軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 定跡の青年と力技の少年

「この武器ってそんな風に造られてんすか」

ソラから渡された木剣もどきを自在に振り回しながら片耳の警備隊士がゴージュの男泣き話に感心する。

場所は王都から二キロ南にある広場。森の真ん中にあるここは地元でもあまり知られておらず、人目に付く可能性が低いためチャフ側に作戦を知られずに訓練が出来る。

ソラが考案した木剣は鉄剣の半分の重量、強度は充分に高く鉄剣の振り下ろしを受けても少し傷が出来るだけで済んだ。

圧力成形により力学への興味が出たリュリュの発案で刃の部分と共に剣先が鉄で補強されており、遠心力によって剣速が上乗せされるよう工夫されている。

「これは面白いな。軽いし、粘りがある。しかも微妙にしなってるぞ」

楽しげに型を確かめる右肘から先が焼けた隊士に仲間達が頷く。

「かなり早く振らないとしならないが、初見なら驚くかもな」

堅実に素振りをする隊士は顔の左半分が爛れている。歪ながらも弧を描いた唇で仲間達を見た。

「こんな物まで用意してくれたんだ。何としてでも勝って期待に応えないとな」

「当たり前だ。元馬鹿やろう共ッ!」

ゴージュが一喝する。渋みのあるガラガラ声は満ち足りた思いで一杯だった。

「ソラ殿に勝利を、ソラ殿に勝利を!」

「ゴージュさん、ちょっと煩い」

同僚二人に頭を叩かれて無理やり口を閉ざされる。

「決闘の日までたったの十五日しかねぇんですから、騒ぐ体力は訓練に使って下さい。ソラ殿も呆れちまってますよ」

「それはいかんな。さぁさぁ、訓練を始めるぞ。陣形を組め」

ゴージュが手を打ち鳴らして全員に指示を出した。

木陰に座り込んだソラが見守る中、彼が事前に説明した通りにゴージュ達が並ぶ。

ソラの前に二人、残りの十一人がその前で横一列となり敵を押さえるのが基本の陣形である。倍近い近衛隊が相手では心許ないが、他に対策がない。

そのため、個々人の動きを効率化しつつ連携を深めることを主題に訓練を行っている。

「移動が不自然だ。下がる時の角度は緩くて良い。間隔の開け方は合格、距離を覚えておけ」

ソラは木陰から注意を飛ばしながら、チャフ側の動きを想像する。

適宜修正を加えながらソラは腰に結わえたガラス瓶を手に取り、合図を出す。

ソラの号令と同時にゴージュ達が一気に動きを加速させる。各自に割り当てられた役割を全うするための動きは徐々に完成へと近づいていた。

「──よし、今日の訓練は終わりだ。休憩してから撤収の準備をしろ」

ソラが終了を告げると隊士達が倒れるように座り込んだ。

体力の限界近くまで訓練した反動だが、木剣を杖代わりにする不届き者はいなかった。仮にそれをしたなら仲間から小突き回されるだろう。

「しんどい。可愛い顔して容赦ねぇっすね」

ソラの側で大の字に横たわる隊士が声をかける。

ソラは乾いた布を投げ渡してやった。

「お前達を火炎瓶に巻き込まないように訓練してるんだから仕方ないだろ」

「確かにアレの巻き添えは御免っすね」

隊士が火炎瓶を思い出しながら苦笑する。同時に近衛隊に多少の同情を寄せた。

火炎瓶の巻き添えになる可能性が最も高いのがゴージュ達だ。国軍から睨まれるのは嫌なので近衛隊に当たらないように使うつもりでいる。

「火炎瓶なんて所詮は歩の代わりだ。ゴージュ達の動きが一番重要な作戦だから、お前達の体力向上も兼ねてる」

「その“歩”ってのは何ですかな?」

ソラの隣に腰を下ろしながらゴージュが問う。

ソラはほんの少し寂しそうに遠くに聳える山の稜線を眺めた。

「昔々の夢の中で見た遊び道具だよ」

七歳とは思えない望郷と寂寥感を滲ませた声で高い空を仰いだ。

それに何か言い表せないものを感じたゴージュが同じく空を仰ぐ。虚空を行く鷹が高みを目指して翼を輝かせるのが見えた。

「……どんな夢ですかな?」

「──秘密」

ソラが鷹を目で追いながら短く言った。

「だが、良い夢だったよ」

「……それは良かった。また、良い夢が見られるといいですな」

しかつめらしく言うゴージュの腋腹をソラが肘で突き、照れ混じりにイタズラっぽく笑う。

「もう見てるさ。お前達にも見せてやるよ」

「それは、それは。楽しみにしておきますからな」

ゴージュも同じ顔で笑って見せた。

休憩を終えた隊士達は木剣を鞘に仕舞って立ち上がる。

ソラを中央にして護送するように王都への道を歩き、夕方の日暮れ間近にスラム街へとたどり着いた。

元スラム街と言った方が正しいかもしれない。

大半が焼け落ちたため黒ずんだ生活道具が転がっている。人の気配はない。そもそも住める環境ではないのだ。

元々は五百人以上のヤクザ者や浮浪者がいたとされ、王都の汚い部分を寄せ集めた場所だった。

しかし、そういう場所でも、あるいはそういう場所だからこそ、後ろ暗い金が集まっていたらしい。

それを狙った火事場盗賊団に襲われて、スラム街は火の海と化した。

ゴージュ達のおかげで死者は十数人で済んだが、元より王都の鼻つまみ者であったスラム街の住民は宿を取ることはおろか路上で寝ている所に水を掛けられ追い払われる始末。三年が経った今となってはスラム街の住民が皆、近隣の町や村へと旅立っていった。

