軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

対人クラン《ネイキッドラオン》

「ラオン……?」

「対人クラン《ネイキッドラオン》のクランマスターラオン……です」

隣でボソリとミーナが補足する。

「……って、おお!? 本物のリエラじゃん!」

ラオンは路地の入り口で足を止め、三人組を見下ろし、それから俺の姿を認めた瞬間、目を丸くした。

確かに、名前は聞いたことがある。

というか、ネネが一度、配信外の情報共有で「対人勢の中でも、面倒くさいタイプの名前が売れてるやつ」と言っていた。

面倒くさいタイプ。今、実物を見て、だいたい納得した。

「おいおい、レベル133の俺様を知らねェのか?」

声が大きい。耳が痛い。

俺は思わず肩をすくめ、ミーナは無言で一歩前に出た。

彼女の手元には、すでに魔力の薄い熱が集まりはじめていて、空気が微かに焦げた匂いを帯びる。

仕事モードのミーナは怖い。

というか、俺より先に燃やす気配を出さないでほしい。

「リエラさん、下がってください。対人クランのラオンです。知ってても知らなくても同じ空間にいるだけで、面倒です」

「ビッチ呼ばわりされた本人より、あなたの方が殺気出てない?」

「気のせいです」

気のせいではない。

ミーナの横顔は笑っているが、目だけはまったく笑っていない。

ラオンはそれに気づいているのかいないのか、にやにやと口元を歪め、俺の全身を上から下まで遠慮なく眺めた。

その視線がシスター服の胸元や尻尾を追った瞬間、俺の背中にぞわりと嫌な感覚が走り、同時に尻尾の先が低く揺れる。

捕食者としての本能が、相手の無礼に反応したのかもしれない。

あるいは、単に俺がムカついただけかもしれない。

「へぇ、動画で見るよりちっこいのに本当にデケェな。けど、なるほど、こりゃバズるわ。なあ、リエラちゃんよ、うちの腰抜けどもを変な宗教にした責任、ちょっと取ってくれねぇか?」

「変な宗教にした覚えはないわ。勝手に発酵しただけよ」

「そうです、勝手に発酵したので連れ帰るなりなんなりしてください」

ミーナが噛み付いたが、俺はラオンから目を離さなかった。

路地の空気が変わっていた。

さっきまでの妙な臣民トークの湿度が引き、代わりに、対人勢特有の乾いた圧が満ちていく。

ラオンの足運びは雑に見えて、重心が低い。

上半身の派手さに目を奪われるが、足首と膝はすぐに踏み込める角度で、腰の斧にも盾にも手が届く位置にある。

ただの煽り屋ではない。

こいつは確実に強い。少なくとも、修羅場をくぐり抜けて戦い慣れている者の動きだ。

「ラオンさん、やめてください」

剣の男が前に出た。

以前なら、たぶん萎縮して後ろに下がっていただろう。

だが今の彼は、震えながらもラオンと俺の間に身体を入れた。

「俺たちは自分でクランを抜けました。リエラ様のせいじゃないです」

「はっ、何がリエラ様だよ。お前ら、マジで気持ち悪ぃな。レベル下げられて喜んで、女の後ろを尻尾振って歩いてんのか?」

「違います」

槍の男も続いた。

彼は唇を噛み、拳を握りしめていたが、声だけはまっすぐだった。

「俺たちは、初めて自分たちで考えて動けるようになったんです。強い人の後ろで威張るより、その方がずっといい」

「おお、言うねぇ」

ラオンの笑みが深くなった。

それは楽しんでいる笑みだった。

相手が反抗してきたことを、面白がっている顔。

次の瞬間、ラオンの足が石畳を蹴った。

音は短く、重い。

巨体が一気に距離を詰め、拳が剣の男の顔面へ向かって振り抜かれる。

その踏み込みと拳は、驚くほど速い。だが、その拳が届くより先に、俺の身体は勝手に反応して動いていた。

スライムボディが筋肉の境界を柔らかくほどき、武芸・初級の感覚が足裏から腰、背骨、肩へと流れ、俺は剣の男の襟首を尻尾で引っかけて後ろへ放りながら、ラオンの腕の内側へ滑り込んだ。

