軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話  アドバンセッド ポーン

「……明日にしませんか?」

箒を杖代わりにして寄りかかりつつ、ラゼットは不満を漏らす。

「もう夜ですよ。眠いです。パーティーの片づけを徹夜でやるなんて、正気の沙汰じゃありません」

ラゼットがいくらボヤいてみても、隣に立つソラは右から左に聞き流していた。

領主館には、突然の客が訪れることがある。

復興の波が広く子爵領を覆う今、難民との衝突やら、資材の売り込みやら、様々な来訪理由があるのだ。

そんな客が散らかった広間を目にすれば、ソラの評判に関わる。

「ソラ様、そろそろ眠くないですか? 眠いですよね?」

「……ゼズ、お前の嫁がうるさいぞ!」

「こっちに振らないでくれ! そうなったら、もう何を言っても無駄だ」

「眠いです。ダルいです。辛いです」

「おい、ゼズ!」

ソラはゼズにラゼットのお守りを押しつけ、積み上げた皿を持って厨房へ向かおうとしていたコルを呼び止める。

「チャフに夕食を運んでおけ」

結局、パーティーを欠席させたままであるため、チャフは食事を取っていない。

ソラの予想では今頃、部屋で凹んでいるだろう。

コルは困ったように頬を掻いた。

「……先ほど部屋に運びました。でも、留守でして」

「留守?」

ソラが首を傾げると、コルが慌てて頭を下げる。

「す、すみません。もっと早くお持ちすれば、良かったんですけど……」

「いや、別にいい。外出の理由は聞いているか?」

「護衛のフェリクスさんが言うには、気分転換したいから街に降りたそうです」

ソラは納得顔で頷いて、コルを厨房に送り出す。

コルはこれから、大量の皿を相手に一人で格闘するのだ。あまり引き留めては作業が滞る。

ソラは窓の傍に置かれた椅子に腰を下ろした。

──気分転換に散歩か。部屋で沈んでいるより、いくらかはマシだな。

町の方に視線を向ける。

眠りに入った町の静けさが遠目にも見て取れた。

パーティーの間中、立ちっ放しで酷使した足を揉んでいると、ゴージュがニヤリと笑った。

「鍛えておかなければ、筋肉痛は間違いなしでしたな」

「八歳の体を舐めるなよ、おっさん」

「言いますなぁ。明日が楽しみですな」

本当に愉快そうにゴージュが笑い声を挙げる。

火炎隊はパーティーの準備に追われて、今日の訓練が出来なかった。体を動かし足りないのだろう。

ゴージュの心情を察して、ソラは苦笑した。

「それにしても、冷え性ってのは案外──」

辛いな、とソラが言いかけた時、数枚の銀の皿が床に落ちる音が広間に響いた。

コルが転びでもしたのかと思い、広間の扉に目を向ける。

しかし、ソラの予想とは裏腹に、コルは積み上げた皿を持ったまま広間の一角を呆然と見つめていた。

コルの視線を追ったソラは、広がる光景に一瞬だけ思考を停止させ、青い顔で叫んだ。

「──どうした、サニア!?」

サニアはテーブルクロスを掴んで床にへたり込んでいる。周りには銀の皿が転がっていた。

ソラが慌てて立ち上がり、サニアに駆け寄ろうと、一歩を踏み出す。

刹那、ソラの視界が不自然に歪んだ。

人通りもなくなった夜の町、潮風がチャフに吹き当たる。

出掛けた直後より、確実に強くなった風。

チャフは眉を顰めたが、大自然へ文句を言ったところで、意味がない。

──クラインセルト子爵なら、あるいは……。

考えを払うように、チャフは頭を振った。

気分転換に出掛けたのだから、町の様子でも見て回るべきだ。

チャフは商会の立ち並ぶ地区へと足を踏み入れた。

住宅地とは違い、商会のあるこの地区は起きている者が多い。

強面の火炎隊が気まぐれに歩き回るクロスポートは少し治安が良い。

私服を着た火炎隊はどう見てもヤクザ者で、裏の人間が迂闊に踏み込めない等という噂がまことしやかに流れている。

実際は、ソラが町の有力者や各商会に働きかけ、自警団を大幅に強化した事が影響していた。

それでも、お金があれば不安になるのが人の常、商会地区には用心棒が寝ずの番に立っている。

彼らは自警団発行の実力証明書を持ち、それなりに腕が立つ者達だ。

緊急時には住民の避難誘導を行えるように、一定期間の訓練を受ける義務すらある。

──クラインセルト子爵は防災によく力を入れるな。

個人が持つ用心棒に訓練を施すなど、他領ではどこもやらない。

実力証明書も子爵領でしか通用しないのだ。

──やはり、火事場盗賊団を警戒しているのだろうか。

王都とベルツェ侯爵領に加え、今年はシドルバー伯爵領までもが被害にあった。

王国の貴族達も警戒を強めている。

チャフは“活火山”と呼ばれるシドルバー伯爵の怒鳴り声を思い出し、嫌そうな顔をした。

幼少の頃、怒鳴り声だけで泣かされたことがあるのだ。

映像としての記憶は朧気にも拘わらず、怒鳴り声だけは鮮明に耳に焼き付いている。

扱いに困る思い出をどうしようか、悩む。

「……ん? そこの娘、ちょっと待て」

チャフは通りかかった娘に声をかけた。

足を止めて振り返った娘は首を傾げた。

「何でしょう?」

暖かそうな毛糸の編み帽子から銀の髪がこぼれる。

チャフは辺りを見回した。娘が一人なのを確認して、ため息をつく。

「クロスポートの治安が良いとは言え、今は夜だ。人通りも少ない。若い娘の一人歩きは危険だ」

銀髪の娘は微笑した。

「お優しいですね。でも、ご心配には及びません。こう見えても、腕には自信がありますので」

銀髪の娘は右腕を挙げ、アピールする。

しかし、チャフは問答無用とばかりに首を振る。

「そういう訳には行かない。自警団に連絡すれば、家まで送って貰えるはずだ。少し待っていろ」

確か近くに自警団員の夜間詰め所があったはずだと、チャフが歩き出す。

銀髪の娘は初めて微笑を引っ込め、慌ててチャフの服を掴んだ。

「ちょっと待って下さい。自警団に連絡されるのは……その、困ります」

「困る? 何故だ?」

チャフは眉を寄せ、おかしなモノを見るような目を銀髪の娘に向けた。

銀髪の娘は取り繕うように微笑する。

「秘密の商談をまとめてきた所でして、目立ちたくありません。ここであった事も他言無用でお願いします」

銀髪の娘は唇に人差し指を当てて、頼んだ。

今度はチャフが困る番だった。

若い娘の一人歩きは見過ごせない。

かと言って、銀髪の娘が挙げた理由も納得出来る。

考えた末、チャフは結論を出した。

「では、オレが君を家まで送ろう」