軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話  地雷式の問題

材木の引き渡しは詳細を確認してからと伝えると、行商人は逃げるように出ていった。

今にも噛みついてきそうなチャフが、ソラを睨む。

「クラインセルト子爵、どうするつもりだ?」

「まずは現状の把握が先決だ。契約が本当に結ばれていたかすら、分からないからな。官吏に訊けば分かるだろうが……」

「素直に話すはずもない、か。捕らえてしまえばいいだろう?」

「護衛を雇っている可能性が高い。最悪、戦闘になるだろう。着任早々に流血沙汰となれば、益々人心が離れる。官吏の一人勝ちだ」

チャフの眉間にしわが寄った。

「官吏がクラインセルト子爵に剣を向ける事が前提なのか?」

「残念ながら、ここはそういう場所だ。伯爵領に逃げ込めば、全てうやむやにできる」

「……では、どうする?」

腕を組むソラにも打開策があるわけではない。

どうにかして契約の穴を突けないかと考えてはいるが、腐っても官吏になるほどの人物が連ねた文面には隙が見当たらなかった。

ソラがひとしきり悩んでいると、二階を探索していたゼズ達が部屋に入ってきた。

「ソラ様、契約書を見つけたぞ。二階奥の部屋の壁に張り付けてあった。これ見よがしに、な」

ゼズが契約書を片手に溜め息をつく。

いっそう苛立ったチャフが床を足の爪先で叩き始める。

ゼズから契約書を受け取ったソラは、文面に誤りがないのを確かめて舌打ちした。

「完璧に嫌がらせだな」

「どうしても材木を引き渡さないと駄目なの?」

サニアが外から吹き込む風に震え、腕をさすって温める。

今は冬の真っ直中、そして子爵領はこれから復興するのだ。

燃料としても、資材としても、材木の需要は増加する見込みである。失うのは痛い。

「契約が結ばれている以上、履行するしかない。材木の引き渡しは確定事項だ」

苦々しい思いを抱きながらも、ソラは断言した。

サニアとリュリュの表情に影が差す。

かつて、宝くじに端を発した薪不足の騒動が、弱者である浮浪児達を巻き込んだ事件は彼女達の記憶に深く刻まれている。

しかも今回は行商人が材木を持って町を出ていくため、オガクズが発生しない点で記憶にある状況よりも救いがないと思えた。

暗い顔の少女達の肩を気安く叩きゴージュは解決策を提示する。

「とりあえず、余所からの輸入が手っ取り早い解決法ですな」

前回とは違って材木を買い占めしている商会はない。

輸入が叶えば、一気に解決するのは確かだった。

「近隣の村だけでは暖を取る分を集めるのがせいぜいだ。それすら、果たして足りるかどうか」

ベルツェ侯爵領とのシラカバ材貿易に使う薫製用にも必要になるため、需要を満たす程の量を集めるのは難しい。

シラカバ材はベルツェ侯爵領へと逆輸入させる契約が既に結ばれているため、転用できない。

火事で燃えたベルツェ侯爵領からの材木輸入が可能なはずもなく、ソラはチャフに視線を投げた。

事態解決のためなら人質を活用するのも厭わない。

ソラの考えに気付いたチャフだったが、眉根を寄せ渋い顔をした。

「民のためにも、協力したいのは山々だ。しかし、我がトライネン領からの材木輸入は無理だ」

トライネン伯爵領はなだらかな丘と草原で大部分が構成された土地であり、牧畜が盛んだ。少ない森は厳格に管理され、産出される木材は輸出産業である金属加工にまわされる。

それでも足りずに、隣接するシドルバー伯爵領からの輸入も行っている。

トライネン伯爵領も慢性的に材木不足の土地柄なのだ。

シドルバー伯爵領からクラインセルト子爵領への材木輸入は河川路がないために陸運となり、コストの面から見て現実的ではない。

「金属なら融通が利くのだが……」

悔しそうに町を見下ろしながら、チャフは呟いた。

もともと国民思いの少年である。行き過ぎて決闘を仕掛ける等、はた迷惑な暴走もあるが、根は優しいのだ。

何か良い案がないものかと、チャフも考えを巡らせている。

それを横目に見ながら、ソラはラゼット達に向き直った。

「まずは打てる手を打っておこう」

成果は微々たるものでも、積み上げれば効果が大きくなる。

ソラは割り切ってラゼット達を見回す。

「ゼズはウッドドーラ商会に薪とオガクズを集めさせろ。コルは近隣の村を回って、備蓄されている薪を融通して貰えるように交渉。ついでに料理屋や宿屋を回って、燃料消費の削減に協力してもらえ」

とにかく燃料だけでも確保しないと、凍死者が出る。

矢継ぎ早な指示だったが、ゼズとコルは頷きを返し、すぐに部屋を出ていった。

彼らを見送りながら、ソラは頭の片隅に引っかかるものを感じていた。

何かを見落としている感覚がソラの思考に沈殿する。

──そもそも、なぜ契約書がここにあるんだ……?

材木を不足させる嫌がらせ。ただそれを成立させるだけならば、契約書を残しておく必要はない。

他の書類と共に行方知れずなら行商人がふっかける道もあったはずなのだ。むしろ、嫌がらせが目的なら、持ち逃げした方が効果が高い。

──契約の正当性を裏付けるためか?

行商人がふっかけすぎれば、町官吏の権限を超えた不当な契約として突っぱねる事が出来る。行商人の暴走を防ぐためというのなら、一応の理屈は通る。

──なんだ? まだ何か引っかかる。

正体の分からない違和感に、ソラが難しい顔をして口を引き結ぶ。

「──ソラ様、何か町の様子が変だよ」

割れた木窓から麓の町を眺めていたリュリュがソラに声を掛け、手招いた。

ソラは一瞬、怪訝な顔をした。

しかし、リュリュの言葉が呼び水となり、自身を苛んでいた違和感の正体に気付いて、顔色を変える。

すぐさま窓に駆け寄り、町を見る。見るべき場所は分かっていた。

「やられた……!」

材木の備蓄倉庫、その周辺に人だかりが出来ている。

「おい、クラインセルト子爵、あれはどうなってるんだ?」

身長差を利用してソラの頭越しに町を見たチャフが不思議がる。

ソラは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「この屋敷を荒らした奴が、町の住民に触れ回ったんだよ」

──畜生、もっと早く意図に気付けていれば。

ソラ達に先んじて屋敷に踏み入った者ならば、必ず目にしたはずだ。

二階奥の部屋でこれ見よがしに張り付けられた、

「材木引き渡しの契約書」

おそらく、契約書を目にした何者かは慌てて町へと舞い戻り、有志を募った。

そして、この冬を乗り切るのに必要不可欠な薪を守るため、備蓄倉庫に立て籠もったのだ。

「このままでは余計に混乱が加速する。今すぐ現場に向かうぞ!」

──次から次へと問題を起こしやがって、俺は今日着いたばかりだってのに。

舌打ち一つ残して、ソラ達は駆け出した。