軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十六話 鏡の裏から見える世界

──これ以上、何を仕掛けるつもりだ。

女衒はリュリュの後ろを歩きながら、ソラの計画を見透かそうと知恵を絞る。

酷使された頭が先ほどから痛みを訴えるが、一向に光明は見えない。

──そもそも、この廊下は何処に通じているんだ。

女衒は来た道を振り返った。

後ろを固める火炎隊士の向こうに、光が射し込む入り口があった。

薄暗い廊下に入った経緯を思い返す。

特別室へ案内すると告げたリュリュは、女衒が椅子から腰を上げる時間すら惜しい様子だった。

足早に部屋の壁に歩み寄り、手を触れる。

すると、壁板の一部が剥がれ落ち、穴が空いた。

リュリュは穴に片手を掛け、左に引く。

力を込めているようには見えない軽い動作だった。

しかし、壁が音もなくスライドし、暗い隠し廊下が現れたのだ。

女衒は今まさに、隠し廊下を歩いている。

こんな仕掛けまで用意して、町官吏を罠に掛けようというのか。

想像を絶する周到さ、長期に渡るだろう準備、それらが一切、漏洩していなかった事実。

異様なまでの執着心を感じた。

少しでも情報を得ようと、女衒は耳を澄ませる。

肩越しに女衒を振り返ったリュリュは、冷ややかな声で話しかける。

「この廊下は綿や砂で周囲を囲んだ防音仕様だ。外からも内からも、音は聞こえないよ」

簡単に説明して、リュリュは勢い良く床を踏みつけた。微かに軋むような音がしたものの、耳を澄ませても聞き取れるか分からない。

細部にまで凝らされた仕掛けは、計画が綿密に練られている事実を裏付ける。

女衒にはもはや、ソラを出し抜く自信などなくなっていた。

もし、出し抜く才覚があったなら、敵対せずに軍門に下った方が得策とすら思える。

ふと、背後からの光が途絶えた。

後ろを確認すると、入り口が閉じられていた。

「おい、入り口が……」

「問題ない。早く歩け」

リュリュは振り向きもしなかった。

気に留めていないらしい。

女衒は諦めて、薄暗さが増した廊下を、壁に手を突きながら進む。

やや湾曲した廊下を進んだ先に、光る物が見えた。

リュリュが足を止める。

どうやら特別室に着いたらしい。

廊下の延長としか思えない狭苦しい部屋だ。

窓はなく、家具の類はそもそも置く場所がない。

唯一ある物は、壁と一体化して僅かな光を放っている物。

──ガラス、か?

女衒は眼を凝らして、正体に見当を付ける。

「ちょっと待ってな」

リュリュは光に顔を近付け、ニヤリと笑った。

ソラが浮かべていた笑顔を思い出して、女衒は肌寒さを覚える。

「間に合ったみたい。あんたも見てみなよ」

場を譲ったリュリュは、楽しげに女衒を促した。

──見ろって言われてもな……。

嫌な予感しかしなかった。

「見ないと後悔するよ。何しろ、あれが“二人目”だから」

二人目、とリュリュが言った瞬間、嫌な想像が脳裏をよぎり、女衒はガラスに取り付いた。

ガラスを覗き込んで見えた光景に、女衒は息を飲む。

やや曇り、歪んではいるが、ソラとごますり爺が向かい合って話している様子が窺えた。

──これは、鏡の裏か……?

部屋の間取りを思い出しながら、女衒は位置を推測する。

記憶が確かなら、部屋の壁に鏡が掛かっていたはずである。

悪趣味な仕掛けが施してあったらしい。

暗さに目が慣れてくるに従って、ソラとごますり爺の様子がはっきりと見えてくる。

鏡の仕掛けをどうやって施したのか、気になっていた女衒だったが、聞く暇はなかった。

何故なら、ソラが突き出した羊皮紙をごますり爺があっさりと受け取ったからだ。

女衒は驚きに目を見開く。

──あの爺、まさか裏切るつもりか!?

ごますり爺が羊皮紙に書き込み始めるのを見て、確信する。

──風見鶏爺がッ!

お前は騙されている、と叫ぶ事は簡単だ。

だが、ここは防音仕様である。女衒が叫び、知らせようと画策するまで見越していたのだろう。

仮に聞こえたとしても効果は薄い。

ごますり爺は、あっさりと裏切ったのだ。

それは、抵抗をせずソラに屈服した事に他ならない。

意地でも町官吏の椅子にしがみつく覚悟なのだ。

同僚に出し抜かれた女衒は、歯軋りしながらリュリュへと向き直った。

「──俺も書く。告発書を用意してくれ」

一人が裏切ったなら、後は早い者勝ちだ。

ソラはごますり爺が羊皮紙に記入する様を見つめて、至極楽しそうに笑い声をこぼした。

「これでよう御座いますか?」

羊皮紙に記入を終えたごますり爺が、上目遣いで問いかける。

ソラは肘掛けに頬杖を突いた。

「あぁ、ありがとう。協力に感謝するよ」

「ありがたいお言葉です。不肖なこの身が少しでもお役に立つならば、如何様にもお使い下さいませ」

ごますり爺から受け取った三枚の羊皮紙に、ソラは目を通す。

ごますり爺は不思議そうにソラを見つめていたが、決心したように口を開く。

「その、料理に関する質問の数々には、如何なる意味があるのですかな?」

もし、この場に女衒が居たならば、頭を抱えたことだろう。

ごますり爺の発言通り、ソラが受け取った羊皮紙は料理に関するアンケート用紙だ。

わざわざ朝早くに町官吏を呼び出し、領主館で創作料理を食べさせた理由である。

ごますり爺は特別室の存在を知らず、アンケートを書く行為が他人からどう見えたかなど、想像も出来ない。

「他領から食糧を輸入している現状は、好ましくないからな。あの料理には、子爵領で農法が確立されている食材のみを使用して、各地の宿や料亭にレシピを公開し、地産地消を促す目的があるんだ」

ソラの言葉は事実だが、アンケートを書かせた理由とは別だった。

その時、部屋の扉がノックされ、火炎隊士が入ってくる。

それを合図に、ソラは料理アンケートを仕舞い、別の羊皮紙を取り出した。

「そろそろ、本題に入ろうか」

ソラは三枚の羊皮紙をごますり爺へと突き付ける。

そして、騙し誘い、奈落へ突き落とす悪魔のように友好的な笑顔で、ソラは言葉を紡ぐのだ。

「──同僚を裏切れ」