軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 新たな試み

神の名の下に誓約書すら書かされたガイストはもはや牙を抜かれ首輪をかけられたも同然だった。

ガイストの手駒はぞろぞろと連れ立って解散した。再起を誓っても一度負けた彼の下にまた手駒が揃うかは疑問符が付く。

ソラはガイストに背を向けてラゼット達へ歩み寄った。

「ラゼット、コル、二人とも良くやった。怪我はないか?」

「はい、全員無事です」

ラゼットの答えにソラは安堵の息を吐く。

「村を出た時の状況を説明してくれ」

ソラはリュリュとサニアに視線を向ける。

リュリュが説明するとソラは悲しげに俯いた。

「そうか、ゼズが……。」

ソラがガイストを振り返る。手っ取り早く首をはねた方が気も晴れたろうなと考えたが、実行に移すつもりはない。

「ゼズの安否については後で探ろう」

言いおいてソラは考える。

村が手元から離れたのは痛手だが既に諦めていた。だが、ゼズを失ったのは凄まじい損失だ。

今のソラには人材が不足している。

ゼズは子供の面倒を見ることができる上に漁で食料を確保でき、身分がしっかりした大人だ。オガライトの販売で街にも好印象を与えていた。

一朝一夕に用意できる人材ではないのだ。

ソラは片手を腰に当てて思案すると、踵を返してガイストに歩み寄る。

「ガイスト、話がある」

名を呼ばれたガイストは虚ろな視線でソラを見上げた。正確にはその後ろのラゼットを見たのだ。

まだラゼットが黒幕だと思っているらしいと、ソラは目を細める。そのままの方が話がスムーズに進むので訂正はしない。

「オガライトの販売利権はお前にくれてやる」

ソラが言うと、ガイストの瞳に光が戻り始めた。販売利権は取り上げられると考えていたのだ。

現金な奴だとガイストの評価を下げながら、ソラは続きを口にする。

「だが、次に俺たちの邪魔をしたら許さない。遠慮なく叩き潰す」

それだけ言ってソラはラゼット達と共に館へ引き上げていった。

その後ろ姿を見送ったガイストは緩慢な動きで立ち上がり、教会に向けて歩き出す。傍らにはシャリナがいる。

騒ぎに巻き込まれるのを嫌ったためか人通りの少ない道を行きながら、ガイストはシャリナに横目を投げた。

「シャリナ、ラゼットさんが何を目的に行動しているのか、知ってるのかい?」

「ラゼット姉が考えているのは分からないけど、ソラ様のは分かる」

そういえば、オガライトを開発したのは跡継ぎという事になっていた。それを思い出しながらガイストはシャリナにソラの考えを訊ねる。

「誰も飢えない領地にするんだって。できっこないのに」

「本当にそうだろうか……。」

「え?」

シャリナが短く聞き返す。ガイストは領主館を振り返っていた。

「神に背く愚か者か、神の如き愚か者か。いずれにしてもまともではないのだろうな」

考えも及ばない狂人に首輪を付けられたらしいとガイストは嘆息して教会へ退散した。

どの道、一等司教になればクラインセルト領から王都に配属される。そうなればラゼットとは関わらずに済むとそう思っていた。

そういえばと、ふと思う。

「今回は誰も死ななかったね」

同じ事を考えていたらしいシャリナが屈託なく笑った。

同じ頃、私室に入ったソラはリュリュからある袋を受け取った。

「後、地図も書いたよ」

リュリュが懐から地図を出す。

地形の情報などはかなりおおざっぱだ。本来の地図としては使えないのが誰の目にも明らかだった。

「これって村の地図?」

サニアも首を傾げている。村の地図だと辛うじて分かるだけの代物だった。

少し恥ずかしそうなリュリュが差し出すそれを見てソラは満足げに頷いた。

「必要な事は書かれている。良くやった」

「その地図は一体なんですか?」

ラゼットが訊ねるとソラは机の上に地図を広げてリュリュから渡された袋の中身をばらまいた。

袋からは様々な貝殻が現れる。