そうして出来たこの廃墟の群にゴージュ達も思うところはある。

「これをやった火事場盗賊団は今ベルツェ侯爵領にいる」

ソラがゴージュ達の様子を見て教えると、一斉に視線が集まった。

「捕まったんすか?」

「まだだ。林業都市の周辺を灰塵に変えて、今もまだどこか潜んでいる。ベルツェの巨兵隊を動かす大騒ぎだ」

「巨兵隊が出てるんですかい。なら、捕まるのも時間の問題っすねぇ」

隊士の楽観的な予測にソラは首を横に振った。

「巨兵隊は強力だが、後手に回って本来の力を発揮できていなかった」

巨兵隊は街の警備や巡回で手一杯に見えた。火事場盗賊団は既に活動場所を移しているだろう。

クラインセルト領には来て欲しくないと思うソラだった。

クラインセルト邸に帰り着いたソラは執事の険しい顔に出迎えられた。

「ソラ様、家の者が呼びに行くまで部屋にいて下さい」

「何かあったのか?」

「教主様が参られております」

「なるほど、俺が顔を出すとこじれるな」

魔法使い派と繋がりを持つソラが顔を見せるとせっかくの機会が台無しだと思ったのだろう。

ソラは納得して自室に引き上げる。

「ラゼット、滑り止めのグローブは出来ているか?」

「昼頃に届いたそうです。こんな物、何に使うんですか?」

ラゼットが首を傾げる。

剣の心得がないソラには使い道がないと思ったのだろう。

「心置きなく投げるためさ」

ソラはニヤニヤと悪意を混ぜて笑う。

グローブの試着を済ませて、その完成度に満足したソラは部屋に近づいてくる足音を聞きつけて扉を見た。

あまり間を置かず、部屋の扉が静かに開かれる。

「失礼させてもらうよ」

断りを入れながら部屋に入ってきたその青年の顔にソラは見覚えがない。

クラインセルト邸の使用人を信用していないソラは最初から演技モードの笑顔を浮かべていたが、内心では入室してきた青年を警戒していた。

輝く金髪はまるで太陽の光で紡がれた絹糸のような繊細さ、微笑を浮かべたその整った面差しは人を惹きつけてやまない。

洗練された仕草には無駄がなく、しかし人を喜ばせる遊び心が含まれている。

来訪者は微笑を浮かべたままソラを見た。

──俺を観察してやがる。何者だ、こいつ。

表には出さずにソラも観察仕返したが、来訪者はあっさりとソラから視線を外すと部屋を見渡し、面白い物を見つけたとばかりに瞳を輝かせた。

「“盤戦”があるのですね」

青年の視線の先には将棋に似た遊戯、盤戦の道具があった。

縦横二十マスで区切られた盤の上に一人につき十二種類二十個の駒を並べて相手の王を取る遊戯だが、将棋やチェスとは違い初期の駒配置が決まっておらず、自陣内で好きに駒を組んでから開始できる。また、自陣外には補給の概念があるなど、戦略性が高い。

ソラも貴族の嗜みだとのことで少しかじったが、周りに遊べる相手もいないので持て余していた物だ。

「どうでしょう、一戦交えませんか?」

青年の申し出にソラは笑顔を繕って応じた。

