軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

崩れる牙城

弓使い、罠師、そして双剣使い。三つの戦闘不能ログが次々と流れた直後、戦場の空気がざわめいた。

いや、正確には、ざわめいたのはネイキッドラオン側だけだった。

俺たちの思考は違っていた。ここで立ち止まるわけにはいかない。

もし一瞬でも足を止めれば、ラオンがすぐに押し返してくるからだ。

対人戦に慣れた連中は、崩れた瞬間よりも、その直後の立て直しが怖い。

だからこそ、ネネはそこで声を張った。

「じゃ、あたしこのままコア狙っちゃうねぇ」

その声は、森の中にやけにはっきり響いた。

軽くて、明るくて、いつものネネの声。

けれど、その内容はえげつない。

ターゲットは拠点コアだ。そこを破壊すれば、その時点でこちらの勝利が確定する。

ネイキッドラオンは前線に人数を寄せすぎていて、コア前にまともな守りを置いていない。

もしくは今まではコアなんて狙われなかった?

なんてバカな陣形だろう。あまりにも防衛を軽視しすぎている。

たぶん、彼らの正規の人数、普段の戦い方ならそれでよかったのだ。

だが今回はメンバーの脱退が相次ぎ、普段の戦いが出来ない。

コア前に前線戦力としては不足な連中を置く、もしくはコアの攻めに前線戦力外の中途半端なレベルの人員を割く。

その間に格下のクランを圧で潰す。

そういう勝ち方を繰り返してきたのだから、攻め切る前提なら理解できる。

けれど、それは相手が崩れてくれる時の話だ。

こちらが崩れず、逆に斥候と弓と遊撃を落とした今、その前提はもう崩れてしまった。

せめて数人をコア前に残していれば、結果は違ったかもしれない。

少なくとも、ネネの一言だけで陣形が揺れることはなかったはずだ。

「なっ……! あいつら、裏か!?」

魔術師が驚愕して振り返った。

回復役も一瞬、視線を森の奥へ走らせる。

槍使いが歯を食いしばり、ラオンは怒りに顔を歪めた。

「行かせるか! 戻るぞ!」

ラオンの判断は早かった。

そこはさすがにクランマスターだ。

コアを落とされれば終わり。

なら、前線を一度下げてでも守りに戻るしかない。

ただし、走るルートや速度には、大きな問題があった。

陣形を崩して下がるという行為そのものが、今この瞬間、一番危険だった。

ラオンは速い。

槍使いも、そのスピードについていける。

けれど、大盾持ちは違う。

彼は重い盾で前線を支える役であり、素早く後退するための役ではない。

ラオンと槍使いが反応して下がった瞬間、大盾持ちはほんの一拍、戦場に置き去りにされた。

その一拍。

「リエラさん!」

「わかってる!」

俺はターゲットをラオンから大盾持ちへ切り替えた。

ラオンが下がろうとしたことで、俺への圧が一瞬薄くなる。

その瞬間、俺は骨盾を前へ押し出すのではなく、砕けた骨片をまとめてボーンソードへ変え、大盾持ちの足元へ滑らせた。

一本ではない。

二本、三本。

低く、不規則に、盾の下へ潜り込ませる。

大盾持ちは盾を構え直そうとしたが、足元を絡める骨剣に反応せざるをえない。

「くそっ、まさか最初から俺の足を狙って!」

「ええ、狙いはあなたよ。大人しくなさい」

俺は口元を吊り上げて笑った。

大盾持ちの右側から、ミーナが現れる。

さっき双剣使いを落としたばかりで、魔力消費は軽くないはずだ。

それでも彼女の目は冷静で、杖先には圧縮された炎が灯っている。

その前に、ベルナデッタが立った。

真紅の鎧には、先ほどのフレアオーバーライドで焦げ跡が残っている。

無傷ではない。

肩口にも、腕にも、炎を受けた痕がある。