「貝の裏に記号が書いてあるから地図のそれと対応させてくれ」

ソラの指示に従ってラゼットとコルが貝殻を地図の上に置いていく。

貝殻をすべて置いても、ソラとリュリュ以外にはこの地図の意味を理解できていなかった。

「まるで意味が分かりません」

ラゼットの不満そうな顔にソラとリュリュが目線を合わせて笑う。

「これは数種類の貝の分布図だ。そして」

ソラは机の引き出しから乳白色に輝く小さな珠を取り出した。

「俺にかかれば宝の地図になる」

不敵な笑みを浮かべたソラが全員の前に掲げたのは、真珠。

「さぁ、真珠を作ろうか」

ソラの言葉に全員が目を丸くする。

コルがリュリュを見るが、彼女もここまでは知らされていなかったらしく驚きを隠し切れていなかった。

「リュリュ、俺が調べるように指示した貝の特徴を言え」

驚愕などどこ吹く風といった様子でソラがリュリュを指差した。

我に返ったリュリュが近くにあった貝殻を拾い上げて裏を見せる。

「殻の内側が光っている事」

「そうだ。真珠は特定の貝にしか作れない。その条件がリュリュの言った特徴だ」

真珠は内側に真珠層を持つ貝にしか作れない。そして多くの場合、真珠層は光を反射して輝く。貝の種類によって持っている色素が違い、出来上がる真珠の色にも違いができる。

「この真珠層が膨れたのが真珠だ。つまり、真珠を作りたければ核を真珠層で覆えばいい」

貝の身の部分には外套膜と呼ばれる組織があり、貝殻の切片を核として外套膜と共に移植すれば真珠が出来上がる。

核は小石の類でも代用可能ではあるが、貝殻の方が削って形を整えるのに適しているとソラは考えた。

ソラの説明をリュリュは興味深そうに聞いていた。生物学に好奇心が刺激されたのかもしれない。

「それじゃあ、貝の分布を調べたのは?」

「生きた貝を効率良く捕まえるため。それと餌を知りたかったからだ」

貝の餌などの詳しい事までソラは知らない。繁殖場所も分からないため、生息環境を調べて養殖に生かすのだ。

「貝殻の卵巣中に核を挿入すると真珠になる」

うろ覚えだけど、と心の中で付け足しつつも、皆に不安を抱かせないよう、ソラは自信満々に言い切った。

真珠の養殖にはいくつかの器具が必要になる。核を貝に放り込む道具だが、これが日本人によって開発されたために日本で真珠の養殖業が花開き、真珠が作れるようになった。

ソラが懸念しているのはこの道具の生産だ。粗末なものだと貝にダメージを与えて殺してしまう。

無い物ねだりとは分かっていても、優れた技術者が欲しかった。

やれる範囲の物を作るしかないと自らに言い聞かせる。

「コルは街の工房を回って細工が得意な者を探せ。ラゼットは分布図と条件が近い土地を探せ。リュリュはとりあえず眠って目元のくまを取れ。サニアは耳を触らせ──」

「やだ」

「だよなぁ」

この期に及んでも変わらないソラに全員が苦笑する。

その時、部屋の扉がノックされ、緊張が走った。会話を聞かれていたかもしれない。

「失礼します」

部屋に入ってきたのはソラの着せ替えを楽しむメイド。彼女はリュリュを見た瞬間にきらりと瞳を輝かせた。新しい人形を見つけた感覚なのだ。

メイドは部屋の中を見回してラゼットを見つけると手招いた。

「お客が来てるわよ」

お客と聞いてラゼットがソラを見る。またガイストのような輩が現れたかと思ったのだ。

「どんな人?」

ラゼットが問うとメイドは片手を頬に当てて思い出す。

「前にあなたが連れてきた若い男の人よ。ソラ様に漁の話をお聞かせした……。」

ラゼットの顔色が変わり、メイドを押し退けるようにして部屋を飛び出していった。

リュリュとサニアが顔を見合わせ、すぐにラゼットの後を追う。

置いてけぼりになったコルは困ったようにソラを見た。

「生きてやがったか。悪運が強いな」

憎まれ口を叩きながらソラは嬉しそうに立ち上がった。

今頃はラゼットがゼズと感動の再会をしているだろう。