ラゼットが机の上に盤を置き、ソラと青年は向かい合わせに座った。

「何者だろう。そう考えてますね?」

青年は楽しげに駒を並べながらソラに問う。

ソラは楽しげな雰囲気を演出しつつ駒を配置する。青年の正体にはおおよその見当がついている。

「勝負が着いたら教えて上げますよ」

「結構です」

即座に断ったソラにも青年は微笑みを崩さなかった。

「では、始めましょうか」

青年が一手目を動かした。

初期の駒組みから一手目まで、広く知られた定跡である。

対するソラは駒組みからしてハチャメチャで余所から見る限りでは相手にならないと思われた。

青年も同じように思っていたのだろう、余裕の表情だ。遊戯が進行するに従って青年の表情も次第に飽きたように変わっていく。

定跡とは、長い年月をかけて最適化された駒の動かし方である。青年は定跡を綺麗になぞって進行させているため付け入る隙も見あたらない。

少し、また少し、ソラの形勢が悪くなる。ソラは定跡を最初から無視した駒配置であり、進行も補給が利かずに浮いている駒が多い。

そろそろこの面白味のない遊戯を終わらせようと攻勢に出た時、青年の手が止まった。

「……どうしました、手が止まっていますよ?」

つまらなそうな声をかけられ、青年はソラを見た。小さな対戦相手は欠伸をかみ殺している。

青年は再び盤上に視線を戻し、自駒の上で手を右往左往させた。

どの駒で攻め込んでも跳ね返される未来が見えた。

青年は思案しながらも攻撃力を上乗せしようと前線に駒を移動させるが、ソラは間髪を置かずに防衛線を強化する。防衛線強化に動いた駒は青年の補給線を睨みつけている。どこに補給線が構築されるかを読み切っていなければ出来ない駒配置だったのだと今更ながらに青年は気付いた。

青年は慌てて補給線を守る。

そして、攻守が入れ替わった。

ソラは青年の前線を釘付けにしながら迂回路を構築し、青年の本陣へ強襲を掛ける。

定跡を無視した力技に青年は前線の駒に犠牲を強いながらも本陣の防衛に手を裂いた。

両者が手駒を消費していく。攻守は目まぐるしく入れ替わり、盤の中央を奪い合い、隙あらば相手の陣地に奇襲を狙う。

そして、激戦を制したのは──青年だった。

「詰みましたね」

「参りました」

ソラが負けを認めて肩を竦めると青年は苦笑した。

盤上とはいえ、散々やり合ったのだ。参りましたと言いたいのはお互い様である。

「それで、教主様がお一人で訪ねてきた甲斐がありましたか?」

「気付いてましたか。えぇ、決闘くらいで死にはしないと解りましたよ」

青年は言いながら席を立つ。

教主レウル、青年の立場と名だ。

──厄介な相手。

レウルは微笑みを保ったままソラを見て考えた。目の前の少年が同じ事を考えているとは夢にも思わず、二人は思考をする。

──どの様に叩き潰したものか。

──どうやって出し抜いてやろうか。

二人は内心を相手に悟られないように細心の注意を払いながら、笑顔で握手した。