軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十六話 反逆の一手

とてつもない大番狂わせに観客席は騒然としていた。

無理もない。

無能の代名詞、脂豚のクラインセルト伯爵の子供が猛将、貫陣のトライネン伯爵の跡継ぎを翻弄し、最後には体格差を無視したように投げ飛ばして勝利した。

目の前で起こった事が信じられず、目を擦る者も多い。

喧騒の中でクラインセルト伯爵は人一倍にはしゃいでいた。

そんな彼を横目に見ながら、ベルツェ侯爵は隣にトライネン伯爵がいるために素直に喜ぶことが出来ずにいた。

口を真一文字に結んだトライネン伯爵が腕を組み合わせて重々しく息を吐き出す。

「ベルツェ侯爵、ソラ・クラインセルトが使ったガラス瓶と木の武器を用意したのは誰か御存知か?」

「納得されない事を承知で言えば、ソラ殿だろう」

「……あの武器の製造方法を教えて頂くことは可能か?」

ベルツェ侯爵は片眉を上げて軽い困惑を表に出す。

トライネン伯爵はソラを細くした目で見つめていた。

「ソラ殿の判断する事だ。なんとも言えんな」

「口添えして頂けないか?」

返答に窮したベルツェ侯爵は青空を仰ぐ。

トライネン伯爵はソラがベルツェ侯爵の傀儡だと思っており、ベルツェ侯爵の意志一つで武器の製造方法について口を割ると考えている。

ベルツェ侯爵が否定しても信じては貰えないだろう。

「交渉テーブルに着いて貰うまでなら、何とかしてみよう」

結果としてはソラに丸投げした形である。うまく誤解を解くのを祈るばかりだ。

ソラが型破りな結果を残す度に黒幕と疑われてはどんな面倒事を抱える羽目になるか知れたものではない。

トライネン伯爵は一つ頷き、顎でソラを示す。

「目の前で剣を振り下ろされようと微塵も動じなかった。使われる兵が化け物なら使う奴は怪物ですな。間合いに入り虚を突くのが最初からの狙いだったのだろうが、あれは死にたがりなのか」

「勝ち筋が見えたなら無駄な動きはしない、だそうだ」

「それはどういう意味ですかな?」

「ソラ殿の受け売りだ」

肩を竦めてみせるベルツェ侯爵にトライネン伯爵は不機嫌そうに息を吐いた。

怪我人の搬送も終わったらしく、ソラとチャフが中央に並んで国王に向かって跪いた。その瞬間に見えたソラの横顔に既視感を覚えたベルツェ侯爵は記憶を掘り起こし、その正体に気付いて目を剥く。

「ベルツェ侯爵、如何なされた?」

彼の様子を怪訝に思って問いかけるトライネン伯爵に、ベルツェ侯爵は躊躇いがちに口を開く。

「……お聞きするが、ソラ殿が勝った場合の要求は?」

トライネン伯爵があんぐりと口を開ける。随分と珍しい表情だ。

「なにを要求するつもりか」

トライネン伯爵に訊かれてもベルツェ侯爵が知るはずもない。

「ソラ殿に聞け」

これ以外の言葉はないのだが、ベルツェ侯爵を黒幕と勘違いしたままのトライネン伯爵に眼光鋭く睨まれてしまった。

頼むから無茶を言ってくれるなよと、小さな友人に願うベルツェ侯爵だった。

ソラはそんな願いなど知る由もなく、国王から形ばかりの賛辞を受けていた。

次期トライネン伯爵であるチャフの面子を潰したため、国王から良く思われていないのは重々承知の上で、ソラは嬉しそうな表情を取り繕っていた。

経験からそれを見透かしている国王は苦々しい思いで賛辞を述べ、事前の取り決め通り子爵の位を与えると約束する。

「ソラ・クラインセルト、勝者として要求があるならばこの場で申してみよ」

心の中で舌打ちしつつも国王は促した。

トライネン伯爵領に口を出すつもりなら上手いこと要求をはねのけるつもりでいる。

「では、勝者の権利を行使させて頂きま──」

「ソラ、待て!」

国王からのきつい視線を愛想笑いで受け止めて飄々と言いかけたソラの言葉を遮ったのは彼の父、クラインセルト伯爵だった。

「要求ならば儂に良い案がある。ちょっと来い」

勝者はソラだというのに権利を横取りしようとする図々しいその態度に周りの貴族が顔をしかめる。

しかし、ソラは振り返りもせず言い放った。

「嫌です」

「……なんだと?」

思わぬ反抗に伯爵が絶句する。

ソラは笑みを浮かべていた。それは、罠にハマったゴキブリを嗜虐心たっぷりに叩き潰すような悪質さを含んだ薄ら笑いだった。

「勝者の権限を以て、ソラ・クラインセルト子爵領にチャフ・トライネンを相談役として招喚します」

ソラの言葉が理解出来ずにクラインセルト伯爵は呆気に取られた。

だが、他の貴族は違う。理解したために呆気に取られた。

子爵に叙爵される事が決定したのは決闘開始の直前である。つまり、ソラは誰からの指示も受けていない。

ソラの要求は彼自身が導き出したものだと推理できた頭の回る貴族はやはり呆気に取られた。

その頭脳明晰な者の中でも、国王とトライネン伯爵の二人はそれぞれの理由で顔がひきつるのを止められなかった。

ソラの要求はチャフを人質に寄越せと言ったのにも等しい。

形だけはチャフの要求を受け入れても問題がない程の善政を敷いてみせるという宣言であり、勝者の権限を使っている以上は負けた側のチャフに口を挟む余地がない。

国王ならば却下することは出来る。だが、チャフの要求と重なるこの要求をはねのけるのは王国随一の猛将トライネン伯爵の面子を潰す事になる。

彼らの思いは一致した。

──こんの小狸がッ!

国王と猛将から殺意すら込められた視線で射抜かれてもソラは薄ら笑いを浮かべたままだ。

ソラはチャフを人質にする気などない。この要求の本当の目的は他家の者を相談役という立場に収める事。

五年前からソラの敵は変わっていない。

その敵に対して、ソラは初めての直接攻撃を仕掛けたのだ。

──クラインセルト伯爵領の一部、貰い受けるぜ、豚親父ッ!