軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ネクロマンサーvs新生リエラ魔王軍

司祭と俺とのレベル差は、約50。

普通なら、完全に攻撃は通らないし挑もうとも思わない。

普通に戦えばの話だ。パーティーとしてもレベル差が50あったら、まともにやり合あったところで、絶対に勝ち目はない。

レベル差という壁は、この世界においてかなり重い。

同じスキルを使っても、同じ武器を振っても、数値が足りなければ弾かれ、貫けず、削れず、ただ一方的に踏み潰される。

エタファンは自由度の高いゲームだが、ゲームである以上、数値の暴力は確かに存在する。

だが俺は、いや、うちのパーティーはその数値の暴力を別方向から積み上げてきた。

捕食によるパラメーター補正。

異常なVIT。

戦場の聖女による継続回復、スライムボディによる衝撃分散。

誘惑によるヘイト固定、眷属召喚。

それらの準備を整えてミーナの高火力で粉砕する。

そしてミーナのレベルは83。これで十分だ。

耐久特化と火力特化ふたりでひとつ。

--何より今回は……

俺は地下礼拝堂の冷たい床を踏みしめ、正面に立つ黒法衣の骸骨――闇の司祭・リッチ《ネクロマンサー》を睨んだ。

青白い燭火が骨で作られた燭台の上で揺れ、壁に並ぶ影が、まるで祈る亡者たちの列のようにゆらゆらと伸びている。

腐った匂いというより、古い石と乾いた骨、そして何百年も閉じ込められていた祈りの残り香みたいな冷たい臭気が、鼻の奥に張りついていた。

「《コールゴブリン!》」

俺の声が礼拝堂に響いた瞬間、足元に濁った緑色の魔法陣が広がった。

そこから、がちゃがちゃと武器を鳴らしながら、見慣れた小柄な影が次々と這い出してくる。

召喚されたゴブリンたちだ。

彼らは命令を待つように、こちらを一斉に見上げた。

そして、その中でもひときわ嫌らしい目つきをした小物――トビートミーが、ぺこりと腰を折った。

「うへへっ、お呼びでございやすか、リエラ様ァ」

「嫌がらせ、撹乱、視界妨害。好きに暴れなさい。ただし後衛には行かせないこと」

「お任せくだせぇ。嫌がらせなら、このトビートミー、闇の眷属だって負けやせん」

「そこ張り合うところなの?」

俺は思わず半目になったが、言っている暇はなかった。

司祭の周囲で跪いていたスケルトンやマミーが一斉に立ち上がり、骨の指が剣を握り、包帯の奥の目が鈍く光る。

足元からは、さらに黒い靄が湧き、墓場の土をこねるように新しいアンデッドの腕が床を割って伸びはじめた。

見るからに数で押し潰すタイプだ。

ただこちらも乱戦は得意である。

「聖女エルーサ、騎士ベルナデッタ!」

俺は続けて召喚を発動した。

淡い聖光と、真紅の戦気。

二つの魔法陣が俺の左右に浮かび上がり、そこから小柄な聖女と、大剣を携えた美しい女騎士が姿を現す。

泥濘の聖女エルーサは、儚げな横顔のまま杖を胸に抱き、薄い光を纏って静かに頭を下げた。

真紅の騎士ベルナデッタは、鎧の音を低く鳴らしながら、俺の前に半歩出て、大剣を構える。

「御意に。直ちに斬り伏せます」

「リエラ様への信仰を汚す者、決して許しはしません」

「よろしく頼むわ! 二人とも存分に暴れてちょうだい!」

言っている場合ではないのに、二人が並ぶとかなり魔王軍っぽくて、俺の中のロールプレイ魂がちょっと喜んだ。

いや、今は喜んでいる場合ではない。

司祭が何かを唱えている。

骸骨の顎が、かたかたと小さく鳴る。

言葉は聞き取れない。

だが、その響きは耳ではなく、骨の内側に直接触れてくるようだった。

低い声が地下礼拝堂の床を這い、青白い炎が一斉に細く伸びる。

次の瞬間、身体が、ずしりと重くなった。

「っ……! 何よこれ、体が鉛みたい!」

あまりの重圧に膝が沈む。立っていることすら困難なほどの負荷だ。

肩に見えない石を積まれたような圧がかかり、足裏が床に貼りつく。

呼吸そのものが重くなったわけではないのに、身体を動かそうとすると、水の中で走るみたいに抵抗がまとわりついた。

範囲内の足止め。

あるいは、重力系の妨害。

レベル差があるせいか、効果が深い。

「くっ! 何という重圧……っ!」

ベルナデッタが大剣を床へ突き立て、鎧の隙間から低い声を漏らした。

「……ん、うぅ、ベル、ナ……っ!」

エルーサも、杖を握ったまま身体を小さく震わせ、いつもの滑らかな動きが止まっている。

ゴブリンたちは一部が床に転がり、トビートミーだけが「ぐえっ、足が重てぇ!」と情けない声を上げながらも、這うようにして敵の足元へ石を投げていた。

