軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奪う側、奪われる側

" 私(リエラ) "は、捕食の余韻で震える息を整えきる前に、もう一度スキルを唱えた。

「《ボーンパペット》。さあ、立ち上がりなさい」

" 私(リエラ) "自身の声が少しだけ、熱を帯びて甘く崩れた。けれど術式は問題なく、完璧に発動する。

大盾持ちが消えた場所に残っていた白い魔力の欠片、砕けた骨剣の破片、森の土に染みた戦闘の残響が、かたかたと音を立てて集まっていく。

さっきまで確かにそこにいたはずの、ネイキッドラオンの盾役。

その抜け殻のような骨人形が、歪な大盾を構える形で立ち上がった。

本人ではない。あくまで残滓を利用しただけの紛い物である。

けれど、その構えはあまりにもよく似ていた。

前に出る位置。

盾を傾ける角度。

防御に最適化されたその構えも彼の動きのままだ。

味方を庇うために半歩ずれる癖。

そんな細かな所作まで完全に再現されている。

中身は空っぽのはずなのに、戦い方だけがまだ骨に焼きついているみたいで、見ているこちらまで背筋がぞわりとする。

「……っ、てめぇ……!」

ラオンが咆哮した。

それはさっきまでの挑発混じりの叫びではなかった。

森そのものを震わせるような、本物の怒り。

自分の仲間だったものが、敵の命令で動いている。

その光景は、ラオンの誇りを真正面から踏みにじっていた。

俺は、そんなラオンを見ながら、尻尾をゆっくり揺らした。

全員を《捕食》したい。

腹の底から湧き上がる強烈な衝動だ。

正直、そう思った。理性を吹き飛ばしそうなほどの食欲である。

魔術師も、回復役も、槍使いも、食べればきっと何かが流れ込んでくる。彼らのすべてをこの身に取り込みたい。

彼らの経験、この世界で生きた証。

きっと豊かで芳醇な感情だ。

戦いの中で培われた喜怒哀楽のすべてだ。

このゲームを遊んできた膨大な時間……それらすべてが" 私(リエラ) "の血肉となる。

さらにこのデスペナルティMAXの戦争では、それが普通ではありえない量の経験値として" 私(リエラ) "の身体を満たす。

考えるだけで、喉の奥が鳴りそうになる。

でも、今の状態では多分無理だ。

これ以上は限界を超えてしまう。

システムの問題じゃない。ゲームの仕様はどうあれ、俺の精神が耐えきれない。

俺自身がもたない。これ以上の情報量を処理しきれないのだ。

大盾ひとりで、もう膝が笑っている。立っているのがやっとの状態だ。

視界は妙に鮮明なのに、頭の芯だけが熱に浮かされて、油断すると目的が溶けていきそうになる。

全部食べたら、たぶん勝利より先に、俺の中の何かが壊れる。

なら、この中で一番おいしそうなものだけを選ぶ。極上の獲物だけを狙い澄ますのだ。

それはラオンだ。

最も強大で魅力的な獲物である。

ネイキッドラオンのマスター。

この戦争を仕掛けた男。

奪う側として立ち続けてきた、裸の獅子。

こいつだけは、必ずいただく。

メインディッシュとして味わい尽くすのだ。

それだけは、もう決めた。絶対に譲れない" 私(リエラ) "のルールである。

「さあ、第二ラウンドの始まりよ。存分に楽しませてもらうわ」

俺は小さく呟いた。無意識のうちに声が弾んでいた。

自分の声が、少しだけ笑っていた。隠しきれない喜びが漏れ出ている。

戦場はまだ続いている。

魔術師も回復役も槍使いも残っている。

けれど、俺の意識はもうラオンへ向いていた。

彼をテーブルに乗せる戦いを、これから始める。

すぐに食べるのではない。

じっくりと調理してやるのだ。

まずは陣形を崩す。彼から余裕を根こそぎ奪い取る。感情を揺さぶる。

徹底的に体力を削る。

反撃の芽を少しずつ摘んでいく。

容赦なく怒らせる。冷静な判断力を失わせるためだ。

逃げ場を完全に奪う。周囲の退路をすべて塞いで孤立させる。

そして、自分が最後の獲物だと、思い知らせる。

俺は大盾のボーンパペットをラオンとの間に滑り込ませた。

かつて彼を守っていた盾が、今は俺を守るように立つ。

その皮肉が、ラオンの怒りをさらに燃やす。

「ふざけんなぁぁぁ!」

ラオンが斧を振り上げ、骨の大盾へ叩きつけた。

衝撃で骨の盾が軋み、白い破片が飛び散る。

だが、すぐには壊れない。意外なほどの耐久力を見せた。

本人だった頃よりは弱い。当然、耐久値は落ちているはずだ。

それでも、動きの残響と死霊術の補強で、ほんの一瞬だけラオンの斧を受け止める。

