軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話  予行パーティーと壮年の侯爵

「ようやく着いたか」

「遅くなって申し訳ありません。お父様、お母様」

豚領主と顔面凹凸婆に出迎えられたソラは折り目正しく一礼した。

その仕草の隅々まで目を凝らした豚領主は鼻を鳴らして背を向けた。

「パーティーに出ても問題にはならんな。ついて来い」

豚領主の背中を追いかけると邸宅の奥へと案内され、部屋に通された。

広々とした部屋には高価な調度品が揃い、窓はガラス張り、カーテンには不必要な刺繍が施されている。金に物を言わせただけで調和が取れておらず、センスの欠片も感じられない部屋だった。

ここまで混沌としていては家具を二、三個くすねても分からないだろう。

内心辟易しながらもソラは笑顔を維持した。

「ここがソラの部屋だ。子爵の位を得てからは改装して執務室にする」

子爵の位は伯爵以上の跡継ぎが得る爵位で、親の爵位を継ぐ前段階とも言える。通常は十五歳を迎えた際に親が国王へ申請し、承認を得る。

現在のソラは七歳を間近に控えているため順調にいけば八年後に子爵となる。子爵になれば親の領地の一部を管理する事になる。

親の領地が残っていればの話だが……。

「パーティーは何時でしょうか?」

「王太子殿下の誕生パーティーは一週間後だ。だが、その前にも王家主催のパーティーがある。予行演習の意味合いが強いがな」

そのパーティーで王太子と顔を合わせるのは二つの公爵家だけである。

伯爵家であるクラインセルト家はパーティーに出るだけで公的には特にすることもない。他の貴族にも欠席者が出るくらいには緩いパーティーだ。

だが、豚領主はソラに脂の浮いた鼻が付きそうなほど顔を近づけると噛んで含めるように指示を出してくる。

「そのパーティーを利用して教会派の貴族と交流を図れ。子弟と話したことはつぶさに報告しろ」

要するに他家の内情を警戒の薄い子弟から探ってこいと言う命令だ。多かれ少なかれどの家でもやっているだろうが、ソラは豚領主の目の奥に焦りの感情を読み取った。

焦りの原因を訊いたとしても答えはしないだろう。ソラを通して他家に情報が漏れるのを危惧しているのは容易に想像が付く。

心の中にこの事を書き留めながら、ソラは子供らしさを装って首肯する。

「分かりました。ちなみに、そのパーティーはいつでしょうか?」

「今夜だ」

短い返答を残し、用は済んだとばかりに豚領主は部屋を出ていった。

ソラとラゼットが取り残される。

ラゼットは早々に窓を開けて豚領主の臭いを追いやった。

「今日って、衣装はどうすんだよ」

「すっぽかしましょうよ」

ソラのぼやきにラゼットは欠席を促す。このメイドはただサボりたいだけなのでソラも取り合わずに聞き流した。

「そういえば、パーティー用の衣装は持ってきてますよ?」

「二回とも同じ衣装を着るわけにはいかない。貧乏領主と舐められるからな」

ソラ自身に拘りはないが、貧乏領主と侮られるのは後々に影響が出る可能性がある。今回のパーティーには貴族の子弟が多く参加することもあり、マイナスの印象は長く付きまとうだろう。

「でも、予行パーティーは持ってきた衣装を着るしかありません。今日中に仕立て屋を呼び、本番までに新しい衣装を仕立てましょう」

ラゼットの提案にソラは頷くしかない。

彼は忌々しそうに豚領主が出て行った扉を睨んだ。

「着いて早々これだ。段取りが悪すぎる」

不機嫌さをにじませた声でソラは吐き捨てた。

時を移し、日が没した頃、ソラは王城のパーティー会場にいた。

王家や公爵家の者はいない。パーティーの半ばで申し訳程度に姿を現すだろうが、ソラの興味は薄い。

彼は壁際で静かに列席者を観察した後、誰も気に止めないようにさり気なく動いては会話に聞き耳を立てていた。

貴族達は教会派と魔法使い派、どちらにも属さない中立派の三つに分かれているが、子供達はその壁をさほど気にせず和やかに会話をしている。

子供達の方がよっぽど世界平和していた。

そんな子供達の小集団をちょこまかと移動しながら、近くの大人達が話す様々な情報を記憶し続ける。領主館にあるかびの生えた古い情報ではなく、今の情勢を多く含んだ真新しい情報の数々はソラにとってどれも重要なものだった。

そんなソラの挙動に気付いているのはほんの数人、実力派、場合によっては狸と呼ばれる類の曲者達だ。

その者達はわざとソラの気を引くような仕草をして近くに寄ってきた彼を確認すると示し合わせて偽の情報や古い情報を話し混乱させようとする。

例えば、王弟がとある家から嫁を迎えて近々新しい公爵家が誕生するだとか、教会派の貴族から数人が魔法使い派に寝返るだとか、真に受けて動けば嘲笑されるが事実ならば大事となるそんな情報ばかりをまことしやかに流す。

ある意味でとばっちりを受けた子供達がそれらの情報を他の子供グループに流し始めると、伝言ゲームの様相を呈して尾ひれが付いたり、形が変わって新しい話として伝播していく。純粋な子供達はそれらが全て真実だと思いこみ、本番のパーティーで恥をかくだろう。

そして、情報の大切さを学ぶのだ。真実は頭を働かせて導き出すものであると知り、継いだ家を護る糧とする。

ソラは虚実が入り交じる情報を整理するべく壁際に戻って一息ついた。

用意された飲み物で喉を潤していると、一人の壮年男性がソラの隣に立った。

「お嬢さん、面白い話は聞けたか?」

いきなり話かけられ、ソラは横目で男性を見る。

壮年男性はいくらでも観察しろとばかりに堂々と佇み、会場を細めた眼で見回している。

「面白い話も聞きましたが、それ以上に面白い大人を見ました。しかし、そんなに女顔をしてますか?」

ソラが返答がてら問いかけたのも無理はない。半数以上が彼を女子扱いするのだ。その大半が子供らしい弄りだと分かっているが、ソラはあまり面白くない。

親である豚領主のようになりたくない一心で容姿に気を付けたのが裏目に出たのだと思えば、複雑ではある。

男性はかみ殺すような笑いを零した。

「敵の多いひねくれ貴族共が面白い大人か。大物だな」

愉快そうな壮年男性にソラも釣られて悪ぶった笑みを浮かべる。壮年男性はそれに対してまた愉快げに眼を細めた。

「君はどこの家の──」

「ベルツェ侯爵、我が息子に何かご用ですかな」

ベルツェ侯爵と呼ばれた壮年男性は眉を寄せて声の主を確かめる。

「これはこれは、クラインセルト伯爵、まさかあなたの御子息とは驚いた」

ベルツェ侯爵は豚領主とソラの間で視線を往復させる。本当に驚いているらしい。

「何を抜け抜けと、儂にそっくりではないか」

「えっ」

豚領主の言葉に不意を突かれたソラが小さく驚きの声をあげる。

そして悲痛な思いを抱えてため息をついた。

「クラインセルト伯爵が心配するような事はない。世間話を振っただけだ。本人に聞いてみればよい」

ベルツェ侯爵はそう言ってソラの背中をそっと押した。

押されるままに一歩踏み出したソラは豚領主に手を取られてその場を後にする。

十分に離れた豚領主は吐き捨てるように口にした。

「気狂いベルツェめ……!」