軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新生リエラ魔王軍vsネイキッドラオン

【新生リエラ魔王軍vsネイキッドラオン】

数日間それぞれが出来ることをし、準備した結果。

ついに迎えた決戦日。

商業都市ジュノリスの中央広場は、かつてない熱気に包まれていた。

普段なら、露店の呼び込みや荷馬車の車輪の音、冒険者たちの雑談で賑わう広場なのだろうが、今日だけは完全に様子が違う。

広場の周囲には、プレイヤーもNPCも入り混じるように詰めかけ、屋台の上や噴水の縁、建物の二階バルコニーまで人影で埋まっている。

風に乗って、焼き串の匂い、甘い果実酒の香り、革鎧と金属装備の油っぽい匂いが混ざり合い、その上から、歓声の熱が押し寄せてくる。

「リエラ様ー!今日も可愛いぞー!」

「応援してるぞー! 絶対に勝ってくれよ!」

「魔王軍、勝ってくれー! 期待してるからな!」

「裸ライオンを狩れー! 尻尾の力を見せてやれ!」

「リエラ様、今日お胸が最高ー! もっと揺らしてー!」

最後のやつは少し黙りなさい。熱気が変な方向に向かっている。

俺は広場へ足を踏み入れた瞬間、あまりの声量に一瞬だけ肩をすくめた。

シスター系の黒衣をベースに、戦争用として少しだけ装飾を増やした衣装が、風を受けて揺れる。

背後では尻尾が自然と持ち上がり、プラチナブロンドのツインテールが肩の上で跳ねた。

臣民たちはもちろん、それ以外の野次馬や一般プレイヤーまで、ほぼほぼ新生リエラ魔王軍を応援している。

こんな応援される魔王軍ってある?普通はもっと忌み嫌われる存在のはずだ。

俺たちはジュノリスの広場で、完全にホームチームみたいな歓声を浴びている。

まるで凱旋パレードのようだ。というかネイキッドラオンが嫌われすぎなだけかもしれないけど……。

「リエラさん、手を振ってください。臣民側に三秒、一般観客側に二秒、カメラ正面に一秒です」

横からミーナが小声で指示してくる。

戦闘服に近い魔法使い装備を整えた彼女は、いつも通り涼しい顔をしているが、目はしっかり会場と配信画面の両方を見ている。

怖い。この子は本当に末恐ろしい。

この子、戦争開始前から完全にイベント運営の顔をしている。プロ意識が高すぎる。

「わ、わかってるわよ。ちゃんとやるから安心して」

俺は顎を上げ、ロールプレイの笑みを作り、広場の片側へゆっくり手を振った。

「ふん、臣民もそうでないものも……見てなさい、このリエラ様の初陣を!」

言った瞬間、歓声が跳ねた。空気がびりびりと震えるのを感じる。

うわ、これは効く。想像以上の反応だ。

臣民たち、燃費が良すぎる。ちょっと手を振っただけでこの熱狂ぶりだ。

『リエラ様ああああ!一生ついていきます!』

『魔王軍初陣!歴史的瞬間だ!』

『勝って!絶対に勝って!』

『今日は歴史の日。伝説の始まりだ!』

『ネイキッドラオン終わったな。完全にアウェーじゃん』

『あいつらはいつもアウェーだぞ。それでも勝つ、油断は禁物だ』

『流れは完全に魔王軍。いけるいける!』

視界端の配信コメントも、とんでもない速度で流れている。

今回は当然、公式にイベント配信を入れている。

リエラちゃんねる、ネネのチャンネル、そして《TALE-TELLER》公式の三窓構成。

さらに外部の切り抜き勢、考察勢、対人勢、野次馬勢が乗っかり、もう完全に祭りだった。

闘技場中央には、巨大な転送陣が設置されている。

白い石畳に刻まれた円形の紋様は、普段のクエスト用転送陣よりも大きく、外周には剣と盾、そして獣の爪のような模様が彫り込まれていた。

あれに触れると、いわゆるCvCフィールドへジャンプすることになる。

フィールドの選出はランダム。

森なのか、遺跡なのか、荒野なのか、城塞なのかは、入ってみるまでわからない。

雑魚敵がいるかどうかも不明で、完全な未知数である。そのあたりは経験量に圧倒的な差があるため向こうが有利だ。

転送後、両クランに三十分の準備時間が与えられ、その後、試合開始。

勝利条件は相手クランの全滅、または拠点コアの破壊。

条件は、あの裸ライオンが提示した通り。

デスペナMAXだ。クラン金庫解放。クラン装備解放。敗北時クラン解散。

負ければ相当な痛手を負う。

コラボどころではなくなってしまうかもしれない「ミルキープンプンだゾ☆」って言われそうだ……そんなキャラじゃないと思うけど。