だが、ベルナデッタは倒れていない。

むしろ、炎を浴びてなお立つ姿は、戦場の中でさらに大きく見えた。

「エルーサ、援護を!」

「はい、御心のままに。ただちに癒やしの祈りを捧げます」

俺の後ろで、エルーサが速やかに祈りを紡ぎ始める。

淡い癒しの光がベルナデッタへ流れ込み、彼女の傷を柔らかく包んだ。

焦げた鎧そのものはそのままだが、HPバーが戻る。

ベルナデッタが静かに息を吐き出し、大剣を握り直した。

「助かった、エルーサ」

「ベルナを支えることはリエラ様の勝利につながります、共に……存分に働きましょう」

「応ッ!」

真紅の騎士が力強く前へ踏み出す。

同時にミーナが素早く横へと展開し、俺が正面から圧倒的な圧力をかけて退路を断った。

大盾持ちは完全に孤立した。もう周囲に助けてくれる仲間はいない。

盾を構えればベルナデッタの大剣が来る。

足を動かせば俺の骨剣が邪魔をする。

横へ逃げればミーナの火球が進路を塞ぐ。

大盾持ちは即座に状況を理解し、声を張った。

「マスター! 俺はいい、コアを――」

言い終わる前に、俺は一気に間合いを詰めて踏み込んだ。

「そうね、ここで終わりにさせてあげる」

鋭い掌底を打ち込む。狙うのは盾の正面ではなく、大盾を構える腕の付け根の隙間だ。

大盾持ちは防御に優れている。

だから、正面から削るのは効率が悪い。

狙うべきは、盾を支える身体そのもの。

彼は俺の掌底を肩で受けたが、衝撃で盾の角度がずれる。

そこへベルナデッタが大剣を叩き込んだ。

「ここは押し通る! 邪魔だてする者は斬り伏せる!」

金属音が激しく森の空気を震わせた。

大盾持ちは必死に足を踏ん張る。さすがに対人クランの猛者と言うべきか、この状況でも簡単には崩れない。

しかし、今回は一対一ではない。

「ミーナ、追撃を!」

「はい、今すぐ撃ちます。逃がしません!」

ミーナの放った火球が、盾ではなく彼の地面へと正確に落ちた。

大盾持ちの足元。

落ち葉と土が派手に弾け、踏ん張る足がわずかに浮く。

その瞬間、骨剣が盾の下へ滑り込み、彼の足首の動きを止めた。

ベルナデッタが再び押す。

俺は素早く横へ回る。

大盾持ちのHPが、少しずつ、しかし確実に削れていく。

ラオンが驚愕して振り返った。

「おい、そっちの防衛に戻れ! 何をもたついている!」

焦れたように槍使いも慌てて戻ろうとする。

「行くとは言ったけどぉ」

右側の木陰で、ネネの声が笑った。

「すぐ行くとは言ってないんだよねぇ」

その進路に、ネネの短剣が飛んだ。

コア狙いに見せかけて、ネネたちの実際の狙いは陽動、そして後衛だった。

戦場をかき回し狙いを絞らせない。

その隙に魔術師と回復役を確実に潰す算段だ。

一本ずつ牙を抜き、ラオンを丸裸にする。

実戦での隙を逃さず、確実に相手の戦力を削ぎ落としていく。

それが、ミーナが戦闘前に組んだ詰め筋だった。

どこから投げたのか、木の陰から鋭く飛んだ短剣は、槍使いの足元へ刺さる。

ダメージは薄い。

けれど、確実に踏み込みは止まる。

さらに、トビーの声が茂みから響いた。

「こっちはこっちで忙しいんでやすよぉ」

直後、後方で魔術師の詠唱が乱れた。

「くそ、また足元に……!」

ネネとトビーは、森の影から後衛を突き、ラオンたちを戻らせないように、細かく戦場を裂いている。

陽動の言葉ひとつで陣形を崩し、その崩れた隙間へ攻撃を差し込む。

派手な必殺技ではない。

外から見れば地味な妨害だ。

でも、戦争としては最悪に効く。

ラオンは怒りで顔を歪めた。

「てめぇら、どこまで小賢しいんだよ!」

「クラン戦争ですよ? 戦略を練らないほうが悪いと思います」