なんという根性、健気な奴だ。

嫌がらせ根性だけは本物だ。

「ミーナ、ネネ、範囲外へ!」

「把握しています!」

「こっちは動けるよぉ!」

後方からミーナの声と、横手からネネの軽い返事が飛んでくる。

どうやら、効果範囲は祭壇周辺を中心にした円形らしい。

俺と眷属たちは前に出ていたせいで巻き込まれたが、後衛にいた二人はぎりぎり外れている。

よかった。これで一安心だ。

少なくとも全員足止めからの全滅コースではない。

司祭の頭蓋の奥で、紫色の光が揺れる。

笑った、気がした。

骨の顔に表情なんてないはずなのに、確かに嗤ったように見えた。

その瞬間、周囲のアンデッドたちが一斉に前へ出る。

スケルトンの剣。

マミーの呪符。

床から這い出すゾンビの腕。

そして天井の梁から落ちてくる、黒い甲殻の蟲。

完全に混戦だ。視界が敵で埋め尽くされている。

吸収限界を迎えていなければ冷静に対処出来なかったかもしれない……。

「トビー、蟲だけは確実に止めて!」

「お、へへ、この数に……無茶言いますぜ! でも任されやした……!」

俺は足が重いまま、無理やり胸を張った。

「こっちを見なさい、朽ちた者たち!」

誘惑(テンプテーション) 。

桃色のハートエフェクトが、青白い礼拝堂の中に不釣り合いなくらい明るく弾けた。

ゾンビの濁った目がこちらへ向き、スケルトンの剣先が俺に揃い、マミーの呪符も、蟲の脚音も、全部が俺へ集中する。

ゴブリンたちが重い足取りながらスクラムを組み、前衛が砦のように強固になっていく。

ミーナとネネに雑魚のタゲが流れたら、こちらの形が崩れる。

俺は重い足を一歩だけ前へ出し、スライムボディで肩から腕の形を柔らかく変えながら、最初に飛び込んできたスケルトンの斬撃を受け流した。

ゴブリンたちの隙間から、徐々に刃がこちらへ届き始める。

骨の剣が擦れ、硬い音が響く。

ダメージは小さい。

やっぱり、俺には通常攻撃は通らない。

だが、数が多い。足が重い。

そして――

司祭の杖が、静かにこちらを指した。

紫黒い光が一点に集まり、矢のように細く伸びる。

避けたい。直撃だけは免れたい。

俺は腕を上げ、尻尾を盾のように前へ出した。

呪詛が俺に飛んでくる。

それは物理的な衝撃ではなかった。

熱くも、冷たくもない。

ただ、胸の奥に黒い針を刺されるような感覚があり、次の瞬間、HPバーが明確に削れた。

「……っ! 痛いじゃないの!」

5パーセント。

正確には数秒ごとに数パーセント削られる系の割合ダメージだ。

通常攻撃ではびくともしない俺のHPが、数値に関係なく一定割合で抉られていく。

久しぶりにダメージが入る感覚が、妙に新鮮だった。

新鮮とか言っている場合ではない。

これはまずい。

俺の強みである高HPと高VITを、割合で無視してくる。

しかも、足止めで身動きを鈍らせ、雑魚を押しつけ、呪詛で削る。

ネクロマンサーらしいと言えばらしいが、性格が悪い。

「リエラさん、HP減少を確認。割合継続ですか?」

「たぶん! 数秒ごとに何%か持っていかれてる!」

「リエラ様、解呪を試みます、ミーナ様、牽制を!」

「わかった、エルーサちゃん!」

ミーナが即座に答え、火球ではなく、空中で何本も滞留していた炎の矢を司祭へ撃ち込んだ。

妨害目的。

だが、司祭の周囲に浮いた骨の盾がそれを受け止め、炎は白い骨を焦がすだけで本体には届かない。

「時間稼ぎなら任せてぇ~」

ネネの姿が揺れた。

分身が三つに分かれ、左右から走る。

レベル120超えのスカウト職の彼女が本気で動くところをほぼ初めて見る、瞳の奥が揺れ、鈍い赤のようなエフェクトが走り、どれがネネ本体なのかわからなくなる。

「じゃ、右の骨弓兵もらうねぇ」

ネネがそう言った次の瞬間、彼女の姿がぶれた。

獣人アバターの耳が残像みたいに揺れ、軽い足音が石床を叩いたかと思うと、もうそこに本体はいない。

代わりに、黒い影のような分身が三つ、薄暗い通路の中を走り、スケルトンアーチャーたちの視線を一斉に奪っていく。

骨の弓兵がぎしりと弦を引き、青白い矢を放つ。

だが、その矢はネネの分身を貫いた瞬間、煙のようにほどけた幻へ吸い込まれ、本体のネネはいつの間にか祭壇の中央に滑り込んでいた。

「はい、こっち本命〜」

軽い声だった。緊迫感など微塵も感じさせない。

同時に、闇の司祭の喉元に短剣が二本、月明かりみたいな軌跡を描いた。

一本は司祭の腕を弾き、もう一本は首の接続部へ入る。さらに回転しながら蹴りを添え、崩れた相手を一歩祭壇の中心からずらす。