しばらくレベル上げ、金策配信という地味絵面が続くだろう……。

文字通りすべてがやり直しとなってしまう条件である。

冷静に考えるとやっぱり頭がおかしい。

しかし、その頭のおかしい条件を飲んだ結果、今日の広場はここまで盛り上がっている。

つまり、世の中、狂気の濃度が高いほどイベント化しやすい。

嫌な真理である。できれば目を背けたかった。

「リエラちゃん、顔固いよぉ。もっと余裕っぽく」

ネネが背後から、軽い声で囁いた。

彼女は今日も獣人アバターの耳を揺らし、戦闘用の軽装に身を包んでいる。

短剣のホルダーは太ももや腰、背中にまで配置され、見た目は可愛いのに、近づいたら切り刻まれそうな危険さがあった。

「余裕っぽくって言われても、普通に緊張してるのよ」

「大丈夫大丈夫。緊張してても、口角だけ上げとけば魔王っぽく見えるから」

「そんな雑な魔王論ある? もっと威厳とか必要でしょ」

「あ、もう一個胸の下で腕組んで持ち上げると威厳出るよ! お胸で圧倒しちゃえ」

「……ええい、ままよ!」

俺は、胸の下に腕を入れグイッと背筋を伸ばした。たゆん、とお胸が圧を放つ。

ネネは軽く笑った、その横顔はいつも通り明るい……だが、目の奥は油断なく広場全体を見ている。

ミーナが導線を作り、ネネが空気を読む。

その様子に俺は安心感を得た。俺はただ、ここに 魔王(しょうちょう) として立つ。

役割分担はいつの間にかかなりはっきりしていた。

その時、広場の反対側がざわついた。

人垣が割れ、重い足音が近づいてくる。

視線が一斉にそちらへ向いた。

ネイキッドラオン、対戦相手の登場だ。

対人クランのマスター、ラオンが現れた。

「はっはー……逃げずに来たようだな」

声は大きい。態度も相変わらず大きい。

相変わらず上半身は半裸で、褐色の肌と獅子の鬣みたいな髪、牙飾り、傷だらけの装備は、まさに裸ライオンそのものだった。

だが、なんか、やつれている。

アバターなのに、やつれている。ゲーム内の姿にも疲労がにじみ出ているようだ。

目の下にうっすら疲労感があり、いつもの獰猛な笑みも、少しだけ頬の筋肉が引きつっているように見えた。

しかも、後ろのメンバーもそうだ。どこか覇気がない。

戦争と言ったからには、ものすごく大勢を引き連れてくると思っていた。

対人クラン。しかも、これまで幾つものクランを潰してきたという話だった。

なら、最大人数で押し寄せ、こちらを数で飲み込みに来るのが自然だと思っていたのだが。

現れたネイキッドラオンのメンバーは、八人。

ラオンを含めて八人。予想よりはるかに少ない。

一体どういうことだ? これでは戦争というより小規模な小競り合いだ。

俺は思わず、横にいるミーナとネネを見た。

ミーナはすっと視線を外し、ネネは雑に口笛を吹いた。

下手だ。口笛が絶望的に下手すぎる。

いや、そういう問題ではない。誤魔化し方が露骨すぎる。

あ、盤外戦術……俺は数日前のふたりの言葉を思い出した。

……何をやったらここまで削れるんだ……。

俺は専門外だし、二人とも「大丈夫、妙に優しくやるから」みたいなことを言っていた。

あれ、嘘ではないが、たぶん俺の想像する優しさとは違うやつだったのだ。

そしたら、ネイキッドラオンのメンバーが減っていた、と。

俺が無言で二人を見ると、ミーナは小さく咳払いした。

「いや、違うんです……実際には何もしてなくて、ほぼ、勝手に燃えてたんですって……」

「まだ、何も言ってないわよ? 顔に書いてあったかしら」

ネネがにこにこしながら言った。

「そうそう、かなりいろんな方面から恨み買ってるみたいで、ネットでは5日前からお祭り状態よ」

「それはまた盛大ね」

嫌な響きだ。どんな炎上騒ぎになっていたか想像もつかない。

ネネは肩をすくめ、スマホのような情報ウィンドウを軽く振った。

「うちらがやったのは、条件の説明動画と、現実攻撃禁止の注意喚起と、過去に同じ条件で潰されたクランの人たちが勝手に喋りやすい空気を作ったくらい」

「それを盤外戦術って言うんじゃないの? 十分えげつないわよ」

「でも、嘘は言ってないよぉ。事実を並べただけだし」

ネネは悪びれない。ミーナも静かに頷く。

「こちらから個人攻撃はしていません。誹謗中傷も誘導していません。ただ、ネイキッドラオンが過去に同条件で戦争を仕掛け、複数のクランを解散に追い込んだ事実を、対人戦レクチャー動画の文脈で説明しました」