その一瞬の隙があれば十分だった。次の行動に移るには絶好のタイミングだ。

俺は斧の軌道の横へ回り、骨剣を二本、ラオンの足元へ走らせる。

一本は踏み砕かれた。

もう一本は斧の柄で弾かれた。

けれど、ラオンの視線は俺から逸れている。

「……あれだけ威勢が良かったのに」

俺は笑った。

ラオンの目が、ぎらりとこちらへ向く。

「まさか、あなたが格下に怖気付くなんて……」

「誰がだ!」

たっぷりと甘く、相手を煽るように囁きかける。神経を逆撫でするような声色で。

「そぉんなことないわよねぇ……?」

「黙れ!」

ラオンが踏み込む。

怒りに任せた突進は速い。凄まじい推進力だ。

けれど、動きがどこか雑だ。精密なコントロールを失っている。

さっきまでの彼なら、もっと周囲を見ていた。

大盾、槍、魔術師、回復役。

仲間の位置を使い、斧の圧でこちらを押し込む動きだった。

でも今は違う。

仲間を守る盾を失い、その盾を俺に使われ、捕食の光景を見せつけられたことで、ラオンの視界は狭くなっている。

今は俺だけを見ている。周りの状況など目に入っていないようだ。

" 私(リエラ) "の計画通り、それでいい。完全に狙い通りに動いてくれている。

ラオンの意識を俺へ縛ることができれば、ネネとトビーは後衛を崩しやすくなり、ミーナとベルナデッタは槍使いを処理しやすくなる。

俺はラオンの斧を骨盾で逸らし、腕に残る衝撃をスライムボディで逃がした。

さっきより軽い。

いや、ラオンの一撃が軽くなったわけではない。

俺が上がっている。

Lv68。

大盾を捕食したことで、レベルが跳ねた。

まだラオンを圧倒できるほどではない。

でも、確実に受ける余裕が生まれた。息が詰まるような圧迫感は消え去っている。

「リエラさん、深入りしすぎないでください」

ミーナの声が飛ぶ。

「わかってるわ」

返事をしながら、俺は一歩前へ出た。

たぶん、周囲から見れば全然わかっていない動きだった。忠告を無視しているようにしか見えないだろう。

でも、ミーナはそれ以上止めなかった。

止めるより、使った方がいいと判断したのだろう。

さすがプロデューサー。

俺の危うさまで戦術に組み込まれている気がする。

正直言って、彼女の冷徹さがちょっと怖い。どこまで計算しているのか底知れない。

「ベルナデッタさん、槍を切り離します」

「承知」

「エルーサさん、ベルナデッタさんとリエラさんの間に位置取りを……! 回復を継続してください」

「はい。お任せを」

背後で仲間たちの声が動く。

俺はラオンを見たまま、尻尾を低く構えた。

今すぐには食べない。焦る必要はどこにもない。

メインディッシュにはまだ早い。

お楽しみは最後まで取っておくのだ。

ラオンをテーブルに乗せるには、まず邪魔な牙を抜く必要がある。

厄介な槍使いだ、彼の手数を潰し文字通り横槍なんて入れさせない。

後方の魔術師の邪魔な魔法陣を無力化する。

鬱陶しい回復役、あの忌々しいヒールを封じ込める。

そして、ラオン自身の怒り。

この場のすべてを利用して、徹底的に陣形を崩す。奴らの希望を一つ残らず叩き折ってやるのだ。

ラオンは斧を担ぎ直し、荒い息を吐いた。

「俺を食うつもりか、リエラ」

「あら」

俺は目を細めた。

「やっと気づいたの?」

「させるかよ!!」

「させる、させないじゃないわ」

俺は骨剣を三本、空中に浮かべる。

白い刃が森の木漏れ日に照らされ、ゆらゆらと不規則に揺れた。

「あなたは、そうなるの」

ラオンが地面を蹴る。

今度は真正面からの突進ではない。少し軌道をずらしてきた。

どれだけ怒っていても、彼は根っからの強者だ。戦闘の勘は失われていない。

一度呼吸を整え、俺の骨盾を嫌って斜めから入ってきた。

斧の軌道は低く、足を刈るような横薙ぎ。

俺は跳ばず、足元にボーンシールドを滑らせて軌道をずらし、自分の尻尾で地面を叩いて身体を横へ逃がした。

斧がすぐ横を通過し、風圧で髪が揺れる。

一歩間違えれば高vitを貫くダメージを負う。そんなスキルの気配をちりちりと感じる。

冷や汗が背中を伝うのを感じる。

対人戦のトップランカーはやっぱり怖い。

微塵も諦めていない、その殺気は本物だった。

こちらが食べたいと思う相手が、同時に本気で殺しに来るのだ。冷静に考えると、処理しなければならない情報が多すぎてだいぶ忙しい。

俺は内心で叫びながら、表情だけは笑みを崩さない。

「いいわ。もっと来なさい」

ラオンの背後では、槍使いがこちらへ戻ろうとしていた。

しかし、その横にベルナデッタが入り込む。

