作品タイトル不明
252.
「これが俺の身分証だ。エルドラシアか、共通文字が読めるならわかるだろう」
ラフィオス王国では共通文字という世界の王族と高位貴族が学ぶ文字を国全体で使っている。
王族が二種類の文字を覚えるのが嫌で、共通文字を母国語として使っている国は結構あるらしい。
黄鱗帝国は立ち寄った村で識字率自体が低いとわかったが、漢文なのだから納得だ。
付いている札の紐は放さず、 雪瑤(シュエヤオ) の前にぶら下げると、彼女は手を添えてじっくりと裏書を見た。
「確かに……ラフィオス王国の伯爵と書かれているわね。ついて来てください」
東宮と一緒にいるから、高位貴族だと思ったら当たりだったようだ。
案内されるままに 雪瑤(シュエヤオ) の後をついていく……が。
遠い! 遠くないか!?
いや、でかい屋敷なのは塀を見てわかってはいたが、もういくつかの建物を通り過ぎて、むしろ門もふたつ通ったぞ!?
「門から遠いと出かけるのも大変そうだな」
雪瑤(シュエヤオ) に話しかけるでもなく、思わず本音が漏れた。
「東宮様は基本的にお屋敷から出ませんからね。お城でもご自分の宮から出る事は稀ですし」
エルネスト達よりもかなり閉鎖的な状況で暮らしているらしい。
「そんなら飛び出したくなるのもわかるよなぁ。遊びたい盛りなのに外に行けねぇなんて」
シモンも俺と同じ事を思ったようだ。
「今回の事のように東宮様の御身を守るためには仕方ありません。着きました、こちらです」
広い部屋の片隅にベッドがあった。
見慣れない衣装ではあるが、手探りで紐や帯を解いていく。
「何をしているんですか!」
雪瑤(シュエヤオ) が怒気を孕んだ声で俺を咎めた。
「何をって、脱がさないと何枚も服を着て寝たら、寝汗で風邪を引くだろう」
脱がせた服をベッドの片隅に置いて、縁に腰かけて 峻耀(ジュンヤオ) を膝の上に座らせる。
片手で支えたまま靴を脱がした。
「頭は寝る時どうしているんだ? 解(ほど) くか?」
「あ……、飾りだけ……私が取ります」
寝る時もこのままなのか、将来ハゲたりしないのか心配になるな。
ちなみに脱がせている間に 峻耀(ジュンヤオ) の寝息が変わっている。
身体を動かされて起きたのだろう。
狸寝入りしているのなら、気付かないフリをしてやろう。
「また明日会えるから安心するといい。俺達も都へ行くつもりだしな。今夜はゆっくり寝なさい。おやすみ」
そっとベッドに寝かせ、頭を撫でてやると首に回された腕が緩んだ。
やはり確実に起きているな。
小さい弟達も、ベッドまで運んでほしくてよく狸寝入りをしていたのを思い出す。
「何だか世話に慣れていませんか? 貴族なのですよね?」
「団長はジェスの世話してるもんな」
「ジェス?」
雪瑤(シュエヤオ) の問いにシモンが勝手に答えると、この場にいないジェスの名前に首を傾げている。
「シモン、余計な事は言わなくていい。むしろジェスよりお前達の方が手がかかるという事を忘れるな」
ジェスの事を説明するなら、ドラゴンだという事も話すだろう。
そうなったら龍にまつわる国なだけに、色々と面倒な事になるに違いない。
余計な事を言った罰として、シモンにデコピンする。
「イテッ! また新しいお仕置きが増えた……!?」
額を押さえて驚愕の表情を浮かべるシモン。
これまでよりダメージが少ないから喜ぶといい。
「今は同行していない者だ。気にしないでくれ。それで俺達はどこで休めばいい? 宿を探している途中で誘拐される東宮を見かけて助けて、屋敷に泊まるように言われたんだが」
「そうでしたか。恐らく 烈陽(リエヤン) が手配を命じているでしょう。きっと準備ができているはずです。客間まで案内しましょう」
そう話す間にも、 雪瑤(シュエヤオ) はテキパキと脱がせた 峻耀(ジュンヤオ) の服を片付けている。
どうやら世話係のようだ。だから感謝する相手として名前を挙げていたのか。
雪瑤(シュエヤオ) の先導で移動していると、 烈陽(リエヤン) がこちらにやって来た。
「おお、いたいた。客室の準備ができたから呼びに来たんだ。だが、その前に夕食と、軽く一杯どうだ?」
「飯と酒!? やったね! エルフの里みたいな変わった酒があるかなぁ」
そう言ってシモンは視線を藍之介に向けた。
シモンの言葉に 烈陽(リエヤン) と 雪瑤(シュエヤオ) が固まった。
俺は思わず片手で顔を覆う。
「い、今……エルフの里って言わなかったか……?」
烈陽(リエヤン) が震える声でシモンに聞き返す。
「言ったぜ? オレ達エルドラシア王国からここまで来るのに、エルフの里を経由してきたからさぁ。だからエルフの藍之介も一緒だし」
藍之介は無表情だが、確実にシモンの発言に呆れている。
恐らくシモンは道中の村で、藍之介がエルフであると話しているから隠していないと思っているのだろう。
だがまぁ、 峻耀(ジュンヤオ) は皇族だし、その側近である二人ならどの道知られる事になったはず。
「諸事情があって同行している藍之介は確かにエルフだが、できれば騒がないでくれ。注目を集めると色々面倒なんでな」
「主様、何なら幻影魔法で人族に……いっそ黄鱗帝国民に見えるようにしましょうか」
「いや、そうするとはぐれた時に探しにくくなるからな」
「わかりました。では明日から耳だけ認識阻害をかけておきましょう」
「「主様!?」」
エルフが人族に対して仕えているのが信じられないのだろう。
二人は驚きの声をハモらせた。
その後、夕食の席でフードを外した藍之介の容姿に周りが釘付けになったせいで、早々に耳に認識阻害の魔法をかける事になる。