作品タイトル不明
第四話 魔窟の火事
宴もたけなわ、主催者としてそろそろ解散の目途を付けておこう、と王太子は会場を見回す。
チャフが中立派閥の若手貴族を、ブライアン男爵が教会派や魔法使い派貴族の若手たちや令嬢たちをそれぞれまとめて相手している。
話し上手なブライアン男爵の事、王太子が区切りを付ければ巧みに話を誘導して違和感なく集団を解散させてくれるだろう。
王太子が援護に行くべきはチャフという事になる。
王太子は会場の端に控えている近衛隊士に合図を送る。
王太子の合図を受けて、近衛隊士は北側の壁で楽器を奏でている楽団に合図を飛ばした。
今演奏されている曲が終わり次第、あらかじめ決めていた曲に変わってパーティー解散の時間が近いことを関係者に知らせるだろう。
王太子はふとソラを見る。
ジーストラ侯爵に紹介された教会派貴族たちを捌きながら、伯爵以上の地位にある各家の当主と話している。
チャフやブライアン男爵がいる若手貴族たちの和気あいあいとした集団とは異なり、ソラの周辺にいるのは向き合って話すとたちまち気疲れするような癖のある貴族ばかりだった。
ソラを引き込んで正解だった、と王太子はつくづく思う。
チャフが相手取れないことは明白で、王太子でも二人三人と増えるにつれて捌き切れなくなる。ブライアン男爵なら可能だろうが、話してもうまみがないと思われて相手にされなかっただろう。
そもそも現在のようにブライアン男爵が南部西部貴族派閥の結成に際して戦力になると王太子は考えていなかった。
口がうまく、令嬢や若手貴族に顔が利くブライアン男爵だが、魔法使い派貴族の中での発言力はさほど高くない。
ブライアン男爵を社交の場で一線級の戦力に押し上げたのがジーストラ侯爵令嬢メーティエとの恋騒動だ。ジーストラ侯爵家とのつながりができたことで教会派へ顔が利くようになったブライアン男爵を通すだけで、貴族との顔つなぎが円滑に進むようになった。
その恋騒動にもソラが一枚噛んでいるのだから、やはり派閥に引き込んで正解だった。
問題は、ソラの趣味嗜好が派閥の弱点になりうるところだ。
可能な限り早くソラに貴族令嬢との縁談を持ちかけて結婚まで世話しなくてはならない、と王太子は相手を見繕いつつ、手いっぱいになっているチャフの下へ向かう。
ちょうど曲が変わり、関係者がパーティー解散に向けて動きだす。
その時だった。
「――魔窟が妙に明るいですね」
唐突な発言に目を向ける。
元教会派貴族にして岩塩の産出地を持つ貴族がバルコニーから望む魔窟の方角を指差していた。岩塩貴族の周囲に人がいないのは、東部貴族のメロヴイン伯爵との関係が周知されているためだろう。
手持無沙汰に外を眺めている内に何かを見つけたのか、と王太子は岩塩貴族が指差す先を見る。
「……火事?」
魔窟の方角で火の手が上がっているようだった。
「そういえば、貧民街で火事が起きたことがありましたね。ソラ伯爵?」
ソラに声をかけたのは誰かと王太子は素早く視線を巡らせる。
ソラに笑顔で歩み寄る三十過ぎの男の姿があった。メロヴイン伯爵だ。
なぜ、と王太子は目を細め、メロヴイン伯爵を注視する。
東部貴族にも招待状を送ってはいたが、実際にやってきた貴族はメロヴイン伯爵と取り巻きの岩塩貴族くらいだ。王太子主催のパーティーは東部貴族にとっていわば敵地に他ならない。
何か企んでいる可能性は考慮していたが、ソラに近付く意味が分からなかった。
近付いていくメロヴイン伯爵に、ソラが友好的な声を作って応対する。
「貧民街の火事については聞き及んでいますよ。私の部下の火炎隊が火傷を負いましたからね」
ソラが何を考えているのか、仮面に表情が隠れているせいで王太子には分からない。
だが、王太子から見てもメロヴイン伯爵や岩塩貴族と魔窟の火事には作為的な何かがあると感じるのだ。ソラが警戒していないはずがないだろう。
メロヴイン伯爵が魔窟の方角に目を向けながら、深刻そうな顔で頷いた。
「ソラ伯爵は直接見たわけではない、と。いやはや、あれは大変な騒ぎでした。何しろ大規模な火付け盗賊でしたからねぇ。あれ以降、王都は火付けに敏感だ。容疑者への尋問も苛烈なものになっているそうですよ」
何が言いたいのか、メロヴイン伯爵は世間話でもするように言葉を繰る。
ソラがわざとらしく首をかしげる。
「火付けと決まったわけではないでしょう?」
「えぇ、その通り。魔法だよりの魔窟であっても火事が絶対に起きないという保証はないですからね。いずれにせよ、我々がここでできるのは被害が最小限に食い止められるよう祈ることくらい」
そういって、メロヴイン伯爵がバルコニーへ出ていくと、釣られたようにぞろぞろと貴族たちが後に続いて行く。
メロヴイン伯爵の背中を見つめてソラは何かを考え込んでいる様子だったが、すぐに警備の近衛隊士に歩み寄って何事かを頼んでいた。
ソラがバルコニーへ出ていくのを横目に見ながら、王太子は会場を出ていこうとした近衛隊士を捕まえてソラが何を頼んだのか訊きだす。
「控室にいるソラ伯爵の使用人にサニアという人物の無事を確かめるよう言伝を頼まれました」
サニアの事を知らないらしい近衛隊士は、そのまま会場を出て行った。
王太子は険しくなりかけた表情を無理やり平常に戻す。
魔窟の火事、メロヴイン伯爵の持って回った話、ソラの側近にして獣人のサニアの安否。
得体のしれない黒い渦が足元から競り上がってくるような気持ち悪さが、三つの情報から読み取れた。
バルコニーに出てみると、王都守備隊の隊士が三人ほど見回りに動いているのが見えた。火事現場である魔窟には今頃、王都守備隊の下部組織である王都警備隊の隊士が向かっているはずだ。
メロヴイン伯爵の言ではないが、王都の火事対応は貧民街が全焼して以降一新され、即応体制ができている。
魔窟の火事はじきに鎮火するはずだ。
別の何かが足元でくすぶっている気配に顔を顰めつつ、王太子はパーティーの解散を早めるべく招待客に声をかけた。
「すでに王都守備隊も動き出している事ですから、魔窟は心配いりません。ですが、皆さんも家が心配でしょうから、今日のところはお開きといたしましょう」
王太子の言葉に幼い子を家に残している者たちが同意する。
順次流れるように帰っていく招待客を見送りながら、王太子はソラとチャフ、ブライアン男爵を呼びとめた。
「君たちは少し残ってくれるかな。少し話したいからさ」
話はただパーティーの総括と次回以降の予定や計画を話し合うものだ。
だが、東部貴族のメロヴイン伯爵が何か仕掛けてきたらしいことを考えると、次のパーティーの準備は念を入れた方が良いと王太子は判断した。
チャフとブライアン男爵が二つ返事で頷く中、ソラが腕を組んで魔窟の方角を見ている。
「殿下、申し訳ありませんが気になる事がありますので、私は先に失礼させていただきます」
「火事についての情報なら、ここにいた方が詳細な物を得られるよ。近衛隊から報告が上がるはずだからさ」
ソラの考えを見透かして、王太子は引き留める。
魔窟を一瞥したソラが、わずかの間を挟んでから居残りを了承した。