ミーナが淡々と言った。

その冷徹な声に、俺は思わず笑いそうになる。

正直言って今の彼女はかなり怖い。底冷えするような冷徹さを感じる。

我がクランのプロデューサーは本当に怖い。敵に回さなくて本当に良かったと心から思う。

だが、今はその冷たさが最高に頼もしい。

大盾持ちが必死に盾を押し返そうとした。

その瞬間、俺はふと気づいた。

視界端のスキル表示。

死霊術・初級。

その中で、ひとつの魔法が完全に使用可能になっている。

《ボーンパペット》

さっき倒し切った敵の残滓が、戦場に薄く残っている。

プレイヤーの身体が完全にそこにあるわけではない。

だが、戦闘不能時に散った魔力の欠片、砕けた骨剣の破片、森の中に漂う死霊術の素材が、術式の対象になっている。

もちろん、本人たちのスキルを奪えるわけではない。

そこにあるのは、戦い方の影のようなもの。

けれど、それで十分だ。

敵に絶望感を与えるには、ちょうどいい。

「《ボーンパペット》」

俺の声が、森の中に落ちた。

悪夢みたいな詠唱だ、と自分でも思う。

足元に白い魔力が集まり、骨片がかたかたと音を立てた。

さっき倒れた双剣使い。

弓使い。罠師。

彼らの残滓をなぞるように、三体の骨人形が立ち上がる。

完全な再現ではない。

装備も中途半端に生前のボロを纏った簡素な骨の形だけ。

ただ、それぞれがかつての役割を思わせる姿勢を取る。

二本の骨刃を鋭く構えるのは双剣の骨だ。不気味な骨の弓を満月に引き絞るのは弓の骨である。さらに、その足元の地面へ怪しげなマキビシのように尖った骨片をばらまくのは罠師の骨だった。

大盾持ちの動きが完全に止まった。

「……おい、嘘だろ」

彼の絞り出すような声に、初めて明確な動揺が混ざる。

ラオンも、槍使いも、後方の魔術師と回復役も、一瞬だけその骨人形を見た。

無理もない。

ついさっきまで仲間だった者たちの残影が、今は俺の命令で大盾持ちへ向かっているのだ。

心理的な圧が強すぎる。

俺だって、敵にやられたら普通に嫌だ。

「さあ、行きなさい。彼らに絶望を教えてあげるのよ」

俺は静かにボーンパペットたちへと命じた。

「まずはあの堅固な盾を徹底的に崩すわよ。全員で一斉に攻め立てましょう?」

三体のボーンパペットが、がちゃがちゃと動き出す。

双剣の骨が低く走り、大盾持ちの横へ回る。

弓の骨がぎこちなく弓を引き、威力の低い骨矢を放つ。

罠師の骨が、大盾持ちの足元へ小さな骨片や爆符をばらまく。

ダメージは大したことがない。

だが、今の大盾持ちには、それを無視する余裕がない。

正面からプレッシャーをかけるのは俺だ。さらに右側からはベルナデッタが、左側からはミーナが鋭い視線を走らせる。その足元には無数の骨剣が這い回り、逃げ道を完全に塞いでいた。

さらに、かつての仲間を模した骨人形。

盾役として、彼はあらゆる方向へ反応しなければならなくなった。

「ふざけるな……! こんな悪趣味な真似をしやがって!」

大盾持ちが怒りに任せて激しく吠える。彼は盾を横へ大きく振り、迫る双剣の骨を力任せに弾き飛ばした。

骨が砕ける。

「あーあ、可哀そう、お仲間でしょ?」

その瞬間、頭に青筋を立てながらも、正面のガードが完全に開く。

俺はその絶好の機会を見逃さず、一気に懐へと踏み込んだ。

渾身の掌底を繰り出す。武芸スキルによる発勁を乗せ、盾の内側へ響く強烈な打撃を叩き込んだ。

大盾持ちのHPが、目に見えて削れていく。そこへ間髪入れずにベルナデッタが続き、炎の焦げ跡を残した真紅の騎士が、大剣を上段から大きく振り下ろした。

「この一撃、受けよ! 《クラッシュ》!」

ガキィィィン!!

