軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 パスポーン

──勝った……。

チャフは己の手を見つめ、実感を噛みしめていた。

フェリクスと正面から戦って、勝ったのだ。

──これが、学んで勝つという事か。

チャフの顔に笑みが浮かぶ。

言葉の意味を、初めて心から理解した気がした。

フェリクスに目を向ける。

背中を打ち付けたため、咳き込んでいた。

「訓練を怠るからだ」

チャフが指摘すると、フェリクスは眉を寄せた。

砂ぼこりを払って立ち上がったフェリクスは、木剣を握り直す。

「調子に乗らねぇで貰いましょうか。三本勝負なんですから」

フェリクスが木剣を構え、ソラに視線を投げた。

早く次の勝負を始めろ、と言いたいのだろう。

チャフは好戦的な笑みを浮かべ、フェリクスに相対する。

強くなった実感に、気分が高まっていた。

自らの実力がどれくらいの域に上がったのか、試したくて仕方がない。

しかし、ソラが開いた口から発せられた言葉は、試合開始を告げる物ではなかった。

「──おい、チャフ」

冷ややかな声がチャフの耳朶を撫でる。

怪訝に思って目を向ければ、険しい顔をしたソラが腕を組んでいた。

「調子に乗り過ぎだ。……足をすくわれるぞ」

「余計な世話だ。見届け人が口を出すな」

戦いの興奮に水を差され、チャフは言い返す。

ソラは盛大にため息を吐いた。

「……ガキが。独りよがりに突っ走りやがって」

ソラの呟き声は低く、冷気と鋭利さを伴ってチャフの興奮を、横から殴り飛ばした。

爵位持ちとはいえ、年下の少年からガキ呼ばわりされたチャフは、キツい視線をソラに向ける。

「どういう意味だ」

「言葉通りだ。すぐに分かるだろうさ。二本目を始める。双方、構えろ」

ソラが一方的に会話を切り、チャフは納得がいかないまま木剣を構える。

──独りよがり、何の話だ……?

先ほどまでの興奮は、混乱に置き換わっていた。

──何か見落としをしているのか。

チャフは深呼吸して、思考を埋めていく疑問符に反抗した。

──後で考えろ。目の前の事に集中しろ。そうしなければ、振り出しに戻って……?

チャフの中にあった疑問に、朧気な答えが示された。

唐突に湧いた答えを前に、チャフは驚いて目を見開く。

その間にも、チャフの思考は朧気な答えを掴み取るべく邁進する。

何故、自分は訓練に打ち込めていたのか。

──フェリクスに勝つため。

何故、フェリクスに勝たなければいけないのか。

──訓練を怠っているから。

何故、フェリクス達は訓練を怠ったのか。

──オレが訓練に集中していなかったから……。

では、何故、今は訓練に打ち込めている?

浮かんだ答えと共に、チャフの脳裏を一つの仮説がよぎった。

「……独りよがりに突っ走りやがって、か」

チャフは小さな独り言を地面へ落とした。

構えが崩れたからだろう、ソラが目を細めた。

「チャフ、始めてもいいのか?」

ソラの問いかけに、チャフは静かに頷く。

最初から木剣を片手持ちにし、左手を自由にしておいた。

「二本目、始め!」

ソラが開始を告げる。

一本目とは異なり、静かな幕開けだった。

双方が相手の出方を窺い、間合いギリギリの距離を慎重に行き来する。

時間が過ぎる毎に、フェリクスが不可解そうな顔をする。

「掛かってこねぇんですか?」

フェリクスは幾度もチャフの間合いに踏み込んで挑発している。

だが、チャフに動く様子が見えない。

先ほど投げられたこともあって、まだ隠し玉があるのでは、とフェリクスは疑う。

チャフは口を弓なりに曲げた。

「人の気持ちが分かるというのは、存外に良い気分かもしれないな」

「……何の話です?」

「しらばっくれると思ったよッ」

チャフは一息に距離を詰め、フェリクスに木剣を叩きつける。

フェリクスに難なく受け止められたが、チャフは即座に左手を伸ばす。

投げられる事を警戒したフェリクスが、チャフの腹を蹴り飛ばした。

「……ッ!」

蹴り飛ばされたチャフは、身を捩って蹴りの威力を逃がし、さらに踏み込んだ。

自然と伸びた左手がフェリクスを掴む。

「そう何度も食らうかッ!」

押し付けられる手の圧力に対し、フェリクスは構えていた木剣を背後の地面に突き立てた。

木剣という第三の足で地面を踏みしめたフェリクスは、チャフの押し込みに堪えきった。

直後、お返しとばかりにチャフの腹へ膝蹴りを見舞う。

今の距離は、木剣を振るうには近すぎるため、距離を開けようとしたのだろう。

「……道具に頼らず」

チャフがぽつりと呟いて、右手の木剣を手放した。

「拳で語ろうか」

ただでさえ近すぎる距離をさらに縮め、フェリクスの蹴りすら封じる。

握りしめられたチャフの右手を見て、フェリクスが慌てて下がろうとするが、左手に捕まったままだ。

振り被られる拳を見つめ、フェリクスは舌打ちした。

地面に突き立てた木剣の柄を右手で持ったまま、左手を離す。

振り降ろされた拳を顔の真横で受け止め、掴む。

超近距離で、チャフとフェリクスは睨み合った。

「武人が剣を手放すんじゃねぇって、言ったはずですよ」

「覚えている。だからこそ、手放した。……力比べだッ!」

言いながら、チャフは両腕に力を込め、フェリクスを押し倒そうとする。

フェリクスは剣を手放すわけにもいかず、力比べを余儀なくされた。

チャフは体重を掛け、フェリクスを不安定な体勢に追い込んでいく。

全身の筋力を使ってフェリクスが抗う。

お互いに一切、力を抜く事が許されない体力勝負だった。

力比べは長く、非常に長く続いた。

永遠に続くのでは、とすら思えた均衡は、体力差を明らかにする形で崩れ始めた。

チャフが押され始めたのだ。

フェリクスが不安定だった体勢を立て直すと、均衡は完全に崩壊した。

それでも粘っていたチャフを、フェリクスは押し戻す。

そして、わずかに開いた空間へ肩を突き入れ、タックルの要領で弾き飛ばした。

地面に尻餅を突いたチャフへ、フェリクスは手放さずにいた木剣を突きつける。

「勝負あり、勝者──」

「くっ……はっははは。そうか、やはりそういう事か!」

ソラが勝敗を告げようとした時、チャフが腹を抱えて笑い出した。

吹っ切れたように朗らかな笑い声を上げるチャフに、フェリクスが怪訝な顔をする。

「なぁ、フェリクス」

ひとしきり笑った上で、チャフは笑みを浮かべながら、呼びかけた。

「──隠れて訓練していただろう?」