作品タイトル不明
242.
「長……、申し訳ありません! 己を過信した私が間違っていました」
屋敷の食堂で開口一番に土下座しながら謝罪する藍。
パウンドケーキを食べながら、萌が世界樹に融合していた間の事は報告してある。
あとは萌がどんな判断を下すかだ。
「幸いジュスタンは元に戻った。じゃが、お主は何のお咎めもなしというわけにはいくまい。黒狼の全員から事情を聞いて、長老達と話し合って決める事になろう。それまではこの屋敷の一室で謹慎しておれ」
「はい……」
「ジュスタンもじゃが、ジャンヌにも 此度(こたび) は手数をかけさせてしもうたの。エルフの里の代表として謝罪しよう」
椅子に座ったままだったが、萌は深々と頭を下げた。
規模は違うものの、一国の王と変わらない立場の萌からすれば、これが最大級の謝罪だろう。
「俺はこれからも米や調味料を売ってくれるならそれでいい」
「もちろんじゃ、欲しい分だけ譲ろう。むしろ代金などいらぬ。謝罪として受け取ってほしい」
「じゃあ、今回の分は代金なしで。毎回では遠慮してしまいそうだからな、次からは代金を支払おう」
「うむ、それでよいのなら」
萌は安堵したように頷いた。
主である俺が納得すれば、ジャンヌも無茶な事を言わないからだろう。
「ジュスタンはしばらくの間、魂のバランスが不安定になるかもしれん。落ち着くまではこの里でゆっくり過ごすがよい。暇ならば色々な調理法を茅に教えてくれるとありがたいが」
萌の言葉に、茅の表情が輝いた。
いや、実際はほとんど無表情なのだが、慣れてきたからなのか、最初より表情がわかるようになった気がする。
「そうだな。パウンドケーキも気に入ったようだし、俺の知っているものでよければ色々教えようか」
「お願いします!」
いい返事をする茅の皿はすでに空になっていた。
「話は決まったな。茅、藍を空いている部屋へ連れて行っておくれ。謹慎は今からじゃ」
「「はい」」
同じ返事だが、茅と藍の表情は正反対だな。
そしてこのやり取りをしている間に、ジャンヌはちゃっかり席に着いている。
これは自分の分もあると確信しているからだろう。
さっき準備しておいた分を出すと、満足そうにフォークを手に取った。
「ところで萌、魂のバランスとやらはいつになったら安定するかわかるか? こうしている間にも蘭は遠くに逃げてしまうだろうから、できるだけ早く追いたいのだが」
「ふむ……」
萌は小さく呟くと、俺をジッと見つめた。
俺を見ているようで、見ていないような不思議な感覚だ。
数秒してから、萌は長く息を吐いた。
「ふ~~~っ。一度切断された腕も、完全治癒魔法を使ったとてすぐに元には戻らんじゃろう? 微かな違和感が残るものじゃが、今回は腕どころか魂じゃからのぅ。今のジュスタンはひとつの器に葛餅をふたつ入れたからくっついておるようなものじゃ。それこそ接ぎ木が一体化するくらいかかっても不思議ではないぞ」
「接ぎ木……って、どのくらいかかるものなんだ?」
さすがに接ぎ木はやった事がない。
そして葛餅があるのか。前世でお土産として何度か食べた事はある。
というか、それだとかろうじてくっついているだけで、何かの拍子にまた分離するんじゃないのか!?
旅をしても問題ない程度にならないと、怖くて出発できないのだが。
「うむ、大体数週間から数ヶ月はかかるのぅ。少なくとも一週間は様子を見たいところじゃ」
「一週間……。蘭を追うのは絶望的じゃないか?」
もしかしたら萌は蘭が見つからなくても構わないと思っているのだろうか。
しかし、禁術を知ってるダークエルフを野放しにするのは、エルフ族としても看過できないはず。
「ふふふ、それに関しては一応考えておるのじゃよ。恐らく蘭は西へと向かうじゃろう。古巣へ帰るか、他のエルフ族の身体を乗っ取り、再びジュスタンを狙うか……」
「失敗したのだから、もう俺を狙う事はないと思うが?」
「甘いのぅ、あやつはまだ従魔契約が魂の契約と知らぬ。ならば一度の失敗で諦めるとは考えにくいじゃろう、それほどにドラゴンの親子との従魔契約は魅力的だと言えるのじゃ」
「それだとさぁ、団長を狙って姿を現すまで待たなきゃダメって事か?」
俺達の会話を黙って聞いていたシモンが難しい顔をして腕を組んでいる。
確かに、考えていると言った割には、あまりにも受け身の姿勢じゃないか?
「そうではない。蘭が西へ向かうという事は、この山脈を越えねばならぬ。山を下りて陸路から海路を使うにしても、魔法を駆使して山越えするにしても十日はかかるじゃろう。じゃが、この里にはあちら側への転移陣もあるのじゃ! 上手くいけば先回りも可能というもの!」
「いや、だから転移先に蘭がいるとは限らないだろう? 地図でしか知らないが、山脈の向こうは広大な帝国が広がっていたはずだ」
エルドラシア王国に向かう前に、一応周辺国についても情勢などはひと通りエルネストと調べたからな。
ラフィオス王国とも、エルドラシア王国とも完全に文化が違うという事はわかったが、直接の交流がないせいでほとんど資料がなかった。
結局マリウス経由で商人からの情報を仕入れてもらったくらいだ。
「ふふん、帝国にはわらわの旧友がおってな。そやつに協力を頼む 文(ふみ) を書いてやろう」
「旧友? エルフが帝国にいるのか?」
「それは会ってからのお楽しみじゃ! ふっ、ふふふふ」
結局萌は正解を教えてくれなかったが、どうやら千年来の友だと言うから人族ではないのだろう。
それから萌が俺の魂の状態に及第点を出したのは、きっかり十日後の事だった。