重力とスキル特有のシステム補助を得たベルナデッタの一撃を大盾持ちは必死に盾で受ける。

しかし、足元の骨片に踏ん張りを奪われ、完全には止めきれない。

ミーナの火球が盾の裏へ差し込まれる。

爆発は小さい。

だが、腕を焼き、構えを崩すには十分だった。

「ぐっ……! なんて連携だ!」

苦悶の声を上げる彼へ、容赦のない追撃の指示が飛ぶ。

「もう一度、畳み掛けます。手を緩めないでください」

冷徹なミーナの声が響く。

俺は骨剣を追加で二本、盾の左右へ走らせる。

弓骨がさらに矢を放つ。

罠師の骨が爆符を貼り付け、足元を奪う。

骨の再生成が終わった双剣の骨が立ち上がり、今度は大盾持ちの背後へ回ろうとする。

大盾持ちは判断を迫られた。

正面を守るか。横を払うか。足元を無視するか。背後の骨を潰すか。

どれも正解で、どれも不正解だった。

なぜなら、もう彼は一人で抱え込める量を超えている。

「マスター……! もう持ち堪えられません!」

悲痛な声で大盾持ちが叫ぶ。

その窮地を救うべく、ラオンが必死の形相で戻ろうとする。

だが、俺はそこへ冷たい視線だけを向けた。

「無駄よ、ラオン。そこから先へは一歩も行かせないわ」

静かにその名前を呼ぶ。

それだけで、彼の動きが一瞬止まった。

俺は不敵に口元を歪めて笑う。

「てめぇ……! よくもそんな真似を!」

「だって、戦争……なんでしょ? ふふふふっ」

ラオンが怒り狂って激しく吠える。

しかし、すべてはもう遅い。勝負の天秤は完全にこちらへと傾いていた。

ベルナデッタの大剣が大盾を押し込み、ミーナの炎が腕を焼き、俺の掌底が胴を打ち、ボーンパペットたちが足元と背後を乱す。

大盾持ちのHPバーが、赤く沈んだ。

膝が落ち、盾が地面へ重く傾く。

「ぐ、おぉぉおッ!」

それでも彼は、最後まで盾を手放そうとはしなかった。

大盾を支える腕は震え、足元はミーナの炎と俺の骨剣、そしてボーンパペットたちの妨害で完全に崩されている。それでも、彼の目だけはまだ戦場を見ていた。

ラオンを守る。

前線を支える。

自分が落ちれば、陣形が崩れる。

そう理解している目だった。

だからこそ、俺の尻尾が激しく反応した。

ぞくり、と背筋を撫でるような感覚が走る。

俺の意思より先に、尻尾の先がゆっくりと持ち上がり、大盾持ちへ向いた。

――食べたい。

頭の奥で、そんな声にもならない衝動が疼く。

それは紛れもない《捕食》の衝動だった。俺の持つ唯一無二のエクストラスキルが、今まさに目覚めようとしていた。

強大な力を秘めたエクストラスキル。今この瞬間、大盾持ちは瀕死の赤ゲージであり、動きも鈍く、完全に仲間から切り離されている。

幸いにして、俺が《捕食》を発動する瞬間に攻撃を届かせられる相手は、ここにはいなかった。

ラオンは少し離れている。

槍使いは戻ろうとしているが、ネネとトビーの牽制で踏み込みを乱されている。

魔術師と回復役も後方で手一杯。

ミーナは俺の判断を見て、杖先の炎を静かに構え直した。

ベルナデッタは何も言わず、俺の前に出られる位置で大剣を構える。

エルーサの祈りが、俺の背中を薄く包む。

みんな、わかっている。

今なら、確実に食べられる。誰にも邪魔されることなく、彼を丸ごと喰らい尽くすことができるのだ。

俺はゆっくり息を吸った。

森の湿った空気が肺に入る。

土の匂い、焦げた葉の匂い、戦場の熱。

その全部が、やけに鮮明だった。

「――そうよね。遠慮する必要なんてどこにもないわ」

俺は胸の奥で静かに呟く。

ずっとお腹が減っていたのだ。この溢れんばかりの 経験値(ごちそう) を前にして、理性を保っていられるはずがない。

俺は妖艶に口角を上げ、不気味に蠢く尻尾の先を大盾持ちへと向けた。

「いただくわ」

尻尾の先が花開く。

黒く艶めいた尾が、大盾持ちの身体を包み込むように広がり、淡い光がその内側で脈打った。

ーーぐしゃ、ボリ、バクッ、ごしゃ、ゴリィ……

次の瞬間、大盾持ちの姿が光と影へほどけていく。

エクストラスキル《捕食》。

彼の身体が、戦場から消えていく。

けれど、俺の中へ流れ込んできたものは、一瞬では到底受け止めきれない量だった。

大盾を構えた重さ。

仲間の前に立つ恐怖。

敵の大技を受け止めた瞬間の衝撃。

後ろの味方が無事だった時の安堵。

何度も倒され、何度も起き上がり、それでも盾役を続けてきた意地。

彼がこのゲームで積み上げてきた冒険のあらゆる喜怒哀楽、感情が、経験値という形を取って、同時にドクン、ドクンと俺の中へ一気に流れ込んでくる。

「あ……、何これ。頭がどうにかなりそう……」

快感のあまり、思わず熱い吐息とともに声が漏れた。

あまりの衝撃に膝がガクガクと震える。視界が激しく揺れ、立っていることすら困難なほどだ。