真紅の騎士の大剣が槍の進路を遮り、ミーナの火球がその足元を焼く。

エルーサの癒しを受けたベルナデッタは、先ほどより動きが戻っている。

炎の焦げ跡を鎧に残したまま、彼女はまっすぐ槍使いを見た。

「ここから先へは行かせん」

「邪魔だ、召喚!」

「騎士だ」

ベルナデッタの声が低く響く。

「リエラ様の騎士だ」

槍使いが歯を食いしばる。

ミーナの杖先に炎が灯る。

そのさらに後ろでは、ネネとトビーが森の影を走り、魔術師と回復役の位置を乱している。

戦場は三つに割れた。

俺とラオン。

ベルナデッタとミーナ対槍。

ネネとトビー対後衛。

そして、中央にはボーンパペットたちかつての仲間の抜け殻が、ラオンの視界の端でぎこちなく武器や盾を構えている。

ラオンは必死にそれを見ないようにしている。意識から締め出そうと努めているようだ。

でも、間違いなく彼の視界には見えている。その存在感を無視できるはずがない。

どうしても見えてしまっているのだ。かつての味方の無残な姿が。

だからこそ、彼の呼吸は不規則に乱れる。感情の揺れが息遣いに表れている。

だからこそ、斧の軌道に余計な怒りが混ざる。太刀筋に生じたブレは隠せない。

だからこそ、俺はその僅かな隙を確実に拾える。つけ入る隙はいくらでもあった。

「ねえ、ラオン」

俺は尻尾をゆらりと揺らしながら、斧を握り直した裸の獅子を見上げた。

森の湿った空気の中で、ラオンの荒い息だけがやけに大きく聞こえる。

「奪う側って、そんなに苦しい顔をするものだったかしら?」

ラオンの目が燃えた。

「黙れ……」

「黙らないわ」

俺は笑った。

自分でも少し、声が甘くなっているのがわかった。

捕食の余韻がまだ身体の奥で渦を巻いている。

飲み込んだ大盾の経験だ。幾度となく最前線に立ってきた記憶の重みだ。

仲間のために盾役として踏ん張ってきた責任の重さだ。それが俺の身体の芯に沈み込んでいる。

デスペナルティによって増幅された、濃すぎる成長の感覚。

それがまだ、" 私(リエラ) "の内側を熱くしている。

けれど、今はまだ食べない。ぐっと食欲を堪え忍ぶ。

ラオンは最後の締めくくりだ。彼をメインディッシュに据えるのだ。

この饗宴の最後に、一番濃密な味をじっくりと味わう。それが最高の贅沢というものよ。

そのために、まずは彼を文字通り丸裸にする。一切の抵抗手段を奪い尽くしてやるのだ。

「あなたの牙、一本ずつ抜いてあげる」

俺は骨剣を浮かべ、ボーンパペットたちへ命じた。

後方から狙い撃つ弓の骨だ。正確に矢をつがえている。

足元をすくう罠の骨だ。不気味な粉をばらまく。

素早く飛び回る双剣の骨だ。両手の刃が鈍く光る。

そして、かつての仲間である大盾の骨だ。立ちはだかる壁として君臨する。

四体の骨人形が、ぎこちない音を立ててラオンの周囲へ散った。

個々の攻撃は決して強くはない。決定打にはなり得ないダメージだ。

羽虫のようにひたすら鬱陶しい。思考を乱すには十分すぎるノイズだ。

そして極限状態にある今のラオンには、その鬱陶しさが劇的に効く。冷静さを失った彼には最悪の相性だ。

彼は深く怒っている。沸点を超えた憤怒に支配されている。

そして激しく焦っている。戦況の悪化が彼を追い詰めていた。

仲間を奪われ、自分の盾を俺に使われ、それでも前へ出るしかない。

「邪魔なんだよ、骨どもが!」

ラオンの斧が唸る。

大盾の骨がその一撃を正面から受ける。重たい音が森に響いた。

凄まじい威力に盾は激しく軋み、白い破片が四方へ散る。限界は近そうだ。

しかし、その一瞬で俺は横へ回る。

ラオンが俺へ向き直るより先に、罠の骨が足元へ骨片を落とした。

ラオンはそれを力任せに踏み砕く。細かな障害物など気にも留めない様子だ。

けれど、その障害物を踏み砕くために、ほんのわずかだが足の向きが変わる。重心が不自然に偏った。

" 私(リエラ) "にとって、その一拍の隙があれば十分だった。待ちに待った決定的な瞬間である。

俺は素早く身を沈め、鋭い掌底を叩き込む。発勁の要領で内部に衝撃を伝える。

狙うはラオンの無防備な脇腹だ。

短く、しかし深く重い一撃を突き入れた。

「ぐっ……!」

彼のHPゲージがまた少し削れる。だが、まだ余裕はあるようだ。

もちろん、これで倒れるような決定打ではない。獅子のタフさは健在だ。

致命傷にはまだまだ届かない。彼の底力は底知れない。

でも、俺の攻撃は確実に通っている。

ダメージの蓄積は嘘をつかない。

自身が削られているという事実が、ラオンの怒りをさらに濃く塗りつぶしていく。彼の理性はもう限界だった。