「よっぽど恨みを買っていたのね」

「はい、私怨の連鎖ですね」

ミーナの言い方は丁寧だったが、要するにこういうことだ。

俺たちは火をつけていない。直接的な放火魔ではない。

ただ、乾ききった薪の山に照明を当てて、皆さんここに薪がありますよ、と知らせただけ。

その結果、どこかから火の粉が飛んできて、勝手に燃えた。

うーん、限りなく白に近い黒。いや、黒に近い白か。

どっちだ。俺には判断が難しい。

「で、メンバーが減った理由は?具体的に何があったの?」

俺が小声で聞くと、ネネが指折り数えた。

「まず、条件はいつも通りだったけど、リエラちゃんの戦闘動画が結構センセーショナルでね。捲られるかもって装備解放、金庫を差し出すのが怖くなって抜けた子たち」

「え、あ、そうなの……?」

「あと、過去に潰したクランの元メンバーから煽られて、急に日和った子たち」

「うん……。因果応報ってやつかしら」

「さらに、あたしやリエラちゃんがそこそこ有名人だけに『勝っても弱小新興クランを潰しただけ、負けたら大炎上』って拡散力を恐れて空気に耐えられなくなった子たち」

「……なんだか可哀想になってきたわ」

「最後に、ラオンが『逃げるやつは腰抜け』って怒鳴ったせいで、逆に何人か脱退したらしいよぉ」

「自爆じゃない! 完全にリーダーの失態ね」

俺は思わず叫びかけ、慌てて口を閉じた。

広場で変に聞かれたら困る。威厳を保たなければ。

いや、もうかなり見られているが、今は魔王として余裕の顔を保たなければならない。

俺は咳払いをし、ラオンへ向き直った。

ラオンは俺たちの小声の相談を、警戒するように見ていた。

その後ろにいる七人のメンバーは、それぞれ装備の系統が違う。

大盾持ちの重戦士、いかにも硬そうだ。

弓を持った狩人風の男、遠距離からの狙撃はフィールドによってはかなり厄介になりそうだ。

ローブ姿の魔術師だ、攻撃か妨害、今はまだわからないけど面倒な魔法を使ってくるだろう。

回復役らしき白衣の女だ。ヒーラーは真っ先に落とすべきか。

双剣使いは、軽装のソードウォリアーといった様子だ。

槍持ち、リーチの長さには警戒が必要ね。

そして、黒い軽装を着た罠師か斥候らしきプレイヤー。

少ないとはいえ、編成は整っている。

8人だからといって、油断できる相手ではない。

むしろ、ここまで残った八人は、ラオンについてきた本気の連中だ。

世論やリスクに怯えて逃げた者ではなく、装備とクランを賭ける覚悟を持ってきた者たち。

数は減っても、密度は上がっている可能性がある。

「……私たちが逃げるとでも?」

俺は口元に笑みを乗せた。

歓声が少しだけ静まる。周囲の空気が張り詰めた。

俺とラオンの視線が、広場中央でぶつかった。

「ふん。裸の獅子がずいぶんやつれているから、心配していたところよ。ちゃんと眠れたのかしら?」

周囲から、どっと笑いが起きた。

ラオンの眉がぴくりと動く。

だが、彼はすぐに歯を見せて笑った。

「言うじゃねぇか。そっちは3人か? 眷属だか召喚だか知らねぇが、足りるのかよ」

「ふわぁ……」

俺はわざとらしく欠伸をする。

「あなたたちの骨は拾ってあげるわ」

「っ、てめえ……!」

ビキッという音が聞こえた気がする。

ラオン側のメンバーも、一瞬だけ互いに視線を交わした。

「リエラさん」

ミーナが小さく囁く。

「相手の人数は想定より少ないですが、構成は整っています。特に回復役と罠師は優先警戒です」

「わかってるわ。十分に気をつける」

「準備時間三十分で、フィールド確認後に作戦を微調整します。転送直後、配信向けの口上は短めでお願いします」

「この状況でまだ配信向けを考えるの、さすがね。ブレないわ」

