの!?」

「あー、それはまた今度な」

剣聖の弟子になったのはどうせ知れ渡ってるし、今更口止めもないだろうなあ。まあなるようにしかならないか。

「絶対だよ!」

お隣さん一家は改めて礼を言いつつ戻っていった。

「じゃあエルフの里に行くか」

疲労はまだ全然抜けてないし、今日はもう何も考えずに休もう。

エリーのゲートでエルフの里へと移動し、三日も世話になる予定なので久しぶりにエルフ王にご挨拶をすることとなった。

エリーはゲート地点で待機していた騎士エルフさんと二言三言言葉を交わすと、ティリカを伴ってすぐに移動していった。エリーはこまめに顔を出しているので改めての挨拶はいいらしい。今日は仕事が優先のようだ。

「王様はお仕事? 会議中? 邪魔したら悪いし俺の挨拶は後でいいですよ」

「いえいえ! マサル様が顔を出せば皆様喜びます!」

王以外の他のエルフもたまには俺の顔を見たいということなのだろう。だけど今日は余分なのもいるし……

「それでこちらの方は……?」

案内してくれる騎士エルフさんがそう尋ねてくる。

「剣の師匠になっていただいたバルナバーシュ・ヘイダ殿です」

「け、剣聖!?」

「そう呼ばれることが多いな」

剣聖がそう答え、騎士エルフさんが俺のほうを見やる。帯剣してるし、王の前に連れて行っても大丈夫なのかと聞きたいのだろう。俺も武器を持ったままだが、武器は預かってからでないと王の前には通せないのが普通だ。

「剣聖殿はマサルの護衛も兼ねておる。事情もすべて知っておるし大丈夫じゃ」

リリアがそう答える。

「おお、剣聖ほどの人物を護衛にとは……さすがはマサル様ですな!」

ここでは護衛の必要もないし、今日は観光目的だけどな。

そのまま通された大部屋にはエルフ王と偉いさん達が集まっていた。リリアの親族勢やティトスパトスの父親などもいて、ほとんどが見知った顔だ。

「よくぞ参った。今日はマサルのことを話していたのだ」

エルフ王が開口一番に言う。

「ヒラギス居留地で獣人を……」

そこでようやく剣聖に気がついて言葉を切った。極秘扱いの情報もあるので、知らない人間を見て話すのを中断したのだろう。

「そちらの者は?」

エルフ王の誰何にリリアが答える。

「剣聖バルナバーシュ・ヘイダ殿じゃ。ビエルスでマサルの剣の師匠となってな。今日ここに来ると言ったらエルフの里を見てみたいと。マサルの事は全部話してあるのでそこは大丈夫じゃ」

リリアの紹介に剣聖が頭を下げ、場がざわめく。

「今日はマサルの護衛としてついてきておる。ワシのことは気にせずとも結構」

それだけ言うと剣聖は気配を薄めた。

「剣聖はおまけじゃ。実は少々旅の疲れが出てな。数日休むことになったのじゃが、たまにはここで世話になるのも良かろうと戻ってきたのじゃ」

「おお、何日でもゆっくりしていくがいい。歓迎しよう」

「ありがとうございます」

「それで話の続きであるが、獣人を集めて配下の部隊を作ったそうではないか。ここは一つ、我らもマサルを支援する部隊を作るべきではないかと話が出てな」

偉いさん方で集まってそんなことを会議してたのかよ。

「あれは成り行きで作ったというか、配下ってほどでもなくてですね? どのみち子供たちばかりで当面は使い物にはなりませんし」

「なればなおさら役に立つ者が必要であろう?」

当然ヒラギスのことが念頭にあるのだろう。

「それにしばらくは剣の修行です。作っても無駄になると思うんですが」

「だからこそ今のうちに緊急時にいつでも即応できるよう、編成と訓練をしておくのじゃ。無駄になることが気になるのであれば、普段は別の仕事を与えて必要な時だけ動かせばよい」

予備役みたいなものか。ゲートがあるからこそできる芸当だな。それに実際緊急時に使える戦力があるのは助かるが……

「まるっきり無駄になるかもしれませんよ?」

「構わぬ。備えておくことが重要なのだ」

「良い案ではないか」

俺が考え込んでいるとそうリリアが口を出した。獣人のことで前例を作ってしまっただけではない。剣聖もヒラギスでは手下とともに出てくるのは確定してるし、その時エルフだけ除け者というわけにもいくまい。

「ではよろしくお願いします」

エルフには常々世話になっているし、断る理由もない。みんなに相談も必要ないだろう。エリーあたりは喜びそうだ。

「さっそく選りすぐりの精鋭を集めねばな」

「部隊の規模はあらゆる事態を想定して――」

「移動はゲートメインなのをお忘れなく」

議論を放置すればエルフの里の防衛もあるのに、限界以上に戦力を出してきそうだ。

少人数が望ましいとだけ伝え、挨拶も済んだので昼食の約束をして退室させてもらうことにした。

「とりあえず昼までゆっくりしてよう。師匠はどうします? 俺はリリアの部屋で大人しくしてますけど」

付いて来られてはいちゃつくのに非常に邪魔である。

「久しぶりの夫婦水入らずじゃ。バルナバーシュ殿は遠慮するが良い」

リリアがどストレートに言った。

「では剣聖殿。里をご案内致しましょう」

「おおそうじゃな。頼むとしようか」

特に気を悪くした様子もなく、剣聖は俺たちに軽く手を振り連れられていった。

「これで昼まで邪魔は入らん。さて何をする?」

人目もはばからずぎゅっと体を押し付けてきて、何をするもないだろう。それに確かにリリアと二人っきりはずいぶんと久しぶりだ。そもそも王都からこっち、全然余裕なかったのもあるんだけど。

「多少の運動は血行が良くなって疲労回復にいいらしい」

軽くなら問題ないだろうし、ストレスが発散できて精神的にもいいはずだ。

「ほう。多少の運動とな。それは是非とも試してみんとな」

そのままリリアの部屋まで移動して、立派なソファーの上に押し倒された。

さてナニからやろうか? 時間はたっぷりあるし、リリアはすっかりその気だ。もちろん俺に否もない。

エルフの里での三日間はリリアが約束してくれた通り、上げ膳据え膳な上、エリーとティリカも加わって実に酒池肉林で、欠かさず飲んでいた薬湯も良かったのか、俺の体力をすっかり回復させてくれた。

だが修行をしているサティたちは日に日に消耗してボロボロになって帰ってくる。

「もう大丈夫そうね」

三日目の夜、ビエルスに戻った俺の回復具合を見て、アンが太鼓判を押してくれた。体調は久方ぶりにすこぶる良い。

「では明日からやっと修行開始じゃな」

相変わらず俺の側を護衛と称してうろついている剣聖が嬉しそうに言う。

「がんばりましょう、兄貴……がんばらないと……」

ウィルが悲壮な声で言った。おい、やめろよ。不安になるじゃないか!