拳が髪をかすめ、風圧でプラチナブロンドのツインテールが揺れる。

頬に熱い空気が触れ、獣臭と汗と革の匂いが鼻を打つ。

俺はそのまま掌底をラオンの肘下へ当てた。

それは武芸における発勁の要領だった。短く息を吐き、身体の奥に溜めた力を、一点に集中して押し込む。

「ぐっ……!」

ラオンの腕がわずかに跳ね、軌道が逸れる。

俺は踏み込みを止めず、低い位置から尻尾を支点に身体を回し、しなるローキックを彼の膝裏へ叩き込んだ。

骨を折るほどではない。

だが、重心を崩すには十分だった。

ラオンの巨体が一瞬揺れ、石畳に靴底が擦れる音が響く。

「へぇ……!」

ラオンは倒れなかった。

歯を見せて笑い、片手で斧の柄に触れる。

その瞬間、ミーナの炎が路地の空気を赤く照らした。

「これ以上やるなら、正当防衛として焼きます」

声は静かだった。

だが、彼女の周囲に浮かぶ火球は、冗談では済まない熱を帯びていた。

干した布の匂いに、焦げた空気の匂いが混ざる。

濃縮還元臣民三人組は息を呑み、ラオンは斧の柄から手を離さないまま、俺とミーナを交互に見た。

「おいおい、怖ぇな。こっちはお前らに、まだ、手は出してないぞ」

「罵倒はしてるじゃない、十分よ」

俺は胸の奥に残る怒りを押さえながら、ゆっくりと背筋を伸ばした。

ロールプレイのスイッチが入る。

「それに……」

顎を上げ、唇に笑みを乗せ、尻尾をゆらりと揺らす。

「この私の臣民に手を出すなら、相応の覚悟をしなさい。腰抜けだろうが、元チンピラだろうが、変な神父服を着ていようが、一度私を様付けで呼んだなら、最低限、私の目の届く場所では守ってあげるわ」

「リエラ様……!」

「いま感動しないで。服装は本当にどうかと思ってるから」

三人の目が潤みかけたので、俺は即座に釘を刺した。

ラオンは数秒だけ黙り、それから、喉の奥で笑った。

「面白ぇな」

ラオンは、俺の言葉を聞いた瞬間、心底愉快そうに呟いた。そして、牙みたいに白い歯を見せてニヤリと笑う。

その笑みは、相手を見つけた獣というより、ようやく退屈な檻から出られると知った猛獣のそれで、路地の空気が一段だけ重く沈み、背後に立っていた剣、槍、杖の三人が、反射的に肩を震わせた。

「じゃあやろうぜ。うちのクランと戦争」

「は……戦争?」

俺は一瞬、聞き間違いかと思って、ラオンの顔を見上げた。

模擬戦、ではないのか。

ちょっとした小競り合い、でもないのか。

ラオンは、こちらの反応が面白くて仕方ないというように、肩を揺らして笑った。

「模擬戦じゃねぇぞ。ガチなやつだ」

その言葉に、ミーナの表情がぴたりと止まった。

仕事モードの彼女が黙る時は、だいたい二種類ある。

本当に怒っている時か、頭の中で損益計算を高速で回しはじめた時だ。

今のミーナは、その両方が半分ずつ混ざったような顔をしていて、俺は内心で、うわ、これ面倒なやつだ、と察した。

ラオンは俺たちの沈黙を、恐れと取ったのか、わざとらしく眉を上げた。

「お? どうした? そう言えば、ジュノリスに来たばっかだもんな、レベル差もあるし。悪い悪い、今のは聞かなかったことにしてくれ」

その言い方には、明らかに挑発が含まれていた。

雑で、単純で、あからさまで、古典的。

だが、こういう挑発は、わかっていても腹が立つ。

俺の尻尾が、シスター服の裾の後ろで低く揺れた。

ミーナの指先に、ぱち、と小さな火花が散る。

「はぁ、最近、どいつもこいつも、条件を聞いた瞬間に逃げやがる」

「条件?」

俺が尋ねると、ラオンは待ってましたと言わんばかりに、指を一本ずつ立てはじめた。

「デスペナMAX」

ラオンが一つ目の条件を口にする。それだけでも相当なリスクだ。

「クラン金庫解放」

二つ目の条件が提示される。これはクランの資産を丸ごと狙うという意味だろう。

「クラン装備解放」

三つ目の条件も容赦がない。共有倉庫の装備まで奪い尽くすつもりだ。

「負けた側のクラン解散」

そして四つ目の条件を聞いた瞬間、路地の空気が冗談みたいに冷え込んだ。

遠くで聞こえていた鍛冶場の金槌の音だけが、かん、かん、と妙にはっきり耳に残る。

俺はラオンの顔を見た。

褐色の肌、盛り上がった筋肉、獣みたいな笑み、半裸。

情報量がうるさい。

そして発言内容は、もっとうるさい。

アホなのか、この裸ライオンは。

なんで一発の戦争で、クランの金庫も装備も存続権も、全部まとめて差し出さなきゃいけないんだ。ゲーム内の対人文化に詳しくない俺でも、それが尋常じゃない条件だということくらいわかる。