さらに、腰のホルダーから抜いた予備の短剣を、別の敵の足元へ投げる。

投げられた短剣は床に刺さった瞬間、小さな光の糸を広げ、踏み込もうとしていたスケルトンの足を絡め取った。

そしてトンッと音を置き去りにして、闇の司祭から距離を取る。

骨弓兵に行くと見せかけて、闇の司祭へ攻撃を喰らわせ、深追いせずそのまま撤退。

「本命が司祭って、私も、騙されたわ……」

「ごめんねぇ、モンスター戦といえど、狙いを絞らせないのがスカウトの役目だから」

移動補助、幻惑、短剣二刀流、投擲。

全部が一つの流れに繋がっていて、見ていて気持ちいいくらいに派手だった。

本人は「モンスター戦闘より対人に強いスキルが、なんか揃っちゃったんだよねぇ」と笑っていたが、モンスター相手でも十分すぎるほど凶悪である。

特にスピードが異常だった。

俺の捕食のように、一度決まれば戦況そのものを変えるような理不尽さもない。

しかし、ネネは敵の意識をずらし、視線を奪い、足を止め、背後に回り、短剣を投げ、分身を残し、また消える。

相手からすると、攻撃しても当たらず、見えているものが本物かわからず、気づいた時にはこちらの後衛か支援役が削られている。

どこからともなく現れてまた消える、常に警戒しなければいけないのは特に対人戦ではある意味では俺以上に相手にしたくないタイプかもしれない。

俺は前衛でアンデッドの群れを引き受けながら、そんなことを考えていた。

本体は一瞬で背後へ回り込み、司祭の骨盾の隙間へ短剣を投げ込んだ。

短剣は紫の障壁に弾かれる。

だが、その瞬間、司祭の視線がネネへ向いた。

「やっば、ヘイト貯めすぎた……!」

「こっちよ!」

俺は誘惑を重ねる。

ハートエフェクトがさらに弾け、司祭の頭蓋の光が、ゆっくり俺へ戻った。

効いている。

ボス相手だから完全固定ではないが、少なくとも注意を引くことはできる。

俺は雑魚の攻撃を受けながら、歯を食いしばった。

HPがまた削れる。

戦場の聖女のリジェネが追いかける。

じわじわと減る。容赦なく削られていく。

回復で戻る。何とか持ちこたえようとする。

また減る。

久しぶりに、HPバーを見る意味がある戦いだった。

……いや、そんな戦い、別に求めていなかったんだけど。

「エルーサ!」

「はい、お陰で少し余裕が出来ました……」

俺が呼ぶと、足止めで動きを封じられていたエルーサが、ゆっくりと顔を上げた。

小柄な聖女の目に、薄い光が宿る。

彼女は震える手で杖を床へ立て、祈るように目を閉じた。

「泥濘に沈みし祈りよ、穢れを抱き、道を開け」

エルーサの声は小さい。

しかし、その響きは司祭の呪詛とは違って、足元の冷たい石へ柔らかく染みていった。

白と淡い金色が混ざった光が、彼女の足元から円形に広がる。

それは床を覆っていた黒い靄に触れ、じゅう、と音を立てるように薄れていく。

まだ重い。枷が完全に外れてはいない。

だが、足裏に張りついていた見えない鎖が、少しずつ剥がれていく感覚があった。

「状態異常床、打ち消しています!」

ミーナの声が弾む。

「エルーサ、もう少し!」

俺が叫ぶと、エルーサは小さく頷いた。

その額には汗のような光が浮かび、召喚体でありながら、確かに苦しそうに見えた。

彼女にとって、司祭の呪詛は相性が悪いのかもしれない。

同じ祈りの系統。

しかし片方は泥濘の中で誰かを救おうとする聖女で、もう片方は骨の上に祈りを積み上げた枢機卿の亡骸。

なんとなく、ぶつかっているものが見える気がした。

ベルナデッタが足止めの緩んだ瞬間を逃さず、大剣を振るった。

赤い軌跡がスケルトンの群れを薙ぎ払い、骨が砕けて床に散る。

「斬り、開く! 『地裂斬』!」

足止めの緩んだその一瞬。ベルナデッタが鋭く踏み込み、頭上へ掲げた大剣を渾身の力で床へ叩きつけた。

地鳴りのような轟音が地下礼拝堂を揺らす。

巨大な質量が叩きつけられた衝撃で、這うように石床が砕け割り、隆起した瓦礫が津波のように周囲のアンデッドを吹き飛ばした。

その後ろでトビートミーとゴブリンたちが、転がった骨の頭蓋を拾い上げ、蟲へ投げつけていた。

「おらぁ、リエラ様の命令だ! おめえらリエラ様は蟲が弱点だ、覚えたか!」

「地味に助かるけど言動が最低ね! 裏切ったら承知しないからね!?」

「へへっ、お褒めに預かり光栄でさぁ!」

「褒めてない!」

少しだけ空気が戻る。

俺はその隙に、足元の黒い靄が薄れた場所へ踏み込み、身体の重さが軽くなったのを確認した。

完全解除ではない。

だが動ける。なら十分だ。