軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 シラカバという名の首輪。

「ミナンには当たりクジだと言われたが、賞金額が凄いな。再出発してもお釣りが来るぞ」

ツェンドは機嫌よく軽口を叩きながらウッドドーラ商会への帰路を行く。

隣を歩くミナンの言う通り、商会に起死回生の一手をもたらす商談だった。

「未来を嘆いて見捨てた地に助けられるとは、人生わからないものだ。クラインセルト伯爵家跡継ぎ、ソラ・クラインセルトか。ミナンは側付きだったのだろ。当時はどんな風だった?」

口元が緩みっぱなしの商会長に呆れながらミナンは思い出す。

「私が対抗意識を燃やすくらいに出来た子供だったわよ。今のあの子には対抗しようとも思わないけど」

先程会ったばかりのソラを思い出しながらミナンは肩を竦める。

口を挟む隙すら見つからなかった。

ミナンが側付きをやっていた頃のソラは人を無条件に信用してしまう傾向があり、そこに隙があった。

だが、ベルツェ侯爵邸で再会したソラはミナンに一瞥をくれただけで、後は眼中になかった。その瞬間に湧き上がった悔しさもソラの具体的な提案が出され、商談に入ってからは萎えてしまった。

絶対に勝てない程に格上だと理解したのだ。

「あの化け物を作ったのは私なのに、身勝手なものね」

自覚を覚えつつ、ミナンはツェンドの背中を叩いて急かす。

「早く帰って仕事するわよ」

ツェンドと早足に商会へ向かいながらミナンはふと振り返る。

ソラを乗せた馬車がゆっくりと遠ざかっていくのが見えた。

邸宅を辞したソラはラゼットを連れてクラインセルト伯爵邸に向かう馬車から街を見物していた。

「ソラ様、シラカバの耐久性向上はどうやるんですか?」

詳しい話は聞かされていないラゼットが安請け合いしたのではないかと案ずる。

それを心配性だと笑いながら、ソラは馬車の窓から見えた肉屋の店先を指差した。

「生肉と塩漬け肉、長持ちするのはどっちだ?」

「塩漬け肉です」

「理由は?」

最初の質問には即答したラゼットだが、ソラが畳み掛けると言葉に詰まった。

「……乾燥するから、ですか?」

ラゼットが出した答えにソラは頷いた。

「その通り。乾燥させれば長持ちする。木材だって同じだ」

「シラカバの塩漬け、ですか?」

ラゼットの発想にソラが吹き出した。

「塩漬けにしたら木が痛む」

塩によって細胞を破壊してしまうと水分は抜けるが脆くなってしまう。

答えを考えるラゼットを楽しそうに眺めていたソラは彼女が降参すると御者を警戒してるのか、小さな声で話し出す。

「燻製にするんだよ」

「木を燻製に……?」

塩漬けと同じくらいに突飛な発想だと感じたラゼットがからかわれたのかとソラを疑う。

「燻製は水分を抜くと同時に煙が木材に入っていく。虫やカビは煙を嫌うから燻製にした木材も耐久性が向上するんだ」

ソラが分かりやすく説明する。

燻製木材は日本の古民家が百年以上保つ理由でもある。囲炉裏の煙で家を構成する木材が燻されて虫やカビを寄せ付けない。近年、家屋の耐久性が見直され、注目を浴び始めた技術である。

「クラインセルト領の内陸部には燻製に使える柏がある。シラカバの端材も再利用できるからコストも余り掛からない」

丸太を木材に加工する過程で木の皮などの廃棄物が出る。これが煙を出すのに使えるためロスがない。丸太を余す所なく使えるのだ。

必要とあればオガライトに加工も出来る。

「後は木材をそのまま一度に燻すための建物が必要になるが、投資と思えば安いもんだ」

木材と同じく食品を燻製にすることも可能なので、食糧難の改善に一役買うだろう事を考えれば一石二鳥だ。

カビが手に入れば海岸からカツオを持ってきて枯節を作り、特産にしても面白い。

「そんな簡単な方法では真似されてしまうのでは?」

ラゼットが水を差す。ソラは素直に同意した。

「本来なら数年で真似されるだろうな。だから、この話にウッドドーラ商会を噛ませたんだ」

ウッドドーラ商会は教会に睨まれている。商売の邪魔をされるほどに、だ。

商会の独占商品となった燻製木材はベルツェ侯爵領を救う鍵であると同時に商会の生命線となる。他の商会と競合した場合、ウッドドーラ商会はせっかく得たベルツェ侯爵の庇護を失う。

だから、技術を奪われないよう細心の注意を払うだろう。

「では、ウッドドーラ商会がクラインセルト領以外で燻製木材を作る場合は?」

「それはない」

考案者であるソラに利益をもたらさなければ別の商会に技術を流されるため、ウッドドーラ商会はソラに逆らえないのだ。

この計画はソラ、ベルツェ侯爵、ウッドドーラ商会の三者が利益を得ているが、もっとも立場が上なのはソラとなっている。

そうなるように駒を配置したのだ。

ソラは意地悪な笑みを浮かべた。

「後は沿岸部で穫れた魚をまとめて燻製にしてから、ベルツェ侯爵領に輸出すれば漁村の経済もマシになる」

一件落着だ、とソラは猫のように背筋を伸ばす。

──それにしても、そろそろお父様をどうにかしないと不味いな。

ソラが動き出して五年経った今になっても、未だクラインセルト領が生死の境をさまよっているのは豚領主が邪魔だからだ。

挙げ句の果てに、豚領主のせいでクラインセルト家は他の貴族からよく思われていない。王族にも疎まれていると聞く。

このままではソラが跡を継ぐために子爵の位を得ようとしても、申請が通らないかもしれない。

それどころか、豚領主がへまをすれば明日にでも家ごと取り潰しになりかねない。

「何か良い手はないものかね」

街並に視線を移してソラは嘆息した。

石造りの家が整然と並ぶ通りの景色は人の営みを顕著に映す。

いつか、この街並みをクラインセルト領で眺めてみたいと思いつつ連日の疲れが出たのか、ソラは川の水面にも似た緩やかな微睡みへと沈んでいった。