デスペナMAXという条件は、負ければ経験値も所持品も通常より重く削られる可能性が高いことを意味する。

クラン金庫解放となれば、積み上げてきた資産を丸ごと奪われる。

クラン装備解放は、共有倉庫に眠るレア装備や強化素材まで根こそぎ持っていかれるということだ。

そしてクラン解散を突きつけられれば、積み上げた名前も拠点も人間関係も、ぜんぶ消えてしまう。

まともなクランなら、受けるわけがない。

「うちはいっつもこの条件でやってる」

ラオンは、当たり前のことみたいに言った。

「んで、存続してる。意味はわかるよなぁ?」

その声には、自信があった。

いや、自信というより、積み重ねた勝利の臭いがあった。

こいつらは、この条件で何度も戦争を仕掛け、相手の金庫を開けさせ、装備を奪い、クランを潰してきたのだ。

対人クラン《ネイキッドラオン》。

ネネが面倒くさいタイプと言った意味が、ようやく腹の底に落ちた。

ただ強いだけではない。

相手の資産と居場所を食い荒らすタイプの強さだ。

俺は、ちらりとミーナを見た。

当然、止めると思った。

こんな危険条件、普通は乗らない。

新生リエラ魔王軍は設立したばかりで、メンバーも実質、俺、ミーナ、ネネの三人。

いくら配信映えするといっても、ここでクラン解散なんてことになれば、笑い話では済まない。

だが、どういうわけか。

ミーナは、その狂った条件を聞きながら小さく頷いていたのである。

しかも、その目が、ほんのりお金になっている。

「ミーナ?」

「リエラさん」

ミーナは俺にだけ聞こえる声で、低く囁いた。

「うちらの資産から見たら、破格ですよ……」

「……は?」

俺は思わず、ロールプレイを忘れかけた。

破格という言葉が飛び出した。いま、この子、たしかに破格って言ったよな?

「新生リエラ魔王軍は設立直後です。クラン金庫には、まだほとんど何も入っていません。クラン装備も、実質これから整える段階です。解散リスクはありますが、名前は再取得や再設立の手間で済む可能性が高いです」

「いや、でも、デスペナMAXは?」

「痛いです。かなり痛いです。でも、相手の金庫と装備が本当に解放されるなら、リターンが大きすぎます」

ミーナの声は冷静だった。

冷静すぎて、逆に怖い。

俺はラオンを見て、もう一度ミーナを見る。

ラオンは俺たちが怯えて相談していると思っているのか、にやにや笑いながら待っている。

一方、ミーナは完全に商人の顔になっていた。

魔法使いでも、プロデューサーでも、大学一年生でもない。

資産価値を見積もる人間の目だ。

その冷徹な計算高さが本気で怖い。うちの相棒は、炎よりお金に目がない時の方が怖いかもしれない。

「罠かもしれないわよ?」

俺は小声で言った。

「もちろんです」

ミーナは即答した。

「でも、アリです」

「アリなの?」

「アリです。相手は対人クランとして名前が売れています。条件を自分から提示して、しかも、いつもこの条件でやっている、と言った以上、こちらが配信をすれば逃げ道はかなり潰せます。むしろ、条件の重さそのものがイベントになります」

俺は、思わず黙った。

なるほど、そういうことか。たしかに彼女の言う通りかもしれない。

「それに、万が一負けてもレベル差で負けただけなので、クラン名が奪われちゃいましたしくしくとか言っておけば配信としても美味しいかと」

臣民たちに慰められるリエラ、その横に魔王軍立て直しのための、慰めメンバーシップ、慰めスパチャが飛んでくる……。

その光景が浮かんで思わず笑いそうになる、こちらは配信者だ、転んでも起き上がれる。

しかも、リエラちゃんねるが没収されるわけじゃないし、これからミルキーとの石碑クエストコラボを控えている身である。

ここで対人クランとのクラン戦争を大々的に告知すれば、視聴者は食いつく。

考察勢も、対人勢も、臣民も、野次馬も、全部寄ってくる。

新生リエラ魔王軍は設立直後で、失う資産は少ない。

対して、相手は長く存続している対人クラン。

金庫も装備も、おそらく膨れている。

……いや、待て。

これ、もしかして。

俺たち、襲われているように見えて、めちゃくちゃ美味しい獲物を差し出されている?

