作品タイトル不明
第四話 復活と再開の宣言
クロスポートの住民による出迎えは、ピリピリしたものだった。
それもそのはず、ソラ子爵は度重なる助命嘆願の甲斐なく、処刑されたと伝えられていたからだ。
後釜の新米伯爵はお呼びでないとばかり、クロスポートの住民達は港に入った大型船を睨みつけている。
「元はソラ様の船だってのに」
「盗人か」
「大した実績もないらしいぜ」
港に集まった住民達が口々に言い交わす。
しばらくして、家臣団が一足先に港へ降り立った。
「何だ、こいつら」
「仮面か?」
「得体の知れない奴らだな」
妙な仮面で顔を隠した家臣団を気味悪そうに見て、住民達は距離を開けた。
住民達の反応など気にした様子もなく、仮面の集団は散らばり、群集の中へと分け入ってくる。
仮面の異様な存在感も手伝って、家臣団は群集の中に異物として混在した。
仮面を付けた不気味な家臣達の周囲にはそれぞれ、人が近付かない空隙がつくられた。
「危ない奴らだったりしないだろうな」
「こんな奴らを連れているなんて、クラインセルト伯爵みたいな悪徳領主かもしれん」
住民達が不安そうに仮面の家臣団を警戒する。
その時、仮面を付けた娘二人を両脇に従え、白塗りの仮面を被った青年が大型船の甲板に歩み出た。
青年の姿に気付いた人々が静まり返る。
海波の囁きが溶け込む心地良い静寂が、港を支配した。
青年は静かに佇み、仮面の下に宿る瞳で群集を見下ろしている。
「……良い港だ」
海風に乗せられた青年の落ち着いた声が、港を撫でた。
青年が空を見上げ、海を振り返り、町を流し見る。
自らが住み、築き上げた町を褒められて悪い気はしない。
だが、住民達は素直に喜ぶ事など出来なかった。
共に町を作り上げた子爵は刑死したのだから。
住民達の悲しみを呼び起こしながら、青年は両手を打ち鳴らし、注目を集めた。
郷愁の念を吹き飛ばされた不快感に、住民達がしかめた顔を横目に、青年は楽しげに口を開く。
「数ヶ月ぶりだ。お前らも“仮面を外して”よく見とけ!」
青年の言葉に小さな頷きを返し、両脇にいた二人の娘が仮面を外す。
住民達の誰もが見覚えのある顔だ。親しみすら覚える程に。
二人の娘の正体を認識した瞬間、人々は近くにいた仮面の家臣へ慌てて目を向ける。
「──まったく、いつまで経ってもイタズラ好きですね」
呆れ声で仮面を外す女性は、明るい茶髪のメイド長。
人々の視線を集めている事に気付くと、仮面を空高く放り上げ、丁寧に腰を折ってみせた。
同時に、そこかしこで息を飲む気配と共に、仮面が空へと舞い上がる。
失踪したソラ子爵の家臣達が次々と仮面を脱ぎ捨て、素顔を晒したのだ。
呆気にとられていた住民達は、すぐに我に返り、大型船の上に立つ青年を見上げる。
青年が仮面を着けたまま、両手を広げた。
「親愛なる我が領民達、俺は君達の力を借りたい」
さも当然のように、貴族が平民の協力を請う光景。
他領であれば異常な台詞回しが、クロスポートの人々にある人物を想起させた。
人々は理解し始める。
親愛なる子爵が伯爵となって、いま再び目の前に立っている事を。
いつしか、住民達は笑みを浮かべ始めていた。
住民達には、仮面に隠された青年の顔が視えていた。
青年の一挙手一投足が、かつてこの港で行われた復興宣言を思い起こさせた。
「さぁ──」
伯爵の仮面の下はきっと、意地悪な笑みに満ちている。
「発展を再開しようッ!」
青年の言葉が発せられた瞬間、大気が震えた。
大空を突き上げ、大海に響き渡り、大陸を揺らすようなそれは、住民の歓声だった。
歓声の中、大型船から降りた仮面の伯爵は大樹館への道を行く。
その日、名実共にソラ伯爵領が成立した。
クロスポートを歓喜が包んでいる頃、イェラは静かに庭を眺めていた。
強く吹いた風に、庭の木が枝をしならせる。
「そういえば、今日でしたね」
イェラは微笑み、窓横の壁に肩を寄せた。
部屋の内にいた、老人がイェラに視線を向ける。
「伯爵の到着か。イェラが気にする事でもなかろう」
「そうなのですけど、おそらく新たな伯爵の正体はソラ・クラインセルトでしょう?」
イェラは思わせぶりに、壁に貼り付けられた地図を見る。
地図の旧伯爵領部分には、官吏が置かれた町にバツや丸が付けられていた。
「あの中の何人が、首を飛ばされるのでしょうか」
老人は顎を撫でながら、特に考えもせず口を開く。
「ソラ様は動きも早い、数日中にある程度の不正官吏は飛ばされる」
老人の予想に、イェラは頷きを返す。
イェラも同じ予想を立てていたからだ。
そして、予想した事態に沿って、すでに行動を起こしてもいた。
部屋の扉が叩かれ、部下が二通の手紙を持って入ってきた。
「声をかけていた商会からかね?」
部下に手紙を渡されたイェラに、老人が訊ねる。
送り主を確認したイェラが、そのようです、と肯定した。
「伯爵がやって来る事を知って、好機を悟ったのでしょう」
正式な統治者がやって来れば、旧来の官吏達の中で不正を行っていた者が処罰される。
同時に、官吏達と協力して肥太った悪徳商会も処罰されるだろう。
領民の信頼を得るには格好の材料なのだから、見逃すはずがない。
不正官吏に優遇されていた悪徳商会が消える事によって、商圏に空白地帯が出来る。
イェラはジーラ商会連合の力を背景に、予想される空白地帯の近くにある中小商会を取り込もうと画策していた。
中小商会はジーラ商会連合から資金提供を受け、空白地帯へ商圏を拡大出来る。
双方が得をするこの計画には、すでにいくつかの中小商会が乗ってきていた。
だが、裏で他にも動いている者がいる、とイェラは感じていた。
二通の手紙を開き、それぞれを読んでみる。
片方は計画に参加する旨が書かれていたが、
「……やられました」
もう一通の手紙には、丁寧な言葉使いで計画を断る事と、他言しないという誓約が書かれていた。
「明らかに、力のある者が動いています。頭も切れる、交渉力もある、なにより確かな情報収集の能力があるようです」
声を掛ける中小商会がイェラと被る事態は、相手も不正官吏を把握して動いていなければ起こらない。
つまり、町官吏代理であり、ジーラ商会連合の情報網を持つイェラと同等以上の情報収集能力が、相手にはあるという事だ。
だが、相手の統率が乱れているようにも、イェラは感じていた。まるで頭が二つある者と対峙しているような、妙な違和感だ。
統率が取れず、情報網を持つ相手になら、心当たりがあった。
「ソラ様の家臣団だと思うかね?」
楽しげに老人が問う。
「宿料亭組合を持ち、支援物資の行方を完全に把握できる立場、各町の資料に触れる機会も多い。そして、今日まで統率者であるソラ・クラインセルトは不在だった」
疑うなという方が無理だ。
「しかし、こちらの有利は変わりません」
ソラ不在の間に、イェラは中小商会の取り込みを進めていた。
「最終段階に入る準備は整いつつあります」
くすんだ色の銀髪を肩から払い、イェラは不敵に笑った。
「詰めに入りましょう」