「戦争も配信も、勝ちます。どちらも譲りません」

ミーナは真顔で言った。

頼もしい。頼もしいけど、たまに本当に怖い。

ネネが俺の反対側に並び、軽く肩を回した。

「ラオンはたぶん、開始直後に派手に来るよぉ。あいつ、空気を取り返したいはずだから」

「空気を?取り返すってどういうこと?」

「うん。今、広場は完全にこっち寄りでしょ? あいつは強者ロールの人だから、フィールド入ったら一発目で『やっぱラオン怖い』って思わせたいはず」

「なるほど。確かにそういう心理にはなるわね」

それはわかる気がした。

ラオンは、勝ってきた人間だ。

勝つことで黙らせ、奪い、笑い、相手に恐怖を植えつけてきた。

なら、今の空気はかなり不快なはずだ。

自分たちが悪役として見られ、メンバーが減り、広場では相手側に声援が飛んでいる。

それを覆すには、戦場で圧倒的な力を見せるしかない。

つまり、初動が荒い。しかし、強い。

「最初に受けるのは私ね。しっかり受け止めるわ」

「はい。私がしっかり見定めます」

「うん、リエラちゃんが受けて、ミーナちゃんが相手の後衛位置を見る。あたしは罠師と弓の動き見るね」

ネネの声は軽いが、内容は実戦的だった。

俺は頷き、正面の転送陣へ目を向ける。

白い紋様がゆっくりと光を強めている。

運営システムの通知が表示された。

《クラン戦争参加者は、転送陣へ入場してください》

《入場後、CvCフィールドへ転送されます》

《準備時間:三十分》

《準備時間終了後、戦闘開始となります》

広場の歓声がさらに高まった。

「リエラ様ー!頑張ってー!」

「勝ってくれー!魔王軍の力を見せつけろ!」

「ネネさん頼む!かき回してやって!」

「ミーナちゃん焼いてー!容赦なく燃やせ!」

「魔王軍! 魔王軍!」

魔王軍コールが起きている。

何度も思うが、こんな応援される魔王軍ってある?

俺は内心で苦笑しながらも、表情には出さなかった。

俺は一歩前へ出て、広場全体を見渡した。

臣民、野次馬、対人勢、ネイキッドラオンに潰されたクランの元メンバーかもしれない人たち。

そして、こちらを見つめるラオンたち。

全部の視線が、俺へ集まっている。

俺は胸を張った。威風堂々たる態度を示す。

「臣民たち、よく見ておきなさい」

声を張る。

広場のざわめきが、一瞬だけ引いた。

「今日、この新生リエラ魔王軍は、初めて世界に牙を剥くわ。相手は、奪い、潰し、笑ってきた裸の獅子」

ラオンの口元が引きつった。

だが、俺は続ける。

「けれど、安心なさい。喰われる側がどんな顔をするのか、このリエラ様が、きっちり教えてあげる!」

歓声が爆発した。

音が身体を打つ。

地面が震えるような声の中で、俺はミーナとネネを連れ、転送陣へ向かった。

ラオンも、八人のメンバーを率いて反対側から歩いてくる。

すれ違う直前、彼が低く言った。

「調子に乗れるのも今のうちだ。フィールドに入ったら、配信も世論も関係ねぇ。強ぇ方が勝つ」

「そうね。その通りだと思うわ」

俺は笑った。不敵な笑みを返す。

「だから、来たんでしょう?力でねじ伏せるために」

一瞬、ラオンの目が鋭くなった。

やつれていても、疲れていても、その奥には確かに獣の火が残っている。

こいつは、まだ折れていない。闘志は健在だ。

だからこそ、油断できない。

俺は転送陣の中央へ足を踏み入れた。

白い光が足元から立ち上がり、視界の端が淡く滲む。

ミーナが左に、ネネが右に立つ。

俺は二人の気配を感じながら、ゆっくり息を吸った。

さあ、始めよう、出し惜しみはなしだ。

裸のライオンさん、準備はいいかしら。

ーーあなたの牙が本物かどうか、見せてもらおうじゃない。