俺の尻尾が、ぴくりと揺れた。

捕食者としての感覚とは別に、配信者としての感覚が、これは撮れ高だ、と耳元で囁いてくる。

ああ、だめだ。最近の俺は、本当にろくでもない方向に育ってしまっている。

けれど、ミーナの言う通り、これは罠かもしれないが、同時にチャンスでもあった。

レベル70までの道のり。対人クランの資産。

新生リエラ魔王軍の初陣。

そして、ミルキーとのコラボ前に、リエラという名前をもう一段、上へ押し上げるための事件。

全部が、一本の線で繋がってしまう。

俺はゆっくりとラオンへ向き直った。

「確認だけど」

声は、自然とロールプレイの温度に戻っていた。

少し高く、少し偉そうで、少しだけ甘い。

「スキルは何を使ってもいいのかしら?」

ラオンは一瞬だけ眉を上げ、それから心底つまらなそうに鼻を鳴らした。

「あん? 使うなって方が退屈だろ」

その問いに、ラオンの笑みが深くなった。

周囲の空気が、わずかにざらつく。

剣、槍、杖の三人が、同時に喉を鳴らした。

彼らにとって、捕食という言葉は、恐怖であり、幸福であり、たぶん人生を狂わせた何かでもある。

ラオンはその反応を見て、ますます面白そうに目を細めた。

俺は、ミーナを見た。

ミーナも、俺を見た。

ほんの一拍で覚悟を決める、言葉はいらなかった。

互いの目の奥で、計算と覚悟と、ほんの少しの悪ノリが重なる。

ミーナが、小さく頷いた。

俺も、頷き返した。

「いいわ」

俺は胸の前で腕を組み、尻尾をゆっくりと揺らした。

「その戦争、受けてあげる」

背後で、剣、槍、杖の三人が息を呑む気配がした。

ラオンの目が、獣みたいに輝く。

「マジかよ」と彼は信じられないものを見るような声を出した。

「ただし、こちらにも条件があるわ」

「言ってみろ」

「試合は5日後」

俺は指を5本立てた。

「こちらにも準備があるし、あなたたちにも、逃げられないくらい派手に告知する時間が必要でしょう?」

ラオンの頭上に、見えない疑問符が浮かんだ気がした。

たぶん、彼の想定では、俺たちは怯えるか、怒るか、尻尾を巻いて逃げるかのどれかだっただろう。

だが、こちらは違う。

俺の隣には、炎属性の魔法使いであり、リエラちゃんねるのプロデューサーであり、目がお金になる女、ミーナがいる。

戦争を、ただの戦争で終わらせるわけがない。

「いいイベントにしましょうね」

俺がにっこり笑ってそう言うと、ラオンはしばらく本気で意味がわからないという顔をしていた。

だが次の瞬間、腹の底から噴き出すように笑った。

「は、はは……はははははっ! お前、やっぱ面白ぇな、リエラ! 最近、この条件で受けてくれるやついなくてマジで退屈だったんだよ。」

ラオンは、心底嬉しそうだった。

強敵と戦える喜び。

退屈が壊れる期待。

そして、自分の提示した無茶な条件を、真正面から飲み込まれた驚き。

その全部が混ざった顔で、彼は俺を見ていた。

俺は笑みを崩さずに見返しながら、心の中でだけ深く息を吐く。

ーー5日後。

新生リエラ魔王軍にとって、これが初のクラン戦争となる。

条件はデスペナMAX、クラン金庫解放、クラン装備解放、敗北時クラン解散。

普通なら絶対に受けない。

どう考えても狂っている。

だが、俺たちから見れば、まだ空っぽに近い器を賭けて、相手の積み上げてきたものを丸ごと喰えるかもしれない戦いでもある。

ああ、やっぱりだめだ。こんな風に考えてしまうこと自体が、かなり魔王軍っぽい思考回路になっている。

俺は、嬉しそうに笑う裸ライオンを見上げながら、背後で小さく揺れる尻尾の気配を感じていた。

それにもしかしたら捕食での経験値獲得があれば……なんて考えてしまう。

ミーナの横顔はすでに次の配信タイトルを考えている顔で、俺の胸の奥にも、妙な熱がじわりと灯っていた。

新生リエラ魔王軍は、初めて世界に牙を剥くことになる。

その相手が裸ライオンなのは、正直ちょっと、いや、かなり不本意だが。

まあ、それはそれでいいだろう。

喰える獲物であるなら、骨の髄まで喰ってやるだけだ。