軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話  緊張状態

会場を出たソラは早足で廊下を進む。

腹は立てていたが、頭は冷静そのものだった。

建物の玄関で待っていたラゼットとゴージュがソラを見つけてすぐに動き出す。

「ゴージュ、馬車で後から追いかけろ。ラゼットは一緒に来い。徒歩で屋敷に向かう」

鋭く指示を飛ばし、ソラは歩調を緩めず玄関を抜けた。

ラゼットが横に並び、ゴージュが馬車を取りに走る。

「やっぱり、サニアの身柄引き渡しを求められましたか?」

「あぁ、念のためにとしか考えていなかったが、王太子殿下の視野が極端に狭くなっている」

ソラは誰にはばかることなく舌打ちした。

サニアは獣人達の期待の星だ。

仮に冤罪が濃厚な今の状況で身柄を拘束した場合、獣人の不満の矛先は王家に向かう。

ただでさえ、新ジユズ国の工作で肩身が狭い思いをしている獣人が多いのだ。不満の矛先を向けられた王家の求心力がどうなるかなど、火を見るより明らかである。

同時に、サニアの身柄を引き渡したソラにも不満と不信の目が向けられることだろう。獣人だから見捨てたのではないかと陰口をたたかれるのは間違いない。

「王太子殿下は派閥づくりにご執心だが、貴族だけで政治をやっているつもりらしい。性根を叩き直すぞ」

ついでに東部貴族に一泡吹かせておくか、とソラは呟く。

貴族街に到着し、屋敷に向かう途中でゴージュが操る馬車が追いついた。

時間が惜しい、とソラは自ら馬車の扉を開けて乗り込む。

すぐに馬車が走り出した。

ソラの対面に座ったラゼットが外を見る。

「近衛隊の動きはどうですか?」

「シドルバー伯爵が止めてくれた。事情をチャフやブライアン男爵から聞けば、国王陛下もベルツェ侯爵も近衛隊の動きを即座に止めるだろう」

ソラは腕を組み、ため息を吐いた。

「とはいえ、状況が状況だ。殿下の教育を怠った国王陛下にも煮え湯を飲んでもらうとするか」

「ソラ様、もしかしてかなり怒ってますか?」

「あぁ、怒っているさ。とりあえず、事の発端を作ったメロヴイン伯爵にはきっちり制裁を加えないといけないな。戦争なんて考えられないようにしてやる」

ソラが口端を吊り上げたとき、馬車が屋敷に到着した。

すぐに馬車を降りたソラは、使用人を含めて全員が起きていることを確認して矢継ぎ早に指示する。

「屋敷の者は使用人も含めて全員、今日中に俺と一緒に王都を出る。使用人総出で準備に当たれ。火炎隊は出発まで屋敷の周囲を固めろ。ゴージュ、俺が王都を出ることを宿にいるフリーダたち魔窟を焼け出された者に伝えてくれ」

指示を飛ばし終えたソラは屋敷に入り、まっすぐサニアの部屋へ向かう。

あわただしく動き始めた使用人の物音に気付いたのか、サニアが扉を半開きにして恐る恐る廊下を窺っているのが見えた。

「サニア、王都を出るぞ。準備しろ」

振り返ったサニアの目に泣いた跡があるのは見なかったふりをして、ソラは出立を伝える。

サニアが眉を寄せた。

「使用人まで着替えを詰めているみたいだけど、もしかして屋敷を空っぽにするつもりなの?」

「その通りだ」

「周りの人には戦争準備みたいに見えちゃうよ……?」

人質に取られないように他の領地に出ている人員を引き上げるのは戦争の前段階にも行われる。

ソラも、周囲に戦争前の緊迫した状況だと認識してもらうために使用人を含めた完全な引き上げを行うつもりだった。

「安心しろ。どう転んでも戦争にはならない」

東部貴族が新ジユズ国との間に戦端を開かないように派閥を作ろうとした王太子が、ソラと戦争を始めようとするはずがない。

東部貴族も、新ジユズ国との戦争準備を進めているところで今回のソラの騒動が起きてしまったため、内戦を警戒せざるを得なくなる。

かといって早期にソラを排除しようにもソラは王都から姿を消してしまう。新ジユズ国との戦争に集めた兵や資金をソラとの戦いに使うなど本末転倒であるため、静観せざるを得ない。

その他の貴族にはソラとの戦争に利益がない。不利益を被る貴族もいる。

なにより、ソラがサニアを引き渡さずに王都を出る事で獣人の求心力はソラに集まる。王国各地にいる獣人が注目する中、ソラとの戦争に突入すれば各地で獣人の不満が爆発して手が付けられなくなる。

「さぁ、早く帰るぞ。仕事も山積みだ」

大人しく頷いたサニアに、ソラは目を細めた。

「――サニア」

「何?」

振り向いたサニアのしょげ返って元気のない耳を、ソラはすかさず触った。

指先が柔らかい毛の中に埋もれる暖かな感触と、耳そのものの弾力をソラは楽しむ。

一通り楽しんだ後で、ソラは硬直しているサニアの耳から手を放した。

「さぁ、殴るがいい!」

両腕を大きく広げて、ソラは偉そうに胸を張る。舞台役者でもまずとらない姿勢だったが、妙に様になっていた。

「サニアのすべてを受け入れよう。たとえ暴力であってもな!」

フハハハ、と演技がかった笑い声を響かせるソラを、忙しく働く使用人が何事かと振り返り、いつもの病気だと判断したのかすぐに仕事に戻った。

「なんでいまそういう事するかな……」

サニアが俯き、右足を引く。腰だめに構えた右拳を強く固め、腰にひねりをくわえながら繰り出した。

ごう、と風を切ったサニアの右拳はしかし、ソラに届く寸前で急速に速度を緩め、ぽすっと力ない音を立ててソラの胸を叩いた。

サニアが泣き笑いのような表情を浮かべて顔を上げる。

「ソラ様のバカ。準備してくるよ」

「おう、急げよ」

ソラは笑ってサニアの頭をやさしく撫で、その場を後にした。

その日、波が引くような鮮やかさでソラは屋敷の使用人共々自領へと引き上げた。

王国中の貴族が王都に集まっている今、ソラが唐突に自領へ引き上げたことを訝しんだ王都の住人が魔窟の火事と結びつけるまで時間はかからなかった。

人の口に戸は立てられず、王都の一件は瞬く間に広がっていった。

魔窟に住む何でも屋フリーダを始めとした数人の魔法使いが王都に背を向けた事には、まだ誰も気付いていなかった。