けれど、俺は決して倒れない。強靭な意志でその場に踏みとどまる。

身体の奥から凄まじい熱が湧き上がってくる。何かが内側から弾けそうなほどに膨らんでいくのを感じた。

ステータスが、経験が、戦いの感覚が、俺という器の内側を押し広げていく。

「あ、あぁ……うふっ」

だめだ、理性を保たなければいけない。ここで正気を失ったら、本当の怪物になってしまう。

絶対に笑うな。今笑ったら、配信を見ている人たちに本当に魔王だと思われてしまう。

今笑ったら、本当に魔王みたいだ。

そう思っているのに、喉の奥から勝手に笑いが込み上げてくる。

「美味しい……っ、うふふふふっ、美味しすぎるわっ……なにこれ、なにこれ、なにこれなぁにこれ?」

自分の声が、自分のものではないみたいに聞こえた。

経験を食べる。

感情を味わう。

積み上げてきた時間を、自分の成長として取り込む。

その感覚は、強敵を倒した達成感とはまるで違う。

もっと直接的で、もっと危うくて、もっと甘い。

視界端に、システムログが走った。

《デスペナルティMAXにより獲得経験値が増加します》

「――っ、さいっこう!!まさかそんな仕様まで適用されるなんて!」

その一文を見た瞬間、俺の背筋にゾクゾクとした強烈な熱が走った。

そういうことか、ようやくすべての点と線が繋がったわ。この戦争に課された特殊なルールが、最悪の形で噛み合っている。

デスペナルティMAX。

この戦争条件。

それが、捕食の取得経験値にまで影響している。

ただ倒すよりも、明らかに濃い。

明らかに多い。

さっきまでの常識が、足元から崩れる音がした。

もう耐えられない。脳が快感で焼き切れそうだ。

急激な成長に身体の感覚が全く追いつかない。気持ち良さで頭が真っ白になりそうになるのを、俺は奥歯を血が出るほど噛みしめて必死に抑え込んだ。

だめだ、これ以上はこの力に呑まれてはいけない。己を失ったら、本当に引き返せなくなる。

これは、本当にだめなやつだ。この圧倒的なレベル差と異常なまでの上昇量は、人の精神を簡単に狂わせる。

この圧倒的なレベル差。そして目を見張るほどの上昇量。

このままでは間違いなく気が狂う。下手をすれば、自分が何のために戦っているのかという本来の目的すら忘れてしまいそうだ。

下手をすれば、戦っている目的を忘れる。

勝つために食べるのではなく、食べるために戦うようになる。

他の連中も食べればよかった……? いや、それはまずい。なんとなく思った。戻ってこれなくなる予感。

その証拠に、身体の奥がもっともっと、もっともっともっともぉっと……欲しがっている。

《リエラのレベルが上がりました》

《リエラ Lv69》

58から、69。

たった一人を仕留めたに過ぎない。それなのに、ここまでの成長を遂げるなんて常識外れも甚だしい。

大盾持ちを食べただけで、ここまで跳ねた。

俺は息を荒くしながら、片手で胸元を押さえた。

全員食べたらどうなる。

考えるだけで、喉が鳴る。

おそらく、その時は完全に気が狂ってしまうだろう。今だって、襲い来る快感の波に耐えて立っているのがやっとの状態なのだから。

ミーナが俺を見ている。

ネネも、森の陰からこちらの様子を見ている気配がある。

エルーサの祈りが少し強くなる。

ベルナデッタは何も言わない。

ただ、俺が崩れたら支える位置に立っている。

「はぁ、はぁ……大丈夫よ。まだ私は正気を保っているわ」

自分に言い聞かせるように、俺は深く震える息を吐き出した。

まだ、ギリギリのところで踏みとどまれている。まだ俺の魂は、俺自身のままだ。

でも、これだけは譲れない。あいつだけは絶対に逃がさない。

ラオンのことは必ず喰う。意地でも、あの裸の獅子だけは。

意地でも、やつは。

あいつだけは、最後に必ず食べる。

「うふ……ふひっ、ふふふふっ……」

喉の奥から不気味な笑いが漏れる。それはもう自分の意志ではどうしても止められなかった。

尻尾が、まだ満足しきっていないようにゆらりと揺れる。

戦場の空気が変わっていた。

ラオンは、今の光景を見ていた。

自分の盾役が、守りの要が、目の前で俺に食われたところを。

彼の顔には怒りがあった。

けれど、その奥に、一瞬だけ別の色が混じる。

それは紛れもない恐怖の色だった。無敵を誇った彼が、初めて見せた怯えの表情だ。

俺はそれを見て、口元を吊り上げた。

「ああ、最高にいい気味だわ」

俺は歪んだ喜びを噛みしめる。

これだ、私が求めていたのはこの瞬間よ。これで完全に一本、奴の牙をへし折ってやった。

一本、牙が抜けた。

そしてその牙は、俺の腹の中で、俺の力になった。

「さあ、次よ。お次は……」

俺は震える声で甘く、かすれた声で囁いた。

「お前だ……♥」

ニタァと口角を上げ、俺は真っすぐにラオンを見る。